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少年期編

35 居留地を作ろう

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外国人居留地を作ろう。
作る理由は二つ。一つは防衛力のため。ウィリス村は、モルゲンの力を借りても王国兵には逆らえない。しかも、近くの都市エレインに、強力な攻撃魔法を使う兵がいた。武力で対抗するのは、仮にできたとしても疲弊する未来しかない。だから武力以外で、村に手を出させないための抑止力が欲しい。アルスィル帝国皇帝の縁戚にあたるメドラウド公爵なら、その抑止力にうってつけだ。いざとなれば飛竜でひとっ飛びで来れる距離は魅力的だしね。強突く張りな王国兵といえど簡単に手出しはできないと思うのだ。
二つ目の理由は、労働力の確保。カードゲームの他にワインラベルも売り出すことになったから、ウィリス村民だけでは生産が追いつかなくなることは見えている。既にダライアスを通じてモルゲンからウィリス村に移住者を募っているのだが、まるで反応がない。魔物の暴走と言ったばっかりに、怖がって人が集まらないのだ。居留地ができれば、安全だとアピールできるし、職を求めて人が集まってくると思うんだ。メドラウドの人には、完成した植物紙をラベルに加工するなど、植物紙製造に関わらない作業をお願いしようかと。
ちなみに、居留地計画が動き出したのは、私がアルの手紙を乗っ取ってノーマンさんに取引を持ちかけてから。完全に事後報告となり、話を聞いたヴィクターは、
「幻聴でしょうか…とんでもないことが聞こえました。胃が痛くなってきましたよ…」
とか言いながら、父さんと連れだってメリッサおばさんのところへ胃薬をもらいに行った。ごめんよ、父さんにヴィクター…

◆◆◆

手紙によると、近々ノーマンさん自身が植物紙を見にウィリス村を再訪するという。ダライアスとの日程を調整しておいてくれ、とも書いてあった。そんなわけで…
「勝手なことをするな!!!」
今、私は両脇を父さんとヴィクターに挟まれて、顔を真っ赤にしたダライアスにめちゃくちゃ怒られています。……悪かったよ、勝手に話を進めてさ。
「言ってしまったものはどうしようもない…」
眉間に深い皺を刻み、ダライアスは執事から受け取った胃薬を一気飲みした。
「しかし、相手はメドラウド公か。ならば、植物紙を羊皮紙に代わる筆記用具として売り出してもよかろうな。アルスィルにベイリンの羊皮紙は関わっておらぬ故…」
なんと!
それってすっごい大きな商売になるんじゃないの?!
「筆記用具にするなら、今の植物紙では小さい。大判のものを作れ。メドラウド公が来る前に、だ。」
やっと本当の意味での『紙』が作れるんだ…!ダライアスの命令に私の胸は高鳴った。長らく続けてきた植物紙作りに、大きな転機が訪れようとしていた。

◆◆◆

ウィリス村一行が領主の執務室を出た後。
傍らに控えていた腹心に、ダライアスは人払いを命じた。
「信のおける部下を数人、ウィリスに送れ」
「御意」
恭しく頭を下げた腹心は、ふと主に微笑んだ。
「しかし居留地とは。なかなか面白いことを思いつきますな、あの子供は。」
「あまりアレに染まるな。悪魔のようなガキだぞ。」
渋面を作るダライアスの本当の意図をサイラスは知らない。
実のところ、帝国に植物紙を筆記用具として売りつければ、国内でそれらを売るより遥かにベイリンを刺激する。なぜなら、ベイリンは帝国との関わりを、かの国に開かれた入江の港を喉から手が出るほどに欲しがっているからだ。それが故にベイリンは、入江に僅かな領地を持つモルゲン領に幾度となく食指を伸ばしてくるのだから。
(…帝国とのパイプを太くできるのなら、サイラスの暴挙の結果とはいえ、利用するに越したことはない)
心中で独りごちて、ダライアスは気を引き締めた。パイプを作ることはできても、それを維持するのは至難の業だ。植物紙の製法を、さらに秘匿する必要があるだろう。身分も力も自身より格段に上のメドラウド公。それを上手く惹きつけ、強固な縁を結び続けられるかは、ひとえに領主の腕にかかっている。

