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幼少期編
11 領主の会計係
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ダライアスが勉強を教えてくれると言ったのは、本当だった。と言っても、あのオジサンが直接手取り足取り教えてくれるってわけじゃない。オフィーリアお嬢様の隣で家庭教師によるお勉強を聞く機会を与えられたってだけだ。ちなみに筆記用具なし。
……。
もう一回言う。
筆記用具なし。
羊皮紙は高級品だからくれとは言わない。けどさ、石板とチョークもないのか、この世界。ド根性かよ?!
けど、この待遇は破格なんだそうだ。家庭教師から耳にタコができるくらい言われたことだけど。
私=領主の息子=貴族の端くれ、と今まで認識していた。ところが、家庭教師曰く私は平民で、貴族ではないのだという。そもそも父親のアイザックも、平民であって厳密には貴族ではないのだそうだ。アイザックは、あくまでもダライアスが任命したモルゲン領ウィリス村の代官であって、仮にも村を治める者が平民では示しがつかないから、名目だけの『貴族』位を与えているんだそうな。つまり、平民が人の上に立つことを良しとしていないんだね。人の上に立つ者は皆貴族、って考え方なんだろうな。……面倒くさい。
そんなわけで、不平不満は言うなと最初に釘を刺された。だから私はまず数字だけを徹底して覚えることにした。具体的には、習った数字を忘れないうちに裏庭の土に棒きれで書きまくって、自作の書き順覚え歌みたいなのを歌う。この繰り返し。……数字を表す文字は画数が少ないけど、アラビア数字よりも複雑な形で大変だったよ。ちなみに、異世界も数は10進法。……よかった。
なんとか数字を覚えると、ダライアスの家来で帳簿をつけているセドリックという男のところへ赴いた。
「ここで働かせて下さい!」
部屋に入るやデカい声で訴える。我ながら、まるで某アニメ映画でゆば〇ばに叫ぶあの子をやってる気分だよ。部屋の主たるセドリックは、私をひと目見るや眉をひそめた。
「ガキはすっこんでろ。」
「計算は得意です。働かせて下さい!」
私のこれからがかかっている。絶対に諦めないからね!
「遊んでやる暇はない。」
対するセドリックはにべもない。私は叫んだ。
「1537+569は2106!12×12は144!」
「……は?」
「2397+4269+12+853-1477は6054!」
なめるな私の前世の頭脳!そろばんやってたから暗算は得意。てきとーに数式を作っては答を言いまくってアピールする。
「5374601+…」
「45フロリン16ソルド、2フロリン3ソルド、13フロリン9ソルド、92フロリン8ソルド、合計いくらになる?」
よしきた!
「153フロリン16ソルド!」
答を叫ぶと、セドリックは羽根ペンを置いて眉間を揉んだ。
「俺、疲れているのかな…?幻聴が聞こえる…」
「ここで働かせて下さーい!!」
◆◆◆
結果。私はセドリックの助手の座を手に入れた。まだ、帳簿――羊皮紙に直接書き込む許可はもらってない。だけど、下書き用だとセドリックから石板とチョークをもらった。私から「頂戴」って言ったんだけどね。おかげで、お嬢様のお勉強を覚えるのがだいぶ楽になった。仕事で使うから、あんちょこにはできないけど。相変わらず土に書きまくって、自作の覚え歌を歌うのは変わらない。
「…悪魔みたいなガキだ」
私の書いた計算式を見て、セドリックが唸っている。私が計算して石板に下書きを書き、セドリックが羊皮紙に清書するのだ。
「おまえ…。実は悪い奴に変な薬でガキにされたいい年の大人です、とかじゃないよな?」
ガリガリと羽根ペンを動かしながら、セドリックが割と本気な顔で聞いてきた。コ〇ンくんか。ちがうよ。
「俺…明日死んだりしないよな?」
知らん。
セドリックの手伝いは、とても実りの多いものだった。石板とチョークのこともあるけど、お嬢様(※子供)との勉強じゃ百以上の数なんて出てこないし、何よりこの世界の帳簿がわかったのがよかった。ちなみに単式簿記。帳付けのバイトとかできそう。
