狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

文字の大きさ
上 下
32 / 405

31.間幕 告知に対する視聴者の声

しおりを挟む




 シルヴァー家の朝食の席には、いつも魔法映像マジックビジョンが映っている。

 ――《げ、劇団氷結薔薇アイスローズ、『恋した女』、よろしくお願いします!》

 見るからに緊張でガチガチの女優が、初々しさを感じさせる挙動で舞台の告知をしている。衣装や顔立ちは大人っぽいが、見た目よりは若そうな女優である。

 ――《劇場で待っています》

 そして続いたのは、初出演からどんどん映像の露出が増えている白い少女である。

 緊張している女優と、至極落ち着いている小さな子供。
 なかなかあからさまな対比が逆に目を引く。

 ニア・リストン。
 リストン領にある放送局から、彼女の名がついた番組が流れ出したのが冬からである。

 それから半年も経たない内に、今度は舞台に立つという。
 
「――ふむ」

 朝食の席でその映像を観ていたシルヴァー領領主ヴィクソン・シルヴァーは、ちょくちょく朝から映るニア・リストンに対し、今日も同じことを思う。

(元気そうだな。それに落ち着いたものだな)

 五歳の子供ということが信じられないくらい、常に落ち着いている白い少女。
 初めて見た時は、病み上がりということで顔色も悪くひどく痩せていて心配したが、最近はちゃんと肉が付き、普通の子供に見えるようになった。

 ――態度や言動は、まったく子供らしくないが。

 己の末娘と同い年だというのが信じられないくらい、常に落ち着き平常心を失わない。

 様々な職業を訪ねて体験するという企画で、いろんな姿を見せているが、焦ったり慌てたりする姿だけは見たことがない。

「女優はともかく、ニアちゃん今日もダサいわねぇ……」

 毎回のように同じことを言うのは、今年二十七歳になる、服飾関係の会社を経営している長女である。
 不快なのかもどかしいのか、顔をしかめるのも毎回のことだ。

 なお、結婚の予定はない。

「ぐふっ、ぐふふ……ニアちゃ~ん舞台行くよぉ~ぐふふふふ……」

 絵描きである二十歳の次女は、白い少女のファンである。
 ただしニタニタしてぐふぐふ嗤い彼女をなめるように見るその姿は、犯罪者にしか見えない。

 父親として悲しいが、やはり毎日思う――結婚は遠そうだ、と。

 ――三女はアルトワール学院高等部の寮に入っているので、ここにはいない。

 そして白い少女と同い年の末娘は――

「…………」

 いつも通り不機嫌そうに、しかし、しっかりと魔晶板に映る映像を観ていた。

 ――ニア・リストンをライバル視し始めたのはいつからだったか。

 顔ははっきりと不機嫌なのに、だが彼女の姿を遠ざけようとはしない。
 普段から感情がはっきり表に出る末娘レリアレッドが、初めて内に何かを溜めるような様子を見せている。

 好きとは言い難い。
 しかし気にはなるのだろう。

 そんなレリアレッドの心境を汲み取り、ヴィクソンは言った。

「レリア。舞台、観に行くか?」

 シルヴァー家から王都までは、半日も掛からない。
 夜、飛行船に乗って一晩寝れば、朝にはもう王都に着いているのだ。

 公演は一週間続くとのことなので、仕事のスケジュールを調整すれば一日くらいは捻出できるだろう。――そもそもヴィクソンは熱心な領主でもない。一日でも早く家督を譲りたいし、隙あらばサボりたいのだ。

「リクルは行くそうだ。一緒にどうだ?」

 リクルビタァ――次女は「ぐふ?」とニチャッとした笑みを浮かべて父親と、そしてレリアレッドを見る。「その顔で見るな」と反射的に言いそうになってしまったが、父はぐっと堪える。

「お姉さま。その顔でこっち見ないで」

 レリアレッドは堪えなかったが。

「――行きません。なんで私がわざわざ自分からニア・リストンを見に行かないといけないの。冗談じゃないわ」

「ぐふふ。父上は『舞台を見に行くか?』と聞いただけで、別にニアちゃ~んを観に行くかとは聞いてなごめんごめんフォーク投げようとしないで危ない危ない!!」

 結局、レリアレッドは舞台を観に行かなかった。

 ――しかし、後日放送される最終公演の映像を観て、自分も「観る側」ではなく「出る側」へ行くことを決めるのだった。








 シルヴァー家で姦しい朝食が繰り広げられている同時刻。

 ――《げ、劇団氷結薔薇アイスローズ、『恋した女』、よろしくお願いします!》

 ――《劇場で待っています》

 魔法映像マジックビジョンには、見たこともない無名の主演女優と、もはやリストン領の顔となりつつある主演女優の子供役ニア・リストンが並び、映像の中で挨拶をしていた。

 その映像を観ていた彼女は、小さく呟いた。

「……来ましたわね」

 豪奢な部屋の主は、一人で朝食を取っていた。
 傍には侍女が数名控えているが、まるで飾りのように微動だにしない。

 主が注文を言いつけるまでは。

「お兄様に伝言を。昼食時に会いに行くと伝えてください」

「かしこまりました」

「今日の予定は、病院の慰問でしたわね?」

「はい。学院が終わり次第行く予定となっています」

「わかりました」

 舞台の告知のあと、レストランでパスタを作るというニア・リストンの姿に後ろ髪を引かれるが、彼女は早々に食事を済ませて立ち上がった。

 ――アルトワール王国第三王女ヒルデトーラ。今年で七歳。

「意外と会えるお姫様」――そんなキャッチフレーズが生まれている彼女は魔法映像マジックビジョンに出演することで人気を得て、今や王都では知らぬ者がいないほどの知名度を誇っている。

 彼女は待っていた。
 自分と同じように台頭してくる、同年代の少女を。

 ――それがようやくやってきたことを確信した。

 リストン家は、ニアを売り出し始めたことがはっきりした。
 このまま何事もなく育てば、数年のうちに顔を合わせることになるだろう。

 その時が楽しみだ、とヒルデトーラは心の奥底に闘志を燃やすのだった。



しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

呪われ姫の絶唱

朝露ココア
ファンタジー
――呪われ姫には近づくな。 伯爵令嬢のエレオノーラは、他人を恐怖させてしまう呪いを持っている。 『呪われ姫』と呼ばれて恐れられる彼女は、屋敷の離れでひっそりと人目につかないように暮らしていた。 ある日、エレオノーラのもとに一人の客人が訪れる。 なぜか呪いが効かない公爵令息と出会い、エレオノーラは呪いを抑える方法を発見。 そして彼に導かれ、屋敷の外へ飛び出す。 自らの呪いを解明するため、エレオノーラは貴族が通う学園へと入学するのだった。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

エルティモエルフォ ―最後のエルフ―

ポリ 外丸
ファンタジー
 普通の高校生、松田啓18歳が、夏休みに海で溺れていた少年を救って命を落としてしまう。  海の底に沈んで死んだはずの啓が、次に意識を取り戻した時には小さな少年に転生していた。  その少年の記憶を呼び起こすと、どうやらここは異世界のようだ。  もう一度もらった命。  啓は生き抜くことを第一に考え、今いる地で1人生活を始めた。  前世の知識を持った生き残りエルフの気まぐれ人生物語り。 ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバ、ツギクルにも載せています

処理中です...