狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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58.不信感の募る侍女、裏で

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「簡単に言えば、非合法の地下闘技場だ」

 闇闘技場とは何か、と質問すれば、アンゼルはグラスを磨きながら簡潔に説明した。

「暇を持て余した金持ちどもが、人が本気で戦う姿だの血だの死だのを見たいっつー歪んだ欲望を叶えるところだな」

 何それ想像通りでしかないけど望み通りのアレじゃない。

「そんな楽しそうな場所が、この王都にもあるのね。いいじゃない。とてもいいじゃない。なぜ今まで黙っていたのかを考えると不愉快になるくらいいいじゃない」

「――言えばどうなるかわかりきってるからな。どうせ『見たい』から始まって『出たい』まで行くんだろ?」

 まあ、否定する理由も材料もありはしないが。愚問というほどにその通りでしかないが。

「無理だろ」

 ずっと手元のグラスに向けられていたアンゼルの目が、私に向けられる。

「貴人どもも多く出入りしている場所だ。有名人が行けば一発でバレるぞ。――なあ、リストン家のお嬢さん?」

 ……ふむ。

「どこかで私を見かけた?」

「ちょっと縁があってな、俺は魔晶板を持ってるんだ。ここんとこおまえの顔は毎日観てるぜ」

 ほう。

「そういうのは言わないのが暗黙のルールだと思っていたけど」

「言わなきゃ止めらんねえからな。
 俺以外からこの話を聞いて軽率に乗り込んで大騒ぎ……なんてことになったら、最終的にリストン家は終わるんじゃねえの? と、釘を刺すためにな」

 …………それはまずい。私の最優先はリストン家だ。

「でも出たいわ。出たい」

 しかしこんな心ゆさぶる話を聞かされて黙っていられるわけがない。強者の臭いがするのだ。絶対に行きたい。行きたい行きたい。

「年齢を考えろ。せめて『見たい』って言え」

「見るだけ、見るだけだから。出ないから。乱入とかしないから。絶対に触らないから。ね、いいでしょ? 見るだけ見るだけ」

「ここらでツケ払いしようってバカより信用できねえよ」

 だろうな。
 私でさえ我ながら信用できないことを言っているな、と言いながら思っていた。

「――どうしたの? 駄々こねてるなんて子供みたいよ?」

 アンゼルがやる気のない溜息を吐くと、こんな路地裏の酒場には勿体ないむっちむちの店員フレッサが、私の隣の椅子に座って話しかけてきた。この胸はなんか詰めているのだろうか。大きすぎやしないか。

「私が子供以外に見えるかしら?」

「子供みたいなことはしないじゃない」

 それは仕方ない。前世・・からの続きと考えると、子供のふりはきつい。

「例の闇闘技場の話だ」

「ああ、あれね。案の定出たい出たいってワガママ言ってたの? 内容は可愛くないけど行為は可愛いわね」

 頭を撫でるなムチムチ。

「でも、出るのは難しいかもしれないけど、見るのは簡単じゃない?」

 何!?

「それを言う前にしっかり言い聞かせときたかったんだがな」

 なんだ、あるのか! 子供の私でも闇闘技場に行く方法が!

「つまりアンゼルは悪ふざけで私の反応を楽しんでいた、というわけね?」

「違うっつーの。俺にも事情があんだよ」

「事情? ……まあそれはいいわ。それより闇闘技場に行く方法、話してくれるのよね?」

「ああ、話す。つってもただの正攻法だぜ?」

 アンゼルとフレッサが提示した闇闘技場へ行く方法は、至極真っ当かつ筋に乗っ取ったものだった。

 なるほど、なるほど。
 この子供の身では乱入しかないと思っていたけど、表から堂々と行けばいいと。そういうことか。

「でも変装は必須だからな。ただでさえ子供ってだけで目立つのに、その特徴的な髪からして絶対にバレるぜ」

 変装か。
 うむ、確かに必要だろう。

 非合法の場に貴人の娘が出入りしているなど、貴人にとっては不名誉なことでしかない。リストン家に迷惑は掛けられない。
 
「――よし、早速準備しましょう」

 いつやるのか、どこでやるのか、と必要な情報を一通り聞くと。
 私はジュースを飲み干し、立ち上がった。

 おっとそうだ。

「フレッサ」

「ん?」

 私が立ち上がるのと一緒に、仕事に戻ろうと立ち上がっていたフレッサを見る。

「ちょっとパンツ見ていい?」

「は? ……何してんのリリー?」

 何って、スカートを捲っておりますが。――太腿に巻いてあった投げナイフ仕込みのベルトについては、見なかったことにしておく。只者じゃないのは最初から知っている。

 そして、突然こんなことをされても動じないフレッサの男慣れも、なかなかのものである。

「ありがとう」

「何が」

「下品な下着を見てくるって約束してたから。一応本当に見ておこうと思って」

「ああ、なるほど……いやその説明じゃわかんないわ」

「でも下品ではなかったわ。意外とかわいいパンツ穿くのね」

「え、そう? 結構実用的で――」

「――おい。俺の酒場の風紀を乱すな。しかも俺の目の前で何してやがる。俺の店はそういう店じゃねえんだよ」

 アンゼルのじとっとした視線に追い払われるようにして酒場を出た。

 まだ安らかに寝ているスキンヘッドの男を跨いで、今日のところはこのまま帰路につくことにした。

 単独行動する時間はあまり取れない。
 不信感は募るが、それでも職務を全うしているリノキスが待っているはずだ。

 そもそも彼女もリストン家の雇っている人材、ある種リストン家の者とも言える。
 できることなら彼女にも迷惑はかけたくない。

 だから、今日のところはこれで帰ろう――闇闘技場のことを考えながら。








 場違いな白髪の子供が、「薄明りの影鼠亭」を離れた直後。

 これまた場違いな侍女服の女が、地面に転がって寝ているスキンヘッドの男を跨いで酒場に入った。

「……」

 入った途端、しんと静まり返る店内。

 侍女は何一つ構わず、ついさっきまで白髪の子供が座っていたカウンターの椅子に座った。

「――余計な話はしてませんよね?」

 開口一番、殺気さえ放ちながら、侍女はバーテンダーを睨みつける。

「必要な話しかしてねえよ。――それと嬢ちゃん、前にも言ったがここは酒場だぜ? 酒を飲まねえ客は客じゃねえ。帰れ」

「彼女に何かあったら、この場の全員を殺しますからね?」

「わかったわかった。とっととお引き取りを」

「彼女の情報を漏らしても殺しますからね?」

「相変わらず話が通じねえな……てめえが言いたいことだけ言うのは会話じゃねえだろ」

 それはそうだ。

 殺気立っている侍女――リノキスの目的は、会話ではなく警告と、場合によっては本当に口封じのために来ているのだから。

 ニア・リストンが魔法映像マジックビジョンの撮影で王都に来るたび、ここに足を運ぶようになった。

 かつては廃墟だった酒場が、今ではちゃんと営業している酒場へと生まれ変わった。
 余計に来やすい状況が整い、また余計に人が集まる場所となってしまった。

 ニアの護衛として、またリストン家の侍女として。
 どちらも守るために行動した結果が、この警告である。

 ――ニアがここに通い始め、また通い続けるだろうと看破した瞬間から、リノキスは単身乗り込み警告を、そして場合によってはいろんな連中をねじ伏せてきた。

 アンゼルとも何度かやりあっている。
 いつも長引きそうになるので決着がついていないままだが――お互いに「もうやり合いたくはない」と思っている。

 アンゼルが、知り合いの強い者――フレッサを雇ったのも、リノキス対策である。
 いざという時は二人がかりで止めるために。

 彼らにとってもリノキスは非常に厄介なのだ――何せ彼女を殺せば、確実にニアが来るから。

 リノキスも、侍女や護衛としては滅法強いが……ニアはそもそもの桁が違う。
 あれが本気になったら確実に破滅する。

「――ねえ」

 ついさっきと同じく、フレッサが侍女の隣に座る。

「もういっそ、今度はリリーと一緒に来れば? あの子もあなたと別れるのに苦労してるみたいだし、ここでどんな会話をしているか気になるなら、ここでも一緒にいればいいのよ」

「……」

 リノキスは振り向きもせず、アンゼルを見据えている。
 まるで他所事などどうでもいい、頭さえ押さえればなんとでもなると言いたげに。

 やれやれと肩をすくめて、フレッサは仕事に戻った。

「もう用事は終わっただろ、早く行けよ。リリーが待ってるぞ」

「……」

 余計なことは一切言わず、会話のできない侍女は席を立った。




 白髪の子供に続き、第二波たる侍女の来店も終わる。

「……見るたびにヤバくなってんな、あいつ」

 アンゼルは溜息を漏らし、売り物の安酒を一杯あおった。

 ――初めて来た時こそ同格くらいだったのに、今ではあの侍女に勝てる気がしない。毎回来るたびに強くなっているのがわかる。恐らくは白髪の子供が鍛えているのだろう。

 もう勝てないな、と思う。
 侍女の実力は、もうアンゼルを越えていると思う。

 そして今では、白髪の子供よりも危険な存在になってしまっている。

 子供はまだ温厚だ。
 話せばわかるし、明確な敵対行動を取らない限りは滅多なことで暴れたりもしない。

 しかし侍女は違う。
 特に会話ができないという辺りがとにかくまずい。歩み寄れない厄介者など厄災でしかない。しかも排除もできないと来た。

 人の気も知らないで、チンピラや貧乏な無宿者どもが騒ぎ出す。

 ――客はともかくとして、守るべき店を手に入れたアンゼルには、気が重い出来事だった。



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