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建国~黎明~編

118 『美姫』の売り先

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アーロンが取引していた帝国商人は、すぐに見つかった。取引しているのがニミュエ領の港であること、そして『美姫』を扱っていることをフリッツに話したところ、
「ああ。それならマルコム・アーモンド商会だな。間違いない」
一発で特定してくれた。曰く、大商会としてかなり有名なんだそうだ。早速商談を申し込む手紙を書き、私とオフィーリアの二人で出向くことに決めた。

人質を乗せた馬車と分かれて、私たちだけニミュエ領へ。夜になって到着した領境の関所で。私たちは検問に引っ掛かった。
「モルゲン男爵令嬢オフィーリア様とお見受けする。こちらへ」
身分の高そうな衛兵さんに連れて来られた先は、まるで貴族の屋敷……というか城だった。どう見ても高級宿にはみえない。貴族の別荘と言われたら納得という豪邸――
訳もわからず屋敷に足を踏み入れた私たちを迎えたのは…
「リア!サイラス!」
バフッと勢いよく抱きついてきたのは。
「アナベル様?!」

◆◆◆

屋敷は案の定というか、貴族の別荘だった。貴族――ジョエル・フォン・ニミュエ公爵…言わずもがなアナベル様のお父様の。
「モルゲンが陥落したと聞いて、いても立ってもいられなかったの」
王都に報せが着てすぐ、アナベル様の元にもモルゲンの窮状は伝えられたそうだ。
「ベイリン側に内乱を起こした抗議をしたのだがね」
無視されてしまった、と公爵様その人が目を伏せた。
「援軍を送りたかったのだが、領内に謎のゴーレムが現れてね。そちらにかかりきりになってしまったんだよ」
「ゴーレム??」
「まったく誰があんなモノを解き放ったのやら…。“Wing for Freedom!!”と言いながら街道をめちゃくちゃにした挙げ句、港へ進撃を始めたものだから、討伐隊を送ったんだが。なかなかしぶとくてね。いや…こんなことを言っても言い訳にしか聞こえないだろう。改めて、助けの手を差し伸べることができず、申し訳なかった」
公爵様が深々と頭を下げてこられた。私たちは面食らうばかりである。

実はその厄介なゴーレムを間接的に解き放ったのは、他ならぬサイラスなのだが、本人はそんなこと知る由もない。知らぬが仏、とも言う。

「して…モルゲン男爵は無事でおられるか?」
公爵様の問いに、私たちは顔を見合わせた。間違いなく、それが聞きたかったのだろう。しばし黙考して。
「父は…勝利の報の直後、天に召されました」
オフィーリアは正直に話すと決めたのだ。私もその方がいいと思う。ニミュエ公爵とは、きっと長く付き合っていくことになる。なら、下手に隠すより信頼を得るためにも正直になった方がいい。
「な…なら、ブルーノ殿が爵位を?」
ダライアスの訃報は、公爵をよほど驚かせたらしい。やっぱりダライアスの存在は、北部では大きかったようだね。
「いいえ。兄も戦死いたしました」
「なん、と…」
目を瞬き、言葉を失う公爵様。彼からしたら、北の一端が崩れたも同然の報せだ。跡継ぎの男子を失った家は、取り潰される。下手したらモルゲンが王妃派の手に渡るかもしれない。動転こそしていないけれど、公爵様は難しい顔をなさった。
「では…オフィーリア嬢はどこかに嫁ぐのか」
まあ普通はそう考えるよね。
「いいえ、」
「なに…?」
「私は、独立することにいたしましたの」
だから、続くオフィーリアの台詞に、応接室は数分間時間が停まったような沈黙が落ちた。
「独立…と…」
オフィーリアからその経緯を詳しく説明された公爵様は、腕を組んで考えこんでしまった。アナベル様も横で俯いたままだ。
そして、数分にも数十分にも感じられた沈黙の後。
「ペレアスとは…敵対することになるのだろうな」
ああ。やっぱりそう捉えるよな。独立だし、領地をもぎ取るわけだから。
「いや。敵対はしませんよ」
だから、私の答は意外だったんだろう。
「私たちが目指すのは、共存共栄」
そこで、と、私はニヤリと笑った。
「そういうわけで、取引しませんか?」

