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騎士学校編
56 真意はどこに
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レオが王都の地理を覚えるのに時間はかからなかった。さすがウチの子。優秀だね。
…実はブルーノが真っ青な顔で王都を徘徊した努力の賜物でもあるのだが、サイラスの知るところではない。
ネイサンに頼んだ貴族子息(※本物)リストは、翌日の夜には出来上がって私に届けられた。念のため私もざっと目を通し、レオに持たせて依頼主様に送った。送り出したところにクィンシーがやってくる。
「なあ、おまえの…その植物紙ってやつ?もっと手に入らないか?」
「もっとって、どれくらい?」
「んー……反故紙でもいいからとりあえず三百くらい」
「そんなに何に使うんだよ…」
攫われて来るときにたまたま持っていた植物紙は、これまでのやり取りでほとんど使ってしまい、残りは二枚。確かに私も追加の紙が欲しくなり、さっきの手紙にお嬢様宛で紙の取り寄せを頼んではある。けど、さすがに三百枚はお願いしてないよ?
「親友に友達に付きあいに知り合いに通りがかりに頼まれちゃってさー」
てへぺろ、と茶目っ気のある仕草で頭をかくクィンシー。いや、最後の通りがかりって何さ。
「それだけ情報って貴ちょ…うおっ?!」
「ねぇ~、クィンシー…私、情報漏洩は嫌いだって、言わなかったっけ?」
ティナの手も借りて、軽薄男を締め上げる。やっぱ信用しちゃダメだ。今その無駄によく回る口を封じておこうか…
「ふっ?!うわっ、寒っ!や、やめろって~ギブギブギブ!」
「吐け。何が狙い?」
「…言わなかったら?」
「撃ち落とすよ?」
分身レオは一匹は必ず私の傍にいるからね。いつでもアンタの息子にトドメをさせる。
「怖いなぁ、もう。」
脱出時の撹乱工作に使うんだよ、と渋々といった態でクィンシーは説明した。嘘くさい。
「ふーん?じゃ、頼むのは直前でいいよね?」
それに。コソ泥仲間がちゃんとお代を払うのかも怪しいし。
「ええ~、冷た~い」
悪い女のようにしな垂れかかってくる男を躱し、私はさっさと歩きだした。会いたい人がいる。
◆◆◆
彼女が去った後。クィンシーはやれやれとため息を吐いた。
(はぁ~、用心深い子だなぁ…)
目立つもんな、サラ艶の白銀のロン毛に、紅色の瞳なんか、さ?
クィンシーの真の姿を知っているならば尚のこと、よろめいてくれても、心惹かれてくれてもいいだろうに。自分で言うのも何だが、ハニートラップに最適な容貌だと思うのだ、自分の真の姿は。全く取り付く島がないとはどういうことか。
クィンシーは、実はレナードもといサイラスが、真の姿をティナから伝え聞いたのであって、実際に「見て」いないとは知らない。
(魔物は専門外なんだが…)
監視するように自身の周りを飛ぶ、見えない生き物の気配を追う。
「よっ!降りてきてくれない?」
親しみを込めて笑顔で手を出したものの、
「ギギッ!」
拒絶された。
「はあ…。なら、質問!植物紙ってモルゲンのお嬢様に言えば買えるの?」
「ギッ…?」
…そこまでは知らないらしい。
「サアラって他にも使い魔飼ってる?」
「ギッ、ギギッ!」
ああ、仲間は他にもいると。この魔物は正直だ。『真実の耳』を使わずに済んで楽だ。
「あとさ、キラーシルクワームってこの辺にも生息してるのか?」
「ギッ!」
…なるほど。クィンシーは内心で悪い笑みを浮かべた。
(へぇ。うまくすれば…)
◆◆◆
騎士学校の食堂は、既に大勢の少年たちで混雑していた。貴族子息向けの施設なだけあって、さすがにその内装は質素ながらもレリーフなどには金箔が押され、床は色違いの大理石でモザイク模様が描かれている。王妃サマ肝煎りの施設だから、件の戦乙女の銅像くらいありそうだと思ったけど、意外なことに騎士学校内には銅像どころか絵画すら飾られていなかった。
