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悪趣味 1

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 食事の後、エリックは伯爵夫人に付き添われて、彼女の部屋へ向かった。
 自室には戻ったものの、カペラは気が気ではない。
 どうして、エリックは自ら伯爵夫人の部屋へ向かったのか。
 今、二人きりで何をしているのだろうか。
 そんな疑問が、カペラの頭の中を占有していた。
 扉が閉まる間際に伯爵夫人の放った意地の悪い、勝ち誇った笑みが頭から離れない。
 侯爵もいないのだから早く寝てしまえばいいのだが、寝台の中でいつもより強めの酒を喉に流し込んでも、一向に眠気は襲ってこなかった。
 仕方なく、カペラは寝台から這い出て窓に手をかける。
 月には叢雲がかかっていたが、空は珍しく晴れていた。庭に明かりがまだ入っているので、多少は判別がつく。
 きれいに刈り込まれ、整えられた庭木は、まるでルセイヤン伯爵夫人のようだ、とカペラは思った。均整の取れた美しさで人々を魅了し、時には迷路園のように惑わせ、愉しませる。それならば田舎育ちの自分は、そこまで手を入れられていない菜園というところだろうか。
 菜園――という言葉に、カペラの甘い記憶が揺さぶられた。
 初めての舞踏会の夜、エリックの手で初めて絶頂を味わったこと――
 その手で今、彼は、ルセイヤン伯爵夫人に触れているのだろうか。
 カペラはたまらなくなって薄い夜着の上から自分の胸に触れた。エリックのことを考えただけなのに、先端の小さな突起が固くなっている。
 ここにはいない彼を思うだけで、腹部の奥が疼き始めていた。
 彼を思いながら両手の指先で感じるところを探り、うっとりと目を細めかけた時、冷たい夜風が吹き込んできて彼女は我に返る。

 やだ――

 気が付くと、自分で胸と股を弄っていた。
 恥ずかしさがこみあげてきて頬が熱くなる。
 これ以上起きていると更に余計なことを考えそうな気がした。
 それならば、無理やりにでも酔って寝てしまった方がいい、とカペラが寝酒のある側卓の方へ振り返ったその時――
 十分火照った頬が、いや、頬だけでなく体中が一瞬でさらに熱くなった。
「――っ! い……つから、そこに?」
「もう少し、続けてくれてもよかったのに――」
 扉を背に、ニヤついた表情で立っていた侯爵がゆっくりとカペラに歩み寄り、彼女の頤を取った。
「さすがに、毎夜、あれだけ乱れさせられたら、一晩でも空くと体が疼いて仕方がないか」
 くくっと喉で嗤う彼の手の上から顎を払い、横を向く。
 冷たく突っぱねられても侯爵は一向に構わない様子で、いつもの朗らかな調子で「エリックは?」と彼女に尋ねた。
 こういう憎み切れない人懐っこさが彼の魅力の一つでもある。
「……ルセイヤン伯爵夫人の、お部屋です」
 口を尖らせたまま答えるカペラに侯爵はご満悦な様子だ。
「落馬して骨を折ったと聞いたが、盛んだな」
「嗤うなんて、不謹慎です。それに、そんな言い方――」
「気になるか?」
 意味ありげない視線を寄越す侯爵に、どこまでも読み取られてしまうような気がしてカペラは背を向ける。
「気になんて――」
「俺は、気になる」
「あなたと一緒にしないでください。気になるとすれば……こんな夜遅くに、二人きりで……私の連れてきた使用人が、無礼を働かないか……とか、そういうことで――」
 しどろもどろに言い訳を並べるカペラを見てとうとう侯爵は噴き出した。
「どんな理由があれ、かまわんがな。気になるなら、ついて来るといい」
 そう言って侯爵は使用人用の小さな隠し扉を開いた。かろうじて先が確認できるほどのほのかな灯りが見える。そこには、きらびやかな装飾も何もない質素な石で囲まれた空間が左右にのびていた。
 昔は使用人専用の小部屋だったのだろう。だが、明かりも十分でないそこは、今は通路としてのみ使われているようだ。

 慣れた足取りで侯爵が先に立って歩き始めるので、仕方なくカペラも従った。
 歩くには不自由しない程度の間隔で蝋燭が灯されている。うっすらとヒビの入った壁には、指が一本入るか入らないかくらいの小さな穴がいくつか開いていて、そこからも明かりが漏れてきていた。
 よく見ると、自然に欠けたのではなく、人の手が入っているようにも見える。
「この穴は――?」
 なにげなく穴を覗いたカペラは、その向こうに見慣れた侯爵の書斎の家具が置いてあるのを目にした。
「通風孔だ。狭い場所で明かり用の蝋燭を灯すのだから換気が必要だという”名目”で作られたようだ。俺も、この間の舞踏会の時に初めて知ったのだがな。――さあ、ここだ」
 含みを持たせた説明をカペラは不信に思ったが、慣れた様子で歩いていた侯爵が立ち止り、穴の一つを覗き込んだので、彼女もその隣の穴に同じように片目を当てた。
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