狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

文字の大きさ
上 下
253 / 405

252.四年生に進級した頃に

しおりを挟む




「わーい! お嬢だー!」

「おっと」

 身を投げ出すようなダイブで飛びついてきたカルアを抱き留める。

「おかえりー! お土産はー!?」

 はっはっはっ。カルアはかわいいな。無論あるとも。

 予定通りの一泊二日、マーベリア王都に帰り着いたのは夕方頃だった。
 屋敷に帰るなりカルアや他の子供たちに熱烈歓迎され、応接間に連れて行かれてさあ土産話を……しようかというところで、不意に思う。

「リノキス、サクマ、ちょっと来て。すぐ済むからあなたたちはそのまま……ああ、紅茶とか用意して待ってて」

 子供たちと、今日も当然のように入り浸りのシィルレーン、イース、クランオールには待機を、そして大人たちに来るように言い、私たちは一旦私の自室に集まるのだった。




「ねえ、やっぱり食べさせて大丈夫だと思う?」

 土産を出しつつ話でもしよう、と思ったところで、不意に頭によぎってしまった。

 ――蜂蜜の安全は身をもって確認したが、果物は大丈夫か、と。
 
 私なら毒物を摂取しても自力で治せるし、リノキスだって即死しない程度には鍛えられている。
 だが子供たちはそうはいかないだろう。

 そもそも毒じゃなくても、という話だ。
 過ぎた薬効は毒にもなる。大人が平気でも子供は平気じゃないかもしれない。

 果たして果物は大丈夫だろうか。

「うーん……大丈夫だとは思いますけど、改めてそう言われると……」

 だよな?
 そもそもリノキスは元から食べることには抵抗があったらしく、現地では気が進まなそうだったしな。

「……察するに、未開の地で何か見つけて来られたので?」

 まだ事情も説明していないのに、サクマはすぐにその結論に達した。話が早い奴だ。

「蜂蜜と果物を取ってきたの。蜂蜜は嘗めて確認したんだけど、果物がね……」

「拝見してもよろしいですか?」

 私はリノキスに頷いてみせると、彼女はテーブルに採取してきた果物を並べる。

 陽の下で見た時と同じようにつやつやで、見た目で美味しそうな鮮度を保っている。
 あまり数があっても食べきれず腐らせるだけなので、持ってきたのは本当に少しだけだ。

「ふむ……ああ、これはなかなか素晴らしい出来だ。最上級品ですね」

 いくつか手に取って香りを確認するサクマは、小さなベリーを口に入れた。

「――大丈夫です。驚くほど味が濃いのでそのまま食べるには適さないかもしれませんが、人体に悪影響はないかと。私が全部味見しましょう」

 あ、そうか。普通に食べて確認すればいいのか。

「じゃあそれは私がやるわ。リノキス、切り分けて」

 夕食前なのであまり食べたくないが、果物は鮮度が命だからな。試すにしろ食べるにしろ早い方がよかろう。

「毒見なら私が」

「いえ、私がやる。それより蜂蜜を確認してみてくれない? 特におやつに使えるかどうかを見立ててほしいんだけど」

「……こういう時のために私がいるのですが」

「そう? 私は危険なことをさせるために雇った覚えはないけど。とにかくそっちを頼むから」

「わかりました。では蜂蜜を担当させていただきます」

 ――とまあ、そんな一手間もあったりしたが、果物も蜂蜜も問題なく食べられるものだと確認が取れた。

 ただ、やはり世界樹産というべきか、蜂蜜を筆頭にどれも味が濃かった。
 なので多くが水と少量の砂糖を足しただけで味を薄めたジャムとなり、しばらく食卓を飾ってくれた。

 物自体は非常に良質なので、かなり美味しかった。




 そんな一泊旅行があったり。
「知り合って一年だから」という理由をこじつけて、子供たちを外食や観劇に連れて行ったり。
 向かいの夫人と意外な繋がりができたり。

 夏季休暇中は色々あったが――やはり一番の出来事と言えば、あれだろう。




 発端は、クランオールだった。

「――ねえニアちゃん。アレの続き・・・・・って届かないの?」

 もうすぐ元空賊リグナー船長が定期便の如くやって来ようというある日。

 これが終わればもう寝られる、という夏休みの宿題めを睡魔と一緒に相手している最中、珍しくクランオールが私の部屋にやってきた。

 ハーブティーを淹れようか、と問うリノキスに「いえ結構。すぐに行くから」と、クランオールはすぐ去るつもりで私の向かいの椅子に座った。

 私たちの間で「アレ」と言えば、一つしかない。

「続き……そもそもあれは広報用なのよね」

 きっかけは、夏季休暇直前のサクマの発言だった。

 ――「クランオール様が例のアレ・・・・に興味があるようです。公報だけはしておいてもよろしいかと」と、耳打ちしたことだった。

 例のアレとは、魔法映像マジックビジョンのことである。

 クランオールは、飛行皇国ヴァンドルージュで行われたハスキタン家とコーキュリス家の結婚式の映像を観る機会があったようで、浅いながらも魔法映像マジックビジョンに対する知識があったそうだ。

 別に隠すことはない。
 というかむしろ積極的に観せていくくらいでちょうどいいのであろう、アルトワールから持ってきた広報用の映像を渡した。

 それこそが、彼女がこの屋敷に入り浸りになった理由だ。まあその前から入り浸りに近くはあったが。
 さすがに持ち出されると困るので、この屋敷でのみ観覧することを許可したからである。

 結構数があった私の過去の映像や、説明せずともわかりやすい構成の番組など、空いた時間にちょこちょこ観ていて――いよいよ観終わってしまったらしい。

「建国物語の続きが気になるんだけど」

 それは私もだ。

 建国物語――シルヴァー領のチャンネルで流されていた紙芝居は、特に他国に隠す理由もないので、広報用に含まれていた。
 ただし、あれは毎日少しずつ長期に渡って放送されていたので、さすがに全部はないのだ。映像で持ってきたのは最初の方だけだ。

 だが、一番最初の建国物語から、紙芝居はタイトルや主要人物を変えて、ずっと続いていたのだ。恐らく今も続いていると思う。

 私なんてリアルタイムで毎日「アルトワール建国物語」から連なる、史劇紙芝居を全部観ていたのに、途中で国外追放されたんだぞ。
 激動の戦乱を生きたオーファ王子と、庶子にして第二王妃にまで取り立てられたアリーアットラの恋物語はどうなったというのか。ワイバーンに連れ去られたアリーはどうなったのか。ああ思い出すと気になってきた。極力考えないようにしてきたのに。

「開国してよ。そして導入してよ。そうしたらきっと観られるから」

「でもお高いでしょう?」

 うん、お高いね。シャレにならないくらいお高いね。

「私の稼ぎと権力じゃ、さすがに無理だわ」

 まあ、だろうね。王族でも躊躇う金額だからね。

「じゃあ王様とかリビセィルに頼んでおいてよ。公報担当のアルトワールの使者を呼んでいいか、って」

「それはもう言ってる。でもなんか、まだちょっと難しいみたい」

 そうか。

「もうすぐアルトワールから、私の様子を見る定期便が来るの。一応手紙に『続きを送れ』って書き添えておくから。でも期待しないでね」

「わかった。期待しちゃう」

 するなっての。ダメ元でしかないんだから。




 その夜から数日後、元空賊リグナー船長がやってきた。

 今こちらに滞在し店を出す準備を進めているダロンに合流するセドーニ商会の人員を何人かと、私の荷物を置いて、今回も即座に帰った。

 ――それから後。

 夏季休暇が終わり、私が無事四年生に進級してすぐのある日。




「やあ。来たよ」

 屋敷に帰ると、アルトワール王国第二王子にして魔法映像マジックビジョン王都放送局局長代理ヒエロ・アルトワールがいた。



しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

迷い人と当たり人〜伝説の国の魔道具で気ままに快適冒険者ライフを目指します〜

青空ばらみ
ファンタジー
 一歳で両親を亡くし母方の伯父マークがいる辺境伯領に連れて来られたパール。 伯父と一緒に暮らすお許しを辺境伯様に乞うため訪れていた辺境伯邸で、たまたま出くわした侯爵令嬢の無知な善意により 六歳で見習い冒険者になることが決定してしまった! 運良く? 『前世の記憶』を思い出し『スマッホ』のチェリーちゃんにも協力してもらいながら 立派な冒険者になるために 前世使えなかった魔法も喜んで覚え、なんだか百年に一人現れるかどうかの伝説の国に迷いこんだ『迷い人』にもなってしまって、その恩恵を受けようとする『当たり人』と呼ばれる人たちに貢がれたり…… ぜんぜん理想の田舎でまったりスローライフは送れないけど、しょうがないから伝説の国の魔道具を駆使して 気ままに快適冒険者を目指しながら 周りのみんなを無自覚でハッピーライフに巻き込んで? 楽しく生きていこうかな! ゆる〜いスローペースのご都合ファンタジーです。 小説家になろう様でも投稿をしております。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

処理中です...