◆◆◆

ニミュエ公爵領は、王都に近く且つ海に面し、広大で内陸部には穀倉地帯まで抱えた豊かな領だ。嘆かわしきは、国の頂点に立つのが内政を一切顧みず、戦争に明け暮れる王妃様だということ。古参派筆頭であるニミュエ公爵は、王族が放棄した内政に手を入れ――正確には自領の富を投入し、民の不満を抑えることに腐心してきた。南部の食糧支援がよい例だ。そちらは残念ながら実を結ばなかったが、自領産の農産物を敢えて安く流通させることで物価の高騰を防ぎ、その穴埋めに貿易での利益を充てている。
つまり…。
ニミュエ公爵領は実り豊かな土地ではあるが、だからといって財政は決して豊かではないのだ。
「資材をすべて我が領から買い取るというのか?!」
目を瞬く公爵様に、私は笑顔で頷いて見せた。
「困ったことに、資金は充分にあるのに復興に必要な資材の調達先がなくて困っているのです。もちろん、出し惜しみはいたしません。きっちり言い値で買い取りましょう」
ここにクィンシーがいたら「はいウッソー!それウッソー!」と叫ぶだろう。私の提案はハッタリである。お金ないもん。
「な…!戦をしてなお資金があるというのか?!」
…いや、そんなお金ないけどね。
でも、ここは嘘を突き通す。
「ええ。公爵様もご存知の通り、植物紙で蓄えた財貨がありましてね。もちろん、それだけではありませんが。戦で先延ばしになってしまいましたが、新たな商品もいくつか用意しておりまして。ベイリンを取り込んだ事で得た『美姫』がよい例です。もし、公爵様が私たちに味方して下さるのなら、見返りに利の一部を差し上げましょう」
笑顔で提案する。仮面の下で冷や汗が止まらないけどねっ!やらかしている自覚はアリマス…。
「うぅむ…。取引するかわりに、復興が終わるまで王国を欺けと言うのか…」
腕組みして唸る公爵様。そう。私が求めた対価は、時間。ハイ独立しましたー!ってアピールなんかすれば、速攻王国が潰しにかかってくるのは見えている。ある程度…せめて復興が済んで、ある程度お金や人脈が揃うまでは、隠しておいた方がいい。じゃなきゃ滅亡まっしぐらだし。
「私たちの弱点は、防衛力です」
私は畳みかけた。
「王国に感づかれ攻められたら、ひとたまりもありません。財貨も技術もすべて奪われるでしょう。そして、彼らはその財貨をすべてグワルフとの戦に注ぎ込むことは明確」
暗に、私たちの存在を隠蔽した方が、国の利になると仄めかす。
「私たちの望みは、民を国を豊かにすることに他なりません。戦は国力を削るだけ…国を想う公爵様なら、私どもと志は同じとお見受けします。どうか、この手を取っていただけますか…!」
熱意を込めた目で、公爵様に両の手を差し出す。
「決して裏切りません。どうか…!」
オフィーリアも同じく手を差し出した。公爵様は、かなり迷っていたが…
「貴殿らの誠実さに賭けよう。だが、私も政治家だ。泥船とわかって乗り続ける情は持ち合わせておらん。そのことを覚えておいて欲しい」
条件付きではあったけれど、握手に応じてくれた。ふぃーっ…とりあえず商談成立。一安心だ。

◆◆◆

「サイラス、貴方資金の当てはあるの?」
公爵様との会談を終えて。与えられた客室に下がった私に、オフィーリアが不安げな眼差しで尋ねた。
「…『美姫』で頑張るしかない」
うん。マジで商談失敗できないね。手っ取り早い資金源がそれしかないんだもの。
「新たな商品って…」
「これから考える」
オフィーリアの顔から表情が抜け落ちた。色のない唇が「綱渡りね…」と呟いた。
けど、仕方がない。ニミュエ公爵の信頼を築くのは、国としてやっていくには必要不可欠だ。これくらいデカいことを言わないと、相手にしてもらえない。
「まずは、明日の商談です。おじょ…オフィーリア、やれることを精一杯やるしかないよ」
お金がないお金がないだけど、商談を成功させるには見栄も必要だ。私は、己の格好を見下ろした。ブルーノ様から借り受けた服は、普段着なのだろう。今ひとつ、高級感に欠ける。奮発して、新しいのを買った方が良いようだ。オフィーリアはあくまでも女性だ。この国は、少なくとも男性優位の社会だから、商談するのは私だし。これからの出費を思って、私はため息を零すのであった。

◆◆◆

お世話になったニミュエ親子に別れを告げて、私たちは早速件のマルコム・アーモンド商会を訪れた。気合い充分に、クソ高い貴族服を着て意気揚々と乗り込んだ先で。
「残念ながら、今は絹織物から手を引いておりましてな」
船をすべて他の商品に回しているのだ、と見え透いた嘘を吐く会頭は、私たちの顔を見るやその顔に見下した笑みを浮かべた。
「実に立派なお召し物ですな」

◆◆◆

「ンにゃろー!なんだよあのジジイ!」
商談のしの字もないまま撃沈した私たちは、港の喧騒を離れた空き地で地団駄を踏んで悔しがった。
「…アイツ、絶対潰しますわ」
深紅のドレスを纏ったオフィーリアが、低い声で物騒な宣言をした。そんな私たちに、フリッツが肩を竦めた。
「ま、足元見られたんだな。ご立派な服着てるくせに、馬車にも乗らず馬で尋ねてくるとか、ちぐはぐもいいところだもんな」
「「気づいてたなら言ってくれよ!」」
オフィーリアと声が被った。
「言っとくけど、そこら辺の馬車買い取って行っても、同じ結果になったと思うぞ。商人の目を舐めんな?」
「……。」
くっそぉ…。商人のフリッツの言うことは正論だし。準備不足と資金不足は否めないけど、結果がすべてだ。
私たちは、すごすごとウィリスに戻ることになる。
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