狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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317.武勇の国、ウーハイトン台国

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 ウーハイトン台国。
 国民の全員が何らかの形で武に関わっているという、武人の国。かの天破流もこの国で生まれたという。

 この国も例に漏れず、浮島の集合体である。

 元は海に根差していた、砕けた大地。
 浮島となった時点から周辺環境の差異により、浮島は独自の生態系に変貌する。

 その進化と退化の過程で、島の特徴や特産品なども変わってくるのだが……

 幸か不幸か、ウーハイトンは鉱石類の出土率が低かった。
 その代わりにあったのが、他に類を見ない独特の進化を遂げた魔獣や生物、そして数多のダンジョンである。

 そんな地理の特色から、武人が育つ国となった。

 ――否。武人がいないと成り立たなかった、と言った方が正確なのかもしれない。

 ウーハイトンの武人たちは、かつては国害とも言われた多くの魔獣たちを狩り、人間の生活圏を守り、また押し広げてきたのである。
 今では皇帝が住まう本島には、大型の魔獣はいなくなっているが――それでも過去の名残からか、武を尊び武を重んじ武を修める者が多い。

 まあ、周辺の島やダンジョンには魔獣が多く住んでいるのは相変わらずなので、それらの相手をして生計を立てる者も多いのは確かだ。

 人であれ魔獣であれ。
 戦う相手に困らない、武人なら一度は訪れたい国と言われている。




「……という歴史がある国です」

 うーん。

 話だけ聞くとすごく楽しそうなんだけど、如何せんアレよね。

「ウェイバァ老が台国のトップレベルなんでしょ? だったらもう……」

 私の相手は確実にいないよなぁ……

 マーベリアの武熊と武猿より強い魔獣もなかなかいるものじゃないが、あれらより強い人間なんて間違いなくいないだろうしなぁ。同じくらい強い、っていうのも無理がありそうだしなぁ。

 何を楽しみにして行けばいいのか、いまいちよくわからないんだよなぁ。

 ――そんな乗り気じゃない心情が顔と態度に出ていたのか、ウーハイトンの説明をしてくれたリントン・オーロンが言った。

「ニア様は正規の留学生として手続きしていますが、皇帝の最高位武客として迎え入れる用意があります」

 私たちが乗るウーハイトンが用意した飛行船が間もなく到着というところで、外交官として方々を飛び回っていたリントン・オーロンが合流してきた。予定通りの合流である。

 そして客室にて、彼女から、これから行くウーハイトン台国の説明を受けていた。

「武客というのは?」

「強い武人を、客人として国に招く制度と保証される身分ですね。皇帝付きの武客はウーハイトンで最上位の客人ということになります。だから最高位が付きます。
 他国で言えば、国王の客人という感じですね。一時的にかつ制限もありますが、最高位武客は皇帝とほぼ同じ発言力が認められている、とお考え下さい」

 ほう。

「つまり好待遇ということ?」

「無論です。ウェイバァ老師の見立てでは、あなたはウーハイトンの誰よりも強い。それも桁違いに強い。武人として敬意を示さずにはいられないほどに強い。そんなあなたをこちらの我儘で招くのです。その武に見合う当然の扱いです」

 うん、まあ、我儘っていうか、ある種の取引の上でのアレだけどね。

「私も武人の端くれ、ウェイバァ老師に教えを受けた裏脚流の門下生でもあります。己より強い者と戦いたいという、武人としてのニア様の気持ちもわからなくはありません。その期待に応えられないことが歯がゆくもありますが……

 しかし、どうでしょう?
 この際、後進に武門を開くという方向でやる気を持っていただけませんか?」

 リントンは、私の隣に座っているミトを見る。

 なるほど、確かにミトは私の弟子のようなものだからな。
 ウーハイトンで、こういう子を何人か受け持ってみないか、と。そういうことか。
 
「先に言っておくけど、この子は天性の素質があったから教えたの。放っておくと危ないと思ったから」

 十歳かそこらの子供に「氣」を教えるのは、私は反対だ。
 教える気はまったくない。

 ミトは、私が教えるまでもなく習得しつつあったから、ちゃんと修めさせる必要があると判断したのだ。
 中途半端が一番危ないからな。本人も、周囲も。

「だから子供は引き受けないわよ。心身共に未熟な者に、過ぎた力……要するに凶器なんて持たせるわけにはいかない」

「ええ、もちろん。子供が『気』を習得するのは、ウーハイトンでも忌避されていますから」

 ならいい。

「ただ、最高位武客として招く以上、十四歳になる皇子には武を教えていただきたいのです。才気溢れる尊い者で、一年で『気』を習得し、更に力を伸ばしたいと考えています。
 それさえ守っていただければ、留学以外にあなたを拘束する約束事はありません」

 ふうん。

 つまり皇子を弟子にすれば、あとは好きにしていいと。
 なるほど、好待遇だな。

 ……って言われても、何がしたいってこともないんだけども。

「ほかに気を付けることは?」

「立場上、九門館は関わってくるかと思います。ニア様なら問題ないかと思いますが……ウーハイトンには九門館というものがありまして――」

 それこそ私ならどうとでもなりそうだが、リノキスとミトには必要であろう話を聞きながら、時間は過ぎてゆき――




 乗組員から「もうすぐウーハイトンに到着します。下船の準備を」と声を掛けられ、荷物を持って甲板に出た。

「あれが本島になります。上階と下階に分かれているのが台国と言われる理由です」

 ほう……話には聞いていたが、あれはすごいな。

 もしかしたら二つ・・になっていたかもしれない浮島は、半分だけ上に、半分だけ下にズレて存在していた。
 簡単に言うと、島の半分を占める高台があるのだ。

 そして遠目にも分かる、上下階を繋ぐ石積の大きく長い七千段を越える階段……あれがウーハイトンの観光名所の一つでもある「龍の背中」と言われる石段だ。

「上階には要職に就く者や富裕層が多く住み、皇帝の宮殿もあそこにあります。下階は平民が住んでいますが、特に上下階を隔てるような規則はありません。
 生粋の武人や門下生などは、修行の一環で、一日一回はあの『龍の背中』を登ります」

 ニア様たちの住居も上階に用意してあります、とリントンは説明する。うむ、確かに修行に良さそうだ。 

「下階の港に着けます。歓迎の準備ができているはず……ああ、あれです」

 …………

「うわあ……」

「へえ……」

 ほほう。

 同じ物を見ているリノキスとミトも、あれには驚いたようだ。私も少し驚いた。

 マーベリアではなかなか刺激的な上陸となったが、これもなかなか興を感じるな。




 港の先にだだっ広い石畳の広場がある。

 そして、そこに整然とずらり並ぶ白い服を着た者たち。あの服はウェイバァ・シェンが着ていたものによく似ている。

 その数、実に五百人以上。
 整列し、後ろ手で手を組み、武人らしく芯の入った体幹で微動だにせず立っている。

 彼らは、私たちの乗っている飛行船を見ている。
 まだ距離があるので整列していることしかわからないが、視線は間違いなくこちらを向いている。

 ――歓迎の出迎えか。留学生という肩書ではあるが、本当に国を挙げて客として迎えてくれるようだ。




 港に降り立つと、待っていたウェイバァ・シェンが前に立ち、頭を下げた。

「――ようこそ、ニア・リストン殿。ウーハイトン台国は貴女を歓迎する」

 うん。

「しばらくお世話になります。よろしく」




 十一歳の夏。
 もうじき十二歳になろうというこの年、私は武勇国ウーハイトンにやってきた。



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