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第三章 

【ヴァンパイヤ】リリス・ブラッドの興味 4

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「……相変わらず凄い蜘蛛の巣の量だな。掃除が行き届いてないんじゃないか」

 俺は厨房の中を見回して呟く。天井部分がかなり高く設けられており、思ったよりも空気は悪くない。
 大広間や食堂のような汚さは全くない。
 ただ、至る所に蜘蛛の巣が張っているのはどうしても目につく。

 しかし、そんな俺の反応とは違い、掃除に興味を持ったはずのリリスは非常に淡白だった。

「これは仕方ない。ここにいるのは、コックアラウネだから。ね?」

「こっくあらうね?」

 リリスがコックアラウネとやらの名前を呼んだ瞬間。つーーーーーーっと糸を引いて、天井部から見たことのない容姿をした魔族が降りてくる。

「——あらあらあらあら……おやおやおやおや? ここここここここ、これは! リリスちゃん! おひさ~! 元気してるー?」

 下半身が……蜘蛛。
 尻から糸が伸びて天井から逆さまになって吊るされている。そして足が八本ある。
 上半身は肥満体の人間で、顔に関しては口周りに青髭の生えたちゃんとしたおじさんだった。
 真白いコック服を着ており、頭には長すぎるくらいのロングコック帽を被っていて、一目で料理人なのだとわかる。

「久しぶり」

「……あら、そちらのイケメンはどちら様?」

「こっちはソロモン。ボクのお気に入りなの」

「……ど、どうも、ソロモンです。魔王城の管理人やってます。今日からですけど」

 俺は適当に会釈をした。イケメンだなんて初めて言われたぞ。
 中肉中背でめちゃくちゃ普通の顔なのに。

「うんうんうんうん、はいはいはいはい。よろ! タメ口でいいわよ。それで、ソロモンちゃん! リリスちゃん! あたしに何か用?」

「美味しいものが食べたい」

「お安い御用……と、言いたいところなんだけど、実はかな~り前からあたしのお気にの魔道具が壊れててね、それ以来ずっと万全な料理が作れてないのよ~」

 コックアラウネは困り果てたように頬に手を当てて唇を尖らせた。
 そんな彼の視線の先にはキッチン台そのものがあり、おそらく丸ごとぶっ壊れているのだとわかる。

 というか、昨日食べた食事があんまりだったのはそのせいか。

「何もないの?」

 がっかりした様子でリリスは尋ねる。

「食材を冷蔵保存するための魔道具も壊れちゃってるしねぇ。焼けこげて真っ黒なパンくらいならあるけど……美味しくないわよ?」

「普通のパンを作るために、竜族のドラグニアに焼いてもらえば美味しくなる?」

「試してみた結果、丸焦げの真っ黒なパンが出来上がったのよ! しかも、あたしのお尻も焦げたから却下よ! はぁ~ぁ、魔道具が直せればいいんだけどなぁ~」

 テンポよく会話をしていることから、二人の仲の良さがうかがえる。
 竜族のドラグニアなる者が気になったが、今はそれよりも腹ごしらえが優先だな。

 魔道具のことなら俺が力になれるかもしれないし。

「コックアラウネ。壊れているっていう魔道具を俺に見せてもらえないか? もしかしたら直せるかもしれない」

「え? 別にいいけど……ここら辺ぜぇぇえーぇーんぶダメになってるから見るだけでも時間かかるわよ?」

 コックアラウネはここにきてようやく尻から伸びた糸を切ると、地上に降り立って俺と同じ立ち位置で視線を交わした。

「構わない」

 俺は件のキッチン台の元へ向かい、まずは外観からチェックしていく。
 シルバーを基調としたキッチン台は長さ十メートルほど。手触り的には特段古めかしいものではないし、表面部分の光沢感からして、安価な材質というわけでもない。
 父さんが製作した証である刻印は見当たらないし、多分他の魔道具職人が製作したものだろうな。

「中を開けてみても?」

「どうぞ~」

「失礼」

 俺はコックアラウネの艶かしい声による許諾を得てから、キッチン台の下部にある部品を一部外して内部に上半身を突っ込んで確認した。
 このキッチン台は火魔法を流用した調理器具——フレイムグリルと、水魔法を流用した食器洗浄器具——アクアクリーン、そして、氷魔法を流用した食料保存器具——フロストボックスの三つが内蔵されている。

 その全てが同時に使えないなんておかしな話だ。中枢の大事な何らかの部品が完全に壊れているのか?
 綺麗な外観に対してそんなことはあり得るのか?

