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初日の出、見に行かないか?
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今年のクリスマスは、最悪だった。
それもこれも、みんな、颯太が悪いんだ。
それに、綾菜――
いや、彼女は悪くないか。だって、彼女は、私が颯太を好きだってこと、知らなかったわけだし。……あ、それを言うなら、颯太だって、私が彼を好きってことを知らないわけだから、悪くないってことになっちゃうか。
――いや、でも、やっぱり一番悪いのは、小早川颯太なんだ。
はぁぁぁぁ。
私は、大きくため息を吐いた。
肺の中の空気を全部吐き出したので、周りから見えれば深呼吸に見えたかもしれないけれど、私の中では、ため息のつもりだった。
クリスマスの後から、ずっと、この調子。
いやね、別に、付き合ってるわけじゃないから、クリスマスに颯太が誰と過ごそうと、ただの幼馴染の私がとやかく言う問題じゃないのはわかってる。
でも、だからって、クリスマスの翌々日、親友の綾菜に、『小早川さん、クリスマスにね……あ、うふふ、なんでもないの』なんて、意味ありげ誤魔化されたら、気になって気になって仕方がないじゃないの。
付き合ってるなら、別に隠さなくても良いのに。
あ、でも、人の気持ちに敏感な綾菜なら、何も言わなくても私が颯太のことを好きだって気が付いているのかもしれない。
そうだとしたら、綾菜は知ってて颯太と付き合い始めたってこと?
それも、ひどい話だと思ったけど、私は口を挟める立場ではない。
それに、綾菜が本気で颯太のことを好きで、付き合い始めたなら、むしろおめでとうって言ってあげるべきじゃない?
……まだ、素直に、それを口にできる気分ではないけど。
あー、私って、いやな女。
そんなむしゃくしゃした気持ちのまま、私は年を越そうとしていた。
まあ、他に用事もないし、大学は冬休みだし、もともと実家暮らしだから、帰省するところもないし、バイトのシフトも入れなかった。
だって、先月、宮間先輩から、颯太が、来年、オーストラリアに留学するってちらりと聞いたから。
だから、今年のクリスマスは、勇気を出して告白しようって、思った。振られたとしても、来年になれば颯太は遠い海の向こうへ行っちゃうわけで、それなら、当たって砕けても、別に構わないし、もし万が一、上手くいけば、出来ればそのあとの日々を颯太と一緒に過ごしたい。だから、予定を空けておきたかったんだ。
なのに、一月前から自分の気持ちを高めて、で、クリスマスの一週間前に、勇気を出して、誘ってあげたってのに、あいつは「あ、悪い」って軽く一言で断った。
だいたいね、好きになった相手が幼馴染って時点で、もうハードルが高いってこと、忘れれたわ。
こんなことなら、年末年始もしっかりバイトを入れておけばよかったって思う。
あーあ……
そんなことを思いながら、家族と一緒に年末恒例の歌番組を見ながら夕食を食べ、ゆっくりとくつろいでいた。
颯太から、電話がかかってきたのは、後二時間で年が明けるって時だった。
「千尋。お前、どうせ暇なんだろ? これから初日の出、見に行かないか?」
第一声が、暇なんだろって、颯太は私のことを暇つぶしの道具か何かだと思ってるんだろうか。
しかし、悔しいが彼の言ったことは間違いではない。
けれど、綾菜のことが頭をよぎった私は、すぐにYESと言えなかった。
「な、なんでいきなり?」
「暇なんだから、いいじゃないか。根ノ島まで、付き合えよ」
根ノ島とは、ここから車で一時間ほど行ったところにある小さな島だ。本土とは五〇〇メートルほどの橋でつながっていて、最寄駅から徒歩十分なので徒歩でも行ける。海水浴のできるビーチや水族館も近くにあり、駐車場もあって利便性がいいので、元旦でなくとも観光地としてにぎわうところだ。
普通は彼女の綾菜を誘うもんじゃないの? ――って言いそうになって、あっと、思った。
綾菜ん家は、お父さんと二人暮らしで、厳格だから、夜中に外出なんて認めてもらえないんだろう。その点、うちは、昔から二つ年上の颯太が一緒というだけで、親も安心して送り出してくれる。こういう点においては、お隣の幼馴染みの大人受けのいいお兄ちゃんってのは、楽だ。
だけど今の時期だと日の出は七時頃で、混雑を勘案したとしても、十時に出るのは早すぎるだろう。
「でも、これから? ――まだ、十時だけど?」
「ついでに、年越し蕎麦も、おごってやるよ」
たとえ、二人っきりでなくても、颯太と新しい年を一緒に迎えられるのも、初日の出を見られるのも、嬉しくないわけではない。
ううん。むしろ、嬉しい。
颯太には綾菜がいるって分かってても喜んじゃう自分は、いやな女だなと思うけど、でも、暇だからという理由だったとしても、颯太が私のことを誘ってくれるのは、正直、胸が弾んだ。
「……いいけど――」
私はすっごく有頂天なくせに、できるだけ感情を押さえてそう答えた。だから、ちょっと不機嫌そうに聞こえたかもしれない。
ほんと、私っていやな女。
外出中だからと、家ではなくスーパーの駐車場を待ち合わせ場所に指定された。
お店の入り口から離れたところにポツンと止められていた黒のSUVの後部座席に乗り込もうとすると、運転席の颯太が助手席を指差す。方向音痴の私はナビできないのでいつもは後部座席なのだけれど、今日に限って助手席とは、どういうことだろう。
ま、どんな理由にしろ、助手席に座れるのは嬉しいけどさ。
私は、顔がにやけないように、口元を引き締め、そこに乗り込んだ。
「他の人は?」
「いねえよ」
「え?」
私はてっきり、同じいつも颯太の友達の宮間さんとか藤下さんとかも誘っていると思っていた。
高校時代から親友だった私と綾菜は、私が大学に進学した春に颯太を通じて彼らと知り合い(多分、合コンってやつだと思う)、何度か一緒に遊びに行ったことがある。
まあ、言い換えると、私がこの車に乗るときは、綾菜や彼らがいつも一緒だったってこと。
なのに、誰も誘ってないって――しかもいきなり、心の準備なしに、二人っきりっ!?
私の頭の中はパニック寸前だ。
「……俺と二人じゃ、嫌?」
「そ……うじゃないけど……」
そうじゃないけど、どうしていいかわからない。
すると、颯太が一瞬口を尖らせたように見えた。
(あれ? なんか、まずいこと言ったかな)
いつでもポジティブ思考で上機嫌(で、俺様)の彼がこんな表情をするのは珍しい。と、あらためて見直した時には、いつもの彼に戻っていた。
「……心配しなくても、千尋が嫌なら、手ぇださねえよ」
颯太は横目で私を見て口の端をあげる。
彼のこんな表情が好きな私は、Mっ気があるのだろうか。
危うく見惚れかけて、私は慌てて視線をフロントガラスの外に向けた。
「そんな心配してないしっ!」
って、あれ? それって、私がいいっていったら、手を出すってこと?
