狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

文字の大きさ
上 下
266 / 405

265.新生マーベリアの第一歩

しおりを挟む




 ――ここまで曝け出していいのか。

 他国よりやってきた使者たちは、次代のマーベリア国王に危機感を覚えた。

 こんなトップで大丈夫なのか、と。

「……今見ていただいたのが、このマーベリア大陸が生まれた時より存在すると記録に残っている、虫の映像です」

 応接間の一室に円卓を持ち込み、各国の代表がその席を埋めている一角――壁際の大型魔晶板の横に立っている青年が映像を観ながら逐一説明を入れる。

 精悍な顔立ちの、権謀術数に縁がない真面目そうな青年。
 彼こそ次代のマーベリアを率いる第一王子リビセィルである。

「個体としての強さもありますが、脅威はその数にあります。繁殖力が高く、毎年三千から五千匹は始末しても、翌年には同じか、もしかしたらそれ以上増えている」

 アルトワール王国より協力を求めた、魔法映像マジックビジョンという文化にて、離れた地の景色を観ることができる。

 知っている者は知っているが、知らない者には未知の技術である――が。

 各国の代表で外交官の面を持つ彼らは、たとえ実物を見たことはなくとも、魔法映像マジックビジョンの噂くらいは聞いたことがある者たちである。

「何度か説明していますが、これが証拠です。この虫の存在があったからこそ、どうしても周辺国に弱味を見せることができなかった。
 長年のご無礼、どうかご容赦願いたい。
 いえ、許せとは言いません。少しの間だけ友誼を結ぶに値するかどうか、見ていてほしい。その上で様々な国交を始められたらと思っています」

 国の長として、ここまで弱味を見せるなどありえない。
 国の問題としても、長の態度からしても。




「フフッ」

 正直、ここまで下手に出られたら、どう反応していいのかわからない。

 各国の出方を見てから――とテーブルの全員が様子見を選んだ時、巻き髭の紳士が笑った。

 ハーバルヘイム貴王国の使者・アッカルベンである。

「マーベリアの王子は、交渉事が苦手と見える」

 まさにそれである。
 各国の使者たち全員が思っていることだった。

 ともすれば侮辱であるが――リビセィルは真摯な表情を一切崩さない。

「お察しの通りです。長く諸外国との付き合いが希薄だったマーベリアは、国交のやり方を知りません。苦手と言えば苦手で、下手と言われれば下手だ。きっと時代遅れなところも多分にあるでしょう。
 総じて、この場のあなた方から見れば、赤子も同然かと思われる。