「……ん?」

 俺のそんな予想は大きく外れることになった。
 各属性の魔法を含有した部品は全て正常だった。

 となると、原因は一つしか考えられないな。

「どうしたの?」

 近くにしゃがみ込んで尋ねてきたのはリリスだった。不思議そうな顔でこちらを覗き込んでいる。
 
「んー、いや、別に壊れてなかったよ」

 俺はキッチン台の内部から抜け出すと、リリスとコックアラウネの顔を交互に見やった。

「え? 壊れてないの? ソロモンちゃん、詳しく詳しく」

「えーっと……砕いた説明をすると、そもそも魔道具ってのは魔法を簡単に発動させる為の道具だから、中枢にある魔法を発動させる為の部品が壊れるとダメになるんだよ。
 でも、こいつの中の部品は全て問題なかった。んで、おかしいなって思ってよくよく考えてみたら原因はすぐにわかったってわけだ」

「なになになになに? どこどこどこどこ?」

 コックアラウネはぐっと距離を詰めてきた。
 濃すぎる青髭が眼前にある。

「……単なる手入れ不足だな。あんた、色んなところで糸を吐いてるだろ? そのせいで中の部品に糸がまとわりついて、魔法を発動を邪魔してたっぽいな。まとめると、掃除したら直るってことだ。
 まあ、掃除は自分でやってみてくれ。俺には糸の扱い方がわからないからな」

「おーーー」

 俺の解説を聞いたリリスは棒読みで驚きを露わにすると、ぱちぱちと小さな手で拍手してくれた。
 逆にコックアラウネは八本の脚を器用に動かして動揺を露わにしており、まるで手練れのタップダンサー のような足捌きだ。

「す、すすすすすすす、凄いじゃないの! 試しに糸と汚れを取ってみるわん!」

 コックアラウネは華麗な足捌きのまま、上半身を丸めてカサカサとキッチン台の内部に突撃したが、ものの数秒で外へと戻ってきた。

 早いな。

「できたわん!」

 コックアラウネは何の成果もなく戻ってきたのかと思ったが、その表情は晴れやかなものとなっていた。

 八本脚のうち数本の脚には大量の白い糸が巻き付いていることから、内部の清掃は無事に完了したことがわかる。

 足が八本もあると、常人よりも作業効率が遥かに良いらしい。

「……試運転! ついた! 使える! 凄いじゃないの! ソロモンちゅわん!」

「よ、よかったな……ははは……」

 無事に作動したことで俺はなされるがままにコックアラウネに抱きつかれた。
 上半身は単なるおじさんなので、思わず苦笑いがこぼれる。

「ソロモンはすごい」

 リリスは普通に褒めてくれた。

「うんうんうんうん、これでお料理ができるわよ! リリスちゃん、ソロモンちゃん、ちと待ってなさいな! 実はドリアードちゃんたちから貰った生野菜がたくさんあるのよ! 新鮮なうちに振る舞ってあげちゃうわ!」

 コックアラウネはロングコック帽を慣れた手つきで被り直すと、素早い足取りで厨房の奥へと消えた。
 新たな種族としてドリアードという名が出てきたな。ドラグニアと同じく気になるな。

 後で詳しく聞いてみよう。

「外で待つか」

「うん」

 俺はリリスを連れて厨房を後にすると、風式と水式で食堂の掃除をしながら料理の到着を待ったのだった。

 ちなみに、その際に話を聞いたのだが、ドラグニアというのは竜族の長らしく、リリスと同じく魔王軍四天王の一人なんだとか。地図にそんな名前が書いていた気がする。
 そして、ドリアードというのは裏の森林に住まう木の精霊で、固有名ではなく種族名らしい。食用の野菜や果物、観賞用の植物を作ったりしているとか何とか……よくわからないが、双方凄いのだろう。
 いつか会うこともあるだろうし頭に入れておくか。


 
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