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魔法学園編

94 転生王女の忠告

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イヴァンジェリン様の話を要約すれば、以下のようになる。

まず、『光の聖女』という乙女ゲームがある。本編がグワルフ王国が舞台で、続編がここ、ペレアス王国が舞台になるという。
乙女ゲームなので、ヒロインが一人と攻略対象のイケメンが数名いる。ここまでは、『私』も一般的な知識として知っている。『光の聖女』というゲームは知らないけどね。
で。
ヒロインが、男爵令嬢のノエル・フォン・ベイリン。銀朱の髪が特徴のめっちゃ可愛い美少女…というのが、イヴァンジェリン様談。
攻略対象は、五人。王太子ライオネルと、第二王子ジェイク、騎士団長子息のオルフェス、帝国貴族で公爵令息のアルフレッド、グワルフ王国第三王子のセヴランだという。
…あのセクハラ王子が攻略対象とか、運営は何考えてんだ??好感度、爆下がりじゃね?
『ちなみに、第二王子ジェイクはいないよー。ママンはパパンが嫌いっぽいから、子供はライオネルのバカ兄だけなんだぁ』
そして、騎士団長子息のオルフェスもいない。さり気なく調べたところによると、彼は遠く離れた外国に遊学したきり、だとか。亡命ですか。
『ママンが本編のヒロインな時点で、いろいろ設定がぶっ壊れてるんだよね。悪役王女イヴァンジェリンって、ゲームではバカ兄と同じく金髪碧眼だし』
アハハ、と乾いた笑みを漏らして。
『そもそも、人気ナンバーワンなライオネル王子サマの中身が、デキる妹に毒盛って殺ろうとする凶悪バカ兄な時点でダメダメだよねぇ?』
『…毒』
『そ。その後遺症で私、足腰がダメなんだぁ』
気づいてたよね?と、悪戯っぽく首を傾げるイヴァンジェリン様。サイドに寄せた艶やかな赤紫髪がふわりと揺れた。

話がひと段落ついたところで、侍女さんたちがお菓子の追加を持ってきた。お皿に山盛りにされた、ウサギのクッキーだ。
その後ろからぞろぞろやってきたキュートなウサギの被り物に、首から下が白やピンクの全身タイツ人間たち(※全員ゴリマッチョ)――

……見なかったことにしよう。
アル、大丈夫だよ。……『うさパ』だから。踊ってるのは普通…たぶん。

「まあ、食べなよ」
と、勧めつつ、イヴァンジェリン様は話を続けた。
サイラス・ウィリスは、攻略対象アルフレッドルートのモブの一人として登場する。但し、過去エピソード限定。つまり…ゲーム開始時点で、サイラスはこの世にいないのだ。ゲーム上のサイラスは、アルフレッドの平民の親友という立ち位置。そして、時期ははっきりしないが、ゲーム開始の少し前に死ぬ。アルフレッドは、友の死は己のせいだと自分を責めて、友を助けられなかったことを悔いている――という設定。そして、彼が時折吐くセリフが…

俺は、この手で親友を…無二の友を討ったんだ。

『アルが、私を討った…?』
いや、『討つ』ってどういうことだろう。物騒な単語だね。私、山賊の頭的なものにでもなるの??
『そう。はっきり断言されているわけじゃないから、これから話すことは私の推測だよ?アルフレッドルートのラスボスがね、邪竜っていう真っ黒な竜なんだ。サイラスは、たぶん呑み込まれようとしてたんだと思う。言動が「ニクイ…」とか「ユルサナイ…」とかヤバくなるから。完全に邪竜に取り込まれる前…まだ人間の内に、アルフレッドが…』
邪竜というのは、憎悪や悲嘆といった負の感情を喰らうバケモノらしい。斃すには強力な浄化魔法が必要で、それが使えるのはヒロインちゃんだけ…なんだとか。
アルと一緒にいれば物語が進んで『サイラス』が危うくなる。今からでもアルとは関係のない人生を歩めば、何とかなるんじゃないかと思うの。と、イヴァンジェリン様は結んだ。
カチャン、とソーサーにカップが当たって、小さな音を立てる。
あの時――王太子に突っ込んで行った時、私の心は怒り一色だった。嗤って友を屠ったアイツが憎くて殺してやりたいと思ったんだよ。そしたら、何も聞こえなくなって…
「サイラス…どうした?」
顔、真っ青だぞ?、とアルが心配そうな顔で覗き込んでくる。だって…

