4 / 51
1:年上上司の口説き方
(4)
しおりを挟む
「……まさか、会食先が、うちの実家だったなんて……」
「お前、先に言えよ!」
「いや、だって奥村部長が引っ張っていったから」
「オレのせいかよ。知らねえし、お前の実家だなんてよ。相馬顧問は先に大将と話がしたいから、ともう先に入ってらっしゃる」
「オレの親父じゃないすか……」
「まあ、そういうことになるな」
二人を乗せたタクシーはすぐに一軒の鰻屋の前に止まった。濱口には見慣れた店構えだ。
実家は小さな鰻屋だがいつもにぎわっている。就職を機に濱口は実家をでていたが、二月に一度くらいは帰っているので、久々な感じでもない。親父も驚くかなあ、なんて思いながらのれんをくぐると、端のテーブル席に相馬顧問、つまりは幼馴染の父であり常連客が居た。見るからにすでに出来上がっている。
「おっ、奥村くん、きたか~」
「あれ? 猛じゃねえか。なんだお前」
「いや、なんだお前って……ただいま。オレ、今日は客な」
「ああ。なんだ、大貴とかい。ちょっと混んでるから手伝っていけよと思ったのに」
ははっと笑いながら話してくる父親に、濱口は苦く笑うと、そんな会話にぼうっとしている上司に、すみません、と断って席を案内した。
はっとした奥村は、お世話になります、と大将である濱口父に軽く会釈をして、既に始めている相馬大貴、つまり顧問の前に、御待たせして申し訳ありません、と座った。
「あ。相馬さん、ちょうど一本目切れてますね。いつものでいいですか?」
「おお、猛くん、立派なサラリーマンに……! あんなに小さかったのになあ、親戚の子が大きくなったみたいだ!」
「そんな大袈裟な。部長、何にします? 最初ビールの方がいいですか?」
「いや、一緒で」
「はーい」
親父ごめん、おかわりーと言いつつ、濱口が席を立って酒を持ってくる。そのまま持っていけと、盛られた刺身と一緒につまみながら、少しずつ会話が弾んだ。
濱口は、いつもの相馬父の会話の流れが分かっているから、適当な受け答えをしつつ、昔あったことを懐かしく話す。上司がいつになく緊張しながら話しているのを見て、立場などを考えた方がいいのかな、とも思うけれど。残念ながら、そういう実感もなく、目の前の「顧問」は「友人のお父さん」気分だ。いけないな、と思うけれど、柔らかな雰囲気で会話が進んでいるので問題ないだろう。
少しして、上司の緊張もほどけてきたように見受けられる。ちょっとはオレも役に立ってるかも? なんて思うと、本人が居ないことをいいことに、中学時代の話をしたりして。すると、上司がすごい勢いで芳樹社長の中学時代!? と食いついてくるものだから、それはそれで複雑ではあった。
聞けば、自分の幼馴染は新社屋の設計には既に参画していたらしく、その時の手腕に部長は惚れ込んでいたらしい。話はどんどん弾んでいく。
「相馬さ……相馬顧問、飲み過ぎですって」
「いいんだよー。ここのお財布は奥村くんところの部署持ちだし?」
「はい、勿論です。いくらでもどうぞ」
調子良く飲んでいく相馬父を前に濱口は苦笑いをこぼす。上司は酒をついではつがれてとしているし、二人の酔いが随分回っているのが見てとれた。
奥村はあまり酒を飲める方ではない。きっととっくに限界値を超えているだろうに、緊張だけでもたせているんだろう。そのくらいはわかっていた。これは最終兵器を出さねえとな……と切り出す。
「いや、それでも飲み過ぎ……親父、そろそろ送らねえと、奥さんに怒られるんじゃねえ?」
「そうだなあ……フランスから帰ってきたの昨日だったか? 美海ちゃんに悪いかね。芳樹君に来てもらうか?」
「美海!?美海!そうだ!帰る!」
家で待つ奥さんの名前にすぐに反応した相馬父は、がたっと席を立ち、ふらふらと酔っぱらいの足取りを、ふんっとまたしっかり立たせると、カウンターの中にいる濱口の父親に挨拶をして、店の外に出ていった。
