狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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214.転属してきた人たち

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「――おはよう」

「…………」

「お……おはよう、ございます……」

 このマーベリアの機兵学校に通い出して、もうすぐ二ヵ月である。

 さすがにもう諦めた。
 クラスメイトは私を入れても五人しかいないのだし、いずれ慣れるだろうと思っていたが。

 もう打ち解けるのは、諦めた。

 四人からかなり畏怖の感情を感じるものの、別に害意があるわけではなさそうなので、もう気にしないことにする。
 こちらから歩み寄ろうとすればするほど、向こうがより怖がるのだから、仕方ない。

 ……たかが訓練用の機兵を指一本で倒したり倒さなかったりしただけなのになぁ。




 随分寒くなった昨今、マーベリアもすっかり冬である。

 夜襲があったり屋敷が壊れたり逮捕されたり虫の駆除に乗り出したり王女をモノにしたりと、なかなか中身の詰まった二ヵ月を過ごせたと思う。
 思い返せば、結構楽しかったな。

 そんなとある日の昼頃。
 クラスメイトたちが食堂に行ってしまい、教室には私だけが残っている。

 私は弁当である。

 子供たちが、というかミトとカルアがリノキスに教えてもらって作った「お嬢様大好き弁当」なるこっ恥ずかしいけどちょっと嬉しい、ややぐちゃっとしていたりべちゃっとしていたりするサンドイッチの詰め合わせを食べつつ、今後のことに頭を悩ませる。

 もうすぐ、三ヵ月周期で様子を見に来ると言っていた元空賊が、マーベリアに渡航してくるはずだ。
 それまでに、アルトワール側に伝える情報と要望を、整理しておかないと。

 ――とりあえず商業組合は抑えたと言えるので、セドーニ商会に「こっちで支店を出さないか」と伝えてもらうのは確定としてだ。

 やはり進めるべきは、開国方面だろう。
 今の封鎖的なマーベリアでは、どうしたって魔法映像マジックビジョンを広めることなんてできやしない。

 でも、開国なんて何をすればできるのか――おや?

「――ニア・リストン!!」

 大勢の足音が聞こえてきたと思えば、二十名を超えるほどの生徒たちが教室に乗り込んできた。
 まっすぐ私に詰め寄ってきたのは……ああ、機兵科の彼奴等か。何人か機兵を壊して泣かせたことがある。

「君はシィル様に何をしたんだ!」

 機兵科の連中に囲まれた私の前に立つ、彼らの代表であろう青年が、いきなりそんなことを言い出した。

「何って? ……あ、このハムおいしい」

 何気なく口に運んだ、薄くスライスしたハムが何枚も重ねて挟んであるサンドイッチが、思いがけずうまかった。ほほう……マーベリア産のハムだよな? この国もやるではないか。

