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少年期編

48 本当の親?

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フィルさんたちを迎え入れてから、あっという間に三年が経った。私は明日で一応十五歳――前世なら中学三年生だけど、この世界では成人となる。

ウィリス村は、ロシナンテ傭兵団の工兵部隊によって街道側一帯に、ぐるりと堀を巡らせた。堀の内側が、元々の旧・ウィリス村で、堀の外側にロシナンテ傭兵団やここ三年の間に移住してきた人達の居住区域があり、いわゆる新・ウィリス村エリア。そこをさらに堀がぐるりと囲んでいる。まるで日本史の教科書でみた『総構え』のようだね。石垣ないけど。新旧合わせると、人口は約二倍に増え、面積は三倍近くになった。

傭兵団がいる、ということが安心材料になったのか、モルゲン領の中でも中央――王都寄りに住んでいた人達――先鋒は商人たちがウィリスに移ってきたのだ。彼らは商館をモルゲンに、倉庫と住居は安全なウィリスにと考えたようだ。財産隠しとも言う。けれど、おかげで裕福な商人たちの家族や、彼らの元で働く使用人や職人、下働きの人達で新・ウィリス村エリアは賑わっている。そして、彼らを目当てに小粒商人や職を求める人が集まり、植物紙生産も働き手が増えてきた。
今は、人口増に対して、排水路など衛生対策を急ピッチで進めているところだ。

「えっと…?地下に『げすいかん』通して、堀でスライムを飼う?」
「そ。排水は病原菌がいっぱいだから、地上に出したら疫病の元だし。堀に流してスライムに処理させれば、悪臭も多少はマシになるかなと」
スライムは汚い水を飲み込んで浄化してくれる、便利な魔物なのだ。使わない手はないでしょ?
「……スライムめっちゃ増殖しないか?あと、雨降った時どうするよ。水位上昇と一緒にスライムも上がってくるぜ?」
逆流して便所からスライム……悪夢だぜ?と、ジャレッドさんがぶるりと震えた。
「……原野に溜め池掘って終末処理場にしよっか」
「しゅうまつしょりじょう??」
「それからジャレッドさん、モルゲンとウィリスの間に走らせてる馬車の定期便を増やしたいんだけど…」
さすがにここまで人口と行き来が増えてくると、フェイクの村と幻惑の魔道具で村の存在をひた隠しするのは無理が出てきた。間違って罠に引っ掛かって怪我する人が出ても困る。よって今のところ、フェイク村は有事の時のみ使うことなり、ウィリス村への行き来は、身分証があれば可とした。さすがに旧ウィリス村エリアは、植物紙のレシピがあるから、出入りを厳しく制限しているけれど。
乗合馬車の運行を開始したのは、防犯対策の一環。皆それぞれに荷馬車……幌馬車みたいに中身が見えない馬車を用立てられると何が紛れこんでくるかわからない。そこで、人は乗合馬車、荷物はしっかり中身を確認した上でこちらで用意した荷馬車にと乗り物を分けることにしたのだ。こっそり荷に紛れて人が隠れても、人間の魔力に反応する探知魔道具でバレる仕組みだ。
「おう、馬を走らせるくらいなら何でもねぇよ。問題は護衛だよなぁ…」
「フィルさんたち、フル稼働だもんね」
解決しなきゃいけないことは次々と出てくるけど、毎日が充実している。

◆◆◆

そして、私の誕生日と設定された日。
我が家は大勢の人々で賑わっていた。あ、ウチ建て替えたんだ。元々村で一番大きな家だったけど、ヴィクターの小屋が破壊されて以来、流れで我が家がプチ集会所みたいになっていたし、手狭だったから………そして第二のキラーシルクワーム大暴走で半壊したのを機会に、建て直したのだ。またやらかしたって言うな。拾ってきたの、私じゃないもん。

新築の綺麗な部屋には、あのステータス絵画――『戦乙女』がデカデカと飾られている。新築祝いにイライジャさんがくれたのだ。要らないって言ったんだけど、流行の絵くらい飾っておけと、押しつけられた。我が家の『戦乙女』は、画面の中央で魔法の杖を振るい、周りでは魔法の光に当てられた敵兵の剣や槍が折れているという…オーソドックスなヤツ。ただし、イライジャさんのセンスなのか、心なしか薄着で女性にはウケないレベルで露出過多で羨ましいを通り越した爆乳な『戦乙女』だ。『戦乙女』のモデルって戦争大好きな王妃サマだよね?たぶん……元々は王妃サマを讃えるため、王国主導で画家に描かせ、広め流行らせたのだろうと想像がつく。けれどそれがあらぬ方向に進化することを、自身がここまで破廉恥に描かれることを、かの王妃サマは想像していたんだろうか…

