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タクシー「無賃乗車」
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「困るんだよねぇ…お客さん。遊びで仕事してるわけじゃないんでね」
手袋を外しながら運転手が睨む視線の先には…
後部座席に小さくなって座っている幼い娘。
「お金がないのになぜ乗ったの?俺にも娘が…君よりずっと年上で、もう結婚して家を出てるけどね…まぁ娘がいるんだよ。だからそんなことはしたくないけど、どうしても払えませんっていうなら、君を警察に連れていかなきゃならなくなるよ?」
あどけない顔立ちにポニーテール。膝の上には大事に抱えこんだ大きなスポーツバック。
再度見やった山村の目に、暗い色が浮かぶ。
「家どこ?」
「…那須…栃木の」
山村は面食らった。
ここは千葉県だぞ?家出にしちゃあ遠すぎるだろ!
三咲駅のタクシー乗り場に並んでいた少女を乗せ、アンデルセン公園まで運んだのが数分前。
平日のため渋滞もなく、乗車時間はせいぜい15分程度。たいした走行距離ではない。
まさか自分が誘拐罪やら何やらに問われる事態にはならないにしろ、状況説明のために調書くらいは取られるだろう。
(厄介なもん乗せちまったな…)
深いため息。
お代はいらないから降りていいよと少女を見捨てるべきか。
今日の昼飯を抜いて自腹を切るだけで、面倒を背負いこまずにすむんだからな。
「那須くんだりからなにしに船橋まで来たの?」
でもまぁ、とりあえず聞いてみた。
「あたしが小さいときに離婚して…離れ離れになったお父さんに…会いに」
おいおい、お涙頂戴ものか?
俺の一番苦手なパターンじゃないか。暗いムードが車内に漂う。
と、ふいに少女のお腹がグーッと鳴った。バックミラー越しに真っ赤な顔を隠すようにうつむく少女が見えた。
「ちょうど昼飯どきだし飯でも一緒に食べるか?お腹、すかしてるんだろう?」
(馬鹿だ、俺はなにを口走ってるんだよ…)
山村は二度目の深いため息をついた。
湯気のくゆる器を前に、2人は向かいあってラーメンをすすっている。
少女の名前は【圭】という。
13才。三人姉妹の末っ子だそうだ。
年の離れた姉たちと違い、父の記憶がほとんどないのは圭だけ。
父を知らずに育ったけれど、
母は高給取りでお金には不自由しなかったし、姉や親戚から甘やかされてきた。
圭はそういった。
中学に上がり思春期を迎えると、母親と衝突を繰り返すようになり。家に居場所がないと思いつめたところで…ふいに生き別れた父親の存在を思い出し、猛烈に会ってみたいと思ったのだという。
「で。父親には会えたのかい?」
静かに、首を左右に振る圭。
「住所を頼りに探して…
そうしたら、お父さんの家コンビニになってて」
山村はホッとした。可哀相だが会えないほうがいいに決まってる。
「じゃあ後は」
なにを言い出すのかと、少女が山村を見つめる。
「帰る以外にないね。お母さんのところへ。他に圭ちゃんの居場所はないんだし、心配してるぞ?きっと」
涙がぽちゃりと丼に落ちた。
「うん」
「心配ない、俺が送っていってやるさ。乗車賃は圭ちゃんのお母さんに払ってもらう。だが、圭ちゃんが大人になって自分で稼げるようになったら、そのお金をお母さんに返さなきゃいけない。それがおじさんの出す条件だ。わかるかい?」
そんなこんなで。
俺は今、圭の実家でくつろいでいる。
母親は何度も何度も頭を下げて山村にお礼をいった。
圭の頬を一発平手打ちしたあと、キツく抱きしめて声を出して泣く。
俺は安心した。いい母親じゃないかよ。
