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昇華
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先の見えない闇を彷徨っていた。
音もなく光もない。そんな世界を俺は一人、ふらふらと歩いていた。
悲しみや恐怖から本能的に声を出し、いるはずのない人の名前を呼んで助けを求めるが、当然返事はない。
やがて目の前からどこかで感じたことのある温かみのある光が差し込み、俺の姿を照らした。
そして目の前の光——否、灼熱の業火はメラメラと燃え上がり、俺の大切なものを次々と消し炭にしていく。
無惨にも蹂躙される彼らは悲しみを孕んだ絶望の声を上げ、命の灯火を強制的に消されていく。
これは……あの時の……?
◇
「……父さん……母さんっ……みんな!」
俺は体中に駆け巡る痛みと、鼻が曲がってしまうような腐敗臭を感じることで目が覚めた。
全身からは汗が噴き出し、息も荒くなっている。
「……夢……か……」
どうやらさっきの絶望は夢だったようだ。
夢といっても決して良いものなんかではなく、現実に起きた忌々しい出来事なので悪夢と言える。
俺はズキズキと痛む頭を押さえながら体を起こし、周囲の状況を確認するために頭を必死に回転させる。
「この腐敗臭は……?」
コカトリスは自ら破壊した安地の洞穴を塞ぐようにして横たえており、ピクリとも動かないことから絶命したことがわかる。
そして腐敗臭の正体はコカトリスが長毛の中に身代わりとして隠していたモンスターのものだった。
戦闘中は気が付かなかったが、そのモンスターはかなり古いもののようだった。
「……勝った……単独でAランクモンスターを討伐した……! っ痛ぇ……!」
俺は喜びを表現するように刀を手にしている右腕を天に突き出した。
が、しかし、激しい戦闘の代償はまだまだ癒えておらず、出血こそ止まっているが油断はできなさそうだった。
「は……ははっ……強く……なれたぞ」
何はともあれ、俺は勝利した。
以前までは明らかに格上とされたモンスターを相手に単独で勝利を掴み取ったのだ。
思わず笑みが溢れてくる。ここまで強さを実感したのはここにきて初めての経験だったからだ。
「……腹減ったな」
強さを実感したことで気が抜けたのか、大きな音を立てて腹の虫が鳴いた。
この場で食えるのは——
「——コカトリスしかないか」
俺はまるで老人かのようにゆったりと立ち上がり、杖代わりに刀を使いながらコカトリスの方へ歩いていく。
傷の具合から察するに俺はそんなに長い間意識を失っていないはずなので、おそらくコカトリスの死体はまだまだ新鮮なままだろう。
「……」
腹が減って仕方のない俺は、無言でコカトリスの肉を刀で適当な大きさに切り取り、火の初球魔法で炙っていく。
時間はかかるが、俺は全ての魔法を初級魔法までしか使えないので仕方がない。
潜在的に魔力も少ないので魔法はあまり使えないのだ。
「いただきます……って、結構普通だな。まあいい、腹は満たせるしな」
待ちきれないので生焼きで肉にかぶりついたが、ごくごく普通のモンスターの味だった。
美味くもなく、不味くもない、ただ腹を満たすためだけに食う。その程度のものだ。
「すぐにここを離れ——グッゥゥッッ……ッッ!! 熱い! 熱い! ガハッ……!」
俺はあまりの腐敗臭に我慢ならなくなったので、安地の中でも少し離れた位置へ移動しようかと思い、立ち上がったその時だった。
途端に全身の血の巡りが早くなり、同時に体中が炎に焼かれるかのように熱くなった。
体の動きが支配されたような感覚に陥り、ただただ痛みに悶えることしかできなくなっていた。
「——ハァハァハァ……ッッ……ハァッッ……ッッ……クッソッ……さっきの肉か!?」
俺はドス黒く濁った血反吐を吐き捨てて、何とか体内にある異物を排除しようと試みるが、体が言うことを聞かない。
「……くっ……んだよ……これ……」
おそらく数分、いや、数十分くらいの時間が経過しただろうか。
強烈な痛みから時間さえ忘れてしまうほどのものだった。
声を枯らし、叫びを続け、まるで自分の体ではないような感覚に襲われていたが、それは突如として終わりを迎えた。
先ほど待って襲っていた激痛は瞬時に消え去り、代わりに全身にはエネルギーがみなぎってくるのがわかる。
「……なんだ……?」
俺は無意識に何事もなかったかのように立ち上がり、ゆっくりと自分の体を眺めた。
「え……傷が……ない?」
すると全身の傷が跡形もなく消えていたことに気が付いたのだった。
音もなく光もない。そんな世界を俺は一人、ふらふらと歩いていた。
悲しみや恐怖から本能的に声を出し、いるはずのない人の名前を呼んで助けを求めるが、当然返事はない。
やがて目の前からどこかで感じたことのある温かみのある光が差し込み、俺の姿を照らした。
そして目の前の光——否、灼熱の業火はメラメラと燃え上がり、俺の大切なものを次々と消し炭にしていく。
無惨にも蹂躙される彼らは悲しみを孕んだ絶望の声を上げ、命の灯火を強制的に消されていく。
これは……あの時の……?