 ――それを認め、そしてできもしない謀を捨てて手の内を明かすこと。これが開国の第一歩と考えている。

 マーベリアはこれよりあなた方から大いに学び、いずれ隣に立ち、肩を並べられる国へと成長したいと思っています。
 願わくば、好い隣人であってほしいと願っています」

 確かに本人の言う通り、交渉は下手なのだろう。

 だが、これはやりづらい。

 そう、リビセィルは悪くない考え方をしている。
 自分たちが弱いことを認めた上で、食い物にならないよう諸外国同士で見張らせる立場を選んだ。

 簡単に言うと、「モテる女」の立場を選んだのだ。
 口説きたい諸外国たる男たちは、互いを牽制しながら、「モテる女」と付き合う手を考えなければならない。

 これが変に頑固で頭の固い「典型的な古い国」なら、あっという間に各国に利権を取られていただろう。

 外交が下手なことを認める。
 できない謀は捨てる。

 全てを曝け出されたおいしいエサは誰もが欲しい――だからこそ誰かに邪魔をされて手が届かないのだ。

「なるほど、悪くないですな。ハーバルヘイムはマーベリアの国交を前向きに考えたい」

 そう、こうなってしまうともうさっさと友好的態度を示すのが早い。ここで出遅れたら他国にいろんな利権が持って行かれる。

 各国の使者も、我も我もと声を上げる。

 ――新生マーベリア王国の滑り出しは、順調だった。




「ヒエロ殿」

 茶会という名の次期マーベリア国王の話が終わり、解散となった。

 すでに次の手を考え始めている各国の使者の中、去っていく彼らの一人がリビセィルに呼び止められる。

「撮影の協力、ありがとうございました。おかげで視覚に訴えて話すことができました」

「我が国の技術がお役に立ったようで何よりです」

「役に立ったどころか。素晴らしい技術だ。あのようなものがあるなど、本当に世界は広い」

 あえてこの場で売り込みはしない。
 そしてマーベリア側も購入を検討しているとは言わない。

 去りつつあるが、まだ他国の使者が部屋にいるのだ、具体的な話はするべきではない。

 するべきではないのだが――

「――失礼。リビセィル王子」

 龍の刺繍が入った赤い民族衣装を着た美女――ウーハイトン台国のリントン・オーロンが割り込むように声を掛けてくる。

あの映像・・・・をまた観たいのです。構いませんか?」

「ええ、もちろん。このままここで?」

「ありがとうございます。――失礼しました」

 ヒエロに謝罪を入れ、リントンはさっきまで座っていた椅子に座り直す。

「あの映像とは、あの映像・・・・ですか?」

「ええ。リントン殿はもう五十回は観ているはずですが……かの天破流の生まれた国としては、あの一戦は何度も観たくなるほど気になるようで」

 言いながらリビセィルが合図すると、壁際に控えていた黒髪の侍女が映像の準備を始める。

「名勝負でしたからね。何度も観たくなる気持ちはわかります」

「私は負けたんですけどね。何度も負けた姿を観られるのは少々恥ずかしいのですが」

「決まってしまいましたからね、蒼炎聖邪滅殺龍王葬王波が。あれが決まったら仕方ないでしょう」

「……ええ、まあ、その……ヒエロ殿、その名前……」

 お互いニア・リストンのことを知っているだけに、言えることがある。

 リビセィルは、彼女は技に大層な名前を付けるタイプではないことをよく知っている。
 むしろ見た目も名前も地味だが異常に強い技を好む。

 それだけに、あの御前試合で見せた派手な戦い方には驚いた。そして派手なのは見た目だけで威力がほとんどないことにも。

 ――負けたのに評価が下がらなかったあれは、最高の八百長試合だったと思う。あの試合に関しては、ニア・リストンには感謝しかない。

 そしてヒエロも、ニア・リストンとは知らない仲ではない。
 少なくとも、彼女のセンスがアレじゃないことくらいはちゃんと知っている。

「――どうせはったりを言うなら効きすぎなくらいでいいんですよ」

 それが今時のトレンディな外国のセンスなのか、とリビセィルは思った。



しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

迷い人と当たり人〜伝説の国の魔道具で気ままに快適冒険者ライフを目指します〜

青空ばらみ
ファンタジー
 一歳で両親を亡くし母方の伯父マークがいる辺境伯領に連れて来られたパール。 伯父と一緒に暮らすお許しを辺境伯様に乞うため訪れていた辺境伯邸で、たまたま出くわした侯爵令嬢の無知な善意により 六歳で見習い冒険者になることが決定してしまった! 運良く? 『前世の記憶』を思い出し『スマッホ』のチェリーちゃんにも協力してもらいながら 立派な冒険者になるために 前世使えなかった魔法も喜んで覚え、なんだか百年に一人現れるかどうかの伝説の国に迷いこんだ『迷い人』にもなってしまって、その恩恵を受けようとする『当たり人』と呼ばれる人たちに貢がれたり…… ぜんぜん理想の田舎でまったりスローライフは送れないけど、しょうがないから伝説の国の魔道具を駆使して 気ままに快適冒険者を目指しながら 周りのみんなを無自覚でハッピーライフに巻き込んで? 楽しく生きていこうかな! ゆる〜いスローペースのご都合ファンタジーです。 小説家になろう様でも投稿をしております。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

処理中です...