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141.そして結婚式の準備へ
しおりを挟むヴァンドルージュ首都に戻り、ホテルに到着したのは深夜だった。
半日以上にも及ぶ移動と撮影の繰り返しで、私もリノキスもスタッフも、見学として同行いたクリストも、監視員として見張っていたカカナも、もう心身をすり減らしてボロボロである。
重い身体を引きずって昨日の豪華な部屋に戻ると、続々と倒れ込むように……というか本当に倒れた。
「――お帰り。大変だったな」
ヒエロ王子自らが出迎えてくれたりもしたが、それどころじゃない。
皆本当に疲れている。ここまでの長丁場は私も初めてだった。
まさに地獄と言うべきスケジュールである。
クリスト皇子まで床に倒れ、メイクの女の子と一緒に寝ているような感じになっている。もうお互い気にするほどの余裕も、すっかりすり減ってなくなってしまったのだろう。
私も倒れそうになったが、なんとかテーブルに着く。気を抜くと意識が眠りに落ちてしまいそうだ。後ろに控えるリノキスも眠そうである。
「そちらは早かったのですね」
きっと過酷な状況を想定した訓練もしてきたのだろうカカナは、表向きは平気そうだ。でも時々うとうとしていたので、やはり彼女も疲れているのだろう。
「まだ作業が終わったわけではないからね。少し予定をずらしているんだ」
そう、ヒエロたち一班は、少しだけ早めにホテルに戻り、先に編集作業を行うという分業スケジュールを組んでいる。
と言っても、彼らも帰ってきたのは夜だろうが。
二班はこれから仮眠を取り、一班と入れ替わりで起床する予定だ。
そして編集を終え、明日の結婚式の準備までして、当日の撮影も行うこととなっている。
――はっきり言おう。地獄はまだ終わっていない。特にスタッフは。
「……まだ終わりじゃない、か……」
表向きは平気そうだったカカナの表情に、はっきりと疲労と嫌悪が現れた。あまりの言葉に隠しきれなくなったようだ。
「監視は撮影に限りだったはずだ。もう今日の撮影は終わっているので、カカナ殿は休むといい。ガウィン殿は先に、こことは別に取ってある個室に詰めているぞ」
ちなみにクロウエンも、同じように個室でもう休んでいるそうだ。
「そ、そうか。確かに監視は撮影のみと聞いているが……」
「そうだね。……何か気になることでも?」
「これから編集という作業をするのでしょう? どのようなものなのか気になっていたもので……」
「ああ……すまないが、そこは公開できないんだ。魔法映像の仕組みや技術を教えることになってしまう」
「やはりそうですか。企業秘密というやつですね」
ヴァンドルージュが良い飛行船の作り方を秘匿しているのと同じである。……眠い。
「カカナ殿。もしや魔法映像に興味が出ましたか?」
「……そう、ですね……話には聞いていましたが、実際観たのは今日が初めてでしたので。皆にもいろんな話を聞かせてもらいました」
皆、というのは、私やクリスト、そしてスタッフたちである。
魔法映像を理解したカカナは、撮影の始まり頃の警戒心はなくなり、その代わりに興味が湧いたようだ。
「では、私が広報用に持ってきた映像があるので、持っていってガウィン殿と一緒に観るといい。――ニア・リストンが出ている映像もある。彼女はアルトワールでは有名なんだ」
カカナが私を見る。尋常じゃなく眠いので頭が回らない。「出てますよー」とだけ言っておく。
「ぜひ貸してほしい」
操作方法を教わったカカナは、魔晶板と魔石とプレート一体型魔法陣の一式を持って部屋を出ていった。
「皆も休んでくれ。風呂も用意してあるし、空腹なら食べ物も注文しよう。クリストは起きろ、ここで寝るな。
ニア、君も部屋に戻って休むといい。顔を映す君が、明日に疲労を残すわけにはいかないからな」
……ふう、ようやく今日の仕事が終わったか。
こういう長丁場は、休める時に休むのが鉄則である。
これからまだ作業が残っているスタッフには悪いが、私がここにいたところでできることはないし、明日に向けて体調を整えることも私の仕事である。
彼らは最善を尽くして映像を編集し、明日に備える。
私も最善を尽くして、しっかり休んで明日の撮影に備える。
彼らは彼らの仕事をし、私は私の仕事をする。
それだけのことだ。
「では先に休ませてもらいます」
後は彼らに任せて、私は明日に備えて休もう。
――借りている部屋に戻り、手早く風呂に入ってとっとと出る。髪は起きてから洗うことにする。
もう途切れ途切れった意識は、ベッドに飛び込んだ瞬間から、一瞬で睡魔に飲み込まれた。
翌日。
今日も朝早くから起きて、風呂に入って昨夜洗えなかった髪を洗う。
少しだけゆったりした時間を過ごして紅茶を楽しみ、それからもはやスタッフの詰め所のようになっている広い豪華部屋へ向かう。
「――二十九番の映像、上がりました! チェックお願いします!」
「――ここは切れ! これとこれはこのままだ!」
「――映像、あと七つです!」
どうやら作業は大詰めのようである。
ヒエロが映像をチェックし、細々と指示を出している。――王都放送局局長代理の肩書は伊達ではないようで、彼の指示にスタッフたちはきびきび動いていた。
「おはようございます」
すでに道具類のチェックを済ませた、比較的余裕があるメイクの女の子が部屋に通してくれた。
「おはようニア。早速で悪いが機材を運んでくれるか?」
おっと、早速仕事があるようだ。……まあ荷運びなので、昨日のようにリノキスに頼みたいのだろう。
「わかりました。私と侍女で運びますので」
「頼む。作業が終わったら、全員で最終確認がてら朝食を食べよう。――君、そろそろクリストたちとガウィン殿たちに、食堂に集まるように声を掛けてきてくれ」
ヒエロに指示を出されたメイクの女の子が「わかりました!」と返事をし、部屋を出ていった。まだまだ皆忙しそうである。
私とリノキスで、すでにホテルの前に停めてあった小型船に、撮影用と結婚式用に用意してきた機材を乗せる。
かなりの量となるそれら全てを乗せると、スタッフの一人が同乗して小型船は出発した。先に機材だけ現地に運び込んでしまうそうだ。
それから程なくして、編集作業が終わり。
食堂の個室に、関係者全員が集まった。
昨日に引き続き疲れ果てている者、昨日から無精ヒゲが伸びたままの者、比較的昨日のスケジュールの影響をあまり受けていない者、昨日の今日でしっかり回復した者。
皇子や皇女や監視員たちも混じり、打ち合わせをしながら朝食を取る。
結婚式は、昼から。
だが私たちは、朝から準備に向かう必要があるのだ。
朝まで作業した者は、これから風呂に入ったり少し休んだりしてこざっぱりとしてから参加。
そうじゃないものは、これからすぐに準備に参加である。
さあ、結婚式本番だ。
……しかしまあ、こういっちゃアレだが、一番きついところはすでに越えているので、少しだけ気は楽である。
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