◆◆◆
そんなある日。大変なことが発覚した。
セドリックが、基本的な計算を間違えて覚えていたのだ。え?大したことないじゃんって?ノンノン!セドリックは、領主の会計担当。つまり、税金の計算とかもやっているわけで…誤差の累計金額が大変なことになっていたのだ。
始まりは、私の「そろばんとかないの?」って質問。なんとこの異世界、そろばんがなかった。じゃ、どうやって複雑な計算するんだ?そこで出てきたのが『算棒』――マッチ棒みたいな棒切れだ。プラスチック製で色がついていたら、小学生の算数セットの数え棒そのものだよ。原始的過ぎて使い勝手が悪く、抽出の肥やしになっていた。
ダメじゃん。
そんなわけで、石板にそろばんの絵を描いて使い方を説明して…セドリックは早速そろばんを知り合いの職人に作らせた。
「なんだよコレ!超便利じゃん?!」
喜んでそろばんを弾いていたセドリックだが…仕事をしていくうちにだんだんとその顔が青ざめていった。
「おおお…俺、ずっと計算間違ったまま何年も書類作ってて…てことは1年の誤差がひひ…100フロリン以上?!ええぇ!!」
ちなみに、フロリンっていうのは金貨。1フロリンが金貨1枚で、ソルド銀貨20枚分と等しい。それで、ソルド銀貨1枚はディル銅貨24枚分と等しい。モルゲンの一般市民の年収が20~30フロリン。いかにデカい金額かわかるだろう。しかも、税金を100フロリン以上多く取ったのではなく、100フロリン以上少なく取っていたのだから笑えない。
「俺、首くくる!死ぬ!」
「落ち着けって!大丈夫だから!早まるなぁ!」
パニクって騒ぐデカい男を五歳児がどうこうできるはずがない。落ち着かせる努力はしたけど。何事かと様子を見に来た召使いたちも加わって大騒ぎになり、
「何ごとだ…!」
鬼に見つかった。
ことの顛末を知ったダライアスは、眉間に深い皺を刻んで深い深いため息を吐いた。
ここ、ダライアスの執務室。壁の絵画から戦装束の女が睨みつけてくる――いや、きっと『勝利の女神』的な絵なのだ。彼女の足の下に死屍累々が描かれているけど、決して悪い意味の絵じゃない。断じて夜中に絵から抜け出してくる的なホラー要素はない……はず。
机の前には死刑囚みたいに虚ろな表情で背を丸めたセドリック、私。
「またおまえか。サイラス。」
え?私?なんで私?
「また妙なモノを作りおって。なんだこれは。」
ダライアスの手にはそろばん。セドリックが作らせたやつだ。
「そろばん。計算機だよ。」
算棒よりよっぽど使いやすいぜ、と私が胸を張る横で、セドリックがよよと頽れた。
「俺が至らないせいで…俺が…」
がっくりと項垂れたまま、譫言みたいに謝罪をしながら震えている。セドリックは平民だ。年収三年分の損を毎年やらかした失態は、彼にはあまりに重すぎたようだ。
「…過去は変えられん。そして、過ちがわかったからには、何もしないで済ませるわけにはいかん。」
重々しくダライアスが言った。うん…やっちゃったもんはどうしようもないんだけど…
「いや、セドリックは咎めなしだよ。」
大丈夫なんだな、コレが。ニカッと私はダライアスに笑った。
「なに」
鋭い目つきをするダライアスに、私は持ってきた羊皮紙を見せつけた。セドリックから石板をもらったおかげで、少しずつ文字を覚えた私。帳簿によく出てくる単語ならわかる。
「ほら、これって『国税』だよな?」
羊皮紙――帳簿の年間支出の一項目を指差す。
「『国税』は、領民が収めた税金総額の2割を上納金ってことで国に差し出してる。しかも…領の税金総額が一定額を超えると上納金の率が増えるんだよな。4割にさ。モルゲン領は今までギリギリ2割…なぁ、」
「それ以上ふざけたことを言えば首を飛ばすぞ、サイラス。」
地を這うような声と鬼の形相でダライアスが凄んできた。おうふ。でも、引き下がらないからね。だってこれは…
「セドリックはダライアス様の意図をくみ取り、忠実に実行した。そうですよね?」
まっすぐダライアスを睨んで言う。そう。セドリックはセドリックなりに辻褄を合わせようとした。命令に従い、自分なりに仕事をしただけ。
書類を見ていたからわかる。モルゲン領は、本来なら国税2割では済まない領なのだ。つまり、ダライアスは帳簿の数値を偽装し、国税を安くしていたのだ。
「……今回だけは目を瞑る。だが、今回だけだ。」
私の言いたいことがわかったのか、苦み走った顔をセドリックに向け、ダライアスは命じた。
「帳簿を改竄することも、破棄することも許さぬ。今後気を引き締めろ。」
深くは調べるな、と暗に含めるダライアス。上司が100フロリンが可愛く思えるくらいの改竄をしていたんだ。国税を安くするために。収入税額を100フロリンちょっと少ない数字を書いた部下を褒めることこそすれ、罪に問えるわけがない。
セドリックは、泣いて喜んでいた。たぶん、帳簿はつけていても、そこから何も読み取ってなかったんだろう。だから、領主による税金改竄にも気づかなかった。大変な失態をしたのに、寛大な領主様は厳重注意で許してくださった…くらいに受け取っているのだろう。まあ、数字からあれこれ探ってくる部下って上からしたらあまり気分のいいもんじゃないしね。ダライアスよ、セドリックは間抜けなところもあるけど、正直者で秘密主義のアンタには都合のいい部下だよ。手放さずにおいてやりなよ。
◆◆◆
なんだかんだ言って、そろばんは量産される運びとなった。算棒よりも遥かに便利な計算道具は、あっという間にモルゲンに浸透した。ダライアスの発明品みたいになっているのが、納得がいかないといえばいかないけど。
それで。
セドリックと私の日常は、何の変化もなく……というわけにはいかなかった。いや、セドリックは変わらなかったんだよ。何も。変わったのは私の周辺。監視――目つきの恐いゴリマッチョが、ぴったり私に張りつくようになったのだ。俺ってば、五歳児なのに危険人物扱い。なんだかな~。
「なあサイラスよ…。おまえ、今からでもダライアス様に謝ってこい?」
コソコソとセドリックが耳打ちしてきた。なんでよ。
「デカい男に睨まれながら仕事したくねーよ。」
それは私もだよ…!セドリックはまだぶつくさ言ってきたが、スルーした。あの監視役は、たぶん牽制だ。目立つ行動をしなきゃ何もしてこない。たぶん……。全く喋らないからわかんないけど。
しばらくは大人しくしておこうかな、と考えていた私だったけど、騒動は思わぬところからやってくる。
……。
もう一回言う。
筆記用具なし。
羊皮紙は高級品だからくれとは言わない。けどさ、石板とチョークもないのか、この世界。ド根性かよ?!
けど、この待遇は破格なんだそうだ。家庭教師から耳にタコができるくらい言われたことだけど。
私=領主の息子=貴族の端くれ、と今まで認識していた。ところが、家庭教師曰く私は平民で、貴族ではないのだという。そもそも父親のアイザックも、平民であって厳密には貴族ではないのだそうだ。アイザックは、あくまでもダライアスが任命したモルゲン領ウィリス村の代官であって、仮にも村を治める者が平民では示しがつかないから、名目だけの『貴族』位を与えているんだそうな。つまり、平民が人の上に立つことを良しとしていないんだね。人の上に立つ者は皆貴族、って考え方なんだろうな。……面倒くさい。
そんなわけで、不平不満は言うなと最初に釘を刺された。だから私はまず数字だけを徹底して覚えることにした。具体的には、習った数字を忘れないうちに裏庭の土に棒きれで書きまくって、自作の書き順覚え歌みたいなのを歌う。この繰り返し。……数字を表す文字は画数が少ないけど、アラビア数字よりも複雑な形で大変だったよ。ちなみに、異世界も数は10進法。……よかった。
なんとか数字を覚えると、ダライアスの家来で帳簿をつけているセドリックという男のところへ赴いた。
「ここで働かせて下さい!」
部屋に入るやデカい声で訴える。我ながら、まるで某アニメ映画でゆば〇ばに叫ぶあの子をやってる気分だよ。部屋の主たるセドリックは、私をひと目見るや眉をひそめた。
「ガキはすっこんでろ。」
「計算は得意です。働かせて下さい!」
私のこれからがかかっている。絶対に諦めないからね!