タクシー料金が高額で気が引けたので半額でいいといったが、母親は全額をキャッシュで支払うと言い張って折れなかった。
「いいんです。乗車賃は乗車賃ですから。それに…あの子から聞きました。大人になったら圭が私にそのお金を返すって」
すぐに帰ろうとする俺を呼び止め、お礼をしたい、うちでお食事でもいかがですかと懇願する母親に負けて、図々しくも俺は母子家庭の家に上がり込んだ。
酒を振る舞われ、柔らかくなった頭で…
俺はぼんやり考えていた。
妻を病気で亡くし、男手ひとつで娘を育て上げた。片親の辛さや苦労は嫌というほど身に沁みている。
愛娘が、母のいない寂しさから家を飛び出したことがあった。山村は必死になって夜の街を駆けずりまわり、一晩中、娘を探した。
(このまま娘が消えてしまったら…)
今でもあの夜の恐怖を山村は忘れられない。
そんな自分が、圭を放っておけるはずがなかったのだ。
きっと最初から。
家出少女であることは一目瞭然だった。
乗車拒否する仲間を尻目に、
俺は圭を車に乗せた。
なお俺は営業所きっての、乗車拒否の常習犯であり、その手のクレームもNO.1ときている。
よく見れば母親は、美しいとはいえないが、なかなか気立てのいい魅力的な女だ。
(長旅による疲れと酒の魔法でそう見えているだけかもしれないけどな)
ひとりごちて苦笑する山村。
「圭に…あなたのような…
山村さんのような父親がいたら良かったのに」
母親がドキリとするような言葉を口にする。
(頼むそんな潤んだ目で俺を見ないでくれよ…やもめ暮らしの長い俺には刺激が強すぎる)
そんな山村の変化を知ってか知らずか、圭が呟く。
「お母さん、タクシー代を立て替えてくれてありがとう。
これからはあたし、いい娘になるから。何でも、お母さんの望むとおりにしてあげる」
俺は昔から、虫の知らせを察知したりと勘のいい人間だ。
長い年月、人の命を預かり、
気を張って運転稼業をしてきたせいで、常人より第六感が磨かれたのかもしれない。
直感に従ってなんとなく行動したことで、結果的に事故を回避し、死なずにすんだことが幾度となくある。
ここに来た瞬間から強く感じていた。
冴え渡る俺の直感が、本能が、俺に未来を囁く。
はたして嫁いだ娘は、俺の再婚に賛成してくれるだろうか。
手袋を外しながら運転手が睨む視線の先には…
後部座席に小さくなって座っている幼い娘。
「お金がないのになぜ乗ったの?俺にも娘が…君よりずっと年上で、もう結婚して家を出てるけどね…まぁ娘がいるんだよ。だからそんなことはしたくないけど、どうしても払えませんっていうなら、君を警察に連れていかなきゃならなくなるよ?」
あどけない顔立ちにポニーテール。膝の上には大事に抱えこんだ大きなスポーツバック。
再度見やった山村の目に、暗い色が浮かぶ。
「家どこ?」
「…那須…栃木の」
山村は面食らった。
ここは千葉県だぞ?家出にしちゃあ遠すぎるだろ!
三咲駅のタクシー乗り場に並んでいた少女を乗せ、アンデルセン公園まで運んだのが数分前。
平日のため渋滞もなく、乗車時間はせいぜい15分程度。たいした走行距離ではない。
まさか自分が誘拐罪やら何やらに問われる事態にはならないにしろ、状況説明のために調書くらいは取られるだろう。
(厄介なもん乗せちまったな…)
深いため息。
お代はいらないから降りていいよと少女を見捨てるべきか。
今日の昼飯を抜いて自腹を切るだけで、面倒を背負いこまずにすむんだからな。
「那須くんだりからなにしに船橋まで来たの?」
でもまぁ、とりあえず聞いてみた。
「あたしが小さいときに離婚して…離れ離れになったお父さんに…会いに」
おいおい、お涙頂戴ものか?