なんて、ちょっといやらしいことが頭に浮かんで、頬が熱くなる。
それを見て、颯太はにやにやしていて――。やっぱり、からかわれてるんだろう。
颯太は私のことなんてその程度にしか思っていないんだ。
たとえ二人きりのドライブだとしても、幼馴染みの関係じゃ、甘い雰囲気なんて期待する方が無理なんだ。
「……颯太の方こそ、私なんかと二人で良かったの?」
「いいから誘ったに決まってんじゃん」
さらりと颯太が返す。
そうじゃなくて、綾菜のこと――と言いかけたけど、綾菜があんなふうに誤魔化すってことは、二人が付き合っているってことは秘密なのかもしれない。
ああ、もうっ! こんなの、なんか、不公平だ
颯太が私のことなんて意識していないのに、必要以上に緊張さえしている自分が恥ずかしくて、どうか、今は、こっちを見ないでという気持ちを込めて、私は颯太に出発するよう促した。
車中では、何を話したのか覚えていない。ただ、颯太がいろいろと話題を振ってくれて、私が短く相槌を打っていたような気がする。
私が意味のある言葉を発したのは、そろそろ目的の根ノ島が近くなってきた海岸線を走っている時だった。
出発したときから点いていたラジオでは、あと一時間ほどで年が明けるというところで新しいゲストが登場して盛り上がっている。
「ねえ、お蕎麦、どうするの?」
「腹へった? ちょっと待ってろ。どっかいいところに止めるから」
海につきだした小さな駐車場に車を止めた颯太が、体をこちらに捻る。
それだけで、もう、私の胸はドキドキだ。後部座席に伸ばす首から肩のラインが妙に色っぽい。
ザシッと音をたてて彼が持ち上げたのは、先程待ち合わせたスーパーの袋。颯太が中から取り出したプラスチックの食品容器と割りばしを私に手渡した。
「年越し蕎麦って、……まさか、これ?」
「こんな時間に蕎麦屋が開いてるわけねぇだろ。文句言うなら、食うなよ」
「文句いってるんじゃなくて、確認しただけでしょ」
まあ、そうだよね。
私は颯太の彼女でもないし、こうやって二人きりでドライブできるだけでも幸せなんだから。
「……って、これ、ざるそばじゃない!」
「最初から温かいのは伸びるだろ」
そういって颯太はガサガサとざるそばの蓋を開け、ずるずると食べ始めた。
仕方なく私も、小さくいただきますと言ってそれに倣う。
狭い車内では、近くのFMラジオ局からのテンポのいい会話と音楽が流れていて、そこに、二人が啜る蕎麦の音が重なった。
はっきりいって、全然、ロマンチックではない。
ま、そういうのを期待してきたわけではないからいいけど、それでも、好きな人と閉ざされた空間に二人きりというシチュエーションに、私の胸はドキドキしっぱなしだ。
二人して無口でそれをずるずる啜って、容器と割りばしを元のビニール袋に収めた時には、カーラジオの放送が、後十五分で今年が終わります、と告げて、妙にリズムの良い曲を流してはじめたところだった。
曲が始まって少しして、颯太が煙草に火をつけた。ほんの少しだけ空けた窓から、冷たい風が入り込んでくる。
「……俺――、三月から、オーストラリアに行くんだ」
間奏に乗せるように、颯太が前を向いたまま、口を開いた。
「先月、宮間さんから、聞いた」
「そっか」
そして、また沈黙。
時報がわりにつけたラジオの向こうは、後十分で新年になると盛り上がってきているのに、暗闇に取り残された私たちは、冷たい蕎麦のせいもあってか逆に盛り下がった感がある。
「……三月って、すぐだね」
なんとなく、肩にかかる沈黙が重すぎて、それを跳ね除けるように、私は思いついたことを口にしていた。
何を言っているんだろう、私は。口にしたいのはそんなことじゃないのに。
だけど、クリスマスに伝えたかった気持ちは、すでに行き場を失くしている。
「そう、だな」
「どれくらい?」
「とりあえず、二年くらい」
「そっか」
私が小さくそういうと、「寂しい?」と颯太が上目遣いで探るように聞いた。
「んなわけないじゃん。……ただ……戻ってきたら同じ学年になるんだなって思っただけ」
綾菜なら、こんなとき素直に寂しいって言えるんだろうなって考えたら、やっぱり自分がすごく嫌な女に感じた。
今度はまた颯太が「そっか」という番だった。
ラジオではカウントダウンがはじまっている。その賑やかさは、私とは薄いシフォンのヴェールで隔てられているように感じた。
9、8、7――
「あのさ――」
颯太が口を開いた。
6、5、4――
「俺は」
3、2――
「……」
ハッピーニューイヤー!!