「遊んでやる暇はない。」
対するセドリックはにべもない。私は叫んだ。
「1537+569は2106!12×12は144!」
「……は?」
「2397+4269+12+853-1477は6054!」
なめるな私の前世の頭脳!そろばんやってたから暗算は得意。てきとーに数式を作っては答を言いまくってアピールする。
「5374601+…」
「45フロリン16ソルド、2フロリン3ソルド、13フロリン9ソルド、92フロリン8ソルド、合計いくらになる?」
よしきた!
「153フロリン16ソルド!」
答を叫ぶと、セドリックは羽根ペンを置いて眉間を揉んだ。
「俺、疲れているのかな…?幻聴が聞こえる…」
「ここで働かせて下さーい!!」
◆◆◆
結果。私はセドリックの助手の座を手に入れた。まだ、帳簿――羊皮紙に直接書き込む許可はもらってない。だけど、下書き用だとセドリックから石板とチョークをもらった。私から「頂戴」って言ったんだけどね。おかげで、お嬢様のお勉強を覚えるのがだいぶ楽になった。仕事で使うから、あんちょこにはできないけど。相変わらず土に書きまくって、自作の覚え歌を歌うのは変わらない。
「…悪魔みたいなガキだ」
私の書いた計算式を見て、セドリックが唸っている。私が計算して石板に下書きを書き、セドリックが羊皮紙に清書するのだ。
「おまえ…。実は悪い奴に変な薬でガキにされたいい年の大人です、とかじゃないよな?」
ガリガリと羽根ペンを動かしながら、セドリックが割と本気な顔で聞いてきた。コ〇ンくんか。ちがうよ。
「俺…明日死んだりしないよな?」
知らん。
セドリックの手伝いは、とても実りの多いものだった。石板とチョークのこともあるけど、お嬢様(※子供)との勉強じゃ百以上の数なんて出てこないし、何よりこの世界の帳簿がわかったのがよかった。ちなみに単式簿記。帳付けのバイトとかできそう。
◆◆◆
そんなある日。大変なことが発覚した。
セドリックが、基本的な計算を間違えて覚えていたのだ。え?大したことないじゃんって?ノンノン!セドリックは、領主の会計担当。つまり、税金の計算とかもやっているわけで…誤差の累計金額が大変なことになっていたのだ。
始まりは、私の「そろばんとかないの?」って質問。なんとこの異世界、そろばんがなかった。じゃ、どうやって複雑な計算するんだ?そこで出てきたのが『算棒』――マッチ棒みたいな棒切れだ。プラスチック製で色がついていたら、小学生の算数セットの数え棒そのものだよ。原始的過ぎて使い勝手が悪く、抽出の肥やしになっていた。
ダメじゃん。
そんなわけで、石板にそろばんの絵を描いて使い方を説明して…セドリックは早速そろばんを知り合いの職人に作らせた。
「なんだよコレ!超便利じゃん?!」
喜んでそろばんを弾いていたセドリックだが…仕事をしていくうちにだんだんとその顔が青ざめていった。
「おおお…俺、ずっと計算間違ったまま何年も書類作ってて…てことは1年の誤差がひひ…100フロリン以上?!ええぇ!!」
ちなみに、フロリンっていうのは金貨。1フロリンが金貨1枚で、ソルド銀貨20枚分と等しい。それで、ソルド銀貨1枚はディル銅貨24枚分と等しい。モルゲンの一般市民の年収が20~30フロリン。いかにデカい金額かわかるだろう。しかも、税金を100フロリン以上多く取ったのではなく、100フロリン以上少なく取っていたのだから笑えない。
「俺、首くくる!死ぬ!」
「落ち着けって!大丈夫だから!早まるなぁ!」
パニクって騒ぐデカい男を五歳児がどうこうできるはずがない。落ち着かせる努力はしたけど。何事かと様子を見に来た召使いたちも加わって大騒ぎになり、
「何ごとだ…!」
鬼に見つかった。
ことの顛末を知ったダライアスは、眉間に深い皺を刻んで深い深いため息を吐いた。
ここ、ダライアスの執務室。壁の絵画から戦装束の女が睨みつけてくる――いや、きっと『勝利の女神』的な絵なのだ。彼女の足の下に死屍累々が描かれているけど、決して悪い意味の絵じゃない。断じて夜中に絵から抜け出してくる的なホラー要素はない……はず。
机の前には死刑囚みたいに虚ろな表情で背を丸めたセドリック、私。
「またおまえか。サイラス。」
え?私?なんで私?
