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 上手く気持ちの整理がついたのか、出てきたときの女の顔は、先ほどよりもすっきりしていたので安心した。男は、彼女に無関心を装ったまま、続けて浴室を使う。
 十分温まって、部屋に戻った時には、テーブルの上にチューハイの缶が一つと、丁寧に折りたたまれたチョコレートの包みが灰皿の横に小さな山を作っていた。スナックの入っていた籠に目をやる。どうやらチョコレートだけを選んで全部食べたらしい。
 これだけ甘いモノを食べたのなら、警戒心も少しは解けただろうか。
 男は、冷蔵庫に歩み寄ると、冷たい缶ビールを二本取り出し、一本を女に渡した。
「聞いて楽になるのなら、聞くけど?」
 両手で缶を包み込んだ女は、話そうか話すまいか迷っているようだった。
 先ほどよりも態度が軟化している。
 良い傾向だと満足した男は、再びベッドの端に座ると、黙って女が口を開くのを待った。


「……彼は、私の――」と言ってから「同居人、だったの」という言葉が出るまでに、かなりの間が開いたのは、言葉を選んだからだろう。
「同居人、ねえ」
 訝しむように彼がそう口にすると、女は、つかえが取れたようにあの男とのことを話し始めた。
 要約すれば、半日休暇を取って市役所に婚姻届をもらいに行った帰りに、雨が降りそうだったので近道をしたら、あそこで男にばったりとあったということのようだ。
 男は、なんとも運がない――と呆れたがすぐに、結婚する前にどんな男か分かって良かったのかもしれないと思い直した。浮気をする男は、結婚しても浮気をするものだ。
 それでも、女にしてみれば、つい数時間前まで結婚を考えていた男に対して、まだそこまでは割りきれないのだろう。全てを話し終えても、しばらくはテーブルの上のチョコレートの包み紙を睨むように見つめている。

「――て」
 やがて開いた口から洩れたのは、思いもかけない言葉だった。
 まさか、と自分の耳を疑いつつ思って何気なく聞き返す。
 女は、恥ずかしそうに男の瞳を見つめて「して」と聞こえるように言い直した。
 面倒なことになった。
 しかし、こんな場所で、こんなに真面目そうな女が、こんな男を相手にここまで言うのは、相当な決心が必要だったのではないかと思う。
 だから、後で妙な想いを引きずらなくてもいいように、男はできるだけ単調に「わかった」とだけ言った。
 それからゆっくりと立ち上がり、女の前で腰をかがめ、じっと瞳を見つめたまま唇を寄せる。背中に手を回すと、女が腰を浮かし縋るように首に腕を巻きつけてきた。
 膝の上に置いたままだったビールの缶が重い音を立てて絨毯の上に転がった。
 膝の後ろにもう一方の腕を回し、女を大きなベッドにそっと横たえた拍子に襟元が緩んだ。慌てて襟をかき寄せようとする仕草が、かえってそそる。彼は、彼女の手が襟に届く前に手首を掴み、ベッドに押し付けた。
 襟元が深く開き、女は恥ずかしそうに男から目を逸らす。

「どうされたい? 優しく? それとも――」
 腰がピクリと動き、女が小さく息を飲むのが分かった。
 わずかな沈黙の後の「溶けて……なくなってしまいたい」という台詞に男は小さく笑う。
「チョコレート、好きなんだ?」
「おかしい?」
 女の視線の先の、テーブルの上の包み紙を見ながら、男は静かに聞いた。
「いや、俺も、好きだ」
 耳に触れるか触れないかの距離でそう囁かれた言葉に、女の身体は再び反応する。
 彼は、そのままその唇で女の髪に、耳に、瞼に、頬に、鼻に、軽いキスを落とした。女の口元が緩んだ隙をついて唇を食む。
 半開きの口から舌を入れると、チョコレートの味がした。
 それを味わうように、男の舌が彼女の口の中で艶めかしく動く。
「えい、じ……」
 息を継ぐ合間に漏れたその名前に、男以上に女の方が驚いていた。
「ごめん、なさい……」
「好きに呼べばいい。見た目は仕方ないが――」
 言いながら彼は、女のローブの腰ひもを解いて引き抜いた。それをそのまま目の上に当てると、痛くない程度に結ぶ。
「これなら、俺を見なくてすむだろう」
 腰ひもを奪われたローブは、女のほんのわずかな身じろぎに前を開きかけ、それに気づいた彼女は両手でローブの襟元を合わせた。
 商売ではないといっていたが、実際に触れてみると女は、普通以上に慣れていない様子で、ずいぶん身構えている。
 これではお互い楽しめないなと考えた男は、自分のも解き、もう一本の紐で女の両手首を頭上で縛った。
 驚いたように女は少し抵抗を見せる。
「や……」
「いやなら止めるが?」
 いつでもやめてもいいと思っていた。嫌がる女を無理やりやる趣味はないし、それほど餓えているわけでもない。
 返事を待たずに、女のローブの前を遠慮なく大きく開いたのは、最終警告のつもりでもあった。
「ううん。いい……続けて――」
 しかし、女は男の予想に反して、その先を求める。
 なかなか強情だ。こういう女は嫌いではないが、どうせならもっと違うシチュエーションで、会いたかった。無論、もっと別のシュチュエーションなら、この女との接点など、なかっただろうが。
 などと思いつつ彼は、そっと彼女の胸に手を載せる。
 柔らかさをじっくりと確かめるように双丘を撫でながら、首筋に軽く吸い付き、舌で耳の下から鎖骨を舐めていく。女の息が上がり、体が緩み始めたのを確認してから、男は指先でその頂を摘んだ。
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