話を戻して。

「成人おめでとう、サイラス」
穏やかな笑顔で祝福してくれたのは、アーリーンお婆ちゃん。メドラウドからわざわざ飛竜に乗って来てくれたのだ。
「これはアルフレッド様から」
と、差し出されたのは艶やかな空色のリボンだった。
「キラーシルクワームの絹よ。とても丈夫なの」
「あ…ありがとうございます」
…キラーシルクワーム、ついこの間、我が家をレーザービームで半壊させてったヤツ。思い出して、内心で遠い目をしつつ、アルからの贈り物を受け取った。とりあえず、男の私にリボンは使い道がないので、懐に突っ込んだ。封印とも言う。
「おおっ!キラーシルクワームの絹は高級品ですぞ。意中の女子に渡せば間違いない品ぞ、」
そう言って小さな包みをくれたのは、新・ウィリス村エリアに倉庫を持つ商人のドリーさん。貫禄のある中堅商人さんだ。
「ありがとうございます」
贈られたのは、実用的な短刀だった。護身用だね。……よかった、ちゃんと男用の贈り物で。というか、リボンって女の子へのプレゼントって使い方があるのか。心のメモ帳に書き込んでおく。私が懐の肥やしにするくらいなら、有用な使い方をした方がいいもんね。
「サイラス、大きくなったな」
「ブルーノ様!」
なんとダライアスの息子で次期当主のブルーノ様まで来てくれた。ブルーノ様は去年遊学先のアルスィルから帰国し、今はダライアスの右腕となって領政を担う一方、王宮での仕事もこなされている。とても人当たりがよくて、有能で忙しい方だ。私みたいなド庶民にも気さくに、お願いしたら遊学先の話とか、王都のこととか、たくさん教えてくれるお兄さんみたいな人。お嬢様同様、全っ然ダライアスに似てない。奴の遺伝子どこ行った??
肩までの柔らかそうな亜麻色の髪をかきあげ、「あげるよ」とポンと手渡されたのは、本。
「王都で流行りと勧められて買ったんだけどね。ちょっと私の趣味には合わなかったんだ」
どれどれとタイトルを見てみたら、なんと女の子向けの王道恋愛小説だった…!
「ありがとうございます!!」
思わず本を胸に抱きしめ、素のめっちゃキラキラした目でブルーノ様を見上げてしまったよ。こういうの、田舎ではまず売ってないんだ。寝ずに読もう。
ちなみに、ヴィクターからは手鏡を、ロシナンテ傭兵団からは……懲りずにキラーシルクワームの繭を渡されたので突き返した。カリスタさんからは、プレゼント代わりに魔法を教えてもらった。
「声変わりの魔法よ。女が出せる低音には限度があるわ」
とのこと。ありがたい。けど、なんでそんな魔法を知っているんだろう…
「処世術よ」
すご~く嫌そうな顔でそう言われた。よくわからないけど……深くは聞くまい。
「私からは、大したものではないが」
父さんと母さんからは、新しいブーツ。新品だ。きっと、高かったよね。たぶん、わざわざモルゲンに出向いて買ってきてくれたんだろう。私なんかより、父さん母さんが贅沢をしてもいいだろうに。
「ありがとう。大事に使う」
ブーツを胸にギュッと抱いて、お礼を言った。今度は、私が父さん母さんに何か贈ってあげよう、そう心に決めて。けど、その願いは思わぬ横槍で叶わなくなってしまうのだが…。

◆◆◆

「……はい?」
誕生日の翌日、突然の呼び出しでモルゲンに出向いた私たちに、見知らぬオジサンが俄には信じがたいことを曰ったのだ。
「茶色の髪に春空の瞳、おお!目鼻立ちも亡き妻にそっくりじゃ…!」
ダライアスの屋敷の客間で感極まった様子の見知らぬオジサン――イントゥリーグ伯爵。涙ながらに私の顔をペタペタ触ってくるけど……アンタ何言ってんの??

