上 下
42 / 91

ニーフェの熱意

しおりを挟む
「……ぁ……ここは……?」

 俺は息苦しさと頭の痛みによって目が覚めた。
 仰向けになっている俺の背中には、まるで水の上にでも乗っているかのような柔らかな感触があり、全身が不思議な感覚に包まれていた。
 考えながらも視線を動かしてみると、俺のことを湖の中に引き摺り込んだ張本人であるニーフェさんがこちらに歩いてくるのが見えた。

「——ごめんなさい。森の中に悪い気配を感じたので、こうするしか方法がありませんでした」

 ニーフェさんは俺のすぐそばで立ち止まると、ふわふわとした柔らかな地面で横になる俺に頭を下げた。

「……それで……ここは一体どこですか?」

 俺は呼吸を整えながら上体を起こし、ニーフェさんに問いかけた。
 同時に頭の中で錯乱している情報を整理していく。

 普通に考えれば、ここは湖の底だろう。だが、不思議なことに酸素もあるし、地上と同じくらい明るい。
 かなり不可思議な空間だな……。

「ここは私の家です。私はあなたに一つお願いがあってここに連れてきました。どうか、失礼を承知の上で私の話を聞いてくださいませんか?」

 ニーフェさんは立ち上がろうとする俺に手を差し伸べてきたが、俺は湖の中に引き摺り込まれる感覚が頭をよぎったので、申し訳ないが自力で立ち上がった。

「それはまたいきなりですね……。話を聞くのは構いませんが、まずは事情の説明をお願いしても?」

 俺は若干の警戒心を胸に秘めながら、ニーフェさんの目を見た。

 ニーフェさんには特に悪意や敵意を感じないのだが、流石にこんなところにいきなり連れてこられて易々と話を聞くほど、俺は人を信用してはいないのだ。

「……あなたが強いことも、あなたが私に敵対していないことも、私は知っています。だから私たちを助けてほしいのです」

「……」

 この言葉だけではまだ内容が掴めないので、俺は無言で話を聞くことにした。

「現在、私の命の恩人が危機に瀕しています。ですが、私の力では何もしてあげられません。だから……あなたに助けを求めたのです」

 ニーフェさんは扉から少し歩いた先にあるソファにしっとりと腰をかけながら言った。

「つまり、『あなたは強いから私たちを無償で助けて』ってことですか? 随分都合の良い話ですし、俺がニーフェさんとその恩人の方を助けられるほど強いとも限りませんよ?」

 今のところ俺にメリットが一つもないので、俺はいつもよりもやや強めな口調でニーフェさんに言った。

「いいえ。あなたの強さは先程の戦闘を見ていたので知っています。目で追えないほどのスピードに加えて、一瞬で騎士を捩じ伏せることのできる圧倒的な力。差し迫った今の状況を打開できるのは、あなた以外にいません」

 どうやらニーフェさんは俺が六人の騎士の意識を奪った現場を見ていたらしい。
 そっちに気を取られすぎて全く気が付かなかったな。

「それに、私の恩人を助けてくだされば、私はどんなお願いでも飲みます……おねがいします。どうか、どうか力を貸してくださいませんか」

 ニーフェさんは悩む素振りを見せた俺を説得するように、早口で捲し立てた
 その言葉からは強い意志や信念、そして焦りを感じるので、本来であれば特に断る理由はないだろう。
 どうしても悪い人には見えないしな。

 だが、今の俺は違う。
 やることが山積みなのだ。
 上からものを言うようで申し訳ないが、力を貸す以上はそれなりの条件を出させてもらう。

「……わかりました。では、俺が提示する条件を先にクリアしてもらえませんか?」
 
「はい。私にできることでしたら何なりとお申し付けください」

 ニーフェさんは座ったばかりのソファからスッと立ち上がると、覚悟を決めたような目で俺のことを見つめてきた。
 体に力が入っていることから、相当緊張していることがわかる。

「俺が持つ領地を水精族の力で潤してくれませんか? 実はかなり水に飢えて困っていまして……そちらが先に力を貸してくだされば、俺もすぐに期待に応えます。もちろん詳しい事情を聞いてからになりますがね。どうですか?」

 俺がゆっくりとニーフェさんに近寄りながら条件を述べていくと、ニーフェさんは徐々に険しい表情から困惑したような表情に変わっていった。

「え、あ……そんなことで良いのであれば喜んでお受けします!」

 ニーフェさんは清楚で物静かな雰囲気からは想像もつかないほどの惚けた顔を見せると、胸の前で小さく手を握った。
 どうやらうまくいったらしいな。

 まあ、水を自在に操ることができるという噂の水精族からすれば簡単なことだろうしな。

「ええ。では、交渉成立ですね」

 俺はおそらく最も苦労するであろ水問題が解決したことへの喜びを隠すことなく笑みをこぼした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第二章シャーカ王国編

Sランクパーティから追放された俺、勇者の力に目覚めて最強になる。

石八
ファンタジー
 主人公のレンは、冒険者ギルドの中で最高ランクであるSランクパーティのメンバーであった。しかしある日突然、パーティリーダーであるギリュウという男に「いきなりで悪いが、レンにはこのパーティから抜けてもらう」と告げられ、パーティを脱退させられてしまう。怒りを覚えたレンはそのギルドを脱退し、別のギルドでまた1から冒険者稼業を始める。そしてそこで最強の《勇者》というスキルが開花し、ギリュウ達を見返すため、己を鍛えるため、レンの冒険譚が始まるのであった。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

剣と弓の世界で俺だけ魔法を使える~最強ゆえに余裕がある追放生活~

初雪空
ファンタジー
ランストック伯爵家にいた、ジン。 彼はいつまでも弱く、レベル1のまま。 ある日、兄ギュンターとの決闘に負けたことで追放。 「お前のような弱者は不要だ!」 「はーい!」 ジンは、意外に素直。 貧弱なモヤシと思われていたジンは、この世界で唯一の魔法使い。 それも、直接戦闘ができるほどの……。 ただのジンになった彼は、世界を支配できるほどの力を持ったまま、旅に出た。 問題があるとすれば……。 世界で初めての存在ゆえ、誰も理解できず。 「ファイアーボール!」と言う必要もない。 ただ物質を強化して、逆に消し、あるいは瞬間移動。 そして、ジンも自分を理解させる気がない。 「理解させたら、ランストック伯爵家で飼い殺しだ……」 狙って追放された彼は、今日も自由に過ごす。 この物語はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ないことをご承知おきください。 また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。 ※ カクヨム、小説家になろう、ハーメルンにも連載中

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

処理中です...