狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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314.方々に話を通す

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 マーベリアの留学は、期間が決まっていなかった。
 というのも、そもそも留学の理由が国外追放だったから。

 率直に言うと、私がアルトワールにいられなくなったから、である。
 だから、追放に関してだけで言えば、留学先はマーベリアじゃなくてもよかったはずだ。

 アルトワールの周辺国は平和かつ友好的で、なんの心配もいらない国に囲まれている。
 その平和かつ有効的な周辺国に甘えるようにして軍部以外に力を入れ、主に文化面の向上が著しい……それがゆえに「平和ボケのアルトワール」と呼ばれ出した。

 まあ、私から言わせれば、あの国王は平和にボケてはいないが。
 むしろ武力以外の方法で裏から戦争をしかけていて、常に方々に侵略し続けているのではないかと思う。

 大量の文化流入で、気が付いたらアルトワールなしでは存続できない国になっていた、みたいな……いや、私は政治はわからないから、それが正解とは限らないが。

 だが、そんな平和ボケできる周辺国とは違い、ヴァンドルージュを挟んだ向こうにある機兵王国マーベリアは、鎖国気味でいまいち内情がわからない。
 周囲に対する威嚇や威圧もあり、どうも戦争の種をまき散らそうとしている可能性が見える。

 だから私の留学先としてマーベリアが選ばれたのだ。

 留学先を選んだアルトワール国王とは、「手柄を立てたら呼び戻す」という約束をしていた。
 色々と内情がわからないマーベリアに送り込めば、まあなんかやってくれるだろうと。アルトワール国王としてはそのくらいのゆるい気持ちだったのだと思う。

 だから、留学期間が決まっていなかったのだ。
 手柄さえ上げれば、いつでも呼び戻せるように。




「――そして現在、マーベリアは周辺国との交流を始め出した。私の手柄かどうかはさておき、少なくともアルトワールの国益にはなったはずなので、この時点で私の役目は終わったと言えるわけです」

 朝早くから馬車に揺られてマーベリア城にやってきてすぐ。
 アカシはもうじき退位するマーベリア国王ハザール・シルク・マーベリアと次期国王リビセィル、シィルレーンやクランオールを呼び出した。

 この国の中枢たる豪華なメンツが集う客間にて、私は「留学とはどういうことか」と説明を求められた。

 正直、国王陛下まで呼ぶ必要はあったのかと思わなくもないのだが。……まあ全然関わっていないとも言えない仲ではあるかもしれないが。

「つまり、祖国に呼び戻されたのか?」

 国王としての仕事の引継ぎやら、来賓の選別や情報を頭に入れたりと非常に忙しいのにわざわざやってきたリビセィルの質問に、首を横に振る。

「いや、留学なの。実は昨日まで行っていた――」

 空賊列島制圧作戦の発端は、私である。
 まあ正確に言うと、空賊列島が欲しかったアルトワール王国第二王子ヒエロが発端と言えるかもしれないが。

 でも間違いなく、やる気になったのは私であり、また実行に移ったのも私の意思である。

 で、やる気になったはいいが、何をどうすれば空賊列島を落とせるのか、私には具体的な計画がなかった。

 ――その辺を丸投げしたのが、ウーハイトン台国のリントン・オーロンとウェイバァ・シェンである。

 彼女らは私の要請を受けて、空賊列島を制するに足るメンツを集め、実際にそれを果たして見せた。

「というわけで、ウーハイトンに一つ借りができた形になるの」

 そして彼女らの貸しの清算が――

「なるほど、だから留学か……」

 そうなのだ。

 ――空賊列島から同じ飛行船に乗ったリントン・オーロンとは、ヴァンドルージュで乗り換えた時に別れた。

 私とリノキスはマーベリアに。
 そして彼女は、アルトワールへと向かった。
 今頃は、私の手紙を携えて、国王辺りと交渉していたりするかもしれない。

 なお、手紙の内容に関しては、今ここでマーベリアの王族たちに話したことと大差ない。
 手短かに「空賊列島の件でウーハイトンの外交官に世話になった。留学させたいらしい。許可して」と書いた。

「じゃあ、あの、別にマーベリアが嫌になったわけじゃないのね?」

 そんなクランオールの質問にはちゃんと頷く。

「到着した当初はともかく、今は全然。食べ物はおいしいし、可愛い弟子も何人かできたしね」

 私個人の心情はさておき、長年の鎖国でマーベリアはこれから色々苦労も問題も出てくるなるだろう。
 もちろん諸外国からの恩恵もあると思うが。

 マーベリアは、機兵を中心とした武力国家の面が強い。
 王族だって先陣を切って戦う武人でもあるし、外国人を排斥する傾向が強かった国民感情もすぐにどうこうはならないだろう。

 国同士でのやり取りは、武力は二の次だ。
 外交に対するマーベリアの得意分野や外交に有効な武器や強みは、これから育っていくことだろう。

 ――だから丁度いいと思う。

 これから政治で忙しくなるだろうマーベリアに、私は必要ないだろう。
 というか、去年の御前試合で有名になったせいで、マーベリアの貴族に便利に使われる可能性がある。私だって揉めたくはないが、嫌な感じで絡まれれば嫌でも対応せざるを得ない。

 そういう風に考えると、むしろ私という存在そのものが邪魔になるかもしれない。
 勝手に政治の道具に使われるのも勘弁だ。

「ニアが納得して行くなら、我々に止める権利はない」

 そう、シィルレーンの言う通りだ。

「ところでニア、君には婚約者はいないよな? 今マーベリアには九歳になる第三王子がいるんだが、婿にどうだ? 私を義姉と呼んで慕ってくれると嬉しいのだが」

 お、搦め手で来たな。

「ごめんね、シィル。これで私も一応貴族だから、結婚だの婚約だのは国と親の意向が優先なの。だからなんとも答えられないわ」

 まあ、アルトワールではもう政略結婚の文化もかなり薄くなっているが。でも他国ではやはり違うんだろうなぁ。

「サクマはどう? あいつ空いてるよ? 顔は悪くないし、一応貴族でもあるし」

 あたしはニアちゃんをお義姉ちゃんって呼びたいなぁ~、とアカシに軽く言われたが。

「大人の男性に子供を当てがってどうするのよ」

 こっちは十一歳だぞ。酒の飲めない難儀な年齢だぞ。こんな話をしてサクマに頷かれても困るし。変態じゃないか。

「――まあ、致し方ないかの」

 黙ったままずっとヒゲを撫でていたマーベリア国王が、いつもの軽い調子で、だが不思議と重みのある声で言う。

「本音を言えば、このままマーベリアに根を下ろしてもらいたいが……じゃがニア・リストンを閉じ込めるには、マーベリアでは……いや、一国では狭い気がする。たかが一つの国に納まる器ではなかろうて」

 そう?

 自分ではよくわからないが、向こうの王族たちはなんだか神妙な顔をしている。肯定しているかどうかはわからないが、否定する気もなさそうだ。

「アルトワールの国王も同じ考えじゃと思うよ。変に縛り付けるより、適当な場所に放り込めば事態が好転するとわかっておるのじゃろう。
 無条件でそう思える人物などなかなかおらんよ。よっぽど一国の王より器の大きな者じゃと思う」

 ……器ねぇ。

 そう言われても、やっぱり為政者の目は、私にはよくわからない。




 とりあえず、関わったお偉方へは話を通した。

 私の代わりとして動いていたシノバズの少女と入れ替わり、ようやく髪の色を戻した。
 一ヵ月ぶりに見る己の白い髪に、なんだかほっとする。

 今日はそのまま戴冠式の手伝いとして動き、夜は屋敷に帰ることにする。今日からは泊まり込みではなく通いである。
 そして、一週間したらお役御免となる予定だ。

 最後の一週間ではどんどん国賓が集い始めるので、マーベリア側の人間じゃない私がいたら色々と都合が悪いこともあるだろうから。

 まあ、その辺のことはどうでもいい。
 元より、戴冠式の手伝いなんて、ただの不在をごまかす理由でしかないから。

 それより、もう一つやらないといけないことが残っている。




「――というわけで、あと二ヵ月くらいしたらマーベリアから去る予定なんだけど……」

「…………」

 …………

 沈黙が、痛い。

 こういう話は早い方がいいと判断して、城から戻るなり屋敷にいた全員を集めて、応接室で留学の話をした。

「……ひっく」

 誰かが泣き出した。

 私が説明している間、誰も反応しなかった辺り、まずい気はしていた。
 子供たちの真顔を見ていられなくて、説明の途中から目を伏せてしまったが……やはり泣き出す者が出てしまったか。

 だが、仕方ない。

 話さないわけにはいかないし、もうウーハイトン行きが中止になることもきっとないから。

「……あ、姉貴ぃ……俺まだ何も教えてもらってねえよ……!」

 …………

 泣いたのおまえかよ。えっと……喧嘩師のなんとか。誰だっけ。

「やだ! イース、一緒に行く!」

 イースもか。いや普通はこんな急に個人的な理由で留学先の変更なんて無理だろ。私だって上から他国の力で話を通しているくらいなんだから。

 ……というか、ここの住人じゃない奴らが子供たちより先に泣くなよ。



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