表と裏と狭間の世界

雫流 漣。

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脱走

一か八か

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たっぷり三十分かけて互いの状況を報告しあったあと、二人は険しい表情を浮かべて黙りこくってしまった。
これまでの会話を統合すると、
リアラルで夢見人である子どもたちが神隠しに合い、
プレアーなる選ばれし者が危機に直面しているためにイマジェニスタ各地で消滅が広がっていること。
二つの世界の中間に狭間と呼ばれる別の世界があり、
そこで騒ぎが起こっていること。
罪人が狭間からリアラルに迷い込んだかもしれない可能性のあること。

いずれにせよ。
プレアーを救い夢や希望を紡ぎだしてもらわなければイマジェニスタは近い将来すべて消失してしまうらしい。

「イマジェニスタが完全になくなるとリアラルはどうなる?」
沈黙を破ってカイが質問する。

「人の世界から夢や希望が消えます。
するとどうなるかわかりますか?
まず初めに絵や歌が消失します。

心を癒す音楽、感動を与える美術、どちらも不必要になるからです。
芸術と呼ばれるものは全部、意味を無くすんです。
情熱が消えると人間は怠慢になり、誰も真面目に働かなくなります。
アスリートも職人も、そして病人も生きる気力を無くします。
本が消え文字が消え、最後には…」

ジルの喉仏が大きく上下する。

「言葉を失う」

言葉を失うって。
…まるで動物じゃないか。
退化。
カイの脳裏に、手に手に石器を持った原始の人類の姿が思い浮かんでは消える。
人間を進化させてきたのは言葉。
言葉を持つことによって夢や希望という(感情)が芽生え、味方ができ敵ができ、どんな争いの果てにも根絶することなく人の歴史は刻まれてきた。
どんな不幸や悲しみも。
人々の心の奥深く潜む僅かな希望の種を完全に奪い去ることが出来なかったから。

カイの背中を悪寒が走った。
このままでは恐ろしいことになる。

「夢や希望が消えてなお、最後まで負けずに残り続けるものがあります。
なんだかお分かりになられますか?ご主人様」

「僕にはさっぱりわからないよアニタ」
うなだれて首を振る。

「それは無償の…見返りを求めないものの中にしかありません。
そこにしか生まれず、宿りもしない類のものです」

「手立てがまるでないわけじゃありません。
ですが…」
ジルが一旦、言葉を切る。
言うべきか言わざるべきか迷っているのかもしれない。

カイの瞳をじっと見つめながら静かに先を続ける。

「とても言いにくことですが。
人間にも悪人がいるでしょう?
邪悪な魂を持つ夢見人もいるんですよ。
夢見の力そのものが善なのではないんです、たんなる道具にすぎません。
それを使う者の志で善にも悪にも成り得る。
想像は創造となって世界を変えていきます。
イマジェニスタに巣食う獰猛な獣や残忍で醜悪な生態系を持つ生き物は邪悪なプレアーにより紡ぎ出された存在なんですよ」

「リアラルで不幸が起きれば起きるほど、未来への渇望、希望や祈りは篝火のように燻り続け、耐えることなく人間と共にあったようだ。それと同時に悪なる渇望も」
突然、低い男の声が割って入った。
声のした方向に目をやると、若い男女が立っている。

「はじめまして青年。
あたしは赤毛、こっちの壁画みたいに彫りの深い男は鷹の目。
よろしく」

「あの隅っこで震えているのが灰色だ」
鷹の目が部屋の角を指さすと、突然の紹介に驚いた灰色が飛び上がり、ついで深々と会釈した。

「イマジェニスタ栄えるときリアラルもまた栄え
リアラル滅びるときイマジェニスタもまた滅びん」
我が子に絵本を読み聞かせる母親のように温かなアニタの声。

「イマジェニスタに伝わる古い格言じゃな。そして、我々の世界を救い支えてきたのは驚くなかれ幼子たちじゃ。
彼らは辛いときほどよく歌い、よく笑い、棒きれで砂に絵を描く。もっとも弱くありながらもっとも強い。
不思議な生き物じゃよ」

「話はなんとなくですが伝わりました。
それで、なにからどう手をつければいいのか僕にはさっぱりわからない」 

「殿下のお呼びなしに狭間に行くことはできん。
盗っ人がリアラルに紛れ込んで居たとしても、テリトリー申請してはおらん状態で魔法を使うほど奴は馬鹿ではないじゃろう、そんなことをすればすぐにお縄。つまりこちらにおっても身を潜めるばかりで何も出来んのじゃ。
ワシがやつなら、イマジェニスタに戻ろうとするはず」 

「なるほど。うむ…その判断力…。
忌々しいですが流石です。
年の功は侮れませんね、流石に経験値が高い。
爺だけあります。忌々しいですが」
歯を剥き出して、忌々しい…をわざわざ二回。

