13 / 60
川に落ちた親友
握られた手
しおりを挟む
冷たい水の感触。
くりくりした茶目っ気たっぷりの瞳…
そばかす。
緩いウェーブのブラウンの髪、差し出した手の温もり。
(なぜ僕は、今までわからなかったんだ)
激しく目が回る。
足がガクガクして立っていられない。
カイは混乱していた。
床に倒れたはずみに、膝を嫌というほどぶつける。
「大丈夫?顔色が良くないわ」
すみません、大丈夫ですと答えて、カイはゆっくり立ち上がってから乱れた呼吸を整える。
「リックは…必ず元気になります」
「ありがとう、カイ。私もそう信じてるわ」
ステラおばさんは弱々しく微笑んでカイを抱きしめた。
明け方になっても、カイはリックの近くから離れたがらなかった。
ステラおばさんに説得されてしぶしぶ病院を後にしたものの、どこをどう歩いて帰ったのかまるっきり覚えていない。
気づくと、ヒイラギ荘の冷たい床に座り込み、カーテンの隙間から覗く朝陽を見るともなく見ていた。
カイは同じことを繰り返し考えていた。
おばさんに打ち明けるべきだったろうか。
遠い昔、昏睡状態に陥り、半分死んだようになって眠っていた幼い自分…。
あのとき、閉じた瞼の下で僕が見ていたものを。
それは……
大きな川だった。
ほとりに佇み、不安も恐れもなく満ち足りた気持ちで…
幼い少年の日のカイは川面を眺めていた。
この世のものとは思えない美しい調べ。
小鳥のさえずり。
燦々と降り注ぐ陽の光。
花…心地よい風。
カイは目を閉じて、記憶の糸をたどる作業に集中する。
向こう岸へ…
どうしても向こう岸へ行きたくなって…
水に入ったんだ、僕は。
川は浅くて…
流れは緩やかで…
まるで吸い寄せられる
磁石みたいに対岸に向かって
靴のまま…
一歩、また一歩と
先へ…
川の真ん中あたりにさしかかったときだろうか。
誰かが叫ぶ声が…
カイは閉じていた目を開けた。
低くて…ハスキーな声。
忘れられない声だ。
声は確かにこう言った。
『帰ってこい!おまえは来週、リックと釣りに行く約束じゃなかったのか?!』と。
カイが小動物のように体を震わせて、さらに集中する。
あのとき…
驚いて振り向いた僕の目の前に、膝下まで水に浸かった見知らぬ男が立っていた。
男は…少し怒ったような泣き出しそうな目で僕を見ていたかと思うと、次の瞬間、強引に僕の手を取って力強く引っ張ったんだ。
夢は…唐突にそこで途切れていた。
その瞬間、瀕死のカイは
昏睡状態から目覚めたのだ。
「僕には君がわからなかった。
あの頃の自分にとってまったく記憶にない人物だったから」
カイは独り言を言った。
今なら、はっきりと思い出せる。
間違いない。
死の底から僕を救ってくれたのが彼だったなんて。
見間違うわけがない。
紛れもなくあれは…あの男は…
大人になったリック、
彼の、リックの、
今の姿だった。
くりくりした茶目っ気たっぷりの瞳…
そばかす。
緩いウェーブのブラウンの髪、差し出した手の温もり。
(なぜ僕は、今までわからなかったんだ)
激しく目が回る。
足がガクガクして立っていられない。
カイは混乱していた。
床に倒れたはずみに、膝を嫌というほどぶつける。
「大丈夫?顔色が良くないわ」
すみません、大丈夫ですと答えて、カイはゆっくり立ち上がってから乱れた呼吸を整える。
「リックは…必ず元気になります」
「ありがとう、カイ。私もそう信じてるわ」
ステラおばさんは弱々しく微笑んでカイを抱きしめた。
明け方になっても、カイはリックの近くから離れたがらなかった。
ステラおばさんに説得されてしぶしぶ病院を後にしたものの、どこをどう歩いて帰ったのかまるっきり覚えていない。
気づくと、ヒイラギ荘の冷たい床に座り込み、カーテンの隙間から覗く朝陽を見るともなく見ていた。
カイは同じことを繰り返し考えていた。
おばさんに打ち明けるべきだったろうか。
遠い昔、昏睡状態に陥り、半分死んだようになって眠っていた幼い自分…。
あのとき、閉じた瞼の下で僕が見ていたものを。
それは……
大きな川だった。
ほとりに佇み、不安も恐れもなく満ち足りた気持ちで…
幼い少年の日のカイは川面を眺めていた。
この世のものとは思えない美しい調べ。
小鳥のさえずり。
燦々と降り注ぐ陽の光。
花…心地よい風。
カイは目を閉じて、記憶の糸をたどる作業に集中する。
向こう岸へ…
どうしても向こう岸へ行きたくなって…
水に入ったんだ、僕は。
川は浅くて…
流れは緩やかで…
まるで吸い寄せられる
磁石みたいに対岸に向かって
靴のまま…
一歩、また一歩と
先へ…
川の真ん中あたりにさしかかったときだろうか。