邪竜…黒い竜って、あの時――魔術師団と戦った時、私がイメージしたヤツだよね?

包帯を巻いた左手を押さえた。実は、骨折は既に治っている。なんでかはわからないけど。それでも包帯を巻いているのは…

左手の甲の辺りに、明らかに人間の皮膚とは違う組織――黒い鱗があるから。

アルに担がれて帰ったのは、うっすら記憶にある。あの時の記憶は断片的だけど。今日の明け方、左手が動かせるようになってるのに気づいて、包帯を取ってみたら鱗があって、怖くなって慌てて包帯で隠したんだ。こんなこと、誰かに話せるわけない。見せるのだって無理だ。

だって私、魔物に…バケモノに…

「サイラス?」
心配そうな顔をするアル。その目が、今は怖い。だって…人間じゃなくなりつつあるんだよ?鱗が何よりの証拠じゃない…。考えて見れば、あの時…いや学園に魔物が出た時くらいから私、なんか変なんだ。憎しみや怒りに突き動かされて、周りが見えなくなって。人を殺すような攻撃を、何の躊躇いもなく、できて。近づいてくるものを、見境なく傷つける自分を、止められなくて。

私、何人殺したんだろう。
これから先…何人殺してしまうんだろう。

そんな、平気で人を殺せるイカレた女をアルはどう思うんだろう。考えたら、胸が苦しくてキリキリと痛んだ。
『まさか、もう…始まってるの?』
イヴァンジェリン様の問いに、ビクリと肩が揺れた。指先から手が痺れたように冷たくなってゆく。
「殿下、さっきから何を…!サイラス、どうした?何を言われたんだ!」
椅子を蹴倒して、アルが私の両肩を掴んだ。咄嗟に突き放そうと手を突っ張った私に、アルが目を大きくする。
「左手…平気、なのか…?」
「!!」
ダメ…!知られたら…
包帯で隠した左手を、護るように胸に押しつけ、私はパッと身を翻した。
「サアラ!」
肩を掴んだ手を強引に身を捩って無理矢理引き剥がし、
「ハチー!!」
影から現れた使い魔にしがみついた。

