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最良の選択

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「……もう朝か」

 俺は喧しい小鳥のさえずりによって無理矢理意識を覚醒させられた。
 そして固くハリのある安っぽい埃まみれのベッドから立ち上がり、陽の光がほんの少しだけ差し込む窓を見ながら深呼吸をする。
 現在の時刻は昼前くらいだろうか。
 時間もないので、すぐに身支度を整えていく。

「今日はクエストだな」

 ここ数日はクエストに取り組めていないので、今日やることといえばクエスト一択だろう。

 昨日はモンスターの素材を回収して、横柄な男に絡まれて、ユルメルと刀について話し込んだ。
 その前はレイカさんと調査をしていたこともあってか、最近は一人の時間が少なかったしな。

「刀が完成するまでの間はクエストでもやりながら大人しくしてるか」

 ユルメルによると最低でも三、四日は時間が必要らしいので、次に工房に行くのはその時になる。

「っし」

 俺は宿の中にある共用の手洗い場で支度を済ませてから外へ出た。
 ここからギルドまではのんびり歩いて十五分ほどだ。
 特段遠いわけでもないが、少なくない人数が道を往来しているため気疲れしてしまいそうだ。

「……なんか見られてる気がするな」

 気のせいだろうか。今日はいつにも増して視線を感じる。
 いつもは袴を着てボサボサの黒髪の変な男として見られていた記憶があるが、今日はそれとは少し違う視線を感じる。
 途中で適当な店のショーウィンドーで自分の姿を確認してみるが見た目は別にいつも通りだし、どこか変な箇所は特に見当たらない。

 視線を感じること自体が”勘違い”ではないとは思うが、あまり気にすることでもなさそうだ。
 今日がたまたまそういう日だっただけだろう。
 別に敵対心は感じないしな。

 俺は視線を感じることについては忘れることにしてギルドへ向かうことにした

 今日は何のクエストを受けようかなぁ……。






 ギルドに入ると街で向けられていた視線とは別のベクトルの尖ったような視線を感じたが、俺はそんな視線を気にも止めずに馴染みの受付嬢がいるカウンターへ向かう。

「こんにち——」

「——ゲ、ゲイルさん! よくもまあ呑気に外を出歩けましたね!?」

 俺が右手を上げて挨拶をしようとした矢先だった。
 受付嬢は今にもカウンターから飛び出してきそうな勢いで訳の分からないことを捲し立てた。

「なんですか? 別に悪いことなんてしていませんし大丈夫だと思いますけど……」

 俺は言葉を言い終えてからここ数日の悪事について振り返ってみたが、何一つとして悪いことはしていないはずだ。

「もしかして知らないんですか! これ! これを見てください! クエスト泥棒の件ですよ!」

 受付嬢はどこからか一枚の紙を取り出すと、その紙を俺の目の前に力任せに置いた。

「えーっと……」

 じっくりと目を凝らして確認してみると、どうやらそれは一枚の記事のようだった。

 主な内容はこう。
 タイトルにはクエスト泥棒の男と書いている。
『袴を着た黒髪の冒険者の男が
クエストを受注した本人の許可なく
クエストクリアの対象となっていたモンスターを討伐!』

 加えてその下には俺の外見的特徴が事細かに記され
ていた。
 見た目はやや筋肉質の細身で身長は一七五センチほど、髪型は手入れされていない黒髪、服はくすんだ色をした極東の袴を身に纏っている。

 これは……?

「誰ですか? こんな記事を書いたのは」

 俺は間に受けて信じているであろう受付嬢に聞いた。
 この記事に確かに書いてあることは概ね事実だが、肝心な部分が抜け落ちている。

「それは——」
 
「——おうおう! 不正した雑魚が正当な冒険者しか立ち入れないギルドに何のようだぁ?」

 この時を待ってましたと言わんばかりに受付嬢の言葉を遮ったのは、真っ赤な鎧を身に纏う戦士の男——ドウグラスだった。
 ドウグラスはニチャニチャとした笑みを浮かべており、俺のことを小馬鹿にするような視線を送っていた。