「食うな! 質問に答えろ!」

 そう言われてもなぁ。

「シィルがどうかしたの?」

 そう問うと、女子の何人かがきゃあだのなんだのと悲鳴を上げた。

「な、な、なぜ呼び捨てにした!? この無礼者め!」

 おっと。

 代表の青年が、子供たちが作った「お嬢様大好き弁当」を払い落とそうとしたので、手に持って回避する。

 ……あんな速度では百回やっても当たらないが、今度やったら殴ろう。私の「お嬢様大好き弁当」だぞ。台無しにするような輩は半殺しでも足りないくらいだ。

「何? ケンカを売りに来たの? 私は別に機兵じゃなくても相手するわよ?」

 この場のたった二十数名なんぞ、物の二、三秒で全員ぶっ飛ばしてやる。

「なんだと……外国人のくせに……!」

「はいはい外国人外国人。用が済んだならもう行きなさい」

「まだ何も済んでないだろうが!」

 あ? ……ああそうか。シィルレーンがどうこうとは聞いたけど、そこから何一つ進んでなかったな。

「シィルがどうしたって?」

「だからなぜ呼び捨てなんだ! あの方はマーベリア王国の王族だぞ! たかが外国人の留学生が呼び捨てにしていい相手ではない!」

「そうなの? ……それでシィルがどうしたって?」

「今私が言ったことを聞いてなかったのか!?」

 聞いてたようるさいな。その上で言ってるんだろ。

「――なんの騒ぎだ?」

 あ、噂をすれば。

 機兵科の連中が周囲にいるので見えはしないが、この声はシィルレーンだ。あとアカシも一緒に来ているようだ。

 機兵科が道を開け、二人が私の前にやってくる。

「ジーゲルン殿、なんの騒ぎだ?」

「な、なんの騒ぎじゃないでしょう!? ――こいつ!」

 青年――ジーゲルンと呼ばれた男は、びしっと私を指さす。なんだその指は。折るぞ。

「こいつのせいでしょう!? シィル様が機兵科から普通科に移ったのは!」

 あ。

「シィル、やっと手続き終わったの?」

 学期の頭ならまだしも、もう始まってしまってからの転属だけに、少し時間が掛かってしまったようだが。

「ああ。ようやくな。今日から私もニアと同じ普通科だよ」

「同じくぅ~」

 シィルレーンは、私の言いつけ通り、機兵科から普通科に所属が移ったようだ。ついでにアカシも。アカシは別によかったのにな。

「それと、今日荷物を持って行くからな。私の部屋はあるんだよな?」

「部屋はあるけど、ベッドくらいしかないわよ?」

「あたしの部屋はぁ? 西日が入らない部屋がいいなぁ」

「アカシは自分の家に帰ったら? そう遠くないし」

「えっのけ者? あたしだけのけ者?」

「――ちょっと待てぇ!!」

 うわ、なんだうるさいな。急に大声で。

「いきなりどうした、ジーゲルン殿? ……皆もどうした?」

 眉を寄せるシィルレーンには、ジーゲルンを始め、なんというか、皆「嘘だろ」とでも言い出しそうな不安げな顔をしている。

「――なぜですか!?」

 ジーゲルンは散々掛ける言葉を迷ったようだが、その言葉と同時に詰め寄り小柄なシィルレーンの両肩を掴んだ。

「なぜ学校一の腕を誇る機兵乗りのあなたが普通科なんかに移るんだ! 私はあなたを目標に日々精進してきた! あなたを越えるために毎日努力してきた! ……あ、あなたに釣り合う男になるために!」

 あれ? 何気なく告白入った?

「私に釣り合う? ……そうか」

 シィルレーンは、チラリと私を見たあと、再びジーゲルンに視線を移す。

「たとえばだが、仮にあなたが私に値段を付けるとしたら、いくら出す?」

「ね、値段なんて……そんな失礼なことは……!」

「たとえばだ。いいから答えてくれ」

「……ならば……――百億クラムです! 私はあなたのためならそれくらいは惜しくない!」

 少し迷ってやってきたそれを聞き、シィルレーンはジーゲルンの手を外した。

 そして、私を見て言った。

「――彼女は私に三百億の値を付け、最終的には五百億を出したよ」

「は……!?」

「普通科の皆に迷惑だ。全員出て行きなさい」




 いまいち状況がわからないまでも、しかしフラれたことだけは理解したのだろう抜け殻となったジーゲルンを連れて、機兵科の連中はとりあえず引き上げて行った。

 ただ、まるで状況の説明もできていないし、断片だけ聞いても何が何だかわからなかっただろうから、きっとまた似たようなことはあるだろうが。

「今日から私とアカシも普通科だ。まあ学年は違うがな。よろしく、ニア」

「よろしくねぇ」

 はい、よろしく。

「それと私は君の物だから、できるだけ傍にいるぞ。具体的には半分くらい一緒に住むからな」

「あたしもぉ」

 アカシは違うと思うが……まあ、それもよろしく。



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