◆◆◆

「ハチー!!」
悲鳴のような声をあげて、サイラスはハチにしがみついて影の中へ姿を消した。彼女が消えた影に無駄だろうに駆け寄ったアルフレッドの背に、
「あーあ…だから一人で来てねぇ~って言ったのにィ」
詰るように私――イヴァンジェリンは言った。彼がゲーム通りの性格なら、無理矢理ついてきたに違いない。アルフレッドに与えられた性格は『オレ様不器用』――乙女ゲームの定番キャラだ。ちなみにウチのバカ兄は『完璧王子』……真反対が過ぎて笑える話だよ。
「さっき…『うちゅうご』とやらで俺のことを話していたよな?サイラスのことも」
剣呑なエメラルドグリーンの瞳がこちらを向く。うっわ、怖っ!私のすぐ前までやってきて、真正面から睨んでくる攻略対象を、無表情に見つめ返す。
(ふぅ~ん。ま、固有名詞はどうしようもないもんね。いくら日本語でも)
「教えろ。何を話していた?」
「口、気をつけな?」
王女と、他国から来た貴族子息――どっからどうアクロバティックに見たって王女の方が上だ。不敬だよ?
つーか…アル君もダメダメなの??いろいろ…常識とか、マナーとかさ。バカ兄のお代わりは勘弁なんだけど。あ、男爵令嬢のヒロインと絡むからかな?一緒にスペックも落ちるとか?
転生して初めて見た攻略対象が凶悪バカ兄だったせいか、私の攻略対象への印象は地に落ちているどころか、めりこんで埋まっているに等しい。
こっちを睨んだままのアル君に、私は投げやりに聞いた。確認ついでに。
「何?恋してんの?」
先に釈明させて?私、アル君がヒロインちゃんとのルートに突入しているかが知りたかったんだ。軽~い質問だったんだよ…
「護ると決めた。サイラスも…俺を受け入れてくれたから。だから…」
「ハアァァ?!」
とんでもない爆弾発言が返ってきた。アル君の発言が、ヤベェBL宣言っぽいのは置いておくとして。
おいコラどういうことだあ゛あ゛ーン?!
「どこまでやりやがった?!」
受け入れた?!何を?!どこまで?!
「推しを穢しやがってたらマジ殺す…」
私の低い声を受けて、一斉に身構えるゴリマッチョうさたんズ。アル君は…ため息を吐いてこう言った。
「口、気をつけよーな?」

◆◆◆

ごほん。
気を取り直して。事態は急を要するので、私はアル君に最低限の情報を提供した。
「君たちは実は文明の進んだチキュウという国からここを侵略しにきたウチュウジンで、乗ってきたウチュウセンが壊れて離れた地点に落ちたせいで離れ離れになってしまった恋人同士……おかしいだろ!?」
女同士だよな…?と、アル君は頭を抱えてる。
「チキュウでは愛に性別は関係ないの」
BLとかGLってジャンルもあったし?嘘は言ってないよ。
「でね?チキュウの予言書によれば、サイラス君は邪竜っていう魔物に近い将来取り込まれちゃうの。で…彼女の様子だと、それがもう始まってるっぽいんだ。だから、恋人の私はそうなるのを防ぎたい。ここまで…オッケー??」
「…いろいろ、大いに誤魔化し省略されているように思えるのは気のせいか?…まあ、要旨はわかったが…」
アル君の眉間の皺が深くなる。いーのよ、私の恋人推しの唇を汚してくれたヤツには、この程度のざっくりした情報で十分!むしろわかりやすくね?
「と、いうわけで。アタシをここから誘拐してくれる?」
「はあァ?!」
私の提案に目を剥くアル君。
「誘拐してくれるだけでいいよ。…私、自由に外に行けないから」
ママンは乙女ゲームに執着してるからね。役がこれ以上おかしくなるのは避けたいみたいなんだ。第二王子は生まれてなくて、騎士団長子息は遠くに亡命中でもう充分おかしいのに、諦めてないんだよ、あの人。だから、悪役王女の外出は厳しく制限されている。王都に出るのはできるけど、護衛を振りきって逃げるのに、魔法はともかく私の足腰は向いてない。協力者が要るんだ。
「軽~い気持ちで誘拐して?後は、サイラス君の行きそうな所を教えてくれれば、自力で会いに行くよ」
お金のことは、心配ない。当面の路銀は手持ちの宝石で。街に降りればツテもあるし、なんとかなるでしょ?世間知らずな箱入り王女サマでもないしね。
それに…今ここにいるアル君を信用してないから。彼が、サイラス君を、例え彼女の身体が良からぬモノに蝕まれているとわかっても…変わってゆく彼女を見ても、変わらず愛し続けられるかなんて。そんな保障どこにもないでしょ?ちょっと見た目が変わっただけで、手の平返す奴なんてたくさんいるんだ。だから、私が行く。例え、この家出が元で、地位や生活基盤を失っても、私は人を喪うのは絶対嫌だから。
「アル君の愛ってその程度?」
ニヤリと悪役らしく笑って、私は攻略対象を見上げた。
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