慌てて奥村が席を立とうとするが、足元がおぼつかないのを濱口が察し、留める。オレが送りますから、と言って店の外に相馬父を追う。こうなってしまえば、大企業の顧問もただの友人の父親である。
少しひんやりとした夜の空気に触れ、酔いもさめてきたのか、うんっと相手は大きな伸びをしていた。
「帰れます?」
「ああ、大丈夫だ。悪かったな」
「いや、オレは全然いいんスけど……」
「奥村くんもそんなに強い方じゃないのに、付き合ってくれるから嬉しいんだよな。まあ、また家にも遊びにくればいい。オレはほとんどいないけど」
「今もまた、ほとんどフランスですか」
「ああ。なかなか向こうの体制も固まらなくて。奥村くんみたいなタイプが一人欲しいと思ってるんだよ」
「え……?」
ふあああ、酒くさいなー怒られるかな、なんて言っている彼の意外な言葉に濱口は驚いていた。黙ってしまった濱口に、相手は、あ、と今更のように言葉を止めて、シッとするように口元で指を立てる。
「あ。これまだ他には言っちゃだめだからな。あと、普通に帰れるから送りはいいよ。じゃ、あとはよろしく!」
「……あ……はい」
それって……と濱口はどきどきしながら、千鳥足の相手を見送った。角をちゃんと曲がるところまで見て、店に戻ろうとしたが、足が止まってしまう。さっきの言葉、あれは、上司の引き抜きを考えているということだろう……か?
(奥村部長を……フランスにってこと……?)
どくんっと胸の奥が疼く。ぼうっとしている自分にハッとして、いや、違うかもしんねえし、酔っぱらいの言うことだし! とひどいことを思う。そして、店の中で緊張もとけてくたばってるだろう、酒に弱い上司の救出に向かうことにした。
「お前、先に言えよ!」
「いや、だって奥村部長が引っ張っていったから」
「オレのせいかよ。知らねえし、お前の実家だなんてよ。相馬顧問は先に大将と話がしたいから、ともう先に入ってらっしゃる」
「オレの親父じゃないすか……」
「まあ、そういうことになるな」
二人を乗せたタクシーはすぐに一軒の鰻屋の前に止まった。濱口には見慣れた店構えだ。
実家は小さな鰻屋だがいつもにぎわっている。就職を機に濱口は実家をでていたが、二月に一度くらいは帰っているので、久々な感じでもない。親父も驚くかなあ、なんて思いながらのれんをくぐると、端のテーブル席に相馬顧問、つまりは幼馴染の父であり常連客が居た。見るからにすでに出来上がっている。
「おっ、奥村くん、きたか~」
「あれ? 猛じゃねえか。なんだお前」
「いや、なんだお前って……ただいま。オレ、今日は客な」
「ああ。なんだ、大貴とかい。ちょっと混んでるから手伝っていけよと思ったのに」
ははっと笑いながら話してくる父親に、濱口は苦く笑うと、そんな会話にぼうっとしている上司に、すみません、と断って席を案内した。
はっとした奥村は、お世話になります、と大将である濱口父に軽く会釈をして、既に始めている相馬大貴、つまり顧問の前に、御待たせして申し訳ありません、と座った。
「あ。相馬さん、ちょうど一本目切れてますね。いつものでいいですか?」
「おお、猛くん、立派なサラリーマンに……! あんなに小さかったのになあ、親戚の子が大きくなったみたいだ!」
「そんな大袈裟な。部長、何にします? 最初ビールの方がいいですか?」
「いや、一緒で」
「はーい」
親父ごめん、おかわりーと言いつつ、濱口が席を立って酒を持ってくる。そのまま持っていけと、盛られた刺身と一緒につまみながら、少しずつ会話が弾んだ。
濱口は、いつもの相馬父の会話の流れが分かっているから、適当な受け答えをしつつ、昔あったことを懐かしく話す。上司がいつになく緊張しながら話しているのを見て、立場などを考えた方がいいのかな、とも思うけれど。残念ながら、そういう実感もなく、目の前の「顧問」は「友人のお父さん」気分だ。いけないな、と思うけれど、柔らかな雰囲気で会話が進んでいるので問題ないだろう。