「忌々しいのは貴様じゃ、コワッパ」
狐火の唇の片端がピクっと持ち上がる。
褒められて満更でもないのかもしれない、とカイは思った。

「ところでそこの人間。
本題に移る前に一つはっきりさせておきたいことがある」

厳つい顔つきの鷹の目に問われると普通の質問であってもまるで尋問されているかのようだ。

「我々は君の友人であるリック氏をプレアーではないかと考えている」

カイは面食らった。
は?リック?
あの陽気で悪戯好きで、ひたすら人懐っこいリックが?
気のいい普通の男だぞ?
言葉を失い黙りこくるカイを無視して鷹の目の話が続く。

「君のポケットにあるその箱、
それはプレアー本人の手に渡るよう細工がなされているのだ。
そして、プレアーが危機に瀕するとき、封印が解かれライファーンが出現する。
プレアーを救うために」

「リックを…救うために…」

「そうじゃ、そしてそのライファーンはプレアーに近しき媒体に宿る念の塊。
しかしなぜか今回、リックの危機に遭遇して解き放たれたはずのライファーンはリックを助けず忽然と姿を消してしまった」

「そういうわけで、あたしたちはライファーンを探していたわけ」

唇を噛んで頷くカイ。

「単刀直入に聞こう。
君は彼のライファーンではないのか?」
鷹の目が詰問した。

「…………」


「………………」



「……………………」


「そんなの僕にわかるはずないじゃないですか」

こんな質問を浴びせかけられて答えられるほうがどうかしてる。
自分の言葉に棘があるのを感じつつ、反発するのを止められない。

「リックを助けたい気持ちはあります。
当然だ、彼は大切な友人なんだから。リックを助けるのに失敗した?ライファーンだかなんだかっていう僕が彼を助けられなかったせいで?
ただでさえ僕の頭は許容範囲を越えてヒートしかけてるんだ、すました顔して答えられっこない質問をぶつけてくるなんて、壁画じみてるのは顔だけじゃないんだな!脳みそも石造りなのか?」


「アッハッハッハッハッ」


赤毛が体をくの字に曲げて腹を抱えている。

「ああ、おかしい。ははっ、ごめんね、そりゃそうよね、当然の反応だわ、受け入れ難いのが普通よ。根は悪いやつじゃないんだけどさ、鷹の目はちょっと心の機微に疎いのよ。
ほらあれよ、病的に鈍感ってやつ」

「なにが彼の気に触ったのかまるでわからない…」
困惑顔の鷹の目。

「お黙り!」
赤毛が慣れた様子で一喝する。

「でもまあ安心したわ。元気じゃないの青年。
波打ち際で口をパクパクする死にかけの魚?それともボロ雑巾?ってくらいにヨレヨレで心配してたのよね、
実際のところ」

「あ、あ、あか、赤毛さんのほうがよっぽど口がわ、わ、悪いような…」

「おまえは一言多いね。ビーバーじゃあるまいし、その出っ歯はチーズを噛じるときまで後生大事にしまっときなさい」

さっきまでの苛立ちも忘れて思わず吹き出すカイ。

「おふざけはそこまで!」
と狐火。

(おふざけって…この人たちは日常的にこんな辛辣なノリなんだろうか…)
自身も辛辣な嫌味を吐いたことを棚に上げてカイが苦笑する。

「なかなか頭の回転が早そうな男じゃから、おおよその察しはついたと思うが」
狐火がカイに向き直った。

「なんの察しですか?まったく察しがつきませんが」

「どうして貧乏くさくなんの取り柄もない陰気な男に精霊の護りがついたか、ということをじゃ」

腕組をし偉そうにカイに対峙する狐火を見て、ジルがチッと舌打ちをした。

「それは」

一呼吸置いてカイが続けた。

「僕をその。プレアーを助け損ねたライファーンではないかと…
勘違いしたから、ですよね」

「その通りじゃ。お前さんは最有力候補じゃからの。
して…リックの件じゃが、様子を見るしかあるまい?
とりあえず、ワシら全員イマジェニスタに戻ってみるべきと思うのじゃが。
狭間の盗難事件が…黒き予言となんらかの関わりがあった場合が最大の脅威じゃ。現時点で予測しうる最悪の事態じゃろうからの。
まずは逃げた罪人をなんとかせにゃならん」

「私とカイはどうするんです?
私たちは監視人の貴方たちと違って自由にイマジェニスタとリアラルを行き来できる資格を与えられていないんですよ?
今回はたまたま端っこの森にいたおかげで、この世界に逃げ込めましたが。
まさかの置いてけぼりですか?
私は森に帰りたい…」

「心配せずとも連れていくわコワッパ!
おぬしのような異形をリアラルに置いておけばどうなると思う。
人間は貴様が考えているほど甘くはないぞ?
見世物小屋で、死ぬまで痛ぶられるわ」

「で、で、でもその…次元に開いた穴がツジツマ部隊によって全て、ふ、ふ、封鎖されているわけですし。
ジルさんはともかく人間であるカイさんをあ、あ、あちらに連れていくのは、その
密航幇助の罪にあたるのでは、な、な、ないでしょうか」

「そうじゃな。カイ、おぬしは連れてはいけぬようじゃ。
ここに残ってリックの側に居てやってくれないかの」

「僕もイマジェニスタに連れて行ってください。
ジルと一緒に」

ソファーから立ち上がって狐火に歩み寄る。

「なんと?ちょっと気晴らしに遊びにでも行くつもりか?
人間がイマジェニスタに行くということがどういうことか分かっとらんから、そんなことを簡単に言えるんじゃ!お前さんがイマジェニスタに行ってどうするつもりじゃ。
このクソガキがっ!」

狐火の言い分が正しい。
それはカイ自身、重々承知している。
別世界の存在に触れることはおそらくタブーなんだろう。
混ざりあわないからこそ表と裏。
それでも折れることは出来ない。
…というより、折れてはいけない気がする。
今ここで諦めたら、永久にリックと会えなくなるような。
根拠はない。
直感。

「お願いします。
単なる好奇心じゃない、リックを助けたいんだ」

「好奇心としか思えんじゃろうが!他になんの理由があって人間がイマジェニスタに行きたがる」
額に手を当てて考え込む狐火。

静寂。思いあぐねているのか誰一人言葉を発しない。
カチコチと時を刻む秒針の音だけが場を支配していく…

「どうしても連れて行ってくれないと言うのなら」
静寂を破ったのはカイ。

「あなた方のことをマスコミに公表します。
もちろん…
イマジェニスタのことも、見聞きしたことも。
すべて」

その場にいた全員が驚いた面持ちでカイをじっと見つめる。

そんなことをするつもりは毛頭なかったが、こうでもしなければカイを連れていってはくれないだろう。
魔力を持たない非力な人間などお荷物でしかないのだから。

一か八かの賭けだ。
得体の知れない怪しい集団なのは疑いようがないし、ひょっとしたらこの場で口封じに殺されるかもしれない。
殺されないまでも記憶を消されたり、廃人にされる可能性だってないとは言えない。
でもガルネが言ってたじゃないか。

・・・図鑑に載るはずのない生き物が彼を川に引きずり込んだ・・・

あれは、きっとイマジェニスタの生き物だ。
リックをあんな目に合わせたのは、あっちの世界の怪物に違いない。
リックを助けるために必要なライファーンはその怪物に連れ去られたのかもしれないんだ。

「リックを襲った生き物はイマジェニスタに居る」

カイが熱のこもった強い視線を狐火に向けた。
決意に満ちた光を宿して。

「ライファーンがもし捕えられていたら?
何度も言うけど、僕はリックを助けたいんだ。
そのためなら、イマジェニスタだってなんだって行くさ!
なんの手がかりもない今、僕にできることはなにも無い」

「なんという面倒くさい若者じゃ。
頑固で実に手がかかる。
隠居暮らしの年寄りに、イマジェニスタの規約を破れと…そう言うんじゃな?
とんでもない人間と関わってしまったわい」
狐火が呆れた顔をして呟く。

「まさか、連れてく気?」
赤毛が目を丸くする。

「そう言いましても、に、人間が通れるような、あ、穴なんて…あ、あ、ありませんから」
灰色がどもりながら意見した。

「ご主人様を連れていく手段がないのでしたら」
ずっと黙っていたアニタが唐突に話し始めた。

「作るほかないのではありませんか?」

「何が言いたいのだ、アニタ」
表情ひとつ変えずに鷹の目が尋ねる。
周囲の空気がビリビリと痺れるようだ。
この男の物言いは直線的で人に威圧感を与える。
息を飲んでじっと成り行きを見守るカイ。

「穴がないなら穴を開ければよろしいのでは?と申し上げたのです」

「とんでもないことを言わないでください、時空の壁に穴を開けるのは第一級犯罪ですよ。
数年の懲役では済まされません。
下手をすると私は一生、故郷の森に帰れなくなってしまう…」

「わたくしは目に見える姿を持ちません」 

鈴の音のような明るい音色。
からかうような響きを含んでいる。

「穴は、たまたまそこを通りかかった皆様方の目の前で、偶然にぱっくりと開いた、もしくは初めから開いていたのです。
まったくの偶然です。
身に覚えのない偶然に出くわしただけで処罰を受けるなんて有り得ませんわ」

見かけによらず…まぁ見かけは一寸も見えないが、なかなかどうしてアニタは大胆なようだ。
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