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95.これからのために朝食を……
しおりを挟む「おはようございます、お嬢様」
翌日である。
ランニングからの剣術訓練を日課にしている俺の朝はかなり早い。だが環境的に外を走ったり木剣を握ったりできないので、下着姿で自室で筋トレしていた。せっかくの晴れなのに外に出られないのはつらいな。
だいぶ汗だくになった頃に、メイドがやってきた。
――キーナ・セントン。第一執事ハウルの娘、第二執事ジュラルクの妹である。セントン家は代々フロントフロン家に仕える家系なので、キーナも例外なくこの屋敷で働いている。アクロディリアよりちょっと年上である。そしてジュラルク同様、幼馴染に近い。
朝も早くから汗だらだらの俺を見て、キーナはかなりビビッたようだ。そりゃそうだろう。俺もビビッたわ。
「ノックくらいしなさいよ」
気配で来たのはわかっていたが、まさかストレートにドアを開けられるとは思わなかった。びっくりしたわ。腕立て中だったんだぞ。めっちゃ床に横になってる感じだったんだぞ。すぐ立ったけど。
「し、失礼しました。いつものことだったので……」
いつも?
……あ、そっか。そうかー。アクロディリアはいつも朝はメイドに起こしてもらってたのか。それじゃ責めるのは可愛そうだわ。……まあ元々責める気なんてさらさらないけど。
「見ての通りよ。お風呂の準備をしてちょうだい」
「は、はい。……あの、ところで、髪はどうなさいますか?」
髪?
ああ、髪か。
巻きますか? 巻きませんか? ってことか。
「手間もかかるし、いいわ」
今や懐かしのドリルヘアーのことだ。あれセットに時間が掛かるから、俺的にはやっぱりパスだ。
「あの……ところで、朝から何を……?」
え? 聞く? 確かに起こす気で来た相手がとっくに起きてるばかりか汗まみれで何かやってたら、そりゃ気になるかもしれないが。
「身体を絞っていたのよ」
と、俺は堂々と胸を張って悪役令嬢ボディを見せつけた。
「どう? 悪くないでしょ?」
がんばってがんばって作ったうっすら割れる腹筋は、伝う汗でぬらぬら輝いている。腹部だけじゃなく全体的に引き締まっている、はずだ。もちろん女性らしい部分はそのまま! この大きさとくびれでお値段据え置き! みたいな! ……いかん、こんなこと考えてるのがバレたらアクロパパに睨まれちまう。慎ましくいこうぜ。
「は、はい……」
……なぜキーナが顔を赤らめもじもじしているかはちょっと考えたくないが……学校でも時々いたんだよな、なんか視線を感じると思ったら、みたいな……
まあいいか。とにかく今は風呂だ。
まだ朝食前なので手早く汗を流して風呂から上がり、少しの果物と紅茶を飲み、これからのことを考える。
とりあえず、今日は服を買いに行こうと思う。
マジでドレスとかネグリジェとか下着とかが充実していて、それ以外の服がないのだ。コルセット必須みたいなものが異様に多いのだ。
公の場ならっまだ諦めもつくが、普段からドレスはつらい。ちなみに今はバスローブだ。超楽です。
コルセットはヤバいくらいに締め付けてくるし、ドレスは動きづらいし、何をするにも邪魔にしかならない。
一応パパの許しも出ているので、俺なりに「まだ許せる辺境伯令嬢の格好」を模索し、楽な普段着というジャンルを確立していこう。
まずはここからだと思う。
アクロママの課題をクリアするには、屋敷にこもってるだけじゃきっと無理だからな。街に行くことは決定だ。どれくらいの頻度で行くことになるかはわからないが、お忍びで行くのは確定だしな。ドレス姿で活動とか無理だろ。俺も動きづらいし悪目立ちが過ぎる。
……ところで、辺境伯令嬢らしい楽な格好って、どんなんだ?
…………
マジでわからん。メイドを何人か連れていこう。
今日ばかりは仕方ないのでコルセットがいらないタイプのドレスを着て、食堂へ向かう。
昨今の日本では朝はそれぞれ忙しいから、「食事は家族が揃ってから」みたいな決め事がある家庭は珍しいかもしれない。こっちの世界では、むしろそれが普通みたいだ。
「おはようございます」
食堂には、すでにアクロママと弟の姿があった。パパがまだみたいだ。
ジュラルクが引いてくれた椅子に座り、俺も家長を待つ。
「お母様、体調はいかが?」
メイドからすでに聞いているし、ここにいるという事実がすでに答えを物語っているのだが、それでも本人から聞きたい。
「快調よ。一年に一回あるかないかというくらい」
そりゃよかった。……なるほど、完全に治すことはできないが持続性はある、と。
案外昨日と同じようなのを何回か繰り返すことで完治、みたいな方法もあるのか……?
『天龍の息吹』の検証も、フロントフロン家滞在中の課題になりそうだ。
「おはよう」
あ、パパ来た。……今日もこえーな。
食器とフォーク、ナイフが触れるかすかな音だけがある静かな食事が始まる。ちなみにメニューは目玉焼きとトースト的なパンとサラダ、コーンポタージュ、紅茶、そしてデザートの果物である。絵に描いたようなブレックファストだ。フロントフロン家では定番の朝食である。
ここまで品目が多いだの彩が素晴らしいだの美味しいだのは、もはや当然らしい。俺にはすごい豪華な朝食に見えるんだけどなぁ。よっ、金持ち!
「クレイオル」
パパが弟を呼んだ。
「これから視察に出る。来るかね?」
「はい。お供します」
あ、領主としてのお仕事ですね。乙です! いってらっしゃい! おいダメ弟、しっかり勉強してこいよ!
「アクロ、おまえも来るかね?」
え? ……え、俺!?
驚いたのは俺だけじゃなく、弟もだ。だって今まで公務に関わったことも誘われたこともなかったから。せいぜいお客さんの挨拶とか、それくらいだぞ。
「いえ、わたしは結構です。今日は買い物がありますので街に出ます」
パパがどんなつもりで声を掛けてきたかわからないが、ちゃんと理由があって断ることを述べておく。……案外「監視するから傍にいろ」みたいな意味かもしれないからな。
「そうか」
だがパパはすんなり俺の返事を飲み、席を立った。
颯爽と食堂を出て行ったパパを見送ると――弟がおもいっきり冷めた目で俺を見た。
「どういうことですか?」
「知らないわ。本人に聞いて」
というか俺の方こそ聞きたいわ。どういうことだよ。なんで誘ったの?
「昨日、お父様とはなんの話を?」
「それも本人に聞いて」
俺から話せることはないからな! 決して調子に乗らず慎ましくやってくからな!
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