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苦痛

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「俺はクララ女王の指名を与ってここにきた。すまないが、部屋の前からよけてくれないか?」

 クララ女王と三人がいる部屋、つまり苦しみの声の発生源となる部屋の前には、数十人規模のの人集りができていた。
 一人が施錠された扉を力任せに叩き、残された数十人がその背後から部屋を目掛けて、おもいおもいの声をかけている。
 中にクララ女王がいることで、無闇矢鱈に押し入ることができないのだろう。

「むっ? キミはゲイルくんか? 私は王宮内の警備兵をしている者だ。女王様はキミ以外のことを部屋に入れる気はないらしい。話があるとかなんとか言っていたが、今は切羽詰まった状況だ。早速だが部屋の中にいる女王様に声をかけてくれ」

 右の腰元に剣、左の腰元に弓、背中に矢を装備し、万全といったような武装をした中年男性が俺に話しかけてきた。
 どうやら既に話は通っているらしく、俺が言葉に従って前進すると、人集りは俺の通り道を開けてくれた。

「悪いな。さてと……クララ女王。俺です。ゲイルです。何か困ったことでもありましたか……ってッ!」

 警備兵の中年男性に軽く声掛けをしてから扉をドンドンと数回ほど拳で叩くと、すぐに鍵が開錠される音が聞こえた。
 しかし、それから僅か一秒足らずの間に、クララ女王が少し開かれた扉の隙間からヌッと片手を出すと、迷いなく俺の胸ぐらを掴んで部屋の中に引き摺り込んできた。
 俺は抵抗することは容易かったが、部屋に入れるのならそれで良いと考えたので、無駄な抵抗はしなかった。

「……こりゃあ酷い……。予想以上の惨状だな」

「ゲイルさん! 何をそんなに能天気にしているのですか! 私のことを騙しましたね! 傷が治るどころか、三人は苦しみ続けていますよ!」

 無理やり部屋に引き摺り込まれた俺が、部屋の惨状と三人の様子を見てポツリと呟くと、クララ女王が瞳もギラギラとさせながら俺の眼前で声を荒げた。

「騙してないですよ。言ったでしょう? モンスターの肉を食べると、傷が癒える代償として全身に酷い激痛が伴うと。まあ、三人の元の古傷の具合が俺の予想以上のものだったので、この光景には少し驚いていますがね」

 俺がこんなことを呑気に呟いている間にも、部屋の中には三人が泣き喚き叫ぶ声が響いていた。
 さらに、壁にかけられていた絵画や箪笥の上に置かれていた壺は見るも無惨な姿になっていた。
 他にも痛みを紛らわそうと暴れたであろう形跡が数多く残っていた。

「で、では、これはいつ収まるのですか!? 正直、私にはもう耐えられません……」

 クララ女王は苦しむ三人の姿を一瞥すると、その場に膝から崩れ落ちた。
 金色の瞳から溢れ出てくる大粒の涙を、真白い高貴なワンピースの袖口で拭っている。

「……気を失ったか。後は俺が見ておくから安心してください。クララ女王」

 俺は泣き始めてから数十秒ほどでフッと意識を落としたクララ女王を部屋の隅に寝かせた。
 キザなセリフを吐いてしまったが、元はといえば俺の無責任さが招いた事態なので、最後まで面倒を見るべきだろう。
 
「今の怪我の具合からして、ガンマとベータはもう数分で痛みが収まりそうだな。だが、一番傷が深いアルファはもう少しってところだな……」
 
 ガンマとベータは叫び声をほとんど上げなくなっていた。最初は喉を消耗しすぎたのかと思ったが、綻びた衣服から露になった太ももを見るに、おそらくそういうことではなさそうだ。
 下半身にあった傷はすっかりと消えているので、殆ど治療は完了したと見て良いだろう。
 問題はアルファの方だ。アルファは部屋の角で小さく蹲りながら、ただ一人悶々と痛みに耐え、全身を小刻みに震わせていた。
 幸いと言っていいのかわからないが、三人ともお馴染みの黒い仮面をしっかりと装着しているので、苦悶の表情は見えなかった。

「よっと……。まずは二人をベッドに寝かせるか」

 ガンマとベータは既に傷がほとんど治り、反動で意識を失っていたため、特に苦労することなくベッドに寝かせることができた。二人は先ほどの悲鳴が嘘かのように、規則正しい呼吸で仰向けに眠っていた。
 残すはアルファだけだが、アルファは未だに激痛にうなされており、声にならない声を上げながら肩で息をしていた。とても苦しそうだが、俺には何もしてあげられない。声をかけても届かないだろうし、例え届いたとしてもそれを頭の中で理解することができないだろう。モンスターの肉を喰らった時の全身に走る痛みは、それほどのものなのだ。己の身をもって体験したから良くわかる。

「乗り越えろ。そして、過去の苦しみから解き放たれろ。苦しいのは今だけだ。必ず良い方向に転がる……必ずな」

 俺はアルファのもとへ向かい、男にしては長いと言える小豆色の長い髪を軽く撫でた。
 同性だからなどという嫌悪感はこの時ばかりは全くなく、単純に俺の胸にある憐れみや悲しみ、同情の心から自然と手を伸ばしていたのだ。
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