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175.闇をまといて歩き出し……
しおりを挟むすばらしいの一言だ。
船体の板一つ一つにこだわった緻密な細工も、船首の不気味な仮面を付けた女神も、マストから張り巡らされたロープの作りといい、全てが高級感溢れる銀の輝き。
かつて栄華を極めたという女神帝国ライゼートは神の怒り……あるいは祝福を受けて、一夜にして死者の楽園へと変貌を遂げたという。
与えし神の名は、ハイロゥ・アロイアルア。冥路の貴婦人ハイロゥだ。
素顔を晒せば世界が死に染まると言われる、危険極まりない仮面の女神を守護神に選んだ海賊船の名は、冥路の貴婦人の名にちなんだ「ミセス・ハイロゥ号」。
船長のダージア・フェスより、海賊船のインパクトの方が強いという、なんだか微妙なアレである。ちなみに不吉で罰当たりすぎて海賊内からも不評だったらしいが、予想に反してすごく長生きしたとか。
で、その「ミセス・ハイロゥ号」の模型が! 今俺の目の前に! 両手サイズで! 模型じゃなくて香炉だけど!
大海賊ギャットの宝の一つである。
女神像がかなり不吉だが、それも含めてすごい出来栄えだ。日本の造型師もビックリの細かさだ。しかも全部銀のオーダーメイドだぜ? ……ちょっと誰が何目的で作ったのかはわからないけども。目録でも詳細不明だったけども。……ド、ドワーフかな? 噂のドワーフの仕事かなっ? 一応この世界にいるらしいぜあいつらっ。
「まだ見てるんですか」
早めの夕食を済ませ、食器を片付けて戻ってきたレンが、テーブルの上に置いた海賊船フィギュアを眺めてニヤニヤしている俺にぼやいた。
「だってすごくない? この細かい仕事」
「すごいと思いますけど、そろそろ準備をお願いします」
そ、そうか……もう時間か。
「どれだけ見てても飽きないわ」
「今だけですよ」
……超リアルっ子がいるわ。ここに。え? まだ十代だよね? お互い十代だよね? もうちょっとこう…………うんまあいいか! そんなレンも好きだしな!
準備は整っている。
朝は訓練、昼はクレーク大叔母のところへ行き今夜の打診、それからキルフェコルトに通達し密偵の要求、貴族パワーで外泊許可を貰い、そして夕食を済ませた今である。それなりに忙しかったかな。
動きやすい格好に着替え、天使用のリバーシブルマントの白を羽織り、寮を出た。
最近、少しだけ陽が落ちるのが早くなった気がする。暦の上ではもう秋なんだよな。まだ暑いけど。
時刻にすると七時半くらいか。夏休みなんかはまだまだ明るかったが、もう太陽が沈みかけている。あっという間に真っ暗になるのだろう。
外泊許可証を見せて学校から脱出し、やや早足で大叔母の家へと向かう。大通りをほぼ一直線だから迷いようもない。
ちなみに外泊理由は「そろそろ年齢的にヤバイ親戚の様子を見に行く」である。
情報が漏れる可能性も含めて、学校内にも校外にも向けた理由だ。ちょっと調べればマジってこともすぐわかるしな。……大叔母には悪いが、その老いを利用させてもらった。同じ理由で今後も使えるしな。
学校から少し離れたところで、キルフェコルトに頼んだ密偵が接触してきた。
「――ちーす。お嬢様久しぶりー」
帰郷の際、フロントフロンの屋敷に来た監視者メイトだった。ちなみに格好は本当に普通の街の子供って感じだ。荷物もない。
「手紙の返事がなかったわ」
ウルフィの手紙の二枚目のことを問えば、「仕方ないよー」と返ってきた。
「だって第一と第二の意向が優先だもん。あたしが意見できる余地ないよー」
ああ、まあ、立場的にはそうだな。
「あなたって第二王子付きなの?」
手紙に同封されているくらいだ、普段はウルフィテリアの傍にいるんじゃなかろうか。今回は俺から指名したから来たんだろう。
「うん。あの人と同じ学校に通って、内部で護衛とかしてるね。秘密だぞー?」
はいはい。
「それにしてもお嬢様は面白いねー。監視対象にご指名で呼び出されるなんてケースは初めてだねー。新しい形の護衛や調査形態の雛形になるかもって注目されてるんだよー」
え、マジで? 注目はされたくねえなぁ……
レンに軽くメイトの紹介をし、俺たちは大叔母の家へと向かう。
「適当に座りな」
またも食事を用意して待っていた大叔母の厚意に甘えて、二度目の夕食を食べる。レンもメイトも。事前に何人で来るか伝えていたので安心の対応である。
「ああ、そうそう。この前海賊の財宝を見つけたので、これおすそ分けです」
「はあ? なんだって?」
世間話レベルでさらりと事実だけ伝えると、大叔母はすげー訝しがった。まあそんな反応になるよね。
何、話す時間はたっぷりあるからな。詳細はゆっくり話せばいい。とにかく今はお土産だ。
「……あんたこれ、どういうつもりで選んだね?」
「それはもう、大事なクレーク大叔母様に似合うものをと」
「……このドクロの眼帯が?」
「ええ、とてもお似合いでステキですわ。……………………ぶふっ」
やべっ! 想像以上に面白い! BBA何はしゃいでんの!? いくら「着けてみてください」と勧めたからって何しれっとドクロの眼帯着けてんの!? 真顔をやめろ、真顔を! ……ダメだ面白い!