イントゥリーグ伯爵によれば、私は十年前に失踪したこの人の息子と瓜二つらしい。けどおかしいよね?確かに私は孤児だったけど、イントゥリーグ伯爵の領地はここから遥か遠く、馬車でひと月もかかるのだ。息子さんが失踪した時期は、私が父さんに拾われた時期に一致するけど、当時の父さんが馬車でひと月もかかる遠方に行けたとは思えない。路銀的に。
ダライアスの顔にも、「この噓吐き伯爵め」と書いてある。それに、このイントゥリーグ伯爵、かなりがっしりした体格だ。その血を継いだ息子なら、いくら顔が母親似でもこんなひょろっちい体型にはならないと思うよ?
「ダライアス殿、長年探し求めていた息子に出会え、わしは嬉しく思うぞ」
だから…何言ってんのさ。息子ちゃうっつーの。そもそも私、女だもん。どう頑張っても息子さんにはなれません。
「閣下、大変申し上げにくいのですが、コレはそこの商人の息子でございます。私もコレを幼少の頃から見知ってございます故、他人のそら似」
「ではっ!せめて彼と少しでも二人で話をさせてはくれぬか!何か思い出すやもしれぬ!頼む…!」
ダライアスの言葉を遮って前のめりになるイントゥリーグ伯爵。いや、だからダライアスも勘違いだって言ってるじゃん?人の話を聞きなさいよ…
「失望なさると思いますが…」
渋い顔で「付きあってやれ」と私を見るダライアス。ダライアスは男爵で、イントゥリーグ伯爵より身分が下。トチ狂ってるとわかっていても無碍にはできないか…。仕方ない。

ダライアスの用意した客間に、イントゥリーグ伯爵と二人きりになった私。ほくほくと嬉しそうな伯爵がまず取り出したのは、貴族仕様のジャケット。
「これを着てみてはくれんか。息子にと誂えていたものよ」
「ねえ…なんで失踪した息子なのに、服なんかあるの?」
おかしいでしょ。十年も失踪していたのなら、服なんかないはず。それに…息子を探してこんな辺境に来たというのも、おかしな話だ。
「毎年毎年、これくらいかと服を作り続けていたのだよ。見たこともない息子に…愚かだと笑うかね?」
しかし、眉を下げて寂しげに呟いた伯爵に、しまったと思った。その様子は、演技には見えなかったから。本当に可哀想な人の傷を抉ってしまったような気がしたのだ。
「…いえ、」
「…愚かな父の願いを聞いてはくれないかね。見たいのだよ、息子ならどんなに立派になっているかと」
ほら、とジャケットを広げる伯爵に、私は頷いて背を向けた。しかし…
「ッ?!」
着せると見せかけて、ハンカチを鼻に押し当てられ、途端に強い眠気に襲われる。

しまっ……た……!

油断したよ。だって、本当に演技には見えなかったから。うん…思えば半分くらいは本気だったんだ、伯爵は。後悔の念を最後に、私の意識は暗転した。

◆◆◆

ティナに揺すぶられ、気がついた時には、縛られて馬車の座面に転がされていた。
「なっ?!しまった…!」
猛烈な勢いで馬車が走っている。なんとか身体を起こして、外を見ると…
「そこの馬車!止まれー!!」
「スピードが出すぎているぞ!」
後方僅かに遅れて、見覚えのある鎧を纏った騎兵が追いかけてくるのが見えた。あの鎧!モルゲン兵だ!
「おーい!!ここだー!!」
彼らに届けと、声を張りあげる。ここはまだモルゲン領内。拉致られてからそう時間は経っていない。しかし、馬車とは思えないスピードに、騎兵たちは距離を縮められずにいるようだ。よし、魔法で馬車に風をぶつけて減速させよう。早速魔力を…
「サアラ!ダメ!!」
ティナの制止はあと一歩間に合わず。馬車の車内でバチバチと光が炸裂した。魔法を使うと、雷撃魔法の罠が作動する仕組み――
「護送車かよっ!」
囚人を運搬するとき、魔法を使われないように魔力で反応する罠付馬車を使うと聞いたことがある。今乗せられている馬車は、まさにそれだ。魔除けイヤリングがなかったら怪我をしていたところだ。
どうやら魔法に頼らず逃げ出すしかないようだ。とにかく縄から脱出しなければ。

うわーん!両手縛られた状態からの縄抜けなんて無理ィー!

そうこうする間に、馬車はモルゲンの検問に近づいたらしい。大勢の人や馬を蹴散らし――
「ふおっ!?」
衝撃で一瞬、身体が浮いた。前の様子は見えないからわからないけど、どうやら検問のゲートを強引に突き破ったらしい。
うわあ…。
脳裏に浮かんだのは、鉄パイプを振り回しながら高速の料金所を突破する暴走族の画。異世界にも似たようなヤツはいるんだ…ってアホなことを考えている場合ではない。
「ティナ!縄、解くの手伝って!」
街道を乱暴運転でぶっ飛ばす馬車の中、ティナの手も借りて、ようやく縄を抜けた時には、馬車は既にモルゲン領を出て、遥か王都への道をひた走っていた。
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