215 / 405
214.転属してきた人たち
しおりを挟む「――おはよう」
「…………」
「お……おはよう、ございます……」
このマーベリアの機兵学校に通い出して、もうすぐ二ヵ月である。
さすがにもう諦めた。
クラスメイトは私を入れても五人しかいないのだし、いずれ慣れるだろうと思っていたが。
もう打ち解けるのは、諦めた。
四人からかなり畏怖の感情を感じるものの、別に害意があるわけではなさそうなので、もう気にしないことにする。
こちらから歩み寄ろうとすればするほど、向こうがより怖がるのだから、仕方ない。
……たかが訓練用の機兵を指一本で倒したり倒さなかったりしただけなのになぁ。
随分寒くなった昨今、マーベリアもすっかり冬である。
夜襲があったり屋敷が壊れたり逮捕されたり虫の駆除に乗り出したり王女をモノにしたりと、なかなか中身の詰まった二ヵ月を過ごせたと思う。
思い返せば、結構楽しかったな。
そんなとある日の昼頃。
クラスメイトたちが食堂に行ってしまい、教室には私だけが残っている。
私は弁当である。
子供たちが、というかミトとカルアがリノキスに教えてもらって作った「お嬢様大好き弁当」なるこっ恥ずかしいけどちょっと嬉しい、ややぐちゃっとしていたりべちゃっとしていたりするサンドイッチの詰め合わせを食べつつ、今後のことに頭を悩ませる。
もうすぐ、三ヵ月周期で様子を見に来ると言っていた元空賊が、マーベリアに渡航してくるはずだ。
それまでに、アルトワール側に伝える情報と要望を、整理しておかないと。
――とりあえず商業組合は抑えたと言えるので、セドーニ商会に「こっちで支店を出さないか」と伝えてもらうのは確定としてだ。
やはり進めるべきは、開国方面だろう。
今の封鎖的なマーベリアでは、どうしたって魔法映像を広めることなんてできやしない。
でも、開国なんて何をすればできるのか――おや?
「――ニア・リストン!!」
大勢の足音が聞こえてきたと思えば、二十名を超えるほどの生徒たちが教室に乗り込んできた。
まっすぐ私に詰め寄ってきたのは……ああ、機兵科の彼奴等か。何人か機兵を壊して泣かせたことがある。
「君はシィル様に何をしたんだ!」
機兵科の連中に囲まれた私の前に立つ、彼らの代表であろう青年が、いきなりそんなことを言い出した。
「何って? ……あ、このハムおいしい」
何気なく口に運んだ、薄くスライスしたハムが何枚も重ねて挟んであるサンドイッチが、思いがけずうまかった。ほほう……マーベリア産のハムだよな? この国もやるではないか。
「食うな! 質問に答えろ!」
そう言われてもなぁ。
「シィルがどうかしたの?」
そう問うと、女子の何人かがきゃあだのなんだのと悲鳴を上げた。
「な、な、なぜ呼び捨てにした!? この無礼者め!」
おっと。
代表の青年が、子供たちが作った「お嬢様大好き弁当」を払い落とそうとしたので、手に持って回避する。
……あんな速度では百回やっても当たらないが、今度やったら殴ろう。私の「お嬢様大好き弁当」だぞ。台無しにするような輩は半殺しでも足りないくらいだ。
「何? ケンカを売りに来たの? 私は別に機兵じゃなくても相手するわよ?」
この場のたった二十数名なんぞ、物の二、三秒で全員ぶっ飛ばしてやる。
「なんだと……外国人のくせに……!」
「はいはい外国人外国人。用が済んだならもう行きなさい」
「まだ何も済んでないだろうが!」
あ? ……ああそうか。シィルレーンがどうこうとは聞いたけど、そこから何一つ進んでなかったな。
「シィルがどうしたって?」
「だからなぜ呼び捨てなんだ! あの方はマーベリア王国の王族だぞ! たかが外国人の留学生が呼び捨てにしていい相手ではない!」
「そうなの? ……それでシィルがどうしたって?」
「今私が言ったことを聞いてなかったのか!?」
聞いてたようるさいな。その上で言ってるんだろ。
「――なんの騒ぎだ?」
あ、噂をすれば。
機兵科の連中が周囲にいるので見えはしないが、この声はシィルレーンだ。あとアカシも一緒に来ているようだ。
機兵科が道を開け、二人が私の前にやってくる。
「ジーゲルン殿、なんの騒ぎだ?」
「な、なんの騒ぎじゃないでしょう!? ――こいつ!」
青年――ジーゲルンと呼ばれた男は、びしっと私を指さす。なんだその指は。折るぞ。
「こいつのせいでしょう!? シィル様が機兵科から普通科に移ったのは!」
あ。
「シィル、やっと手続き終わったの?」
学期の頭ならまだしも、もう始まってしまってからの転属だけに、少し時間が掛かってしまったようだが。
「ああ。ようやくな。今日から私もニアと同じ普通科だよ」
「同じくぅ~」
シィルレーンは、私の言いつけ通り、機兵科から普通科に所属が移ったようだ。ついでにアカシも。アカシは別によかったのにな。
「それと、今日荷物を持って行くからな。私の部屋はあるんだよな?」
「部屋はあるけど、ベッドくらいしかないわよ?」
「あたしの部屋はぁ? 西日が入らない部屋がいいなぁ」
「アカシは自分の家に帰ったら? そう遠くないし」
「えっのけ者? あたしだけのけ者?」
「――ちょっと待てぇ!!」
うわ、なんだうるさいな。急に大声で。
「いきなりどうした、ジーゲルン殿? ……皆もどうした?」
眉を寄せるシィルレーンには、ジーゲルンを始め、なんというか、皆「嘘だろ」とでも言い出しそうな不安げな顔をしている。
「――なぜですか!?」
ジーゲルンは散々掛ける言葉を迷ったようだが、その言葉と同時に詰め寄り小柄なシィルレーンの両肩を掴んだ。
「なぜ学校一の腕を誇る機兵乗りのあなたが普通科なんかに移るんだ! 私はあなたを目標に日々精進してきた! あなたを越えるために毎日努力してきた! ……あ、あなたに釣り合う男になるために!」
あれ? 何気なく告白入った?
「私に釣り合う? ……そうか」
シィルレーンは、チラリと私を見たあと、再びジーゲルンに視線を移す。
「たとえばだが、仮にあなたが私に値段を付けるとしたら、いくら出す?」
「ね、値段なんて……そんな失礼なことは……!」
「たとえばだ。いいから答えてくれ」
「……ならば……――百億クラムです! 私はあなたのためならそれくらいは惜しくない!」
少し迷ってやってきたそれを聞き、シィルレーンはジーゲルンの手を外した。
そして、私を見て言った。
「――彼女は私に三百億の値を付け、最終的には五百億を出したよ」
「は……!?」
「普通科の皆に迷惑だ。全員出て行きなさい」
いまいち状況がわからないまでも、しかしフラれたことだけは理解したのだろう抜け殻となったジーゲルンを連れて、機兵科の連中はとりあえず引き上げて行った。
ただ、まるで状況の説明もできていないし、断片だけ聞いても何が何だかわからなかっただろうから、きっとまた似たようなことはあるだろうが。
「今日から私とアカシも普通科だ。まあ学年は違うがな。よろしく、ニア」
「よろしくねぇ」
はい、よろしく。
「それと私は君の物だから、できるだけ傍にいるぞ。具体的には半分くらい一緒に住むからな」
「あたしもぉ」
アカシは違うと思うが……まあ、それもよろしく。
20
お気に入りに追加
511
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
迷い人と当たり人〜伝説の国の魔道具で気ままに快適冒険者ライフを目指します〜
青空ばらみ
ファンタジー
一歳で両親を亡くし母方の伯父マークがいる辺境伯領に連れて来られたパール。 伯父と一緒に暮らすお許しを辺境伯様に乞うため訪れていた辺境伯邸で、たまたま出くわした侯爵令嬢の無知な善意により 六歳で見習い冒険者になることが決定してしまった! 運良く? 『前世の記憶』を思い出し『スマッホ』のチェリーちゃんにも協力してもらいながら 立派な冒険者になるために 前世使えなかった魔法も喜んで覚え、なんだか百年に一人現れるかどうかの伝説の国に迷いこんだ『迷い人』にもなってしまって、その恩恵を受けようとする『当たり人』と呼ばれる人たちに貢がれたり…… ぜんぜん理想の田舎でまったりスローライフは送れないけど、しょうがないから伝説の国の魔道具を駆使して 気ままに快適冒険者を目指しながら 周りのみんなを無自覚でハッピーライフに巻き込んで? 楽しく生きていこうかな! ゆる〜いスローペースのご都合ファンタジーです。
小説家になろう様でも投稿をしております。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜
白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」
即位したばかりの国王が、宣言した。
真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。
だが、そこには大きな秘密があった。
王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。
この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。
そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。
第一部 貴族学園編
私の名前はレティシア。
政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。
だから、いとこの双子の姉ってことになってる。
この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。
私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。
第二部 魔法学校編
失ってしまったかけがえのない人。
復讐のために精霊王と契約する。
魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。
毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。
修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。
前半は、ほのぼのゆっくり進みます。
後半は、どろどろさくさくです。
小説家になろう様にも投稿してます。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる