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建国~対列強~編

177 月夜に牢破りを

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結局、エヴァまでついてきた。まあ、王宮の構造に詳しいからと言われたから…仕方なく?言い訳ばかりだ。
「とりあえず、最初に『ロザリー』か。アイツが一番ゴミだしな」
予測するに、拷問して吐けるだけ吐いたら殺処分だろう。王都に潜ませた部下からの情報によると、ライオネルは王宮、ノエルと『ロザリー』は地下牢と推測できる。
「そこまで詳しくわかるんですか?」
目を丸くするフェリックス君に、私は得意げに胸を反らした。
「離宮を清掃する下女の求人募集があった。あと、魔封じの枷に加えて精神魔法をはね返す高価な魔除け……と思しきモノがやたら売れてるらしいよ」
離宮の清掃人募集は、新たに離宮に住まう人物が来たから。そして魔除けについては言わずもがな。収監しているのは、片や傀儡術師の娘、片や悪魔だ。高価な品物ほど、買うと目立つんだよ。
…あと、古参派貴族の重鎮の名でありとあらゆる精力増強剤が買い集められている。気持ち悪いから言わなかったけど。
「とりあえずみんな、コレ装備して」
王都の裏通りにて。私はここまでの道中で作成した変装道具を配った。


麻袋に目鼻の穴を開けたもの。以上!


「うわぁ…。一度やってみたかったの」
エヴァさん、台詞が棒読みだよ。
「仮面は強盗の定番アイテムでしょ」
「いや、強盗にはならないから」
顔が割れないようにするのは必須でしょ。甲冑の兜を被るって手もあるけど、あれ重いし。
「あのー…サイラスさんのは?」
路地裏には不似合いなフェリックス君が恐る恐る手を挙げた。
「そう言えば、数が足りないわね」
と、アナベル様。
「ああ、私はとっておきがあるからね」
私は囮役をするつもりだ。よって、人型のまま身体を鱗で覆った姿で警備兵を撹乱しようかと。
「いい?夜になったら、エリンギマンAGが裏門の兵士をやっつけて侵入するよ。フェリックス君は髪を染めて貴族の迷子役をやって」
フェリックス君は、ヒロインの弟とありなかなか整った顔立ちをしている。髪を金髪に染めて、古参派貴族の子息が迷子になった体を装って兵士を振り回してもらう。エヴァとアナベル様は、その間に例の麻袋を被って牢破りをしていただく。エヴァは魔法があるし、アナベル様は最悪エヴァを担いで逃走してもらう予定。キノコと、見えないけどレオはフェリックス君のフォローだ。
「魔術師団が出張ってきたら逃げの一手。わかった?」
「「「「ラジャ!!」」」」

◆◆◆

「うおっ!ヤベェもん見つけた!」
ウィリス。サイラスの代わりに事務を引き受けていたフリッツは、重なった二枚の羊皮紙から出てきた重要書類を、思わず床に落っことした。
「どうしたのよ、巨額の未収金でも見つけたの?」
同じく留守を預かっていたオフィーリアに、フリッツは恐る恐る拾った書類を広げて見せた。
「…皇帝陛下からサイラスに。召喚状だ」
「嗚呼…」
幸い、そう長く放置されていたものではないらしい。
「鷹便が増えて、たまにゴチャッってなってるのよねぇ」
額に手を当てるオフィーリア。鷹便は便利だが、手紙が雨などで湿気ってしまうことが多々ある。湿気った手紙がその辺にあった別の書類とくっついてしまうと、もう見つからない。
「見つけちまったからには、放置できねぇよ。どうする?」
残念ながら、手紙のことなど知らないサイラスは、既に王都へ発ってしまった。
「…私の名でお詫び状を書くわ。行き違いになりましたって」
行き違い自体は珍しいことではない。問題にはならないはず…
「いや、リア。ここは行き違いより、病気になったことにして、哀れっぽく詫びた方がいい」
商人のカンだ、と、フリッツはオフィーリアの手からするりと手紙を抜き取った。

◆◆◆

ペレアス王都、王宮付近の物陰にて。
暗くなった頃合いを見計らって、私たちは作戦を決行した。
「あっあ~♪い~い夜だなぁ~♪」
ミニエリンギがフラフラと門番に近づいていく。…実はアレが一番心配な要素だったりする。
「あっあ~♪いい夜だけど、前が見えな~い」
…やっぱり!!
どうしても麻袋を被りたいとゴネたから、特別に小さいのを作ったけど!ダメじゃねぇか!
「なっ?!コイツ人間じゃないぞ!魔物か?!」
案の定、ヒョイと門番に摘まみ上げられ、暴れるミニエリンギ。
「な…何にも悪いことなんか考えてないよっ!ちょこっと出来心で牢破りしようってだけで…」
「なに?!牢破りだと?!」
…おい。
「な、仲間はあっちに隠れているよ!」
門番二人が腰の剣を抜いて、キノコの案内で物陰へ向かい……

ブシュ~~!

胞子が噴出し、門番二人がフリーズした。

……両手を上げて手首を曲げ、片脚をあげる――荒ぶる鷹のポーズで。

「やったぁ~♪作戦成こ~う♪」
スキップしながら私たちのところに「褒めて褒めて」とばかりに戻ってきた阿呆キノコの背後から、
「おいっ!誰か!侵入者だ!牢破りを企んでるっ!!」
門番が大声で叫んだ。
「…キノコ、あたしは『麻酔粉』をお見舞いしてこいって言ったわよね?何で意識があるのよ!!」
通報されてんじゃんか!!
…このクソキノコ。薄切りにして出汁と卵の混合物に沈めて、蒸してプルップルに固めてやろうか…。
キノコを吊し上げてる間に、叫び声を聞いた警備兵が迫ってくる。クソッ!こうなったら作戦どころじゃない。
「エヴァ!フェリックス君をお願い!アナベル様はこっちに!」
しゃあない、足の遅い二人は離脱だ。レオに援護を頼み、私はアナベル様の手を引く……その前に。
「ぜああっ!!」
「あぁぁ……マ~スタ~の胸はAカップゥ……」
クソキノコを門の向こう側に全力で投げ入れ、私はアナベル様と走りだした。

◆◆◆

鉄格子の向こうにまあるい銀の月が、『ロイ』を見下ろしている。
「おい、本当に死なないんだろうな…」
ドスのある低い声は心なしか掠れている。
しばしの沈黙。
「軟弱な悪魔…が…」
口の中に広がる鉄錆の味。一度死んだこの身体は既に人間ではないとはいえ、さすがにヤバいと思えた。今のところ辛うじて手足は繋がっているものの、残された時間はあまりないだろう。それが証拠に、悪魔『ロザリー』の声が聞き取り辛くなっている。
(頭がボーッとする…)
『それはマスターが逆さ吊りにされているからですよ…』
かと思ったら無駄口を叩いてきた。
『魔封じの枷を何とかして下さいよ…これさえなければ魔界に帰れるのに…』
今度は弱音を吐いてきた。
手足に嵌められた金属製の枷を一瞥する。このおかげで、悪魔は魔界に逃げられなくなった。まあ、そのおかげでこの身体も何とか生きているのだが。悪魔が抜けてしまえば、『ロイ』の身体は遺体に戻る。つまり、終わりだ。
(まあ…地獄行きだろうが)
己が眠っている間に、ベイリンを唆して戦を起こし、間接的にではあるが何百と殺した。さらに、敬愛する己の主の情報まで売った。救いようがない。
(最期にもう一度…)
サイラスにも暗に揶揄われた通り、不相応が過ぎる想い。だから、あの雑草を贈った。

憧れ――あなただけを見つめる。

太陽に恋した海の妖精のように、見上げたまま、叶わぬまま――。今思えば、当てつけのようだな、と苦笑する。
もう一度会いたいなど、過ぎた願いだ。己の身を盾に守ったことは後悔していない。でも。
(最期に、泣かせてしまったからな…)
気にするな、と言ってやれたら――

「来た!地下牢っ!」
冷たい地下牢が騒がしい。懐かしい気配に、己の内にいる『悪魔』が蠢いた。
「私はここに…」
「とりあえず弓ですわ!鉄格子の中に撃てばよろしくて?」
……それは、死ぬ。
何故だろう。彼女はずいぶん逞しく……
「いた!悪魔!」
「中に撃てばよろしくて?」
「さっき牢番にドロップキックしたでしょ?大丈夫、次は」
「そうね!針金の出番ね!」
アレかな…。声がよく似た別人の可能性…
「開きましたわ!チョロいもんですわね!」
ガチャガチャやった後、足音と共に姦しい女たちが踏みこんできた。
「鎖を切り落とすわ」
サイラスが言うや、剣を抜く。
「よろしくてよ!」
何が「よろしくてよ」なのか…。逆さ吊りにされているため、なんというか…その…白い足首が目に眩しい。

ガン!

ドサッ

「フッ?!」

……幸い、石の床に顔面から激突はしなかった。その代わり、何かに腰をがっちり抱きこまれている。……やっぱり声だけよく似たゴリラ…
「あら、手が滑りましたわっ!」
「ぐっ」
やっぱ雌ゴリラかもしれない。一度床に伸びた『ロイ』を雌ゴリラことアナベルはヒョイと肩に担ぐ。逞しい。
「ずらかりますわよ!」
…気にするな、と、『ロイ』は遠のく意識の中、自分自身に言い聞かせた。
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