そんな食堂にずらりと並べられたテーブルを素通りし、受渡カウンターの端――手紙で指定された場所に何気ない風を装って寄りかかった。
ああ、ドキドキする。誰が来るんだろう…。
と、そこへ。
「放して下さい!妹は確かにここで働いていると…!」
「だから!さっきから言っているだろう!ドゥルシネアとかいう古くさい名前の女などここにはいない!」
「偽名を使っているかもしれないでしょう!」
言い争う声と共に、蹴破るようにカウンターの向こうの――厨房の奥の扉が開き、ワインレッド色の髪の若者が転げるように入ってきた。
「…ッ!」
名前を呼びそうになるのをなんとか堪える。
粗末な服を着た若者と視線がぶつかった。
「ドゥルシネア!?」
たぶん、絶対にいないだろう名前の女を探しにきた、という設定。教官らしき男を振りきって、若者――ヴィクターはカウンターの前まで来て、私を指さした。
「ほら!いるじゃないか!」
演技をしつつ、どさくさに紛れて彼の手が私の頬を包みこむ。その顔が一瞬、ホッとしたように緩んだ。しかし感動の再会は、駆けつけた教官にぶった切られた。
「コラッ!よく見ろ、おまえの妹とやらはこんなに胸が平らなのか?」
((あ゛?))
思わず、二人揃って教官に殺気を向けてしまった。
「な…なんだその目は。おい、コレが女じゃないとわかったらさっさと帰れ!」
教官が二人がかりでヴィクターを羽交い締めにして、私から引き離し、厨房からつまみ出す。遠くなる彼を目で追おうとして、唇を噛んで俯いた。ヴィクターと私が知り合いだと、察せられたらいけないんだ。肌が白くなるくらい、拳を握り締める。知らないフリをしないといけないのに、こんな時に限って身体が言うことを聞かない。目頭が熱くなるのをどうしたら止められるのだろう。
「ほら、拭け?」
肩を抱かれて、ハッと我にかえる。
「親御さんか?」
「……違う」
服の裾で雫の溢れかけた目許を乱暴に拭う。うん…まだ、気を抜いちゃダメだ。
「飯は?」
「済んだ」
素っ気なく答えると、私はクィンシーを置いて、早足で食堂を後にした。
「泣くこともあるんだなぁ…」
去っていく背中をぼんやりと見つめ、クィンシーは呟きを落とした。
「親御さん、か…」
彼女の境遇は、先輩から中途半端にしか聞けていないのでよく知らない。しかし、あのような弱さを見せられれば、男として心は揺れる。慰めに応じようともしない、その頑なさも。
「へぇ…余計に欲しくなっちゃうなぁ」
色仕掛けにも乗らず、思い通りに動かない――狩猟本能が疼く……
(ま、タイミング良く利用するけどな!)
クィンシーの……いや、グワルフの企みを、サイラスはまだ知らない。
◆◆◆
首実検からまたしばらく経った。
ニミュエ公爵令嬢は、レオを通じてやり取りを続けている。ヴィクターからも手紙や、小さな支援物資が届くようになった。曰く、王都のモルゲン男爵邸で働きながら、私を待ってくれているという。ありがとう。嬉しいし、とても心強く思う。
そんなある日のことだった。少年たちの間でまことしやかに囁かれる噂話を耳にしたのは。
キラーシルクワームを従属させると、外部と簡単に連絡が取れるようになる
そして。
誰がどうやって持ち込んだのか知らないが、噂話が広まった数日後には、寮内のあちこちで白いサッカーボールを見かけるようになった。挙げ句ネイサンまでが、
「出てきても速攻契約すればいいんだ…よしっ」
とか言いながら件のサッカーボール繭を抱いていたので、さすがに看過できなくなった。だって、繭っていつ羽化するかわからないのに、徹夜で監視しようとしてたんだよ?