◆◆◆

私たちを追いかけるように、ウィリス村にダライアスの部下がやってきた。うん。監視係だ。間違いない。ダライアスの部下二人―ザカリーさんという赤毛の壮年男性と、カリスタさんという艶やかな黒髪の妙齢女性―は、父さんへの挨拶もそこそこに、私とヴィクターを呼び出した。
「帝国の居留地を作ると言ったそうね。では聞くけど、居留地に来た人間は、ダライアス様に従うのかしら?こちらに税を払うと言ったの?そもそも、土地は?借りるの?所有するの?」
のっけから黒髪のカリスタさんの質問……に見せかけた叱責が始まった。ううっ、そ、そんな細かいことなんて後で決めればいいと思ってた。でも、確かに日本の領事館みたいに治外法権とかいろいろ、考えなきゃいけないわけで…
気まずそうに黙りこむ私たちを見たカリスタさんは、その艶やかな黒髪をうんざりという仕草でかきあげた。
「君たちのやったことは、下手をしたら売国行為なのよ?他国の人間、それも帝国の公爵閣下という圧倒的に格上の相手に何の取り決めもなく話を持ちかけるとは、酔狂もいいところ。万が一これを機会にモルゲンが侵略を受けたら、取り返しがつかないのよ?そうではなくても、ダライアス様は戦争に非協力的との印象を持たれているのに。王国側に無謀の疑いを持たれれば、討伐されても文句は言えないの!何っっ千人の領民の生活が!命がかかってるのよ!!わかってんの!!」
ダンッとテーブルを叩くカリスタさん。ひえぇぇ…、怖い。全部正論だから、ぐうの音も出ないよ。
「しかも、出自もわからないエルフを村に入れているとは。よからぬ輩の手先だとは思わなかったのかしら?」
そこも、追及されるとイタい…。フリーデさんがよからぬ輩の手先……じゃないとは言いきれないんだよね。それでも釘を刺しただけで受け入れてしまったのは、私の甘さだ。
「ヴィクター!!あなたがいながら!いったいどんっっな甘っちょろい教育をしていたの!!」
ドゴンッ!!とカリスタさんは再度テーブルを殴りつけた。そしてひと息つくと、
「エレインで化け物騒動があったそうね。茶髪に空色の瞳の子供―『サイラス』とかいう女児が黒幕だって、あちらで噂になっているわ。とある筋からの情報では、あれは『魔の森』が関わっているとかいないとか?」
私たちを睨めつけながら言った。思わずヴィクターと顔を見合わせる。そんなこと、誰が?!
「もう一度言うわ。今の、この、情勢で、ここに居留地とか、目立ち、かつ、巫山戯たことを、持ちかけるのが、モルゲンにとって、どんっっなに、危険か、わかってるの!?」
言葉を切る度にテーブルが拳骨に震える。カリスタさんがさらに続けようとしたとき、まったく空気を読まない訪問者―
「あっら~ん?キイキイるっさいなぁ~と思ったら、貴女、『暴風の使徒』じゃない。こぉ~んなド田舎で燻ってるなんて…落ちぶれちゃってぇ」
フリーデさんが戸口から顔を出して、ニヤリと笑った。
「その声……おまえ、コソ泥の毒使いか!!」
……コソ泥?毒使い??
「サイラス!!」
刹那、私はヴィクターに抱きかかえられて床に転がり、さっきまで座っていたテーブルが目の前で真っ二つになった。何が起こった?!目を見開く私を脇に抱え、ヴィクターは棚に置いてあった本をひったくるや、無駄のない動きで裏口から家を飛び出した。ズザザザッと地面をスライディングした後ろで…

小屋が砂埃をあげて倒壊した。

おいぃぃっ?!

「貴様ァ!!!ここで会ったが百年目!叩き切ってくれるっ!!」
雷を纏うどす黒い魔力の塊の中に、フリーデさんのと思しき金糸がちら見える。
「アハハッ!アンタ遂に堕ちるところまで堕ちたワケ!!あー、お腹痛ァ~い!」
ケタケタ笑っているところを見ると、カリスタさんにやられているわけではなさそう。むしろ楽しんでいる。いやいや…

森の傍で戦闘は厳禁だろ!!

「おい!アンタら!森を騒がすな!!」
ヴィクターに抱えられたちょっと情けない格好で私は叫んだ。しかし、
「いーのよぉ~、アタシたちィ女同士だしぃ」
「魔の森も女の闘いには目を瞑るのね…いいわ、粉微塵にしてやるっ!!」
砂埃の中にチカッチカッと閃光が光り、
雷撃ライトニング!!」

チュドーーン!!

カリスタさんの詠唱で落ちた特大の雷に、ヴィクターの小屋の残骸は跡形もなく吹っ飛んだ。

◆◆◆

「すまなかった。俺のせいで…」
夜、私のもとを訪れたアルが謝った。
「あの時、俺が軽率におまえの名を呼んだから。モルゲンに迷惑を…」
あの夜、舞台にいた私の名を大声で叫んだことを後悔しているらしい。私たちとカリスタさんのやり取りを聞いていたのだという。
「謝らないでよ。アルが呼んでくれたから、俺は目が覚めたわけだし。あのまま寝てたら、もっと悲惨なことになってたかもしれないんだ。アルの行動は間違ってないよ。」
私はからりと笑ってとりなした。実際、あの時目が覚めなかったら…と思うと寒気がするし。
「植物紙のことも、すまない」
俺は父上に命じられるがまま、何も考えてなかったんだ。アルは言った。
「考えて見ればわかるよな。この村は植物紙で生計を立てているのに。それを俺が外部に漏らしたら、」
「それは謝っちゃいけないよ、アル」
彼が皆まで言う前に私は言った。
「情報は奪ったもん勝ちなんだ。それで利を得るのは、別に悪いことじゃないよ。そもそも、アルは帝国のメドラウド側の人間だろ?ウィリスの…他人の利を考えてやる必要はない。」
「うっ」
私は、大切な情報が奪われないように、文字が読めないフリをしてアルを油断させ、手紙を乗っ取ったんだから。これに関してはおあいこだ。お互いが自分のために行動した。それだけだ。
「俺もアルも、いろいろ足んないな」
苦笑してそう言えば、アルも苦い顔をして、
「まだまだだ、俺は…」
緑玉のような綺麗な色の瞳を翳らせた。
「おまえを守るどころか、余計に危険に晒して…」
ありがとうな、アル。君の優しい気持ちだけ、受け取っておくよ。
「今回のことは完全に俺の軽はずみが元だよ、アル。だから、俺が自分自身で挽回しなきゃいけないんだ。」
あの後、私はカリスタさんに頭を下げて頼んだんだ。領地経営を教えてくれと。ヴィクターから歴史は教わったけど、それだけじゃ村を守り、金持ちになんて到底できないとわかったから。情報の得方や、お貴族様との折衝の仕方から何まで。前世とこの異世界とでは、人の考え方も何もかもが違う。いくら便利なシステムを知っていても、それがこちらの人間の考え方に見合ったやり方でないなら意味がないんだ。前世の記憶全てがチートで楽勝なワケ、ないだろ?

◆◆◆

翌朝、更地になったヴィクターの小屋跡には、なぜか一面に毒々しい色のキノコがニョキニョキ生えていた。……雷撃が落ちたんだよ?黒こげの地面なんだよ?養分とかないんだけど…
「そのキノコに触っちゃダメだよ、サアラ」
ティナが注意してくれた。触っただけでも皮膚が爛れる猛毒キノコらしい。怖っ!
「あのコソ泥エルフの仕業よ。ほっといたら化けキノコスクイッグになるから、燃やすわよ」
カリスタさんが来て、問答無用でキノコに火炎魔法を放つ。すると…
「ウフフフ~、ざ~んねん!燃やすと大っきくなっちゃうんだからぁ」
フリーデさんの声の方向にカリスタさんが即座に雷撃魔法(特大)を放ち、少し離れた灌木の繁みが丸焦げになった。
「フンッ、逃げたわ」
鼻を鳴らすカリスタさんの前で、焼けたはずの毒キノコが復活した。そして小さなキノコが寄せ集まって一つになって…

全長二メートルくらいの巨大エリンギが出来上がった。

「うへ…」
「ウ、ヘ…?」
エリンギが喋った…。見ていると、エリンギの柄から短い手足が生え、ヨッコイショと立ち上がった。同じく柄の真ん中辺りに皺が寄り、目、鼻、口のような窪みができた。顔か……気持ち悪っ!
「その子は不死身のスクイッグちゃんよぉ~、全身毒キノコだしぃ~、胞子に触ると痺れちゃうから気をつけてねぇ~」
笑い含みのフリーデさんの声が風に乗って聞こえてきた。
「ゴミね」
心底見下した視線を投げるカリスタさん。ティナがちょいちょいと、私の服をつっついた。 
「サアラ、ソレに名前をつけて」
「名前?」
「名前をつけたら、ソレはサアラの言うことを聞くし、毒も効かなくなるの」
なるほど。フリーデさんの嫌がらせだけど、村の中を不死身の巨大毒キノコに闊歩させるわけにはいかないもんね。多分、コイツ積極的にカリスタさんに絡んでいきそうだし、そうしたら村が雷撃魔法の餌食に……悪夢だ。
よし、名前つけよう。
「おい、そこの化けキノコスクイッグ、おまえ今日から『エリンギマン』な」
ずも~と突っ立つ化けキノコスクイッグをビシイッと指さし、超テキトーな名前をつけた。
「ふっ!?」
めっちゃ魔力を持っていかれた。巨大エリンギのくせに…。ティナの時もだけど、名前をつけると魔力を大きく消耗する。魔力切れにはならなかったけど、足元がフラフラだ。カリスタさんが呆れた眼差しをくれた。
「ゴミに名前つけてどうするのよ?こんな知能の低い魔物、なんの役にも立たないわよ。心配しなくても私がその都度雷撃で」
そんなことしたら村が灰になっちゃうよ…

エリンギマンには、森の入口に座っておいてもらうことにしました。
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