狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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65.武闘大会迫る

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 水面下で動いていた企画が、ついに公表された。

 わざと流した確証のない噂で、そこそこ学院中が浮足立っていたが――ついに動き出した。

『――もう一度繰り返します。

 二週間後に、学院の小学部・中学部の生徒を対象にした武闘大会が開催されます。
 受付は本日より一週間を予定し、大会の様子は今皆さんが観ている魔晶板で放送されます』

 学院の校門を背景に、魔晶板に映る第三王女ヒルデトーラは、武闘大会が開催されることを、学院どころか王国中に公開した。

「一応聞いてはいましたが、思い切った発表のやり方ですね」

 耳元で囁くリノキスの言葉に、私は「そうね」と答えた。――ちなみに闇闘技場の件はあれ以来お互い触れていないので、表向きはいつも通りである。

 その映像が流れたのは、一階の食堂で、私を含む多くの小学部女子生徒たちが食事をしている時だった。
 食べてすぐに校舎へ向かう準備を済ませた子もいるし、一度部屋に戻る予定の子もいるし、なんならまだ制服を着ていない子もいる。

 いつもにぎやかな食事風景だが、今日は違う。

 魔法映像マジックビジョンに流れる学友の王女が、学院内のイベントを告知するという、学院の生徒としては無視できない内容を語ったのである。

 いつの間にかしんと静まり返っていた食堂に、ヒルデトーラが繰り返し武闘大会開催の報を告げている。

 そう、リノキスの言う通り、私とレリアレッドは協力者として、一応「こういう風に開催を公表しますよ」という話は聞いていた。

 だが実際に観ると、なんというか、……今までにあまりなかったイベント告知だからか、少し違和感があった。

 そのイベントが、部外者立入禁止の学院内のことだからなのか……内輪ネタを堂々と公表したかのような、感覚的に映像として流してはいけないものなのではないか、というズレを感じるというか。上手く言えないが。

 しかし、さっきの言葉からして、リノキスも同じような言いようのない違和感を覚えているかもしれない。

 まあ、やってしまったものは仕方ないが。今更撤回はできない。

 そもそもの目的が「学院にいる子供の様子を親に観せる」ための、魔法映像マジックビジョン普及活動の一つなのである。
 まあ、露骨に宣伝しているからこそ、違和感があるのかもしれない。

 普通の番組は、基本的に「観る人を楽しませる」ことが目的だ。
 しかしこの告知は、観ない人・興味のない人に向けられたものだ。だから違和感が……

 いや、どうでもいいか。

 魔法映像マジックビジョン普及活動は、今後も続けられる。
 だから今後もこの手の告知はやるだろう。

 視聴者も、従来の魔法映像マジックビジョンに慣れている私たちも、いずれ慣れると思う。

「――ニアさんニアさん! 武闘大会って!?」

 おっと、どうやら魔法映像マジックビジョンに映るヒルデトーラが、私やレリアレッドも協力してくれる旨を話したようだ。

「これから少しずつ公表されていくから、楽しみに待っていて。一度に全部知ってもきっとつまらないわ」

 ヒルデトーラの告知に反応して私に詰め寄ってくる子たちに、私はそう言ってなだめすかし、食事を続けるのだった。




「――ニア! レリア!」

 その日の昼休みから、私たちの仕事が始まった。

 放課後は自領の撮影があったりなかったりするので、私たちが自由に動ける時間は早朝と昼休みくらいである。

 手を振って「こっちに来い」と合図を出しているヒルデトーラが、上手いことこの隙間の時間でできる仕事を考えてくれたのだ。

 昼休み、小学部の校舎前で待ち合わせをしていたヒルデトーラと合流し……まず気になることがいくつかあった。

「……あの、撮影班……」

 どういうことだ、と見ている私の横で、レリアレッドはおずおずと口を開く。

「撮影班は部外者扱いになるのです。だから――」

 だから、生徒で構成した撮影班、か。

 そうだな。
 王都の撮影班であっても、学院の関係者というわけではないから、敷地内には入れないのか。

 ――自領にしろ王都のにしろ、撮影班は大人で構成されていた。

 顔がくどいベンデリオは、映像にも出るが、元は撮影班の責任者という立場だ。カメラを回す人も、映りがよくなるようメイクをしてくれる人も、大人だった。

 なのに、ヒルデトーラの周りで機材を持っていたのは、明らかに若い集団だ。しかも学院の制服を着ている。これは完全に生徒だろう。中学部か高学部か、どっちかの。

「これでも本物の撮影班に同行したりして、一通りの技術は学んでいますよ。短い撮影なら大丈夫だと思います。
 ちなみに大会時は王都の撮影班が入る予定です。すでに許可を取っていますので」

 ……そうか。なら大会の時は安心なのか。

 でも、問題は今である。

 こうして見ると、大人とも子供とも言い難い年齢揃いの撮影班は、全員ガッチガチに緊張しているようだ。
 顔がこわばっていたり、異様に汗を掻いていたり、機材を持つ手や肩が震えていたり、「俺はできる俺はできる」と一点を見詰めてブツブツ言っている者もいる。

 それを見てレリアレッドも不安そうだし、ヒルデトーラも愛想笑いが崩れない。

 …………

 いや、いかんいかん。大丈夫か、なんて思ってはいけない。

 聞くまでもないし、確かめるまでもない。
 大丈夫じゃないからこうなのだ。

 ――負けられない死合いほど冷静かつ普段通りであるべきなのだ。そうじゃないと実力も発揮できずに死んでしまう。そんなの無念でしかない。

「ゆるく行きましょう」

 と、私はかつて、ベンデリオが撮影の前に必ず言っていた一言を発した。

 ――ゆるく行こうよ、ゆるくね。

 胡散臭くもくどい笑顔でリラックスしきっていた彼は、現場の不要な緊張感を払拭し、緊張している地元の人に向けて言ったのだ。

「どうせ編集でどうにかできるんだから、失敗したっていいのよ。むしろ失敗するつもりでやりましょう。それもいい経験になるわ」

 …………

 若干緊張はほぐれた、かな?

「じゃあ時間も勿体ないし、行きましょうか。――ヒルデ、まずどこから?」




 私たちの仕事は、学院内にある武術や剣術道場を巡り、出場する流派や生徒のインタビューである。



 
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