そして聞き出した元凶は。
「やっぱアンタか。クィンシー!」
「ちぇっ。もうバレたかー」
まったく悪びれた様子のない軽薄男を睨んだ。
「けどさ、一歩遅かったな」
見ろ、とクィンシーが指さした先で、寮の屋根の一部が火花とともに派手に吹っ飛んだ。大して間を置かず、別の棟からもキラーシルクワームのレーザービームと思しき光が迸る。
「さぁて。どう出るかな」
「アンタ…まさか」
わざと騎士学校側を刺激して反応を見ようとしてるの?!
「本番前に相手の手の内を知るのは当然だろ?」
色を茶色く誤魔化した瞳は、軽薄で冷酷な光を湛えている。
「犠牲が出るとか、考えなかったのかよ!」
「考えたさ。けど、それが何だ?」
この程度で終わる奴なんか、外に出してやったってどのみち生きられねぇよ。
「な…!」
初めて、目の前にいる男が心底恐ろしいと思った。コイツはフリーデさんなんか目じゃないくらい、質が悪い。ようやく、それを悟る。
「そんなに怖い顔すんなって、ほ」
「最っ低!」
加減も何もなく、肩の手を振り払い、私は身を翻した。なんとかして騒ぎを鎮めなければ。嫌な予感がするのだ。
◆◆◆
騎士学校での魔物騒動を遠くに、王都のベイリン男爵家のタウンハウスは煌々と明るく、人々の笑いさざめく声が夜風に乗って聞こえてくる。
屋敷自体は、男爵らしくこぢんまりとしているが、ひとたびその小綺麗なエントランスを潜ると、あからさまな贅を尽くしていないとはいえ、洗練された空間に品の良い調度が目を楽しませてくれる。音楽も、跳ねるような軽快で賑やかなものではなく、しっとりと歌うヴァイオリンが耳に心地よい。相当の技巧がなければ弾きこなせない《悪魔のトリル》という名曲とは、知る人ぞ知ることだ。
そんな夜会の最中、新たな招待客が現れた。
「まあ…。素敵な音楽ね」
少し低くて柔らかな女性の声が呟いた。
「ええ。名高い奏者を頼んだそうですよ。シャーロット、お手を」
青みがかった紫の髪を撫でつけた初老の男の腕に手を絡め、彼女――王妃シャーロットは広間へと足を踏み出した。
…実はブルーノが真っ青な顔で王都を徘徊した努力の賜物でもあるのだが、サイラスの知るところではない。
ネイサンに頼んだ貴族子息(※本物)リストは、翌日の夜には出来上がって私に届けられた。念のため私もざっと目を通し、レオに持たせて依頼主様に送った。送り出したところにクィンシーがやってくる。
「なあ、おまえの…その植物紙ってやつ?もっと手に入らないか?」
「もっとって、どれくらい?」
「んー……反故紙でもいいからとりあえず三百くらい」
「そんなに何に使うんだよ…」
攫われて来るときにたまたま持っていた植物紙は、これまでのやり取りでほとんど使ってしまい、残りは二枚。確かに私も追加の紙が欲しくなり、さっきの手紙にお嬢様宛で紙の取り寄せを頼んではある。けど、さすがに三百枚はお願いしてないよ?
「親友に友達に付きあいに知り合いに通りがかりに頼まれちゃってさー」
てへぺろ、と茶目っ気のある仕草で頭をかくクィンシー。いや、最後の通りがかりって何さ。
「それだけ情報って貴ちょ…うおっ?!」
「ねぇ~、クィンシー…私、情報漏洩は嫌いだって、言わなかったっけ?」
ティナの手も借りて、軽薄男を締め上げる。やっぱ信用しちゃダメだ。今その無駄によく回る口を封じておこうか…
「ふっ?!うわっ、寒っ!や、やめろって~ギブギブギブ!」
「吐け。何が狙い?」
「…言わなかったら?」
「撃ち落とすよ?」
分身レオは一匹は必ず私の傍にいるからね。いつでもアンタの息子にトドメをさせる。
「怖いなぁ、もう。」
脱出時の撹乱工作に使うんだよ、と渋々といった態でクィンシーは説明した。嘘くさい。
「ふーん?じゃ、頼むのは直前でいいよね?」
それに。コソ泥仲間がちゃんとお代を払うのかも怪しいし。
「ええ~、冷た~い」
悪い女のようにしな垂れかかってくる男を躱し、私はさっさと歩きだした。会いたい人がいる。
◆◆◆
彼女が去った後。クィンシーはやれやれとため息を吐いた。
(はぁ~、用心深い子だなぁ…)
目立つもんな、サラ艶の白銀のロン毛に、紅色の瞳なんか、さ?
