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296.空賊列島潜入作戦 本体 8
しおりを挟む「――思い違いをされている方も多いけれど、女神教は博愛主義じゃないの。だから聖女にも万人の命は平等だ、生命はすべて尊重されるべきだ、という考えもないのよ。
女神アキロロナティス様に仕える者は、愛と慈しみの心を深く深く理解し、学び、自らの伴侶のように敬愛し大切にします。
しかしそれは、すべての生命に向けるものではない。
たとえば子供を守る母親のように。
たとえば自分の身より大事な誰かの盾になるように。
そんな美しい愛と慈しみの形は、尊いものかもしれない。
けれど、力のない愛と慈しみはなんの役にも立たないことが多い。
愛する者や大切な者を守ることもできず、儚く散る――女神教はそれを肯定しないの。
いずれ誰彼は自分の愛する者、大切な者に害を与えるかもしれない――故に女神教は博愛主義などではなく、必要があると思えばその手を汚すことも躊躇わない。
かつて存在した、『闇を蝕む狂聖女』と呼ばれた聖女キエラは、それをどこまでも体現した存在だった。
彼女は精力的に女神教の普及活動をし、それを拒んだ者を皆殺しにしていきました。
要は信仰の押し付けです。まさに狂信者という名に相応しい愚行ね。
でも、彼女は世界を女神教一色にすれば争いが終わり、平和が訪れると信じていた。
女神教に属する者は、身を捨ててでも味方をした。たとえ拷問のような勧誘の末に属した、信じるには難しい信徒であっても。
狂聖女キエラは大きく道を間違えた――でもその行動の根本にあるものは、教義に反していないし今もそのまま残っている。
彼女の行動を突き詰めると、愛する者、大切な者を守るために味方を増やし、それ以外を排除する、というものになります。
そしてそれだけ取れば、今の女神教の教えとほぼ同じなの。
あの方が生きていたのは、毎日のように世界のどこかで戦争が起こっていた戦乱時代だから、今の平和な世界の常識で考えるべきではないのでしょうけれど。
え? 何が言いたいかわからない?
――つまり明日誰かの大切な人を奪うかもしれない悪党をのさばらせる理由はなく、私は聖女として誰かの代わりにこの手を汚すことを一切躊躇う気はないと。そんなところです。
力なき愛では誰も守れない。
力なき慈しみでは飢えを満たすことはできない。
その教義に従い、私も結構鍛えていますよ。そこそこ強いはずです。野生の虎くらいなら聖女仕込みの拳で頭をかち割れますし、賊の命を奪うことに迷いもありません。だから大砲くらい撃ちますよ」
おしとやかにしか見えない外見に反して、武闘派な面があるらしい聖女フィリアリオのご高説はさておき。
「へー」とか「暴れる聖女とか確かにイメージないな」とか相槌を打っているのは、フレッサとアンゼルだ。
意外と聖女と気が合うフレッサと、聖騎士ライジと酒好き同士で気が合うアンゼル。
この二人と、フィリアリオとライジの四人が着いているテーブルでは、基本的に雑談が交わされている。
問題は、そのテーブルの隣。
リーノとガウィンは、やってきた四空王の一人・レイソンと同じテーブルに座っていた。
四空王の一人、空賊団青極星のキャプテンである、青剣王レイソン。
四十間近の渋い細身の中年男性で、黒い蛇皮の中折帽の下で、整えられた黒いヒゲをいじりながらニヒルに笑っている。
彼がやってきたのは、とある日の夜中のことだった。
雪毒鈴蘭と商船の間で使われている光信号を交わし、味方であることを示し合わせながら船を横付けし、レイソンが乗り込んできたのだ。
「――いやはや。初報では驚いたが、まさか本当のことだとは」
隣の聖女がいるテーブルを見ていたレイソンが、しゃべり出した。
「驚いたのはこっちもだよ。まさか四空王の一人がアスターニャの人間だったとはな」
ガウィンの言葉に、リーノも頷く。
そう、この青剣王レイソン、実は聖王国アスターニャの者……要するにアスターニャのスパイ的な存在であるらしい。