◇
「……父さん……母さんっ……みんな!」
俺は体中に駆け巡る痛みと、鼻が曲がってしまうような腐敗臭を感じることで目が覚めた。
全身からは汗が噴き出し、息も荒くなっている。
「……夢……か……」
どうやらさっきの絶望は夢だったようだ。
夢といっても決して良いものなんかではなく、現実に起きた忌々しい出来事なので悪夢と言える。
俺はズキズキと痛む頭を押さえながら体を起こし、周囲の状況を確認するために頭を必死に回転させる。
「この腐敗臭は……?」
コカトリスは自ら破壊した安地の洞穴を塞ぐようにして横たえており、ピクリとも動かないことから絶命したことがわかる。
そして腐敗臭の正体はコカトリスが長毛の中に身代わりとして隠していたモンスターのものだった。
戦闘中は気が付かなかったが、そのモンスターはかなり古いもののようだった。
「……勝った……単独でAランクモンスターを討伐した……! っ痛ぇ……!」
俺は喜びを表現するように刀を手にしている右腕を天に突き出した。
が、しかし、激しい戦闘の代償はまだまだ癒えておらず、出血こそ止まっているが油断はできなさそうだった。
「は……ははっ……強く……なれたぞ」
何はともあれ、俺は勝利した。
以前までは明らかに格上とされたモンスターを相手に単独で勝利を掴み取ったのだ。
思わず笑みが溢れてくる。ここまで強さを実感したのはここにきて初めての経験だったからだ。
「……腹減ったな」
強さを実感したことで気が抜けたのか、大きな音を立てて腹の虫が鳴いた。
この場で食えるのは——
「——コカトリスしかないか」
俺はまるで老人かのようにゆったりと立ち上がり、杖代わりに刀を使いながらコカトリスの方へ歩いていく。
傷の具合から察するに俺はそんなに長い間意識を失っていないはずなので、おそらくコカトリスの死体はまだまだ新鮮なままだろう。
「……」
腹が減って仕方のない俺は、無言でコカトリスの肉を刀で適当な大きさに切り取り、火の初球魔法で炙っていく。
時間はかかるが、俺は全ての魔法を初級魔法までしか使えないので仕方がない。
潜在的に魔力も少ないので魔法はあまり使えないのだ。
「いただきます……って、結構普通だな。まあいい、腹は満たせるしな」
待ちきれないので生焼きで肉にかぶりついたが、ごくごく普通のモンスターの味だった。
美味くもなく、不味くもない、ただ腹を満たすためだけに食う。その程度のものだ。
「すぐにここを離れ——グッゥゥッッ……ッッ!! 熱い! 熱い! ガハッ……!」
俺はあまりの腐敗臭に我慢ならなくなったので、安地の中でも少し離れた位置へ移動しようかと思い、立ち上がったその時だった。
途端に全身の血の巡りが早くなり、同時に体中が炎に焼かれるかのように熱くなった。
体の動きが支配されたような感覚に陥り、ただただ痛みに悶えることしかできなくなっていた。
「——ハァハァハァ……ッッ……ハァッッ……ッッ……クッソッ……さっきの肉か!?」
俺はドス黒く濁った血反吐を吐き捨てて、何とか体内にある異物を排除しようと試みるが、体が言うことを聞かない。
「……くっ……んだよ……これ……」
おそらく数分、いや、数十分くらいの時間が経過しただろうか。
強烈な痛みから時間さえ忘れてしまうほどのものだった。
声を枯らし、叫びを続け、まるで自分の体ではないような感覚に襲われていたが、それは突如として終わりを迎えた。
先ほど待って襲っていた激痛は瞬時に消え去り、代わりに全身にはエネルギーがみなぎってくるのがわかる。
「……なんだ……?」
俺は無意識に何事もなかったかのように立ち上がり、ゆっくりと自分の体を眺めた。
「え……傷が……ない?」
すると全身の傷が跡形もなく消えていたことに気が付いたのだった。
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