114 / 405
113.下準備はできている
しおりを挟む夏休みと違い、冬休みは短い。
その短い期間の中の数日を捻出するために、当然のように撮影スケジュールは過密を極めた。
本当に地獄の再来だった。
いや、期間が短い分、夏よりもっと過密だった。もっともっとぎゅうぎゅうにスケジュールを詰め込まれていた。
もはや寝るためだけの帰宅。
私はこの冬休み、両親と兄には数えるほどしか会っていない。ゆっくり話をする時間もなかった。
あの夏を共に生き抜いた、戦友たる撮影班もひどいことになっていた。
終わらない撮影に蓄積する疲労と、できたての恋人に会えないつらい日々に、何度も泣きながら逃げようとしたメイク。
過密スケジュールに心を殺され、何をしても無表情で淡々と仕事をこなしたカメラ。
そして、いつも娘の手作りのお守りを虚ろな目で見ている現場監督。
ほかのスタッフからも「こんな仕事やめてやる」だの「ベンデリオ……!」だの「ニアちゃんが風邪ひいたってことにしてこのまま全員で旅行に行かない?」だの。
悪態、言葉にならない憎悪、抗い難き悪魔の囁きと、人間の本性が垣間見えるような極限状態に陥ったりもしたが。
それでもなんとか、なんとか今回も乗り切ったのだった。
――うん、いずれ旅行は行こう。温泉地に撮影で行って、そのまま泊まるスケジュールを組ませよう。言っておくから。
十日で二十本撮り、完了。
これでなんの憂いもなく、捻出した数日でバカンス――もとい、出稼ぎに行ける。
「――ニア。ヒエロ様によろしく伝えてくれ。娘を頼むぞ、リノキス」
今回の隣国ヴァンドルージュ行きは、さすがに両親に黙って行くには遠く、また貴人の身分が許さない立場である。
まあ、対人関係が面倒なので手続きは踏むものの、お忍びという形で行くことになっているが。
十億稼ぐだの魔獣を狩るだのの裏の事情はさておき、両親を説得する表の理由は、ちゃんと用意している。
一つは、ヒルデトーラの兄にして王都放送局局長代理である、第二王子ヒエロ・アルトワールへの挨拶。
これはヒルデトーラに頼んで、ヒエロ側から「ぜひニア・リストンと会ってみたいので、もしよかったら冬休みを利用して来ませんか?」というお誘いの手紙を貰った形である。ちなみに会ったことはない。
貴人である以上、王族の誘いとなれば、相応の理由がないと断りづらい。
更に言えば、私が乗り気なので、両親は承諾した。
もちろんというか当然と言うか、いつでも仕事に忙しい両親の同行はない。
お忍びで、しかも数日だけしかヴァンドルージュに滞在できないので、私とリノキスのみでさっさと行ってくることになった。
まさに計画通りである。
ヒエロは現在、飛行皇国ヴァンドルージュで魔法映像の売り込みをしている。
元々皇国側は魔法映像に強い関心があったそうで、それならとヒエロは何度か現物を持ち込み、直接向こうに見せに行っているのだ。
魔法映像の技術は、それこそ十億クラムでは足りないほどの莫大な資金で売り出しているそうなので、一国の持つ財布でも軽々しく導入はできないんだとか。
ヒエロが何度も足を運んで営業しているのは、導入反対派を説得するためと、出資者集めのためである。
こっちはどうしてもヴァンドルージュへ行きたかったので、ヒルデトーラのつてで、第二王子ヒエロに協力してもらったというわけだ。
実際挨拶にも行くことになるが、お互い忙しいので、すぐ終わらせて別れる予定である。
それと、これ幸いと両親から念を押されたことがある。
飛行船の下見である。
飛行皇国と言うだけあって、ヴァンドルージュは高度にして緻密な独自の魔法技術で、他国の追随を許さない高性能の飛行船を造ることができる。
前から少し話は出ていたが、両親が私に贈ってくれるそうだ。
結局話がまとまらず先延ばしにされていた私への入学祝いが、こういう形で回ってきたのだ。
兄の持つ懐古主義な飛行船も、ヴァンドルージュ産である。
向こうの国ではよくある平凡な性能なんだそうだが、それでもアルトワール産と比べれば非常に性能がいいらしい。
「ヴァンドルージュに行くなら丁度いい。後で金は出すから、行ったついでに欲しい船を見付けてこい」と言われた。
