狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

文字の大きさ
上 下
172 / 405

171.日を跨いで撮ってまとめた日記のようなもの

しおりを挟む




「マジか!?」

「しっ。まだ極秘」

 私の不利益ならまだいいが、セドーニ商会の不利益になるのはいただけない。

「夏くらいには表立って動いていると思うけど、それまでは秘密にして。セドーニ商会に睨まれてもいいことはないわよ」

「お、おう……わかった。誰にも言わねえ」

 うむ、それでいい。




 ――小学部三年生の一学期が始まった。

 今年も貴人の見栄で作った真新しい制服を着て新学期に臨み、初日を終えて寮に帰ってきた。
 そこで、再びシャールの待ち伏せを受けたところである。

 まあ、来ることはわかっていたので、特に問題はない。
 彼は、春休み前に私に頼んだ、単船の部品を取りに来たのだ。――「俺が行っても足元を見られるかもしれないから、できれば購入までしてくれ」と言われているので、そのようにした。

 部屋に戻ってシャールへの荷物を持って、また引き返す。そして出入り口で待っていた彼に荷物を渡した。
 ちなみに値段は、シャールから聞いていた予算額の範囲内で収まった。きっと買い手も売り手も、これが適正価格なのだと思う。
 
 価格を聞くと、シャールは財布の革袋から硬貨を数枚抜いて、革袋ごと渡して来た。これが代金である。
 受け取り、特に確認もせず上着のポケットに突っ込んでおいた。

「おい。中身、確かめなくていいのか?」

 ん?

「別にいいわ。ウィングロード用の単船を組もうって人が、小銭を誤魔化すほどケチとは思えないし」

 単船の値段は教えてもらったし、それ用の部品だって決して安くない。

 仮にちょろまかされていたとしても、小銭を儲けるために信頼を捨てると言うなら、それもいいだろう。次がないだけの話である。

「それよりシャール。あなたの単船は何型なの?」

「あ? わかんのか?」

「ええ」

 先日仕入れたばかりの知識だが、一通りは頭に入れてある。

「実はセドーニ商会が、本格的にウィングロード事業に乗り出すかもしれないの」

「――マジか!?」

 よほど予想外だったのか、シャールは目を見開いて驚いた。

「――しっ。まだ極秘」
 
 ここは寮の前で、色恋沙汰に興味津々な女の目も少しある。普通の声なら大丈夫だとは思うが、大声では確実に聞こえる。
 夏くらいまでは秘密にしろ、というと、シャールは神妙な顔で頷いた。

「でも本当か? つまり……」

「ええ。これからはあの店で、ウィングロード用の部品が普通に買えるようになる、かもね」

「そっか……そうなったらかなり助かるんだけどな」

 アルトワール王国には、ウィングロードの知名度がまだまだ広がっていないのだ。知っている者は知っている、程度のものである。

 そんな状態なので、ウィングロード関連の品物を手に入れるのは、かなり難しい。
 それも単船本体を買うならまだしも、それを構成する細々した部品の一つ一つを別途注文となると、この国の商人が単船の知識を持たない上に、取り寄せる手間が利益を上回ってしまう。なのでなかなか受け付けてくれないのだとか。

「それで? あなたの単船は何型なの? 豹獣型ビーストタイプ? それとも空蛇型スネークタイプ?」

「お、おう。俺のは……」

 言いかけて止まり、シャールは笑った。

「せっかくだから見に来いよ。もうすぐ完成するからよ」

 お、そうなのか。
 今日は時間もあるし、ちょっと見に行ってみようかな。

「――リノキス、来なさい。単船を見に行くわ」

 シャールの頼まれ物を部屋から持ってきた時点で、彼女はぴったりと付いてきていた。そして出入り口付近に隠れて様子を見ていた。隠れたいならかすかな殺気も消せというのだ。未熟者め。
 
「そのメイドもか?」

「ごめんなさい。私、基本的に単独行動を許されていないのよ」

 彼女もいいか、と問うと、シャールは「ああ」と答えた。

「おまえ有名人だもんな。一人でいると迷惑な奴に絡まれたりするんだろ?」

「まあそんな感じね」

 王国武闘大会が決まってからは、サノウィルによく絡まれるからな。あながち間違いではない。
 まあ、絡まれても全然平気だが。

 


 単船に決まった型はない。
 小型から大型までの飛行船は、だいたい形は決まっているが、単船は違う。

 アルトワールでよく見るのは、椅子に座るような座席に操舵輪が付いた一人用で、後方が荷台になっているものが多い。まあ港の荷運び用の単船だが。
 あとはリストン領で、数名が一度に乗れる馬車型のものがあるが、あれも一応単船という扱いになるはずだ。