誰かが叫ぶ声が…
カイは閉じていた目を開けた。
低くて…ハスキーな声。
忘れられない声だ。
声は確かにこう言った。
『帰ってこい!おまえは来週、リックと釣りに行く約束じゃなかったのか?!』と。
カイが小動物のように体を震わせて、さらに集中する。
あのとき…
驚いて振り向いた僕の目の前に、膝下まで水に浸かった見知らぬ男が立っていた。
男は…少し怒ったような泣き出しそうな目で僕を見ていたかと思うと、次の瞬間、強引に僕の手を取って力強く引っ張ったんだ。
夢は…唐突にそこで途切れていた。
その瞬間、瀕死のカイは
昏睡状態から目覚めたのだ。
「僕には君がわからなかった。
あの頃の自分にとってまったく記憶にない人物だったから」
カイは独り言を言った。
今なら、はっきりと思い出せる。
間違いない。
死の底から僕を救ってくれたのが彼だったなんて。
見間違うわけがない。
紛れもなくあれは…あの男は…
大人になったリック、
彼の、リックの、
今の姿だった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
【完結済み】破滅のハッピーエンドの王子妃
BBやっこ
児童書・童話
ある国は、攻め込まれ城の中まで敵国の騎士が入り込みました。その時王子妃様は?
1話目は、王家の終わり
2話めに舞台裏、魔国の騎士目線の話
さっくり読める童話風なお話を書いてみました。
【完結】僕のしたこと
もえこ
児童書・童話
主人公「僕」の毎日の記録。
僕がしたことや感じたことは数えきれないくらいある。
僕にとっては何気ない毎日。
そして「僕」本人はまだ子供で、なかなか気付きにくいけど、
自分や誰かが幸せな時、その裏側で、誰かが悲しんでいる…かもしれない。
そんなどこにでもありそうな日常を、子供目線で。
生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!
mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの?
ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。
力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる!
ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。
読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。
誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。
流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。
現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇
此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
理想の王妃様
青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。
王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。
王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題!
で、そんな二人がどーなったか?
ざまぁ?ありです。
お気楽にお読みください。
GREATEST BOONS+
丹斗大巴
児童書・童話
幼なじみの2人がグレイテストブーンズ(偉大なる恩恵)を生み出しつつ、異世界の7つの秘密を解き明かしながらほのぼの旅をする物語。
異世界に飛ばされて、小学生の年齢まで退行してしまった幼なじみの銀河と美怜。とつじょ不思議な力に目覚め、Greatest Boons(グレイテストブーンズ:偉大なる恩恵)をもたらす新しい生き物たちBoons(ブーンズ)を生みだし、規格外のインベントリ&ものづくりスキルを使いこなす! ユニークスキルのおかげでサバイバルもトラブルもなんのその! クリエイト系の2人が旅する、ほのぼの異世界珍道中。
便利な「しおり」機能、「お気に入り登録」して頂くと、最新更新のお知らせが届いて便利です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる