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水精族の生き残り

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「わからんな」

 湖の周りにいた六人の騎士を一時的に眠らせた俺は透き通った湖に再度近づいてみたが、特に怪しい点は見つけられなかった。
 相変わらず数千にもなる弱々しい気配は感じるが、その正体は未だに掴めていない。

「……俺は君たちに危害を加える気はない。武器も置こう。どうか、俺の前に姿を現してくれないか?」

 湖を見つめているだけでは何も進展しないので、俺は自ら無害な自分をアピールすることで信頼を獲得しようと試みた。
 刀を地面に置き、森の外を見張る騎士や先ほど意識を奪った六人の騎士に感づかれないように、小声で呼びかけていく。

 こんなことで簡単にうまくいくとは考えにくいが、取り敢えず試してみることが大切だ。

「……これは……?」

 すると、俺の声がどこかの誰かに届いたのか、水面に静かな波紋が広がり始めた。
 そして数十秒後。不規則に揺れていた水面の波紋が止まると、湖の中心から一人の女性がゆっくりと姿を現した。
 幻想的なその様は本当にこの世のものかと疑いたくなるほどのものだった。

「人間……か?」

 鮮やかな青色の長い髪が特徴的な女性は、儚げな表情を浮かべながら俺のことを見つめていたが、俺は未だに目の前の光景を信じられていなかった。
 数千とあったはずの気配が突然一つになり、その気配が目の前の女性に一気に集約していたからだ。

「はい。信じられませんか?」

 女性はそんな俺の心を見透かしたように言った。
 
「ええ……それで、あなたは? それと無数の気配があったはずだが……」

 俺は水の上で幻想的に佇む女性に聞いた。

「私はニーフェ。水精族すいせいぞくの生き残りです。気配は人間にバレないようにするためです」

 ニーフェと名乗った水精族の女性は簡潔に名前と種族を述べると、一切の音を立てずに水の上を歩いて俺に近づいてきた。

 しかし、俺はまだ目の前で起こっている現実をうまく処理できていなかった。

「水精族って……幻の種族の? もう存在しないかと思っていたが……」

 水精族といえば水を自由自在に操る伝説の種族として有名だが、俺はそれを創作の中の話だと認識していた。
 目の前にいるこの女性が本物だとしたら、ものすごい発見になるだろう。

「私の知る限り水精族はこの世に私しかいないので、幻だと思われていても無理はありませんね」

 ニーフェさんは悲しげな口調で言った。

 世間からは幻と呼ばれ、書物にまでそう記されるまでの間、どうして水精族は姿を現さなかったのだろうか。
 また、どうして残された水精族はニーフェさんだけになってしまったのだろう。
 ほんの少し話を聞くだけで、頭の中に無数の疑問が湧いて出てきてしまう。

「……」

「……それより……息を大きく吸い込んでから私の方に近寄ってくれませんか?」

 ニーフェさんは祈るように胸元のペンダントに手をやると、焦ったような口調で俺にそう言った。

「……?」

 俺はどういう意図があるかはわからなかったが、ニーフェさんの言われた通りにした。
 すると、そこでニーフェさんは驚くべき行動に出た。

「——ッ!?」

 ニーフェさんは近寄った俺の手を軽く握ると、俺を道連れにするかのような勢いで湖の中へ入っていったのだ。

「我慢してください。苦しいのは少しだけです」

 俺は突然の行動に対する驚きから反射的に口を開こうとするが、死がすぐそこに見えた気がしたので、グッと口を閉じて、肺に溜まった酸素をゆっくりと消費していった。

「……!?」

 そして水の中を下へ下へと進んでいくにつれて、空から差し込む太陽の光は徐々に失われていき、やがて先ほどまで透き通っていた美しい水の中は闇に変わっていた。

「もう少し……もう少しです」

 ニーフェさんは尚も俺の手を軽く握りながら水の中を器用に進んでいくが、俺には全く意図がわからなかった。
 悪意や敵意を感じないその行動には何の意味があるのだろうか。

「……ぐっ……っ!」

 そしてついに、俺は肺の中に溜めていた酸素を失ったことで意識を奪われた。
 視界は闇に覆われ俺は眠りにつくようにそっと目を閉じた。
 最後に見た景色はそんな俺のことを、申し訳なさそうな目で見下ろすニーフェさんの姿だった。


 
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