 あの空賊たちが乗っていたのは、ウィングロード用の単船に似ていたが、中身はまったく別物だ。
 あれは防風空域……浮島や飛行船が外気から守ってくれる範囲の外を飛ぶためのものだ。速度は出ないが強風に負けない馬力がある、みたいな感じだろうか。

 ヴァンドルージュでも多種多様の型があり、使用用途に併せて大きく種類が分けられているそうだ。

 そして、ウィングロード用の単船……いわゆる競技船だが。
 これは完全に「速く飛ぶための型」を追及した結果、自ずと速く飛ぶための型が確立していったそうだ。

 飛行皇国ヴァンドルージュの優秀な飛行船技師たちが、経験と技術の粋を尽くして組み上げた定型が、四種類。

 豹獣型ビーストタイプ
 空蛇型スネークタイプ
 矢鳥型バードタイプ
 鋼猪型ボアタイプ

 基本は馬のように跨る形だが、外装などの違いで分けられる。
 今のところこれらが一番速いとされ、レースにおいてしのぎを削っているとかいないとか。

 ――シャールの案内で連れて来られたのは、中学部の校舎の一室。どうやら空き部屋を借りているようだ。

 カギを使ってドアを開けると、油の臭いが漏れてくる。
 先に入るシャールを追って部屋に踏み込むと、そこには……あ、あれか。

 油汚れに汚れた布の敷物の上に乗った、ところどころ塗装が剥がれている、かなりボロく見える赤い単船。
 デザインは違うが、先日セドーニ商会の倉庫で見せてもらったものと同型だ。前部が丸いことから、標準的な豹獣型ビーストである。

「調べた限りでは、事故って捨てられたウィングロード用の試作機らしい。がたくた屋で偶然見つけて、親に頼み込んで金借りて買った。でもって数年かけてここまで直したんだ。大変だったぜ」

 へえ。

「縁があったのね」

「かもな」

 見た目はひどいが、塗装が剥げているだけで故障しているようには見えない。なるほどもうすぐ完成というのは本当なのだろう。

「小学部からの付き合いだよ。本当に長かったぜ……どれだけ金を注ぎ込んだかも知れねえ」

 ――うむ。

「撮りましょう」

「え?」

「小学部からウィングロード用の単船を修理してきた生徒。悪くない題材だと思うわ。ここから完成して飛ぶところまで、日時を挟んで撮って追いかけていきましょう。いわゆる日記みたいな感じで」

 シルヴァー領のチャンネルで時々やっている紙芝居のまとめ放送のように、追いかけた数日分をまとめて編集して、一本の映像にすればいいのだ。

 一日では撮れないだけに、こういう映像はあまり観たことがない。意外と受けるかもしれない。

「いやなんでだよ。撮るって、魔法映像マジックビジョンで放送するかもしれないんだろ? そもそも日記なんて誰かに見せるもんじゃねえだろ」

「あなたはウィングロードを広めるために準放送局に所属したんでしょ? いい機会でしかないじゃない」

「それは……まあ、そうだが……」

「とにかく、ワグナスに話してみるといいわ。いけると思ったら撮影してくれるはずよ」

 今年高学部一年生に進級した現場監督は、まだ未熟だが嗅覚は悪くない。面白そうだと感じれば動くだろう。



しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

迷い人と当たり人〜伝説の国の魔道具で気ままに快適冒険者ライフを目指します〜

青空ばらみ
ファンタジー
 一歳で両親を亡くし母方の伯父マークがいる辺境伯領に連れて来られたパール。 伯父と一緒に暮らすお許しを辺境伯様に乞うため訪れていた辺境伯邸で、たまたま出くわした侯爵令嬢の無知な善意により 六歳で見習い冒険者になることが決定してしまった! 運良く? 『前世の記憶』を思い出し『スマッホ』のチェリーちゃんにも協力してもらいながら 立派な冒険者になるために 前世使えなかった魔法も喜んで覚え、なんだか百年に一人現れるかどうかの伝説の国に迷いこんだ『迷い人』にもなってしまって、その恩恵を受けようとする『当たり人』と呼ばれる人たちに貢がれたり…… ぜんぜん理想の田舎でまったりスローライフは送れないけど、しょうがないから伝説の国の魔道具を駆使して 気ままに快適冒険者を目指しながら 周りのみんなを無自覚でハッピーライフに巻き込んで? 楽しく生きていこうかな! ゆる〜いスローペースのご都合ファンタジーです。 小説家になろう様でも投稿をしております。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

処理中です...