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「それで、こんなところでお話とは何ですかな?」

 ここは宴をしていた広場の近くにある空き家の一室。
 開放された窓からは月明かりが差し込み、柔らかく冷たい夜風が入り込んでいる。

「俺は近いうちにまた外に行く。ここにはギルドもあるし、冒険者としての活動を再開したいからな」

「確かにギルドに値する建物は造りましたが、外へ行く理由は何ですかな?」

 窓際に立つ族長は、夜空に輝く三日月に背を向けながら俺に聞いてきた。
 嫌味などの感情は一切なく、ごく普通の疑問を言葉にしただけのようだ。

「住民の確保だ。ドワーフは建築に重きを置いているから、名も無き領地の運営は難しいだろ? だから賢い種族を仲間に引き入れる」

 名も無き領地はその広さに対して、住民が圧倒的に足りていない。
 ドワーフはニーフェの酒を飲むだけで生活できるが、俺たちは違う。現状、俺は他国との貿易やら何やらについて理解していないので、自給自足に頼るしかないのだ。
 他にも九割は稼働していない無数の店を機能させなくてはならないので、申し訳ないが、グスタフさんの言葉に従ってボーッとしているわけにはいかなくなってしまった。

「賢い種族ですか。それはまた難しいですね……。ただ、従順かつ自由に扱える存在なら簡単に手に入るでしょう」

「まさか……」

 従順かつ自由に扱える存在と言えば、答えは一つしかない。
 俺はヘレンのことがパッと頭に思い浮かんだ。

「ええ、ご想像の通り奴隷のことです。彼らはお金にものを言わせれば幾らでも手に入りますよ」

「奴隷か。悪くはないな」

 奴隷というのは意外にも身近にいたりする。ごく普通の一般家庭の召使いが実は奴隷だったり、それこそ、アノールドやイグワイア、ウォーブルにある数多くの店で働く者たちの中にも、奴隷がいる可能性が十分にある。
 残酷かもしれないがこれが現実だ。行き場を失った老若男女は、己の身を守るために生きようと足掻いた結果、奴隷堕ちするのだ。
 その用途は様々で、普通に仕事を与えられたり、観賞用として貴族に飼われたり、魔法の実験台として扱われたり……。己の身を守るために奴隷に堕ちた者のほとんどは、明るい未来が待っているとは到底言い難いものだ。

「奴隷の国と言えば、エースレイブルか?」

「ええ。ワシらが住んでいた洞穴の先に巨大な山脈があり、エースレイブルはさらにその先にあります」

 族長は腕を組んで考え込みながら言った。
 エースレイブル、またの名を奴隷の国。人口と資金力は俺が知る限りダントツのトップで、商才に長けた者が多いと聞いたことがある。

「中々遠いな」

 全力で走るか空を駆けるかしても、往復で数時間ってところか。
 いざ目の前にしなければわからないが、あそこの山脈は相当な大きさなので、もしかすると迂回して行った方が楽かもしれない。

「山脈を越えるのは至難ですぞ。まあ、ゲイル殿は例外かもしれませんがね」

「ああ。それを踏まえて族長に頼みがあるんだが……いいか?」

 俺は腕を組んでうんうんと首を縦に振っている族長に言った。

「はて? ワシにできることは何かありますかな?」

 族長はその図体と比較してあまりにも小さい頭を傾げた。長い七色の顎髭は剛毛なのか、重力には負けずにピクリとも動かない。

「俺がいない間に、族長をリーダーとして、バベルの地下にあるダンジョンを全員で攻略してほしい。参考までに言っておくと、最下層のモンスターでAランクの下位、中層はB~D、上層はE以下って感じだ」

 俺の願い。それはダンジョンを攻略してほしいというものだった。
 正直、名も無き領地は人口や食糧事情を除けば、他国に引けを取らないほど発展しているので、これ以上の開発に大きなメリットは見当たらなかった。外見のみが目立っても良いことはあまりないからだ。
 今大切なのは、名も無き領地の内部的な強化だろう。
 そのために住民をもっと多く勧誘し、その住民そのものに戦力を搭載することで、兵士や騎士のような決まった戦力のみにならずに済む。そして、名も無き領地の秩序は保たれる。
 例えば、アノールドは冒険者稼業が非常に有名だが、皆が冒険者であることから内部の紛争は殆どない。
 というのも、それぞれが切磋琢磨し、”冒険者”として、標的をモンスターに絞っているからだ。
 人々の争いは非常に少ないと言える。

 そして……俺は冒険を通して、あわよくば、マクロスの真意や正体に差し迫りたいとも考えている。

「ふむぅぅぅ……。それは構いませんが、若返ったワシの修行は厳しくなりますぞ? それでも宜しいですかな?」

「構わない。ユルメルとニーフェを含めた全住民を族長の手で強くしてくれ」

 単なる予想でしかないが、族長の巨体は見せかけではなく本物だ。強者故の内に秘めた静かな気配や、その落ち着きのある挙動の数々。酒を飲んでいた時は曖昧で不確実な予想に過ぎなかったが、まともに向き合った会話をして初めてわかった。
 族長はかなり強い……と。

「了解しました。あなたには多大な恩がありますから、ワシが出せる全力を尽くして命に従います! ところで……」

 族長は右の拳を強く握って自身の胸に手を当てると、真摯な顔つきでゆっくりと頷いた。

「ん? ユルメルとニーフェ? 俺のことを探しに来たのか?」

 それからすぐに族長は窓から外を見たので、俺もチラリと窓から外を見た。
 すると、そこにはユルメルとニーフェの二人がいるではないか。どうやら何も言わずに席を外した俺のことを探しているらしい。

「おそらくそのようです。話は済みましたし、そろそろ戻りましょうか」

「ああ。付き合ってもらって悪かったな。さっきから酒を飲みたくてうずうずしていたんだろう?」

 俺は開放された窓を閉めてから、部屋の外へ続く扉に手をかけながら族長の全身を下から上までじっくり眺めた。
 族長の手足は小刻みに震えており、膝が笑っていることがわかる。これが巷に聞く、アルコール中毒というやつだろうか。ドワーフ族の場合は酒がなければ毛が抜け、活力を失い、グンと老けてしまうので、あながち間違いではないのかもしれない。
 まあ、そんなことはどうでも良い。今夜は宴を楽しもう。そして、ユルメルとニーフェからヘレンの意思確認を聞いて、今後の行動を決めるとしよう。
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