四空王……四国の空を支配している大物四人の一人なので、立場からしてスパイと言っていいのかはわからないが。
アスターニャ側の者であるのは間違いないそうだ。
――要するに、アスターニャも空賊列島を手に入れるために、長い長い時間を掛けて配下の者を潜り込ませていた、ということだ。
アルトワール、ヴァンドルージュ、ウーハイトンもできるかぎりスパイを仕込んではいるが、空賊列島は国のようにまとまっているわけではないので、どうにも情報の取捨選択が難しい。
だが、アスターニャは違った。
支配者の一席をすでに所持していた。
つまり、間諜に関してはアスターニャが確実に一歩も二歩もリードしていたわけだ。
もし今回空賊列島制圧作戦が動いていなければ、いずれアスターニャが列島を制していたかもしれない。
「一応あんたのことは事前に聞いていたんだが、こうして会わないととてもじゃないが信じられなかったよ」
「わからんでもない。私がアスターニャ所属の者……もっと言うと聖騎士の身分にあるだなんて、アスターニャでも一部の者しかしらないからね」
レイソンがアスターニャと繋がっていることを知る者は少ない。
聖女フィリアリオも、聖騎士ライジも、レイソンのことは知っていた。が、数年前に任務で消えて以来、まったく消息を知らないという状態だったそうだ。
ちなみに「レイソン」は偽名である。
どこから情報が洩れるかわからないから、レイソンとアスターニャは、極力接触を減らし、極力関係者を減らしているのだろう。
「それで――聖女まで動かしたということは、いよいよやるんだね?」
「そのつもりだ。……けど、もしかしてレイソンさんにはレイソンさんの計画があったかい?」
何せ四空王の一人だ。
内部の事情にも詳しいだろうし、制圧する計画をすでに立てていたって不思議はない。
「いや、ずっと考えはしているがまとまらないままだ。どうにも決定打に欠けていてね。私たちだけでは手詰まりだったんだよ」
と、レイソンは肩をすくめて苦笑する。
「とにかく手数が足りない。個人的にはフラジャイルの奴は何度も斬り捨ててやろうと思ったものだが、四空王の身でそれをやると列島内で全面抗争が始まってしまいそうでね……空賊どもがバカをやる分には構わないが、確実に奴隷が巻き込まれる。それは避けたかったんだ。
どうも動くには不便で大袈裟な地位にまで昇り詰めてしまったようだ」
昇り詰めないと四空王に届かない。
だが、昇り詰めたら昇り詰めたで身動きが取りづらい。
レイソンはその状態で、とにかく機を待っていたそうだ。
「――期待してもいいんだね? ガウィン君。リーノ君」
「もちろん。すでにうちの船員が空賊列島に乗り込んでいるから、このまま退くことは絶対にないわ」
リーノ……いやリノキスの頭の中には、先行しているニア・リストンのことしかない。しばらく会っていないだけに、もう震えるほど焦がれ会いたくなっている状態だ。
何をするにしても、しないにしても、ニア・リストンの迎えには必ず行くつもりだ。
「それに、酔狂で聖女を借りたわけじゃないからな。
勝利してからちゃんと『聖女は誘拐されたのではなく、自主的に空賊列島に乗り込んで奴隷たちを解放した』というオチを付けるつもりだ。フィリアリオ様……というかアスターニャの名誉に傷が付くしな」
空賊の襲撃を防げず、聖女誘拐を許した聖騎士。
これは恥でしかない。世界に名高い誉れある聖騎士にとっては汚点でしかない。
これまで何があろうと聖女を守り抜いてきた聖騎士の失敗と、聖女の誘拐は、明らかにアスターニャの瑕疵となる。
後の真実の公表は、それらの不名誉を雪ぐためのものだ。
「結構。じゃあ少しばかり打ち合わせをしようか。だが本格的に動くのは、空賊列島に入ってからになるのかな?」
「そのつもりだし――もうすぐ行く予定だ」
レイソンが空賊列島に帰り、空賊団雪毒鈴蘭の噂を流してくれれば。
その時点で、実績作りは充分だろう。
そろそろ空賊列島に上陸する準備が整ってきたようだ。
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