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ホームセンター「ロープ」
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商売とは酷なものだ。
景気の浮き沈みによる打撃を受けにくいこの業界においても、それは例外のない事実だった。
雅敏は小さなリサイクルショップのオーナー。
不景気になればなるほど、客は激安店を求める。むしろ売り上げは着実に上向いてきていたというのに。
ことの始まりは火事。
一人残業していた雅敏の煙草の不始末による。
消火が早かったため、幸いにも店は全焼せずにすんだが…
焦げくさい、鼻をつく臭いと煤が商品に染み付いてしまい、
とても売り物にならない。
雅敏は店内すべての品を廃棄し、泣く泣く店を畳んだ。
これほどまでに己の喫煙歴を憎んだことはない。
大型チェーン店に比べて、若干高い買取額を提示する雅敏の店は、売却する側に人気があった。
持ち込みが増えれば品数が潤う。需要と供給の法則によってそこそこ繁盛してきた矢先の災難だった。
(買取額を高く設定し、大量に在庫を抱えたことが仇になるなんてな…)
雅敏が苦笑いする。
今になって悔やんでも後の祭りだが、雅敏には多額の負債が残された。
裸一貫で上京し、汗水たらして働いた。
食うや食わずで貯金をし、
やっとの思いで開店した店。
それを失ったショックは負債以上の衝撃を雅敏に与えた。
そういうわけで、雅敏は今、
切れない頑丈なロープを探していた。
ホームセンターの日曜大工コーナーで、混雑した店内をぐるりと見渡す。
「切れにくい頑丈なロープを探しているんですが」
数時間後には死のうとしている人間が、店員に質問をしているなんて滑稽だな。
疲れた顔に弱々しく浮かぶ笑み。
少々お待ちください、といってパートらしき中年の女性が少し離れた位置に移動する。
どうやらワイヤレスマイクで
別の店員を呼んでいるようだ。
ほどなくして若い男性店員が
足早にやってきた。
「あちらのお客様が頑丈な太いロープをお探しです」
雅敏を見やりながらボソボソと小声で説明している。
「太いロープですね?それでしたら…」
(おいおい、太いは余計だろ、そんなこと一言もいってないぞ?)
雅敏は呆れた。
あまり太すぎると上部をキツく縛りにくい。
緩んでロープごと落下して、死にきれないのは困る。
既に女性店員は姿を消していたので、雅敏は男性店員に向かって解説した。
「別に太くなくていいんですよ、切れにくくて頑丈なら」
ようやく求める商品の概要を汲み取った店員が、先頭に立って雅敏を案内する。
「こちらです」
雅敏は目を見張った。
材質や長さ、形状に色。
実に様々なロープがそこにあった。
「これはすごい」
感嘆する客を尻目に男性店員が続ける。
「この中で一番頑丈なのは…
こちらですね、安くて長持ち。ただ長さが短めです」
短すぎるのは問題だな。
雅敏はロープを手に取ってじっくりと吟味を始めた。
どうせ死ぬなら、最後くらい最高級のロープで死にたい。
リサイクル品に囲まれた生活をしていた自分だ、今生の別れを前にした今くらいは贅沢したっていいではないか。
「一番高いロープにします」
店員は目を丸くしている。
一番安い、という要望は聞き慣れていても、こんなケースは初めてなのだろう。
「はぁ…」
といったきり目が泳いでいる。
雅敏は少しおかしくなった。
こんなときに不謹慎ながら、
店員の困惑した表情がツボに入って仕方ない。
雅敏だって好きで死ぬわけじゃないのだ。毎日くだらないことで笑って生きられるなら。
希望が一明かり見えさえすれば。
だいたい火事のあった日、
煙草さえ吸わなければこうはならなかった。
初めて喫煙したのは15年も昔、学校のトイレだったと思うが、あのとき、安易な好奇心で不良から貰い煙草をしないでいたら。
ああしなかったら。
こうしなければ。
たら、れば、
たら、れば…
情けないな。
たら れば…ばかりじゃあな。潔く逝こうじゃないか!
雅敏は葛藤を吹っ切るように頭を数回ぶんぶんとふり、大急ぎで目当てのロープを引っ掴むと、レジの列の最後尾に向かった。
レジ打ちは順調に進み、
いよいよ雅敏の番。
ふと見るとレジ打ちをしているのは、初めに声をかけた中年の女性。
さっきは気づかなかったが、
胸に【Kフロアー担当】と書かれたバッチを着けている。
雅敏がレジの台にロープを乗せると、女性店員は、あれ?という腑に落ちない表情をした。
雅敏が差し出した極細のロープを見て明らかに怪訝そうだ。
「こちらの商品でよろしいですか?」
今更なにを。
迷いは禁物だ!
たらればを捨てるんだ!
たら、れば、を!
たら、れば、を!