クィンシーの真の姿を知っているならば尚のこと、よろめいてくれても、心惹かれてくれてもいいだろうに。自分で言うのも何だが、ハニートラップに最適な容貌だと思うのだ、自分の真の姿は。全く取り付く島がないとはどういうことか。
クィンシーは、実はレナードもといサイラスが、真の姿をティナから伝え聞いたのであって、実際に「見て」いないとは知らない。
(魔物は専門外なんだが…)
監視するように自身の周りを飛ぶ、見えない生き物の気配を追う。
「よっ!降りてきてくれない?」
親しみを込めて笑顔で手を出したものの、
「ギギッ!」
拒絶された。
「はあ…。なら、質問!植物紙ってモルゲンのお嬢様に言えば買えるの?」
「ギッ…?」
…そこまでは知らないらしい。
「サアラって他にも使い魔飼ってる?」
「ギッ、ギギッ!」
ああ、仲間は他にもいると。この魔物は正直だ。『真実の耳』を使わずに済んで楽だ。
「あとさ、キラーシルクワームってこの辺にも生息してるのか?」
「ギッ!」
…なるほど。クィンシーは内心で悪い笑みを浮かべた。
(へぇ。うまくすれば…)
◆◆◆
騎士学校の食堂は、既に大勢の少年たちで混雑していた。貴族子息向けの施設なだけあって、さすがにその内装は質素ながらもレリーフなどには金箔が押され、床は色違いの大理石でモザイク模様が描かれている。王妃サマ肝煎りの施設だから、件の戦乙女の銅像くらいありそうだと思ったけど、意外なことに騎士学校内には銅像どころか絵画すら飾られていなかった。
そんな食堂にずらりと並べられたテーブルを素通りし、受渡カウンターの端――手紙で指定された場所に何気ない風を装って寄りかかった。
ああ、ドキドキする。誰が来るんだろう…。
と、そこへ。
「放して下さい!妹は確かにここで働いていると…!」
「だから!さっきから言っているだろう!ドゥルシネアとかいう古くさい名前の女などここにはいない!」
「偽名を使っているかもしれないでしょう!」
言い争う声と共に、蹴破るようにカウンターの向こうの――厨房の奥の扉が開き、ワインレッド色の髪の若者が転げるように入ってきた。
「…ッ!」
名前を呼びそうになるのをなんとか堪える。
粗末な服を着た若者と視線がぶつかった。
「ドゥルシネア!?」
たぶん、絶対にいないだろう名前の女を探しにきた、という設定。教官らしき男を振りきって、若者――ヴィクターはカウンターの前まで来て、私を指さした。
「ほら!いるじゃないか!」
演技をしつつ、どさくさに紛れて彼の手が私の頬を包みこむ。その顔が一瞬、ホッとしたように緩んだ。しかし感動の再会は、駆けつけた教官にぶった切られた。
「コラッ!よく見ろ、おまえの妹とやらはこんなに胸が平らなのか?」
((あ゛?))
思わず、二人揃って教官に殺気を向けてしまった。
「な…なんだその目は。おい、コレが女じゃないとわかったらさっさと帰れ!」
教官が二人がかりでヴィクターを羽交い締めにして、私から引き離し、厨房からつまみ出す。遠くなる彼を目で追おうとして、唇を噛んで俯いた。ヴィクターと私が知り合いだと、察せられたらいけないんだ。肌が白くなるくらい、拳を握り締める。知らないフリをしないといけないのに、こんな時に限って身体が言うことを聞かない。目頭が熱くなるのをどうしたら止められるのだろう。
「ほら、拭け?」
肩を抱かれて、ハッと我にかえる。
「親御さんか?」
「……違う」
服の裾で雫の溢れかけた目許を乱暴に拭う。うん…まだ、気を抜いちゃダメだ。
「飯は?」
「済んだ」
素っ気なく答えると、私はクィンシーを置いて、早足で食堂を後にした。
「泣くこともあるんだなぁ…」
去っていく背中をぼんやりと見つめ、クィンシーは呟きを落とした。
「親御さん、か…」
彼女の境遇は、先輩から中途半端にしか聞けていないのでよく知らない。しかし、あのような弱さを見せられれば、男として心は揺れる。慰めに応じようともしない、その頑なさも。
「へぇ…余計に欲しくなっちゃうなぁ」
色仕掛けにも乗らず、思い通りに動かない――狩猟本能が疼く……
(ま、タイミング良く利用するけどな!)