少しして、上司の緊張もほどけてきたように見受けられる。ちょっとはオレも役に立ってるかも? なんて思うと、本人が居ないことをいいことに、中学時代の話をしたりして。すると、上司がすごい勢いで芳樹社長の中学時代!? と食いついてくるものだから、それはそれで複雑ではあった。
聞けば、自分の幼馴染は新社屋の設計には既に参画していたらしく、その時の手腕に部長は惚れ込んでいたらしい。話はどんどん弾んでいく。
「相馬さ……相馬顧問、飲み過ぎですって」
「いいんだよー。ここのお財布は奥村くんところの部署持ちだし?」
「はい、勿論です。いくらでもどうぞ」
調子良く飲んでいく相馬父を前に濱口は苦笑いをこぼす。上司は酒をついではつがれてとしているし、二人の酔いが随分回っているのが見てとれた。
奥村はあまり酒を飲める方ではない。きっととっくに限界値を超えているだろうに、緊張だけでもたせているんだろう。そのくらいはわかっていた。これは最終兵器を出さねえとな……と切り出す。
「いや、それでも飲み過ぎ……親父、そろそろ送らねえと、奥さんに怒られるんじゃねえ?」
「そうだなあ……フランスから帰ってきたの昨日だったか? 美海ちゃんに悪いかね。芳樹君に来てもらうか?」
「美海!?美海!そうだ!帰る!」
家で待つ奥さんの名前にすぐに反応した相馬父は、がたっと席を立ち、ふらふらと酔っぱらいの足取りを、ふんっとまたしっかり立たせると、カウンターの中にいる濱口の父親に挨拶をして、店の外に出ていった。
慌てて奥村が席を立とうとするが、足元がおぼつかないのを濱口が察し、留める。オレが送りますから、と言って店の外に相馬父を追う。こうなってしまえば、大企業の顧問もただの友人の父親である。
少しひんやりとした夜の空気に触れ、酔いもさめてきたのか、うんっと相手は大きな伸びをしていた。
「帰れます?」
「ああ、大丈夫だ。悪かったな」
「いや、オレは全然いいんスけど……」
「奥村くんもそんなに強い方じゃないのに、付き合ってくれるから嬉しいんだよな。まあ、また家にも遊びにくればいい。オレはほとんどいないけど」
「今もまた、ほとんどフランスですか」
「ああ。なかなか向こうの体制も固まらなくて。奥村くんみたいなタイプが一人欲しいと思ってるんだよ」
「え……?」
ふあああ、酒くさいなー怒られるかな、なんて言っている彼の意外な言葉に濱口は驚いていた。黙ってしまった濱口に、相手は、あ、と今更のように言葉を止めて、シッとするように口元で指を立てる。
「あ。これまだ他には言っちゃだめだからな。あと、普通に帰れるから送りはいいよ。じゃ、あとはよろしく!」
「……あ……はい」
それって……と濱口はどきどきしながら、千鳥足の相手を見送った。角をちゃんと曲がるところまで見て、店に戻ろうとしたが、足が止まってしまう。さっきの言葉、あれは、上司の引き抜きを考えているということだろう……か?
(奥村部長を……フランスにってこと……?)
どくんっと胸の奥が疼く。ぼうっとしている自分にハッとして、いや、違うかもしんねえし、酔っぱらいの言うことだし! とひどいことを思う。そして、店の中で緊張もとけてくたばってるだろう、酒に弱い上司の救出に向かうことにした。
5
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜
藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。
__婚約破棄、大歓迎だ。
そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った!
勝負は一瞬!王子は場外へ!
シスコン兄と無自覚ブラコン妹。
そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。
周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!?
短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています
カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。
結婚なんて冗談じゃない
希紫瑠音
BL
自慢の後輩だった、今は上司の男。
だがある出来事が彼らをただの上司と部下へと変えた。
今は苦手でしかない後輩が、結婚してくれとプロポーズしてきて……。
※かなりゆるめの性的描写があるので、R15にしてあります。
<登場人物>
・吉井(よしい)…部下であり大学の時の先輩
・谷(たに)…上司。大学の後輩
※fujossyのコンテストへの応募作品。
純情魔王の寝取られ勇者観察日記 ~間男死すべし、慈悲は無い~
ぐうたら怪人Z
ファンタジー
周囲の女性を寝取られる運命の下に産まれてしまった勇者セリム。
これは、そんな彼が旅路の中で次々と親しい女性を寝取られ――そして、それを(打倒勇者を目的に)観察する魔王が、間男へ割とガチな殺意を抱く物語である。
――NTR。
業の深いその言葉。
それを憎む者は多く、逆に深く愛する者もいる。
だがしかし。NTRを嗜む者であっても――時折、主人公からヒロインを寝取る間男に対しイラっと来ることは無いだろうか?
ふと冷静になった瞬間、間男をボコボコにしてやりたい衝動に駆られたことは無いだろうか?
この物語の語り手である魔王は、NTRを絶対許せない純情な男。
そんな彼が、勇者を取り巻く間男達を、全力で制裁していくお話。
※ハーメルンにも投稿しております。
もしも○○だったら~らぶえっちシリーズ
中村 心響
恋愛
もしもシリーズと題しまして、オリジナル作品の二次創作。ファンサービスで書いた"もしも、あのキャラとこのキャラがこうだったら~"など、本編では有り得ない夢の妄想短編ストーリーの総集編となっております。
※ 作品
「男装バレてイケメンに~」
「灼熱の砂丘」
「イケメンはずんどうぽっちゃり…」
こちらの作品を先にお読みください。
各、作品のファン様へ。
こちらの作品は、ノリと悪ふざけで作者が書き散らした、らぶえっちだらけの物語りとなっております。
故に、本作品のイメージが崩れた!とか。
あのキャラにこんなことさせないで!とか。
その他諸々の苦情は一切受け付けておりません。(。ᵕᴗᵕ。)
【完結】【R18】キス先① あなたに、キスのその先を。
鷹槻れん
恋愛
この春短大を卒業したばかりの日織(ひおり)は、許婚からの申し出で市役所の臨時職員として働き始める。
その先で出会った、同じ課の同じ係の年上男性、修太郎(しゅうたろう)との出会いが、彼女の運命を変えて行く。
許婚がいる身でありながら修太郎に惹かれていく自分の気持ちに背徳感を覚えつつ、そんな自分に気のある素振りを見せる修太郎に翻弄されてしまう日織。
そんな修太郎にも、実は日織には言えない秘密があって…。
【根回し万端溺愛年上男×妄想脱線娘】
※エブリスタでもお読みいただけます。
---------------------
○タイトルに*が入った箇所は、性的表現を含みますのでご注意ください。
○ 表紙絵は市瀬雪様に依頼しました。(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
市瀬雪様;
(エブリスタ)https://estar.jp/users/117421755
(ポイピク)https://poipiku.com/202968/
【R18】翡翠の鎖
環名
ファンタジー
ここは異階。六皇家の一角――翠一族、その本流であるウィリデコルヌ家のリーファは、【翠の疫病神】という異名を持つようになった。嫁した相手が不幸に見舞われ続け、ついには命を落としたからだ。だが、その葬儀の夜、喧嘩別れしたと思っていた翠一族当主・ヴェルドライトがリーファを迎えに来た。「貴女は【幸運の運び手】だよ」と言って――…。
※R18描写あり→*
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
いらないと言ったのはあなたの方なのに
水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。
セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。
エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。
ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。
しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。
◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬
◇いいね、エールありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる