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118.その思いつき、プライスレス……
しおりを挟む三馬鹿から手紙が来た。
帰郷してからなんだかんだと忙しくしていたせいで、すっかり存在を忘れていたのだが……奴らめ、たとえすぐ会えない距離にいても自己主張してくるのか。
……別に嫌とも鬱陶しいとも思わないし、俺結構あの三人好きだけどさぁ……あいつらフロントフロン家に癒着したいだけだからなぁ。それ知ってるだけに、友達付き合い続けるのちょっと微妙なんだよね……
まあ、これは、深く考えないでおこうかな。たとえ打算ありきでもアクロディリアと仲良くしてくれる貴重な三人だしな。
弟が帰ったのが一昨日、お姫様ことリナティスが帰ったのが昨日で、あの晩から三日経った早朝である。
二日ほど寝ていたおかげで体調もすっかり元通り、……というか魔力が戻って普通に復調した。別に病気でもなんでもなく、ただの魔力切れだったからな。
ただの魔法の使いすぎくらいなら、一時間もあれば全快するんだがな。回復に二日以上かかってしまった。
魔力を無理やり回復しながら魔法を使ったのが悪かったのか、単純に限界を超えるほど使い続けたせいでああなったのかは謎だが……今後は気を付けよう。二日も寝込むのはさすがに長すぎる。
まあそれはそれとして、体調も戻ったので今日から朝の筋トレも開始し、様子を見に来たキーナに風呂の準備を頼むと同時に、三通の手紙を渡されたのだ。
三馬鹿ことアティー、ミーア、マリエルからだった。
内容は……まあ大事なところだけ抜粋すると、今三人ともアティーの屋敷に泊まっているからよかったら来ないか、という感じのものだった。あとは適当に近況報告とご機嫌伺いだな。
考えるまでもなくパスだな。まだやらなきゃいけないことがいくつか残っているし。
…………
手紙、か。
なんだろうな。こういうちゃんと封をした手紙なんて受け取ったの、始めてだ。もちろん日本での話だが。そしてこの手紙も正確には俺に宛てられたものではないのだが。
スマホで手軽に済んでしまうようなものではなく、文字にしたためてある。手間もそうだが、何よりこれを書いた人のその時の気持ちがなんとなくわかる分だけ、なんとなく嬉しいな。
お誘いはパスせざるを得ないが、用事があって行けないことは、俺も手紙で伝えたいと思う。……そういやあいつら今一緒なんだよな。なんか土産的なものも一緒に送ってみようかな。
さて何を贈ろうかと考えながら風呂に入り、朝食を取り、「元気になったなら」とか言いながらまた王子の視察に付き合わされ――
「何がいいと思う?」
視察現場に向かう途中の馬車で、なんかちょっと聞いてみた。
ちなみに今日はチーズや燻製肉などを作っている食品精製所に行く予定だ。すげー楽しみ。ちょっとチーズとベーコンを貰ってその場で焼いて試食などしたりするだろう! きっと! ……しない? するんだよ! もうシェフのおっさんに言って網とか借りてきたからな!
「級友に贈り物か。気取らなくていい相手なら、これから見るチーズなんてどうだ? この街は土壌がいいおかげで食べ物もいい。かなり上質だ」
あ、そう? そういやチーズ自体はフロントフロンの食卓にもよく出るから、俺も知ってるんだよな。確かにあれはうまい。
珍しいものではないが、記憶によればミーアが酒好きらしいから、ハズレではないだろう。よし、あいつにはこの街のワインとチーズを送ることにしよう。
あとはアティーとマリエルか。
アティーは何が好きなんだ? 基本的にアクロディリアの追従をするばかりで、個人的な好みとか聞いてないんだよな……ちゃんと友達付き合いしとけよ……
「他に何かあるかしら?」
今一度、第二王子の知恵を拝借してみよう。
「フリーマン氏の作る菓子はどうだ? 彼のアップルパイは絶品だ」
アップルパイって……料理か。料理ねえ。まあ例の転送魔法陣を使った超速達で送るので、衛生的に問題はないんだよな。一時間掛からないしな。
よし、俺に代案があるわけでもないので、アティーにはそれでいくか!