賑やかなクラッカーの音とともに、ラジオのパーソナリティが高らかに弾けるようにそう宣言した。同時に、海の向こうに花火が上がったのが小さく見えた。目的地の根ノ島付近のようだ。
そして、車内の重苦しい雰囲気とは対照的なそれらと、かき消されそうになった颯太からかろうじて聞き取れた言葉の持つ破壊力に、私の頭の中はついにショートした。
それもこれも、みんな、颯太が悪いんだ。
それに、綾菜――
いや、彼女は悪くないか。だって、彼女は、私が颯太を好きだってこと、知らなかったわけだし。……あ、それを言うなら、颯太だって、私が彼を好きってことを知らないわけだから、悪くないってことになっちゃうか。
――いや、でも、やっぱり一番悪いのは、小早川颯太なんだ。
はぁぁぁぁ。
私は、大きくため息を吐いた。
肺の中の空気を全部吐き出したので、周りから見えれば深呼吸に見えたかもしれないけれど、私の中では、ため息のつもりだった。
クリスマスの後から、ずっと、この調子。
いやね、別に、付き合ってるわけじゃないから、クリスマスに颯太が誰と過ごそうと、ただの幼馴染の私がとやかく言う問題じゃないのはわかってる。
でも、だからって、クリスマスの翌々日、親友の綾菜に、『小早川さん、クリスマスにね……あ、うふふ、なんでもないの』なんて、意味ありげ誤魔化されたら、気になって気になって仕方がないじゃないの。
付き合ってるなら、別に隠さなくても良いのに。
あ、でも、人の気持ちに敏感な綾菜なら、何も言わなくても私が颯太のことを好きだって気が付いているのかもしれない。
そうだとしたら、綾菜は知ってて颯太と付き合い始めたってこと?
それも、ひどい話だと思ったけど、私は口を挟める立場ではない。
それに、綾菜が本気で颯太のことを好きで、付き合い始めたなら、むしろおめでとうって言ってあげるべきじゃない?
……まだ、素直に、それを口にできる気分ではないけど。
あー、私って、いやな女。
そんなむしゃくしゃした気持ちのまま、私は年を越そうとしていた。
まあ、他に用事もないし、大学は冬休みだし、もともと実家暮らしだから、帰省するところもないし、バイトのシフトも入れなかった。
だって、先月、宮間先輩から、颯太が、来年、オーストラリアに留学するってちらりと聞いたから。
だから、今年のクリスマスは、勇気を出して告白しようって、思った。振られたとしても、来年になれば颯太は遠い海の向こうへ行っちゃうわけで、それなら、当たって砕けても、別に構わないし、もし万が一、上手くいけば、出来ればそのあとの日々を颯太と一緒に過ごしたい。だから、予定を空けておきたかったんだ。
なのに、一月前から自分の気持ちを高めて、で、クリスマスの一週間前に、勇気を出して、誘ってあげたってのに、あいつは「あ、悪い」って軽く一言で断った。
だいたいね、好きになった相手が幼馴染って時点で、もうハードルが高いってこと、忘れれたわ。
こんなことなら、年末年始もしっかりバイトを入れておけばよかったって思う。
あーあ……
そんなことを思いながら、家族と一緒に年末恒例の歌番組を見ながら夕食を食べ、ゆっくりとくつろいでいた。
颯太から、電話がかかってきたのは、後二時間で年が明けるって時だった。
「千尋。お前、どうせ暇なんだろ? これから初日の出、見に行かないか?」
第一声が、暇なんだろって、颯太は私のことを暇つぶしの道具か何かだと思ってるんだろうか。
しかし、悔しいが彼の言ったことは間違いではない。