「アハハハハハ! 海賊ババアだー!」
「ああん!?」
メイトが指差して笑うもんだから、ババ……大叔母がマジギレしたりすることもあったりなかったりしつつ、夜は更けていく。
ちなみにドクロの眼帯はネタで選んだもので、本当はちゃんとしたのを用意してある。想像以上に大叔母が荒ぶったから出すタイミングを逃しちまったけどな。帰り際に渡すことにする。
なお、ネタにしても金貨五十枚……日本円で五十万円相当の高級品である。ドクロ部分が金細工の板で、肌にフィットする柔軟性がある革ベルト部分は「座礁クジラ」なる魔物の高級ヒゲでできているらしい。
……冷静に考えたら、だいぶ金銭感覚が麻痺してんな、俺。
いろんな話をしている内に日付が変わろうという時刻になり、俺たちは三人まとめて転送魔法陣で現地に飛ばされた。
「――おおー。本当に自力で転送魔法陣を作れるんだねー」
食事中とか食後とかに話したところによると、この大叔母の能力、いわゆる「即席で転送魔法陣を作れる人物」ってのは、もはや伝説級の魔法使いにしかできない芸当なんだとか。
長いタットファウス王国の歴史でも四人目の使い手で、大叔母は百年以上いなかった空属性を極めし使い手として、かなり大切にされてきたそうだ。
本人曰く「ありゃ幽閉とか管理下っていうんだよ。胸糞悪いレベルのね」とのことだが。
王国側の人間とは思えないメイトの「まーアレだよね。貴族の都合と利権争いで人生めっちゃくちゃにされちゃって本気でキレて今ここ、って感じだよねー」と、非常に参考になるコメントをいただいた。
具体的に何があったとかは聞いてないが、色々と想像は付くよな。そりゃ貴族嫌いにもなるわな。
そんなクレーク大叔母に送られて、オカロ村付近まで飛ばしてもらった。幸運なことに、大叔母はこの村を訪れたことがあったようだ。
なんでも昔、特大の台風みたいなのが大陸を横断し、オカロ村をかすめたことがあった。大叔母は災害の後始末に借り出されてやってきたのだとか。
屋内から、一瞬にして夜空の下に瞬間移動である。購買部や冒険者ギルドでもお馴染みなので、さすがにもう慣れた。……まあ、慣れてもすごいとは思うが。
雲が少なく、星がたくさん見える。明日もきっと快晴だろう。
それに、月がすごい。
闇にふちどられて淡く輝くは満月……っぽいが、まだ少し欠けてるかな。夜にしてはものすごく明るいけど。
見通しのいい草原を突っ切るように道があり、百メートルほど先に建物などが見える。きっとあれが目当ての村だろう。
「それじゃ早速行ってくるわ。メイト、お願い」
――俺がメイトの同行を望んだのは、監視役のためだけではない。こいつの闇魔法の知識も目当てだった。
これも食後のおしゃべりで、「手の内明かすわけないじゃーん」というメイトを必死で口説いて口説いてゴマ擦ってゴマ擦って媚びて媚びて媚びまくってしまいにはちょっと泣きながら逆ギレしてなんとか少しだけ聞き出したのだ。大叔母とレンに引かれながら。
闇魔法ってのは基本的に「幻覚」が主になっているそうだ。俺が読んだ『五歳からの闇の祝福』も、そう言う感じだった。
影を伸ばすとか操るとか、闇の球体を生み出すとかな。
なお「その魔法はどんな効果があるのか」が非常に曖昧で、ぶっちゃけよくわからなかった。その辺もメイトに聞きたかったことである。何せこいつの属性は闇だからな。ただの子供に見えて激レアなんだぜ。
ちなみに一緒に借りた『負けるな泣き虫闇先生』は、面白かっただけだった。
「はいはーい。――『影の追跡』」
一瞬、俺の視界が暗くなった。それだけだった。
メイトの唱えた魔法『影の追跡』は、簡単に言えば見た目を暗くし気配を薄める効果があるらしい。
非常に隠密行動向けの魔法である。
ちなみに『五歳からの闇の祝福』では、この魔法について「友達を影から見守っちゃおう!」とかいうストーカー推奨してんのかって感じの訳のわからない説明があった。……本当に解読できなかったんだよ、少なくとも俺には。
この魔法は個人用で、基本的に自分に掛けるだけのものだが、今回は頼んで俺だけにしてもらった。
仮面を着けて、フードを被る。
なんかあったら合図して乱入してもらう手はずだが、ここからは一人だ。
「ちょっと待っててね。すぐ済ませるから」
誰にもバレないよう潜入し、こっそり病気などを治すためである。
護衛や監視や協力者は、場所によって変わるだろう。しかし不変なのは俺の行動だけだ。これからも天使プロジェクトを続けたいなら、俺のスキルアップは必須なのである。
小規模な村くらいなら、どうやってでも脱出できるからな。人がたくさんいる街中とは違う。
――軽い気持ちでやろうと決めてるけど、一人ででもできるようにならないとな。協力者たちに迷惑掛けちまう。
心配そう……でもない無表情のレンと意味なくニヤニヤしているメイトを置いて、俺は寝静まった村へと歩き出した。
――運命の日まで、あと3日。
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