クィンシーの……いや、グワルフの企みを、サイラスはまだ知らない。
◆◆◆
首実検からまたしばらく経った。
ニミュエ公爵令嬢は、レオを通じてやり取りを続けている。ヴィクターからも手紙や、小さな支援物資が届くようになった。曰く、王都のモルゲン男爵邸で働きながら、私を待ってくれているという。ありがとう。嬉しいし、とても心強く思う。
そんなある日のことだった。少年たちの間でまことしやかに囁かれる噂話を耳にしたのは。
キラーシルクワームを従属させると、外部と簡単に連絡が取れるようになる
そして。
誰がどうやって持ち込んだのか知らないが、噂話が広まった数日後には、寮内のあちこちで白いサッカーボールを見かけるようになった。挙げ句ネイサンまでが、
「出てきても速攻契約すればいいんだ…よしっ」
とか言いながら件のサッカーボール繭を抱いていたので、さすがに看過できなくなった。だって、繭っていつ羽化するかわからないのに、徹夜で監視しようとしてたんだよ?
そして聞き出した元凶は。
「やっぱアンタか。クィンシー!」
「ちぇっ。もうバレたかー」
まったく悪びれた様子のない軽薄男を睨んだ。
「けどさ、一歩遅かったな」
見ろ、とクィンシーが指さした先で、寮の屋根の一部が火花とともに派手に吹っ飛んだ。大して間を置かず、別の棟からもキラーシルクワームのレーザービームと思しき光が迸る。
「さぁて。どう出るかな」
「アンタ…まさか」
わざと騎士学校側を刺激して反応を見ようとしてるの?!
「本番前に相手の手の内を知るのは当然だろ?」
色を茶色く誤魔化した瞳は、軽薄で冷酷な光を湛えている。
「犠牲が出るとか、考えなかったのかよ!」
「考えたさ。けど、それが何だ?」
この程度で終わる奴なんか、外に出してやったってどのみち生きられねぇよ。
「な…!」
初めて、目の前にいる男が心底恐ろしいと思った。コイツはフリーデさんなんか目じゃないくらい、質が悪い。ようやく、それを悟る。
「そんなに怖い顔すんなって、ほ」
「最っ低!」
加減も何もなく、肩の手を振り払い、私は身を翻した。なんとかして騒ぎを鎮めなければ。嫌な予感がするのだ。
◆◆◆
騎士学校での魔物騒動を遠くに、王都のベイリン男爵家のタウンハウスは煌々と明るく、人々の笑いさざめく声が夜風に乗って聞こえてくる。
屋敷自体は、男爵らしくこぢんまりとしているが、ひとたびその小綺麗なエントランスを潜ると、あからさまな贅を尽くしていないとはいえ、洗練された空間に品の良い調度が目を楽しませてくれる。音楽も、跳ねるような軽快で賑やかなものではなく、しっとりと歌うヴァイオリンが耳に心地よい。相当の技巧がなければ弾きこなせない《悪魔のトリル》という名曲とは、知る人ぞ知ることだ。
そんな夜会の最中、新たな招待客が現れた。
「まあ…。素敵な音楽ね」
少し低くて柔らかな女性の声が呟いた。
「ええ。名高い奏者を頼んだそうですよ。シャーロット、お手を」
青みがかった紫の髪を撫でつけた初老の男の腕に手を絡め、彼女――王妃シャーロットは広間へと足を踏み出した。
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