「あと一つなんだけど」
「察するに、却下されているわけではないのだな?」
おっと、説明不足だったか。
「友人三人に送るの。今一緒にいるみたいで来ないかって誘われたんだけど、わたしにはここでやることが残ってるから。お断りの手紙と一緒に何か贈ろうかと。あとお察しの通り、あなたの案は却下じゃなくて採用されてるわ」
「そうか。却下されているなら傾向を知りたかったのだが、されていないなら問題ない」
いやいや、そんな「いいね! それ採用!」とか「ダメね! それ却下ね!」とか、偉そうに上から判断なんてできないよ。俺自身は何も思い浮かばないしよ。
「あと一人は、女性ということでいいのか?」
「ええ。とてもかわいい女子よ」
あと一人は、マイエンジェル・マリエルだからな! かわいさならリナティスにも引けを取らないからな!
「とてもかわいい女の子よ」
「わかった。なぜ二回言ったのかはわからないが、主張は理解した」
散々あれはどうだこれはダメだなんならああいうのはどうかそうだろうかどうだろうかそれでもいいのかそれでいいかそれでいこうよしこれ! ……いや待て違うんじゃないかなどと相談している間に、視察場所に到着してしまった。
「行こう。何かあるかもしれない」
結論は出ていないが、とにかく今は視察である。第二王子を追って俺も馬車から降りた。
少々暗い色の雲が出てきた空に炙りベーコンとチーズの香りが漂えば、隣の畑で作っている野菜を持って隣人がやってきたり、通りすがりの商人が魚の干物や冷凍保存してきた海産物、スパイスや果物を格安で卸してくれて一緒に焼いたりしてみる。
更にはそれなりに料理のできる旅人が昼食の代わりに焼き方を買って出て、狩りを終えた冒険者が肉を提供し、この辺でよく遊んでいる子供なども混じり、いつの間にか酒も飲み始めて、なんだかちょっとしたパーティー的な様相である。
ちなみに、商人などへの支払いは、フロントフロン家からである。まあ貴族ってのはバレてるが、どれくらいの身分なんかは明かしてないけどな。俺も王子も気さくに参加している体である。
昼食がてらバーベキュー的なものを食べて、なんだかどんどん人が集まり始めて本当にパーティー的な騒ぎになってきたところで、金貨二枚ほどを置いて俺たちは退散することにした。ちなみに円換算だと二万円くらいな。この宴がもう少しだけ続けられる額だ。たぶん。
ま、ここにいる全員の昼飯代くらいにはなるだろ。あとは自分らで持ち寄ったり金出したりしてくれ。
「――ではお嬢様、これがうちで最高のチーズになります」
一応俺たちは王都からの視察団ということで来ているので我慢しているようだが、明らかに酒の方に注意が行っている精製所の責任者のおっさんに丸のままのでかいチーズの塊を受け取り、俺たちは馬車に乗り込んだ。
「いい燻製肉にベーコンだった。あまり塩辛くないところがいい」
と、王子は感想をこぼした。非常に同感である。あっそうだ、マリエルにベーコン……いや違う! 違うな! マイエンジェルにベーコンとか野暮ったい肉塊あげてどうする!
