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第二章

ようこそ魔王城へ 3

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 部屋を出てから長い回廊を歩いて、階段の上り下りを繰り返し、またしばらく長い回廊を歩くと、目の前には禍々しい巨大な扉があった。

「……あの、ここは?」

 俺は斜め前で凛と佇むキリエさんに尋ねた。

 嫌な予感がする。扉の意匠が他とは明らかに異なっている。

「ここは謁見の間です。部屋の中に立ち入ってからは、私の行動を全て真似てください。いいですね? 余計な言動を挟めば命を失いますから」

「……い、命を……?」

「ええ。一秒足らずで死にます」

 キリエさんの言葉は単なる脅しとは訳が違った。
 嘘や冗談ではない真剣な声色だった。

 ここは魔界。あまりにも広すぎる建物の中。
 そして目の前にあるのは謁見の間。
 もう答えは一つしかない。
 だが、考えるだけで頭が痛くなるし、緊張と恐怖が全身を支配する感覚に襲われる。

 もう、なるようになることを願うしかない局面だ。

「魔王様、お嬢様がお助けになられたソロモンさんが目を覚ましたのでお連れ致しました」

 力強く扉をノックするキリエさんは、芯の通ったハキハキとした言葉を紡いだ。
 魔王様……あぁ、やっぱり……

「入れ」

 部屋の向こうからはおどろおどろしい重低音が響いてくる。もうこの時点で怖い。

「失礼致します」

 キリエさんは両手を使って静かに扉を開けると、チラリと俺に目配せを送ってから足取りを進めた。
 俺は少し遅れてキリエさんの後を追う。

 謁見の間に足を踏み入れると、まるで地獄のような雰囲気が立ちこめていた。
 部屋のあらゆる場所からは薄気味悪い音が漏れ、壁には不気味な模様が刻まれていた。壁の内部には燃え盛る炎が埋め込まれており、外の回廊の健康的な明るさとは正反対である。

 部屋の奥には大きな玉座があり、薄暗い闇の中めはが足を組んで座っていた。
 その姿は影に包まれ、ただ一筋の光が真っ赤な眼に反射していた。

「キリエさん……もしかして、目の前にいるのって……」

 俺は小さな声でキリエさんに尋ねた。
 しかし、キリエさんはこちらを一瞥することなく、言葉を返すこともしなかった。

 緊迫したその雰囲気が答えを指し示しているかのようだった。

 やがて、謁見の間の中央部に到着すると、キリエさんは滑らかな所作で片膝を床に突き、大きく息を吸い込んだ。
 俺は言われた通りにキリエさんの真似をする。
 同じポーズを取って首を垂らした。

 その直前にちらりと前方の玉座に視線を向けてみたが、そこに映る禍々しく黒い影は俺の目では凝視することができなかった。

「魔王様。魔人ハーフデーモンのソロモンさんがお目覚めになられました。現状、我々魔族への敵意や悪意は感じられませんが、処遇についてはいかがなさいましょうか?」

 キリエさんは首を垂らしたままハキハキと言葉を紡ぐ。
 やっぱり、相手は魔王だった。人類が憎む悪の親玉だ。
 誰もが知っている知識になるが、魔王が自身の魔力を媒体にして創り出したのが魔族で、その魔族が同様の手段で更に創り出すのが、その辺に蔓延る多種多様なモンスターである。

 それらの創り出されたモンスターと人類は古より敵対関係にあるので、人類がその上の魔族、ひいては頂点に君臨する魔王を恨む理由はそこにある。

「……キリエよ、吾輩はこの男と二人きりで話がしたい。外してくれるか」

「か、かしこまりました。ですが、魔王様。どうか、お戯れは程々になさってください。人間に対して膨大な闇の魔力を充てたら、易々と命を奪ってしまいます。
 余計なお言葉かもしれませんが、ソロモンさんはお嬢様をお助けになられた善良な方かと思いますので、寛大な心でご裁量頂けますと幸いです……」

 キリエさんは声を震わせながら口にした。
 
 めちゃくちゃ怯えてるのがわかる。魔王ってそんなにやばいのか。もしかしたら、人間が思う以上にとんでもないやつなのかもしれない。

「早く立ち去れ」

「はっ!」

 キリエさんは魔王の言葉に従い立ち上がる。
 どこか悲哀に満ちた顔つきだった。
 俺を庇うような言葉を残すだけ残して、一つ礼をしてからそそくさと謁見の間を後にした。

 お戯れってなんだよ?
 俺、魔王に何をされちゃうわけ……?
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