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第三章 

【ヴァンパイヤ】リリス・ブラッドの興味 1

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 体が重たい。

 上半身を中心に妙な重量感がある。

「……んだよ……」

 俺は寝ぼけ眼を開いてその違和感の正体を確認しようとした。
 しかし、起きたての視界は朧げで全くわからない。
 霊的な何か……ではなさそうな感じがする。

 薄らと、鮮やかな金色の何かが見えるが、その正体には全く見当もつかない。

「ん?」

 こうして思考を繰り返すうちに、徐々に意識が覚醒していき、朧げだった視界はやがて鮮明になっていった。

「あー……誰だこの幼女は? そもそもここはどこだ?」

 俺は重量感に抗って上体を起こすと、そこで初めて体の上に乗っていたのが人間、否、魔族の幼女であることを確認した。
 
 明るい金髪で、髪型は黒いリボンで留めたツインテール。
 薄い毛布にくるまって心地良さそうな寝息を立てているのがわかる。

 それと同時に、慣れないシンプルな部屋の内装と雰囲気を認識してしまい、俺は更に頭が混濁してしまう。

 まずは整理しよう。

 確か昨日は魔王城の管理人になることを魔王に伝えて、それからキリエさんのところに行って……そうだ。そこでリリスさんに噛まれたせいで貧血になってて、ふらふらの状態で帰ってきたんだ。

 ってことは、ここは魔王城の謁見の間の更に上に位置する管理室で間違いないか。
 客室や他の部屋に比べるとシンプルな作りで、ベッドとクローゼット、小さなテーブルと椅子くらいしか家具が見当たらない。
 他には木の台と工具、無数の鉱石と魔道具がある……じゃあ、これは夢じゃないな。

 でも、そうなると……わからないことが一つある。

「この幼女は誰だ」

 俺は体に引っ付いてスヤスヤと眠っている幼女をじっと見つめた。
 よくよく見ると、背中からは二対の黒くて小さい羽が生えており、更にその下には細くて尖った尻尾まで見える。

「……わからん」

 じっくり見てもわからなかった。

 俺が困惑していると、幼女は黒色のリボンで結ばれたツインテールをぴこぴこと揺らしながら体を起こす。

「……んぅ、おはよ?」

 幼女は寝ぼけ眼を擦りながら欠伸をすると、疑問符のついた挨拶を口にした。

「お、おはよう」

「そろもんだぁ……」

 俺は反射的にに挨拶を返しただけなのに、向こうは俺の名前を呼んでこちらに顔を埋めてきた。
 
「……あー、悪い。人違いじゃないか?」

「っ……」

 当の幼女は俺の言葉を聞いてピクリと全身を振るわせると、顔だけ上げてじっと見つめてきた。
 
「ボクのこと覚えてないの?」

「……悪い。幼女の知り合いはいないんだ」

 人違いならぬ魔族違いだろう。

「ひどい……」

 幼女は不服そうにほっぺたを膨らませると、全身にくるまる毛布ごと自身の体をギュッと抱きしめて丸まった。
 
 ひどいって言われても、知らないものは知らない。
 こんなに特徴的で明るい金髪をツインテールにしている知り合いなら忘れないと思うしな……。

「名前はなんていうんだ?」

「りりす」

 幼女は囁くような小さな声で自身の名前を口にした。
 俯いたままなので表情はわからないが悲哀を孕んだ声色だ。

 名前はりりすか。

「うーん……ん?」

 りりす、りりす……リリス……あ、リリスって……?

「りりす……あっ……ごめんなさい。あのー、リリス・ブラッドさんですかね? 魔王軍幹部の……」

 数秒間の思考の末、俺はようやく自分が犯した過ちを理解した。
 この幼女、リリス・ブラッドさんだ。十階フロアにいた魔王軍四天王の……。
 昨日会ったばかりだったが、暗闇の中でちゃんと姿形が見えていなかったので全く思い出せなかったな。

 まずい。

「そう。リリスでいい。敬語もいらない」

「……本当にいいのか?」

「うんっ」

 リリス・ブラッドさん改め、リリスは嬉しそうに微笑むと、俺の腹部に向かって抱きついてきた。もとい、突進してきた。

 居心地が悪い。というより、いけないことをしている気分になる。
 早く用件を聞いて場所を変えたいところだ。

「じゃあ遠慮なく。リリス……は、どうしてここに?」

「ソロモンに会いにきた」

「俺に?」

「うん。下僕ではないけどボクのお気に入りだから。それに、昨日は久しぶりに血を吸ったから、すごく元気になれたの」

 抱きしめる力を強めながら言われた。

 確かに結構な量を血と魔力を吸われたし、お気に入りって言われたような記憶がある。
 それにしても、わざわざベッドに侵入してくることないだろうに。
 突発的な行動を省みるに、見た目通りの幼女らしい幼い思考っぽいな。

 魔王軍の四天王だから油断ならないけど。

「というか、昨日は悪かったな。急に部屋に入って……」

「ううん。だいじょうぶ。血を吸えたから平気」

 完全な不法侵入になったので二度目となる謝辞を述べたのだが、リリスは首を横に振って特に気にしていない様子だった。
 何なら、その声色は上擦っているように聞こえた。

「……そうか」

「うん」

 互いに端的な返事をすることで会話は自然となくなり、俺とリリスの間にはしんとした空気が流れる。
 別に気まずくはないし、むしろまったりしているからついつい二度寝したくやってしまう。

 ただ、俺は今日から魔王城の管理を任されているから、ずっとこうしているわけにもいかない。

「俺はもう起きるが、リリスはどうするんだ? キリエさんに聞いたけど、あんまり外に出るタイプじゃないんだろ? 自分の部屋に戻るか?」

 しばしの沈黙を経た末に、俺は密着してくるリリスをひっぺがした。
 同時にリリスの全身を包んでいた毛布がはらりと落ちていく。

「一緒に行く。一人じゃつまんない」

 リリスは純真な目でこちらを見つめていたが、なぜか裸だった。
 布を一切身に纏っていない。
 雰囲気はどこか幻想的で、さすがは魔王軍四天王でヴァンパイアロードの末裔と言うべきか……見た目に反してどことなく高貴なオーラを感じた。

「……じゃあ、まずは服を着ようか」

 確か昨日も裸だった気がする。俺に幼女趣味はないので、小さな子供に接するのと同じように対応する。

「ん」

 リリスはもぞもぞとベッドから抜け出すと、床に転がっていた自身の衣服を手に取り着替え始めた。
 普段から裸なのかと思ったが、流石にそういうわけではないらしい。

「……寝る時に脱いだとか?」

「うん」

「そうか」

 別にどうでもいい確認だったが、リリスは特に気にすることなく頷いた。

 やがて、彼女は服を着用し終えると、先ほどよりも一層幻想的な出立ちになっていた。

「似合ってるな」

「そう? うれしい」

「ああ」

 俺はリリスに続いてベッドを出ると、体を伸ばしながら彼女の姿をチラリと見た。

 褒められたからか頬を緩めているリリスは、白と黒を基調としたゴスロリのワンピースを身に纏い、丈の短いスカートが軽やかに揺れていた。
 先ほども確認したが、やはり背中に生えた小さな二対の黒い羽と細くて尖った尻尾は、魔族は人間とは違った存在なのだと改めて教えてくれる。
 
 奇抜に見えるが金髪のツインテールによく似合った服装だ。

「じゃあ、とっとといくか」

「もう?」

「尖った尻尾を俺の腹に巻き付かせないでくれるか? 先っちょがちょうどヘソの辺りに刺さって痛いんだけど……」

 なぜか足を一歩踏み出しただけで、俺の腹の辺りにはリリスの尖った尻尾が巻き付いていた。
 彼女は何か気になることでもあるのか、こちらをじっと見上げている。

「そもそもソロモンは何をしてるの?」

「俺は魔王城の管理人だよ」

「かんりにん……?」

 リリスは辿々しい口ぶりで聞き返してきた。
 いまいち理解できていないらしい。

「そうだ。廊下とか部屋の割れた窓を直したり、建て付けの悪いドアを調整したり、食堂の不味い飯をなんとかしたりする何でも屋みたいなもんだ」

 俺はごくごく簡潔に表面的な仕事内容を説明した。
 まだ何も成し遂げていないのだが。

 魔王からはもっと高尚な願いを聞かされていたが、普段通り過ごしてくれて構わないとも言われていたので特に気にしないことにする。

「ふーん、じゃあこれからどこにいくの?」

「取り敢えず……各階の廊下と部屋の割れた窓ガラスの交換と床の清掃、後は破れた壁紙の修復をしていこうかな。ついでに色んな魔族と顔合わせができたら一石二鳥だ」

 俺はテーブルの上から紙の束を手に取ると、ぱらぱらとめくり中身に目を通した。
 一応、昨日魔王城を巡回した時に、簡単な『魔王城内の不備及び欠陥に関する要改善リスト』をひっそりと作成していたので、これを参考にしながら仕事を進めていくつもりだ。

 他にも魔王からの使命である魔界に人間の慣習を広めること……を忘れずに管理人としての仕事を遂行していく。

「いくぞ」

「うん」

 俺は部屋の隅の姿見で身なりを軽く整えると、壁に立てかけられていたとある魔道具を手にしてから、リリスと並んで部屋を後にした。
 失礼だが、リリスは色々な物事への関心がなさそうに見えるので、魔王からの願いの第一段階としてまずは彼女に色々と教えてみることにしよう。

 これがあれば掃除なんて簡単だしな。
 
 
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