「また妙なモノを作りおって。なんだこれは。」
ダライアスの手にはそろばん。セドリックが作らせたやつだ。
「そろばん。計算機だよ。」
算棒よりよっぽど使いやすいぜ、と私が胸を張る横で、セドリックがよよと頽れた。
「俺が至らないせいで…俺が…」
がっくりと項垂れたまま、譫言みたいに謝罪をしながら震えている。セドリックは平民だ。年収三年分の損を毎年やらかした失態は、彼にはあまりに重すぎたようだ。
「…過去は変えられん。そして、過ちがわかったからには、何もしないで済ませるわけにはいかん。」
重々しくダライアスが言った。うん…やっちゃったもんはどうしようもないんだけど…
「いや、セドリックは咎めなしだよ。」
大丈夫なんだな、コレが。ニカッと私はダライアスに笑った。
「なに」
鋭い目つきをするダライアスに、私は持ってきた羊皮紙を見せつけた。セドリックから石板をもらったおかげで、少しずつ文字を覚えた私。帳簿によく出てくる単語ならわかる。
「ほら、これって『国税』だよな?」
羊皮紙――帳簿の年間支出の一項目を指差す。
「『国税』は、領民が収めた税金総額の2割を上納金ってことで国に差し出してる。しかも…領の税金総額が一定額を超えると上納金の率が増えるんだよな。4割にさ。モルゲン領は今までギリギリ2割…なぁ、」
「それ以上ふざけたことを言えば首を飛ばすぞ、サイラス。」
地を這うような声と鬼の形相でダライアスが凄んできた。おうふ。でも、引き下がらないからね。だってこれは…
「セドリックはダライアス様の意図をくみ取り、忠実に実行した。そうですよね?」
まっすぐダライアスを睨んで言う。そう。セドリックはセドリックなりに辻褄を合わせようとした。命令に従い、自分なりに仕事をしただけ。
書類を見ていたからわかる。モルゲン領は、本来なら国税2割では済まない領なのだ。つまり、ダライアスは帳簿の数値を偽装し、国税を安くしていたのだ。
「……今回だけは目を瞑る。だが、今回だけだ。」
私の言いたいことがわかったのか、苦み走った顔をセドリックに向け、ダライアスは命じた。
「帳簿を改竄することも、破棄することも許さぬ。今後気を引き締めろ。」
深くは調べるな、と暗に含めるダライアス。上司が100フロリンが可愛く思えるくらいの改竄をしていたんだ。国税を安くするために。収入税額を100フロリンちょっと少ない数字を書いた部下を褒めることこそすれ、罪に問えるわけがない。
セドリックは、泣いて喜んでいた。たぶん、帳簿はつけていても、そこから何も読み取ってなかったんだろう。だから、領主による税金改竄にも気づかなかった。大変な失態をしたのに、寛大な領主様は厳重注意で許してくださった…くらいに受け取っているのだろう。まあ、数字からあれこれ探ってくる部下って上からしたらあまり気分のいいもんじゃないしね。ダライアスよ、セドリックは間抜けなところもあるけど、正直者で秘密主義のアンタには都合のいい部下だよ。手放さずにおいてやりなよ。
◆◆◆
なんだかんだ言って、そろばんは量産される運びとなった。算棒よりも遥かに便利な計算道具は、あっという間にモルゲンに浸透した。ダライアスの発明品みたいになっているのが、納得がいかないといえばいかないけど。
それで。
セドリックと私の日常は、何の変化もなく……というわけにはいかなかった。いや、セドリックは変わらなかったんだよ。何も。変わったのは私の周辺。監視――目つきの恐いゴリマッチョが、ぴったり私に張りつくようになったのだ。俺ってば、五歳児なのに危険人物扱い。なんだかな~。
「なあサイラスよ…。おまえ、今からでもダライアス様に謝ってこい?」
コソコソとセドリックが耳打ちしてきた。なんでよ。
「デカい男に睨まれながら仕事したくねーよ。」
それは私もだよ…!セドリックはまだぶつくさ言ってきたが、スルーした。あの監視役は、たぶん牽制だ。目立つ行動をしなきゃ何もしてこない。たぶん……。全く喋らないからわかんないけど。
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