「跡取りなら見栄も必要だろうが、そうじゃない子供には過ぎた贈り物だ」と断ろうとしたら、「子供が遠慮するな」と普通に言われて、受け入れることにした。
そう、子供が遠慮するものではない。
家族だから、私が両親の子供だから、彼らは私が撮影に忙殺されるのを強く止めることをしないのだ。
これが私の意思で、その意志を尊重してくれているから。
だから、そう、子供なら受け取らねばならない。
それが家族だから。
まあ、借りとしては大きいが、今後もしっかり働いて、しっかり返そうと思う。
――実際のところ、専用の飛行船はあると助かりそうだしな。
「行ってきます。お父様、お母様。お兄様」
空も暗い頃に玄関先で家族に見送られ、私とリノキスは港へ向かうのだった。
予定通り準備が済んでいる兄の飛行船に乗り、まずはリストン領の本島へ舵を取る。
本島で撮影を行う時は何度も来ているので、本島の港は見慣れた場所である。
「それではお嬢様、お気をつけて」
兄の飛行船は、港で私たちを降ろして、すぐに引き上げていった。
――さてと。
港の朝は早い。
まだ暗く人が少ない内に、さっさと着替えてしまおう。
吹きすさぶ寒風から逃げるようにして、立ち並ぶ倉庫の裏側に回り、着ている服に手を掛けた。
薄く動きやすい稽古着に着替え、手早く髪染めの魔法薬で、髪の色を黒く染める。
これで、かつて闇闘技場に行ったあの格好の出来上がりだ。
「――それじゃリーノ、これからよろしくね」
私が変装を終えた頃。
リノキスも侍女服を脱ぎ、駆け出し冒険家のような身軽な格好に着替えていた。
「――ええ。よろしく、リリー」
ここから先は、ニア・リストンと侍女リノキスではなく、冒険家リーノと付き人のリリーだ。
さあ、セドーニ商会が用意しているはずの飛行船に向かおう。
20
お気に入りに追加
521
あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

あの味噌汁の温かさ、焼き魚の香り、醤油を使った味付け——異世界で故郷の味をもとめてつきすすむ!
ねむたん
ファンタジー
私は砂漠の町で家族と一緒に暮らしていた。そのうち前世のある記憶が蘇る。あの日本の味。温かい味噌汁、焼き魚、醤油で整えた料理——すべてが懐かしくて、恋しくてたまらなかった。
私はその気持ちを家族に打ち明けた。前世の記憶を持っていること、そして何より、あの日本の食文化が恋しいことを。家族は私の決意を理解し、旅立ちを応援してくれた。私は幼馴染のカリムと共に、異国の地で新しい食材や文化を探しに行くことに。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。



文字変換の勇者 ~ステータス改竄して生き残ります~
カタナヅキ
ファンタジー
高校の受験を間近に迫った少年「霧崎レア」彼は学校の帰宅の最中、車の衝突事故に巻き込まれそうになる。そんな彼を救い出そうと通りがかった4人の高校生が駆けつけるが、唐突に彼等の足元に「魔法陣」が誕生し、謎の光に飲み込まれてしまう。
気付いたときには5人は見知らぬ中世風の城の中に存在し、彼等の目の前には老人の集団が居た。老人達の話によると現在の彼等が存在する場所は「異世界」であり、元の世界に戻るためには自分達に協力し、世界征服を狙う「魔人族」と呼ばれる存在を倒すように協力を願われる。
だが、世界を救う勇者として召喚されたはずの人間には特別な能力が授かっているはずなのだが、伝承では勇者の人数は「4人」のはずであり、1人だけ他の人間と比べると能力が低かったレアは召喚に巻き込まれた一般人だと判断されて城から追放されてしまう――
――しかし、追い出されたレアの持っていた能力こそが彼等を上回る性能を誇り、彼は自分の力を利用してステータスを改竄し、名前を変化させる事で物体を変化させ、空想上の武器や物語のキャラクターを作り出せる事に気付く。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる