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掘り出しもの
開かない小箱
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「で…リック。なにか他に面白い話があるんだろ?」
明るい口調でカイが質問すると
「ニュースかぁ…ないわけじゃあ…ないかな」
リックはコホンと咳払いをした。
話すべきか話さないべきか迷っているらしい。
少なくともそんなポーズだ。
分厚い木の上で、グラスの氷がカランと音を立てた。
急にリックがカイに顔を近づけて、低く抑えた声で囁いた。
「掘り出し物をみつけたんだ」
「掘り出し物?」
「ああ。あれをなんて表現したらいいのか…」
リックは嬉しそうに両手で頬をさすっている。
「もったいつけるな」
横目でリックを睨む。
むろんこれもポーズだ。
「まぁまて。順を追って説明するよ」
リックが続けた。
「俺は昨夜、むしゃくしゃしててさ。
ほら、コケコッピーが使い物にならないと…わかったからさ。
で、うまいことに今日は日曜日でうちの床屋は休業ときた。
俺は気分転換に遠出を決めこむことにしたんだよ」
カイが苦笑しながらグラスを置く。
「まぁ聞いてよ。そして俺は……」
リックは調子がノッてきたらしい。
ミュージカル風の、芝居がかった変な抑揚になっている。
「出かけた先の~ある場所で~~
あれを見つけた」
カイはにやりとした。
好奇心の旺盛なリックが役にたたない年代物のガラクタを集めているのは百も承知だ。
今回はどんなヘンテコ仕様だろう。
「悪口を言うと怒ってお茶を沸かすポットとか?」
「今度のは…正真正銘、本物なんだ」
リックは芝居をやめた。
大真面目に眉間に皺を寄せ、落ちつきなくシャツの裾で手を拭ってから、ズボンのポケットに手を突っ込む。
「これさ」
一瞬ののち、手品師も顔負けの鮮やかな手さばきで、リックがカウンターの上に何かを置いた。
5センチ四方の金色の小箱。
箱の表面は見たことのない幾何学模様で覆われていて、長い年月を経た代物に特有のくすんだ輝きを放っている。
蓋は丸みがあり中央に大きな目の形が彫り込まれていて、素人目にも一流の職人が手間暇かけて創作した品であることが一目でわかった。
側面に装飾された動物たちが、みな同じ方向をむいてぐるりと列になっている。
まるでサーカスの行進のようだ。
「これは立派だなあ…」
カイは小箱を見つめて感嘆の声を漏らした。
象や馬、ライオン、蛇、狐、鼠、鷹…
それらは、よく見ると角を生やしたり、背中に羽がついていたり、現実の生き物とは微妙に異なっている。
架空の動物はどれをとっても精巧で動き出しそうなほどリアルで…
なんだか…
じっと見ているうち、カイはひときわグロテスクな二つ頭の蛇から目が離せなくなった。
今にも列を離れ、鎌首をもたげて飛びかかってくるような威圧感……
カイはぎゅっと目を閉じた。
落選のショックで気疲れしているせいだろう。
心臓がどきどきと早鐘を打っている。
「すごい細工だろ?どこで見つけたと思う?」
質問したくせに、 答えを教えたくてウズウズしているリックは
「骨董品屋」
カイの返事を待たずに自分で答えた。
「骨董品…
ああ、駅の裏を右に入った並びの…化粧品メーカーの…大きな看板があるところ?」
無理やり小箱から意識と視線を引き剥がす。
リックは話に夢中で、箱を見たときのカイの不自然な様子に気がつかなかったらしい。
「いや、この町じゃない。母ちゃんの故郷さ。
子供の頃、夏休みには決まってあそこで一週間過ごしたなぁ」
「ここから近いのかい?」
「列車で四時間かかる。でも緑が多くてさ、空気が澄んでるんだ。
夜行列車に飛び乗って久しぶりにばあちゃんに会いに行ったよ」
カイをチラッと見てリックは先を続ける。
「俺は今朝まで、あの店があるのを知らなくてね。
ばあちゃんに口をすっぱくして止められて…かえって興味津々さ。
なんでも、そこのじいさんがかなり、その…変らしくて」
「ん?狼男かなにか?」
「だったら怖くないさ。歯がすっかり抜け落ちちゃった狼なんか屁でもないだろ?」
リックの言葉を聞いてカイはニヤリとした。
「偏屈な老人なんて掃いて捨てるぐらいいるさ。
で、値段…いくらしたんだい?」
「そこが問題なんだ。
じいさん、この見事な箱を一体いくらで売ったと思う?」
「さぁ…見当もつかないな」
「五ドル七十五セント」
「リック、だったらそれは完全に…」
「鉄クズだって言うんだろ?そりゃそうだ。よほどのお人好しじゃないかぎりそう思うさ。
初めは母ちゃんにプレゼントしようと思ったんだ。
洒落た小物入れくらいにはなりそうだし。
六ドルでお釣りがくるんだからな、話の種にしたって惜しくはないと思ってさ」
リックはカイに小箱を渡して言った。
「持ってみて」
小箱は冷たく、見た目より重かった。
試しに揺すってみると中で何かがことんと動く気配がした。
(…音がする)
「中になんか入ってるだろ?」
カイは黙って頷いた。
「中に何かが入ってることに気づいたのは、店を出たあとなんだ。
俺、箱の細工にすっかり参っちゃってたもんだから」
リックは明らかにわくわくしている。
「開けてみたの?」
カイが身を乗り出す。
「それは無理」
(無理?…どういう意味だろう。
鍵でもってかかってるんだろうか……)
あらためて手の上の箱をまじまじと眺めて、カイははっとした。
急いで箱を三百六十度、二回ぐるっと回転させて確認する。
六面すべてを調べてカイは納得した。
思ったとおり、この箱のどこにも鍵穴らしき部分がないのだ。
リックはビールのお代わりを注文してからカイに向き直った。
「君もわかったろ?この箱には鍵なんてないんだ。
鍵がないなら普通は簡単に開くってもんだよ。
なのにこいつは開けられない」
「……妙だな。接着剤かなにかで張りつけた感じだ。
店の主人に尋ねてみた?」
「もちろんそうしたさ。店に戻って、箱がなぜ開かないのか聞いた。
でもドルバンのヤツも……えーっと、骨董品屋のじいさんはドルバンっていうんだが……
アイツも首を捻ってた」
カイはもう一度、今度は耳の近くで箱を左右に降ってみた。
今度はさっきよりハッキリ音が聞こえる。
「これ、どうするんだい?金槌で叩いてみるわけにいかないし」
「とりあえず、いい手段が見つかるまでそのままにしておくよ。
中身を想像しながら酒を飲むのに飽きたら、金槌でぺちゃんこにするまでさ」
しばらくの間、グラスに口をつけて考えごとをしていたカイが静かに口を開いた。
「デビーに見てもらったらどうかな」
「デビー…か。癖のあるヤツだよな。
目利きの腕は確からしいけどさ。
そんな話、聞いたことがある」
「ああ。もしデビーが…これと似たタイプの骨董品を鑑定した経験があったら儲けものじゃない?
わずかな可能性だけどね」
短くなったタバコを灰皿にぎゅっと押し付けながら、カイが続けた。
「本体も中身も傷つけずに蓋を開ける方法を知っているかもしれない」
「よし、決まりだ」
満面の笑みを浮かべてリックが即答する。
強く背中をばんばん叩かれて、カイはむせながら目を白黒させた。
明るい口調でカイが質問すると
「ニュースかぁ…ないわけじゃあ…ないかな」
リックはコホンと咳払いをした。
話すべきか話さないべきか迷っているらしい。
少なくともそんなポーズだ。
分厚い木の上で、グラスの氷がカランと音を立てた。
急にリックがカイに顔を近づけて、低く抑えた声で囁いた。
「掘り出し物をみつけたんだ」
「掘り出し物?」
「ああ。あれをなんて表現したらいいのか…」
リックは嬉しそうに両手で頬をさすっている。
「もったいつけるな」
横目でリックを睨む。
むろんこれもポーズだ。
「まぁまて。順を追って説明するよ」
リックが続けた。
「俺は昨夜、むしゃくしゃしててさ。
ほら、コケコッピーが使い物にならないと…わかったからさ。
で、うまいことに今日は日曜日でうちの床屋は休業ときた。
俺は気分転換に遠出を決めこむことにしたんだよ」
カイが苦笑しながらグラスを置く。
「まぁ聞いてよ。そして俺は……」
リックは調子がノッてきたらしい。
ミュージカル風の、芝居がかった変な抑揚になっている。
「出かけた先の~ある場所で~~
あれを見つけた」
カイはにやりとした。
好奇心の旺盛なリックが役にたたない年代物のガラクタを集めているのは百も承知だ。
今回はどんなヘンテコ仕様だろう。
「悪口を言うと怒ってお茶を沸かすポットとか?」
「今度のは…正真正銘、本物なんだ」
リックは芝居をやめた。
大真面目に眉間に皺を寄せ、落ちつきなくシャツの裾で手を拭ってから、ズボンのポケットに手を突っ込む。
「これさ」
一瞬ののち、手品師も顔負けの鮮やかな手さばきで、リックがカウンターの上に何かを置いた。
5センチ四方の金色の小箱。
箱の表面は見たことのない幾何学模様で覆われていて、長い年月を経た代物に特有のくすんだ輝きを放っている。
蓋は丸みがあり中央に大きな目の形が彫り込まれていて、素人目にも一流の職人が手間暇かけて創作した品であることが一目でわかった。
側面に装飾された動物たちが、みな同じ方向をむいてぐるりと列になっている。
まるでサーカスの行進のようだ。
「これは立派だなあ…」
カイは小箱を見つめて感嘆の声を漏らした。
象や馬、ライオン、蛇、狐、鼠、鷹…
それらは、よく見ると角を生やしたり、背中に羽がついていたり、現実の生き物とは微妙に異なっている。
架空の動物はどれをとっても精巧で動き出しそうなほどリアルで…
なんだか…
じっと見ているうち、カイはひときわグロテスクな二つ頭の蛇から目が離せなくなった。
今にも列を離れ、鎌首をもたげて飛びかかってくるような威圧感……
カイはぎゅっと目を閉じた。
落選のショックで気疲れしているせいだろう。
心臓がどきどきと早鐘を打っている。
「すごい細工だろ?どこで見つけたと思う?」
質問したくせに、 答えを教えたくてウズウズしているリックは
「骨董品屋」
カイの返事を待たずに自分で答えた。
「骨董品…
ああ、駅の裏を右に入った並びの…化粧品メーカーの…大きな看板があるところ?」
無理やり小箱から意識と視線を引き剥がす。
リックは話に夢中で、箱を見たときのカイの不自然な様子に気がつかなかったらしい。
「いや、この町じゃない。母ちゃんの故郷さ。
子供の頃、夏休みには決まってあそこで一週間過ごしたなぁ」
「ここから近いのかい?」
「列車で四時間かかる。でも緑が多くてさ、空気が澄んでるんだ。
夜行列車に飛び乗って久しぶりにばあちゃんに会いに行ったよ」
カイをチラッと見てリックは先を続ける。
「俺は今朝まで、あの店があるのを知らなくてね。
ばあちゃんに口をすっぱくして止められて…かえって興味津々さ。
なんでも、そこのじいさんがかなり、その…変らしくて」
「ん?狼男かなにか?」
「だったら怖くないさ。歯がすっかり抜け落ちちゃった狼なんか屁でもないだろ?」
リックの言葉を聞いてカイはニヤリとした。
「偏屈な老人なんて掃いて捨てるぐらいいるさ。
で、値段…いくらしたんだい?」
「そこが問題なんだ。
じいさん、この見事な箱を一体いくらで売ったと思う?」
「さぁ…見当もつかないな」
「五ドル七十五セント」
「リック、だったらそれは完全に…」
「鉄クズだって言うんだろ?そりゃそうだ。よほどのお人好しじゃないかぎりそう思うさ。
初めは母ちゃんにプレゼントしようと思ったんだ。
洒落た小物入れくらいにはなりそうだし。
六ドルでお釣りがくるんだからな、話の種にしたって惜しくはないと思ってさ」
リックはカイに小箱を渡して言った。
「持ってみて」
小箱は冷たく、見た目より重かった。
試しに揺すってみると中で何かがことんと動く気配がした。
(…音がする)
「中になんか入ってるだろ?」
カイは黙って頷いた。
「中に何かが入ってることに気づいたのは、店を出たあとなんだ。
俺、箱の細工にすっかり参っちゃってたもんだから」
リックは明らかにわくわくしている。
「開けてみたの?」
カイが身を乗り出す。
「それは無理」
(無理?…どういう意味だろう。
鍵でもってかかってるんだろうか……)
あらためて手の上の箱をまじまじと眺めて、カイははっとした。
急いで箱を三百六十度、二回ぐるっと回転させて確認する。
六面すべてを調べてカイは納得した。
思ったとおり、この箱のどこにも鍵穴らしき部分がないのだ。
リックはビールのお代わりを注文してからカイに向き直った。
「君もわかったろ?この箱には鍵なんてないんだ。
鍵がないなら普通は簡単に開くってもんだよ。
なのにこいつは開けられない」
「……妙だな。接着剤かなにかで張りつけた感じだ。
店の主人に尋ねてみた?」
「もちろんそうしたさ。店に戻って、箱がなぜ開かないのか聞いた。
でもドルバンのヤツも……えーっと、骨董品屋のじいさんはドルバンっていうんだが……
アイツも首を捻ってた」
カイはもう一度、今度は耳の近くで箱を左右に降ってみた。
今度はさっきよりハッキリ音が聞こえる。
「これ、どうするんだい?金槌で叩いてみるわけにいかないし」
「とりあえず、いい手段が見つかるまでそのままにしておくよ。
中身を想像しながら酒を飲むのに飽きたら、金槌でぺちゃんこにするまでさ」
しばらくの間、グラスに口をつけて考えごとをしていたカイが静かに口を開いた。
「デビーに見てもらったらどうかな」
「デビー…か。癖のあるヤツだよな。
目利きの腕は確からしいけどさ。
そんな話、聞いたことがある」
「ああ。もしデビーが…これと似たタイプの骨董品を鑑定した経験があったら儲けものじゃない?
わずかな可能性だけどね」
短くなったタバコを灰皿にぎゅっと押し付けながら、カイが続けた。
「本体も中身も傷つけずに蓋を開ける方法を知っているかもしれない」
「よし、決まりだ」
満面の笑みを浮かべてリックが即答する。
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