大きくハッキリした口調で、
堂々と答える。
「はい、もちろんです」
翌年。
雅敏は実家の居酒屋を手伝いながら質素ではあるが堅実に暮らしていた。
折半しあって借金の穴埋めを申し出てくれた友人たちに感謝。雅敏は少しずつではあるが、
友人たちに金を返済している。
あのとき、なぜロープが切れたのか未だに分からない。
雅敏は以前のように快活さを取り戻しつつある。
唯一、以前と変わったことがあるとすれば、食の変化くらいだろうか。
居酒屋の厨房で働く身としては致命的なのだが、あれ以来、
特定の魚と肉の内臓が口に合わなくなってしまった。
それどころか、嫌いが高じて、調理場で無意識にそれを捨ててしまったりするのだ。
首をひねるも原因はまるでわからない。昔はあれほど好物だったはずの…
鱈とレバーが…なぜ。
景気の浮き沈みによる打撃を受けにくいこの業界においても、それは例外のない事実だった。
雅敏は小さなリサイクルショップのオーナー。
不景気になればなるほど、客は激安店を求める。むしろ売り上げは着実に上向いてきていたというのに。
ことの始まりは火事。
一人残業していた雅敏の煙草の不始末による。
消火が早かったため、幸いにも店は全焼せずにすんだが…
焦げくさい、鼻をつく臭いと煤が商品に染み付いてしまい、
とても売り物にならない。
雅敏は店内すべての品を廃棄し、泣く泣く店を畳んだ。
これほどまでに己の喫煙歴を憎んだことはない。
大型チェーン店に比べて、若干高い買取額を提示する雅敏の店は、売却する側に人気があった。
持ち込みが増えれば品数が潤う。需要と供給の法則によってそこそこ繁盛してきた矢先の災難だった。
(買取額を高く設定し、大量に在庫を抱えたことが仇になるなんてな…)
雅敏が苦笑いする。
今になって悔やんでも後の祭りだが、雅敏には多額の負債が残された。
裸一貫で上京し、汗水たらして働いた。
食うや食わずで貯金をし、
やっとの思いで開店した店。
それを失ったショックは負債以上の衝撃を雅敏に与えた。
そういうわけで、雅敏は今、
切れない頑丈なロープを探していた。
ホームセンターの日曜大工コーナーで、混雑した店内をぐるりと見渡す。
「切れにくい頑丈なロープを探しているんですが」
数時間後には死のうとしている人間が、店員に質問をしているなんて滑稽だな。
疲れた顔に弱々しく浮かぶ笑み。
少々お待ちください、といってパートらしき中年の女性が少し離れた位置に移動する。
どうやらワイヤレスマイクで
別の店員を呼んでいるようだ。
ほどなくして若い男性店員が
足早にやってきた。
「あちらのお客様が頑丈な太いロープをお探しです」
雅敏を見やりながらボソボソと小声で説明している。
「太いロープですね?それでしたら…」
(おいおい、太いは余計だろ、そんなこと一言もいってないぞ?)
雅敏は呆れた。
あまり太すぎると上部をキツく縛りにくい。
緩んでロープごと落下して、死にきれないのは困る。
既に女性店員は姿を消していたので、雅敏は男性店員に向かって解説した。
「別に太くなくていいんですよ、切れにくくて頑丈なら」
ようやく求める商品の概要を汲み取った店員が、先頭に立って雅敏を案内する。
「こちらです」
雅敏は目を見張った。
材質や長さ、形状に色。
実に様々なロープがそこにあった。
「これはすごい」
感嘆する客を尻目に男性店員が続ける。
「この中で一番頑丈なのは…
こちらですね、安くて長持ち。ただ長さが短めです」
短すぎるのは問題だな。
雅敏はロープを手に取ってじっくりと吟味を始めた。
どうせ死ぬなら、最後くらい最高級のロープで死にたい。
リサイクル品に囲まれた生活をしていた自分だ、今生の別れを前にした今くらいは贅沢したっていいではないか。
「一番高いロープにします」
店員は目を丸くしている。
一番安い、という要望は聞き慣れていても、こんなケースは初めてなのだろう。
「はぁ…」
といったきり目が泳いでいる。
雅敏は少しおかしくなった。
こんなときに不謹慎ながら、
店員の困惑した表情がツボに入って仕方ない。
雅敏だって好きで死ぬわけじゃないのだ。毎日くだらないことで笑って生きられるなら。
希望が一明かり見えさえすれば。
だいたい火事のあった日、
煙草さえ吸わなければこうはならなかった。
初めて喫煙したのは15年も昔、学校のトイレだったと思うが、あのとき、安易な好奇心で不良から貰い煙草をしないでいたら。
ああしなかったら。
こうしなければ。
たら、れば、
たら、れば…
情けないな。
たら れば…ばかりじゃあな。潔く逝こうじゃないか!
雅敏は葛藤を吹っ切るように頭を数回ぶんぶんとふり、大急ぎで目当てのロープを引っ掴むと、レジの列の最後尾に向かった。
レジ打ちは順調に進み、
いよいよ雅敏の番。
ふと見るとレジ打ちをしているのは、初めに声をかけた中年の女性。
さっきは気づかなかったが、
胸に【Kフロアー担当】と書かれたバッチを着けている。
雅敏がレジの台にロープを乗せると、女性店員は、あれ?という腑に落ちない表情をした。
雅敏が差し出した極細のロープを見て明らかに怪訝そうだ。
「こちらの商品でよろしいですか?」
今更なにを。
迷いは禁物だ!
たらればを捨てるんだ!
たら、れば、を!
たら、れば、を!
大きくハッキリした口調で、
堂々と答える。
「はい、もちろんです」
翌年。
雅敏は実家の居酒屋を手伝いながら質素ではあるが堅実に暮らしていた。
折半しあって借金の穴埋めを申し出てくれた友人たちに感謝。雅敏は少しずつではあるが、
友人たちに金を返済している。
あのとき、なぜロープが切れたのか未だに分からない。
雅敏は以前のように快活さを取り戻しつつある。
唯一、以前と変わったことがあるとすれば、食の変化くらいだろうか。
居酒屋の厨房で働く身としては致命的なのだが、あれ以来、
特定の魚と肉の内臓が口に合わなくなってしまった。
それどころか、嫌いが高じて、調理場で無意識にそれを捨ててしまったりするのだ。
首をひねるも原因はまるでわからない。昔はあれほど好物だったはずの…
鱈とレバーが…なぜ。
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