けれど、綾菜のことが頭をよぎった私は、すぐにYESと言えなかった。
「な、なんでいきなり?」
「暇なんだから、いいじゃないか。根ノ島まで、付き合えよ」
根ノ島とは、ここから車で一時間ほど行ったところにある小さな島だ。本土とは五〇〇メートルほどの橋でつながっていて、最寄駅から徒歩十分なので徒歩でも行ける。海水浴のできるビーチや水族館も近くにあり、駐車場もあって利便性がいいので、元旦でなくとも観光地としてにぎわうところだ。
普通は彼女の綾菜を誘うもんじゃないの? ――って言いそうになって、あっと、思った。
綾菜ん家は、お父さんと二人暮らしで、厳格だから、夜中に外出なんて認めてもらえないんだろう。その点、うちは、昔から二つ年上の颯太が一緒というだけで、親も安心して送り出してくれる。こういう点においては、お隣の幼馴染みの大人受けのいいお兄ちゃんってのは、楽だ。
だけど今の時期だと日の出は七時頃で、混雑を勘案したとしても、十時に出るのは早すぎるだろう。
「でも、これから? ――まだ、十時だけど?」
「ついでに、年越し蕎麦も、おごってやるよ」
たとえ、二人っきりでなくても、颯太と新しい年を一緒に迎えられるのも、初日の出を見られるのも、嬉しくないわけではない。
ううん。むしろ、嬉しい。
颯太には綾菜がいるって分かってても喜んじゃう自分は、いやな女だなと思うけど、でも、暇だからという理由だったとしても、颯太が私のことを誘ってくれるのは、正直、胸が弾んだ。
「……いいけど――」
私はすっごく有頂天なくせに、できるだけ感情を押さえてそう答えた。だから、ちょっと不機嫌そうに聞こえたかもしれない。
ほんと、私っていやな女。
外出中だからと、家ではなくスーパーの駐車場を待ち合わせ場所に指定された。
お店の入り口から離れたところにポツンと止められていた黒のSUVの後部座席に乗り込もうとすると、運転席の颯太が助手席を指差す。方向音痴の私はナビできないのでいつもは後部座席なのだけれど、今日に限って助手席とは、どういうことだろう。
ま、どんな理由にしろ、助手席に座れるのは嬉しいけどさ。
私は、顔がにやけないように、口元を引き締め、そこに乗り込んだ。
「他の人は?」
「いねえよ」
「え?」
私はてっきり、同じいつも颯太の友達の宮間さんとか藤下さんとかも誘っていると思っていた。
高校時代から親友だった私と綾菜は、私が大学に進学した春に颯太を通じて彼らと知り合い(多分、合コンってやつだと思う)、何度か一緒に遊びに行ったことがある。
まあ、言い換えると、私がこの車に乗るときは、綾菜や彼らがいつも一緒だったってこと。
なのに、誰も誘ってないって――しかもいきなり、心の準備なしに、二人っきりっ!?
私の頭の中はパニック寸前だ。
「……俺と二人じゃ、嫌?」
「そ……うじゃないけど……」
そうじゃないけど、どうしていいかわからない。
すると、颯太が一瞬口を尖らせたように見えた。
(あれ? なんか、まずいこと言ったかな)
いつでもポジティブ思考で上機嫌(で、俺様)の彼がこんな表情をするのは珍しい。と、あらためて見直した時には、いつもの彼に戻っていた。
「……心配しなくても、千尋が嫌なら、手ぇださねえよ」
颯太は横目で私を見て口の端をあげる。
彼のこんな表情が好きな私は、Mっ気があるのだろうか。
危うく見惚れかけて、私は慌てて視線をフロントガラスの外に向けた。
「そんな心配してないしっ!」
って、あれ? それって、私がいいっていったら、手を出すってこと?
なんて、ちょっといやらしいことが頭に浮かんで、頬が熱くなる。
それを見て、颯太はにやにやしていて――。やっぱり、からかわれてるんだろう。
颯太は私のことなんてその程度にしか思っていないんだ。
たとえ二人きりのドライブだとしても、幼馴染みの関係じゃ、甘い雰囲気なんて期待する方が無理なんだ。
「……颯太の方こそ、私なんかと二人で良かったの?」
「いいから誘ったに決まってんじゃん」
さらりと颯太が返す。
そうじゃなくて、綾菜のこと――と言いかけたけど、綾菜があんなふうに誤魔化すってことは、二人が付き合っているってことは秘密なのかもしれない。
ああ、もうっ! こんなの、なんか、不公平だ
颯太が私のことなんて意識していないのに、必要以上に緊張さえしている自分が恥ずかしくて、どうか、今は、こっちを見ないでという気持ちを込めて、私は颯太に出発するよう促した。
車中では、何を話したのか覚えていない。ただ、颯太がいろいろと話題を振ってくれて、私が短く相槌を打っていたような気がする。
私が意味のある言葉を発したのは、そろそろ目的の根ノ島が近くなってきた海岸線を走っている時だった。
出発したときから点いていたラジオでは、あと一時間ほどで年が明けるというところで新しいゲストが登場して盛り上がっている。
「ねえ、お蕎麦、どうするの?」
「腹へった? ちょっと待ってろ。どっかいいところに止めるから」
海につきだした小さな駐車場に車を止めた颯太が、体をこちらに捻る。
それだけで、もう、私の胸はドキドキだ。後部座席に伸ばす首から肩のラインが妙に色っぽい。
ザシッと音をたてて彼が持ち上げたのは、先程待ち合わせたスーパーの袋。颯太が中から取り出したプラスチックの食品容器と割りばしを私に手渡した。
「年越し蕎麦って、……まさか、これ?」
「こんな時間に蕎麦屋が開いてるわけねぇだろ。文句言うなら、食うなよ」
「文句いってるんじゃなくて、確認しただけでしょ」
まあ、そうだよね。
私は颯太の彼女でもないし、こうやって二人きりでドライブできるだけでも幸せなんだから。
「……って、これ、ざるそばじゃない!」
「最初から温かいのは伸びるだろ」
そういって颯太はガサガサとざるそばの蓋を開け、ずるずると食べ始めた。
仕方なく私も、小さくいただきますと言ってそれに倣う。
狭い車内では、近くのFMラジオ局からのテンポのいい会話と音楽が流れていて、そこに、二人が啜る蕎麦の音が重なった。
はっきりいって、全然、ロマンチックではない。
ま、そういうのを期待してきたわけではないからいいけど、それでも、好きな人と閉ざされた空間に二人きりというシチュエーションに、私の胸はドキドキしっぱなしだ。
二人して無口でそれをずるずる啜って、容器と割りばしを元のビニール袋に収めた時には、カーラジオの放送が、後十五分で今年が終わります、と告げて、妙にリズムの良い曲を流してはじめたところだった。
曲が始まって少しして、颯太が煙草に火をつけた。ほんの少しだけ空けた窓から、冷たい風が入り込んでくる。
「……俺――、三月から、オーストラリアに行くんだ」
間奏に乗せるように、颯太が前を向いたまま、口を開いた。
「先月、宮間さんから、聞いた」
「そっか」
そして、また沈黙。
時報がわりにつけたラジオの向こうは、後十分で新年になると盛り上がってきているのに、暗闇に取り残された私たちは、冷たい蕎麦のせいもあってか逆に盛り下がった感がある。
「……三月って、すぐだね」
なんとなく、肩にかかる沈黙が重すぎて、それを跳ね除けるように、私は思いついたことを口にしていた。
何を言っているんだろう、私は。口にしたいのはそんなことじゃないのに。
だけど、クリスマスに伝えたかった気持ちは、すでに行き場を失くしている。
「そう、だな」
「どれくらい?」
「とりあえず、二年くらい」
「そっか」
私が小さくそういうと、「寂しい?」と颯太が上目遣いで探るように聞いた。
「んなわけないじゃん。……ただ……戻ってきたら同じ学年になるんだなって思っただけ」
綾菜なら、こんなとき素直に寂しいって言えるんだろうなって考えたら、やっぱり自分がすごく嫌な女に感じた。
今度はまた颯太が「そっか」という番だった。
ラジオではカウントダウンがはじまっている。その賑やかさは、私とは薄いシフォンのヴェールで隔てられているように感じた。
9、8、7――
「あのさ――」
颯太が口を開いた。
6、5、4――
「俺は」
3、2――
「……」
ハッピーニューイヤー!!
賑やかなクラッカーの音とともに、ラジオのパーソナリティが高らかに弾けるようにそう宣言した。同時に、海の向こうに花火が上がったのが小さく見えた。目的地の根ノ島付近のようだ。
そして、車内の重苦しい雰囲気とは対照的なそれらと、かき消されそうになった颯太からかろうじて聞き取れた言葉の持つ破壊力に、私の頭の中はついにショートした。
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