「ごめんなさい。待たせたわね」
倒れる前と同じスケジュールで、ようやく例のじいさんの治療にやってくることができた。
あと一回の治療を待つばかりだったじいさんは……もう普通に起き上がり、普通に日常生活を送っているようだ。寝巻きじゃなくて普段着だし、椅子に座って待っていたからな。
「話は聞いてるよ。身内を優先したんだろ。どうせ俺ぁ隠居の身だ、別に急がねえよ」
隠居、か……
勧められた椅子に座り、じいさんの手を取り――やはりあと一回で治療が完了することを確認した上で、最後の『天龍の息吹』を唱えた。
効果は、ゆっくりと細く流し込むように。病気と回復の狭間の感覚を憶えておきたい。
「まだ引退するには若いんでしょう?」
「少しだけな。だがもう後任が仕事を始めちまって、俺の跡と仕事を継いでんだ。今更俺の戻る場所なんざねぇのよ」
まあ、なぁ。始めて会った時は、本当にもう生きてるのか死んでるのかってくらいギリギリの状態だったからな。さすがにあれじゃ仕事なんてできないだろ。
「助かったぜ。代々冒険者ギルドの長には、口伝で伝えておかないといけないことが色々あんだよ。たとえばこの禁呪についてとかな。俺はまだ全てを伝えきれてなかったからよ。危うく伝説や伝承が埋もれるところだった」
ああ、やっぱそういう一子相伝的な情報もあるわけだ。
……あ、そうだ。
「たとえばの話だけれど、誰かと誰かで意識が入れ替わるって現象について、何かわからない?」
「あ? 意識が入れ替わる?」
さすがに唐突すぎる話題だったな。だが今ここで聞かないと、もう次会うこともない可能性があるからな。
「そりゃ――ああ、まあ、疑問は飲み込んどくわ。意味も理由もわかんねえが、俺はただその質問に答えりゃいいんだな?」
話が早い。その通りだ。聞き返されても困るからな!
「そうだな……確か闇魔法に、対象の意識――魂を奪うっつー魔法があったはずだ。かなり昔の話だから、現世に残ってるかどうかはわかんねえ。ただ、奪った魂を違う器に入れる……ってのは聞いたことねえな」
ほう。闇魔法に。ほう!
――俺が悪役令嬢になって、初めての有力な情報を得たのではなかろうか! 些細なものかもしれないが、しかし今後調べていく上での取っかかりにはなるだろうしな!
闇魔法か。
魔法……こうして病を癒す奇跡を行使している以上、俺とアクロディリアに起こっているこんな奇跡の魔法もありえる気がする。つか、なんでもありえそうである。
じいさんの治療は終わった。あっさりと。
「これで全快よ」
やれやれ、長くかかったもんだ。ダリアベリーに騙されたり誘拐されかかったり……我ながらすげー平然とアクシデントをクリアしてきたもんだ。
やっぱアレだな。ある程度の危険を危険と思えないくらい鍛えてきたおかげだな。要するにレンさん大好きな俺は間違ってないってことだな。
「世話になったな。――いらねえっつーだろうが、礼がしてえ」
「いらないわ」
じいさんには、礼も謝罪に受け入れないって言ってあるからな。
「そう言うなよ。金はいらねえか? 一千万ジェニーくらいならすぐに用意してやるぜ」
いっせんまん……一千万円!?
「い、いらないわよ! 大金じゃない!」
ビビるわ! まだまだその辺の感覚はただの高校生だぞ!
「だが何もないっつーのは面子が立たねえ。……じゃあこの部屋にあるもん、なんか……全部持ってけよ」
それこそいらんわ! じじいの私物貰って何が嬉しいんだよ! だいたいここもちょっと間借りしてるだけで、自宅じゃないだろが! 何があんだよ!
室内を見回しても、大したもんはないんだよな。ベッドとテーブルと、執務用らしき机があるくらいで……なんつーか、ただ泊まるだけの安宿の一室って感じだし。
「あの羽ペンどうだ? 結構高いぜ? 何せあの暴邪鳥の尾羽だからよ。」
と、机の上にある灰色の羽ペンを指差す。うーん……無駄に豪華で使いづらいレベルでデカいの持ってるし……モンスター名言われても俺わかんねーし……あれ?
「その隣のビンは?」
透明なビンに、色鮮やかな球体が入っている。一見宝石っぽくも見えるが、あれはどう見ても――
「苦ぇ薬が苦手でよ。口直しの飴玉だ」
――それだ!!
「あれがいいわ」
「ああ? また随分安いもんを……まあいい。あんたがそれで手ぇ打ちてえなら、そうするしかねえ。ただし食いさしはやんねえぞ。新しいのを買って渡すからよ」
よし、マリエルの土産ゲット!
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