「……そういうことかよ」

 至るところで視線を感じたのもそのせいか。
 まさかこんなに早く手を回してくるとはな。

「一体何のことだかなぁ」

 ドウグラスは笑いながらわざとらしく言うと、足を一歩踏み出して俺との距離を詰めてきた。
 俺は穏便に済ませたいので受付嬢に目をやったが、受付嬢は首を横に振るばかりで仲裁する気はないらしい。
 俺のほうが冒険者ランクが低いし、得体の知れない男だし、あまり信用されていないのかもしれないな。

「……」

 俺はあえて無言になった。
 ここで弁明しても仕方がないと踏んだからだ。
 現にギルドにいる多くの冒険者たちはこんな厄介ごとに関わりたくないのか、横目で見ているだけで特に行動を起こそうという気はなさそうだ。
 
「謝罪の一言くらい言ってもいいんだぜ? クソ生意気なCランク冒険者さんよぉ!」

 ドウグラスは尚も俺ににじり寄り、腹の底に響くような怒鳴り声を出し続けていく。
 随分お冠のようだ。
 よほど昨日の出来事が気に入らなかったらしい。

「二人は無事か?」

 俺は一つ気になったことを聞いた。
 この場には来ていないが、満身創痍になっていた二人の魔法使いのことだ。
 後衛のサポート役なのにあれだけ消耗していたので、場合によってはまだ目を覚ましていないかもしれない。

「何のうのうと質問してやがんだ!? あぁんッ! テメェがやらかしたせいでうちの大事なパーティーメンバーの二人が大怪我したんだからなッ!」

 ドウグラスは激昂しながらも俺の体を壁に叩きつけると、途端にギルドがどよめいた。
 記事には載せられていない情報に驚いたのだろう。

 そして俺を壁側にすることでギルドにいる冒険者たちに背中を向けている状態になったドウグラスは、俺の顔を見て不敵な笑みを浮かべた。
 こいつ。全て計算してやってやがるな。
 逆恨みにも程があるぞ。

「悔しそうな顔をしているお前に一つ提案がある」
 
 ドウグラスは俺にだけ聞こえるように声を小さくして言った。

「なんだ」

 周囲の目があるせいで自由に行動できないだけで至って冷静な俺は、同じく声を小さくして返事をした。
 どうせ碌な提案じゃないだろうが、聞くだけ聞いてみる。

「俺と決闘をしないか?」

「決闘だと?」

 俺は耳を疑った。
 目の前で俺の実力を見ていたドウグラスからすれば不利以外の何ものでもないはずだ。
 どうしてそんな提案をした?

「ああ。テメェみてぇな雑魚を人前でぶちのめすいい機会だ。俺と勝負しろ……どうだ? テメェにとっても名誉挽回できるチャンスだぜ?」

 ドウグラスは含みのある提案をすると同時に辺りの冒険者たちの姿を一瞥した。

「……」

 どうしたものか。

 ドウグラスが何か不埒なことを考えているのは間違い無いので、普通はこの提案は断るのが正解だろう。
 だがしかし、ここで提案に乗らずに断ってしまっては俺の誤解が解けることはなくなってしまうし、面子も丸潰れだ。もしかするとレイカさんやユルメルにまで迷惑をかけてしまうかもしれない。

「……わかった。その提案、受けて立つ」

 数秒の時間を置いてから、俺は決闘を受けることをドウグラスに伝えた。
 ドウグラスは小さく鼻で笑うと、向きを変えて豪快に息を吸い込んだ。

「よく聞けェッ! 三日後、俺らは決闘を行うことにした! どうもこいつはこの記事に不満があるらしくてな! 今日ここにいるお前らは証人として絶対に観に来い! 人を呼んでも構わん! 舞台はアノールド郊外にあるダンジョン跡地のコロシアムだ! わかったかッ! 異議のあるやつァいるか……いねぇな? じゃあ決まりだ!」

 ドウグラスのその言葉によって静まり返っていたギルド内の空気が一瞬にして破壊された。
 この問題の中心人物はBランク冒険者のドウグラスだ。当然それを否定できる者はおらず、全員が首を縦に振る選択しか与えられなかった。

 ドウグラスは最後に俺の耳元で「逃げんなよ?」と言うと、一人でギルドから去っていった。
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