俺の一番苦手なパターンじゃないか。暗いムードが車内に漂う。
と、ふいに少女のお腹がグーッと鳴った。バックミラー越しに真っ赤な顔を隠すようにうつむく少女が見えた。
「ちょうど昼飯どきだし飯でも一緒に食べるか?お腹、すかしてるんだろう?」
(馬鹿だ、俺はなにを口走ってるんだよ…)
山村は二度目の深いため息をついた。
湯気のくゆる器を前に、2人は向かいあってラーメンをすすっている。
少女の名前は【圭】という。
13才。三人姉妹の末っ子だそうだ。
年の離れた姉たちと違い、父の記憶がほとんどないのは圭だけ。
父を知らずに育ったけれど、
母は高給取りでお金には不自由しなかったし、姉や親戚から甘やかされてきた。
圭はそういった。
中学に上がり思春期を迎えると、母親と衝突を繰り返すようになり。家に居場所がないと思いつめたところで…ふいに生き別れた父親の存在を思い出し、猛烈に会ってみたいと思ったのだという。
「で。父親には会えたのかい?」
静かに、首を左右に振る圭。
「住所を頼りに探して…
そうしたら、お父さんの家コンビニになってて」
山村はホッとした。可哀相だが会えないほうがいいに決まってる。
「じゃあ後は」
なにを言い出すのかと、少女が山村を見つめる。
「帰る以外にないね。お母さんのところへ。他に圭ちゃんの居場所はないんだし、心配してるぞ?きっと」
涙がぽちゃりと丼に落ちた。
「うん」
「心配ない、俺が送っていってやるさ。乗車賃は圭ちゃんのお母さんに払ってもらう。だが、圭ちゃんが大人になって自分で稼げるようになったら、そのお金をお母さんに返さなきゃいけない。それがおじさんの出す条件だ。わかるかい?」
そんなこんなで。
俺は今、圭の実家でくつろいでいる。
母親は何度も何度も頭を下げて山村にお礼をいった。
圭の頬を一発平手打ちしたあと、キツく抱きしめて声を出して泣く。
俺は安心した。いい母親じゃないかよ。
タクシー料金が高額で気が引けたので半額でいいといったが、母親は全額をキャッシュで支払うと言い張って折れなかった。
「いいんです。乗車賃は乗車賃ですから。それに…あの子から聞きました。大人になったら圭が私にそのお金を返すって」
すぐに帰ろうとする俺を呼び止め、お礼をしたい、うちでお食事でもいかがですかと懇願する母親に負けて、図々しくも俺は母子家庭の家に上がり込んだ。
酒を振る舞われ、柔らかくなった頭で…
俺はぼんやり考えていた。
妻を病気で亡くし、男手ひとつで娘を育て上げた。片親の辛さや苦労は嫌というほど身に沁みている。
愛娘が、母のいない寂しさから家を飛び出したことがあった。山村は必死になって夜の街を駆けずりまわり、一晩中、娘を探した。
(このまま娘が消えてしまったら…)
今でもあの夜の恐怖を山村は忘れられない。
そんな自分が、圭を放っておけるはずがなかったのだ。
きっと最初から。
家出少女であることは一目瞭然だった。
乗車拒否する仲間を尻目に、
俺は圭を車に乗せた。
なお俺は営業所きっての、乗車拒否の常習犯であり、その手のクレームもNO.1ときている。
よく見れば母親は、美しいとはいえないが、なかなか気立てのいい魅力的な女だ。
(長旅による疲れと酒の魔法でそう見えているだけかもしれないけどな)
ひとりごちて苦笑する山村。
「圭に…あなたのような…
山村さんのような父親がいたら良かったのに」
母親がドキリとするような言葉を口にする。
(頼むそんな潤んだ目で俺を見ないでくれよ…やもめ暮らしの長い俺には刺激が強すぎる)
そんな山村の変化を知ってか知らずか、圭が呟く。
「お母さん、タクシー代を立て替えてくれてありがとう。
これからはあたし、いい娘になるから。何でも、お母さんの望むとおりにしてあげる」
俺は昔から、虫の知らせを察知したりと勘のいい人間だ。
長い年月、人の命を預かり、
気を張って運転稼業をしてきたせいで、常人より第六感が磨かれたのかもしれない。
直感に従ってなんとなく行動したことで、結果的に事故を回避し、死なずにすんだことが幾度となくある。
ここに来た瞬間から強く感じていた。
冴え渡る俺の直感が、本能が、俺に未来を囁く。
はたして嫁いだ娘は、俺の再婚に賛成してくれるだろうか。
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