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幼少期編

04  腐り花

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ウィリス村は田舎の農村だ。村人は全員知り合い、子供同士もそう。つまり、その程度の人口だ。

そして、小さなコミュニティにありがちなことだけど、よそ者は敬遠される。よそ者=私、ね?一応、私は村で一番偉いアイザックの息子なので、悪口を言われるわけでも嫌がらせをされるわけでもない。話しかければ答えてくれるし、遊んでもくれるけど…、壁?っていうのかな。当たり障りなくって感じでさ。仕方ないとわかってるけど、気にならないわけでもない。


そんなある日、私は三人の子供たちが明らかに大人の目を気にしてゴソゴソ話しあっているのを見つけた。
え~と、メンバーは…?赤みの強い金髪に紅い瞳はリチャード、ツンツンした深緑色の髪の頭一つ大きいのはダドリーだね。で…柔らかそうな榛色はしばみいろの髪をお下げにした細い後ろ姿は、シェリルかな?

この異世界、髪の色が超バリエーション豊かだ。青髪とか緑髪とか普通にいる。そのうち、ピンクとか紫とか出てきたりしてね。
それはさておき。

なんだろう?内緒話?悪だくみ?

後者なら、シェリルがいるのは妙だ。そういう子じゃないし。と、三人のうちリチャードが私の視線に気づいた。とりあえず、「よお!」と片手をあげる。ついでに、子供らしく無邪気に、「何やってんの~?」と聞いてみた。
「な、なんでもないの。ちょっと話していただけよ。ね?リチャード」
「そうだ!なんっっにもねーぞ!」
「もう帰るとこだったんだ。じゃあな」
うん。いつもの反応だね。マズい奴に見つかっちゃった。後で話そうぜってか?やってきたのがサイラスよそ者と見るや、それぞれに余所余所しい笑みを浮かべて、三人は散り散りになった。わかりやすい仲間はずれだ。いつものことだと割り切ってるし、子供とは言え、内緒話の中には思わぬ地雷があったりする。その時はそれで終わった。

しばらくして、もうそろそろ夕飯だなぁ、という頃。私はまたあの三人がひそひそゴソゴソやっているのを見つけた。何だろう。こう何度も話し合うなんて、けっこう大きな悩みごとなんだろうか。私はこっそり、三人の話に聞き耳をたてた。
「けど…やっぱり危ないよぉ」
ペールグリーンの瞳を翳らせ、弱々しく言うのはシェリル。
「でも、親父たちが狩りをしたばっかだし。俺は大丈夫だと思う。ここんとこ、獣も出ないだろ。」
このキンキンした声は……リチャードだな。狩り?獣?ほほう?
「怖いならシェリルは待っててもいいんだぞ。俺たちだけで採ってくる。道は知ってるしな」
渋るシェリルを宥めるようにダドリーが言った。
「でも…私のおばあちゃんの薬草を採りに行くのに…」
か細いシェリルの声が言った。
ははーん。この子たち、薬草を採りに大人の目を盗んで、こっそり森に入る気なんだ。話によると決行は明日の早朝。ふむ。

魔物が出るから森には入るな、とアイザックたちは口を酸っぱくして言う。この異世界、なんと魔物が存在する、超ファンタジーな世界なのだ。アイザックたちの話――脅しとも言う――によると、森にはグラートンという熊に似た大型で凶暴な魔獣が生息しているらしい。
私はもう一度三人の子供たちを見た。
服、フツー。武器、ナシ。
ヤバくね?なんの装備もなく、子供だけで熊(?)注の森に入るのは、おねーさん、危ないと思うよ?いや、グラートンを見たことない私が言うのも何だけどさ。

◆◆◆

そして、翌朝。
日の出前のまだ暗い時間帯。コソコソと森に入る三人の前に、私は立ちはだかった。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!俺も仲間に入れてくれよ!」
渾身のギャグをかまして登場……心配だからついていくよ~ん!頑張って早起きしました。
本当はこの子たちの森行きを止めるべきなんだろう。けど、たった五年くらいしかこの世界で生きていない私でも、シェリルの気持ちは痛いほどにわかるんだ――ここは日本と違って高水準な医療はなく、病気になったら薬草頼み。身体の弱い老人や子供は、特にだ。だから、森行きを止めるのではなく、薬草探しを手伝ってササッと帰れるように、三人について行くことに決めたのだ。
「なっ…サイラス!?」
「ふわぁあ~」
私の登場は、よほど予想外だったのだろう。リチャードとシェリルが間抜けな悲鳴をあげ、険しい表情のダドリーが「シッ!」と辺りを窺った。
「何のつもりだ、サイラス。」
「おっ!はじめて名前呼んでくれたな!ダド…もががッ」
ダドリーに口を押さえられ、私は近くの茂みに引っ張りこまれた。
「(阿呆!大人に気づかれるだろ!)」
「(ねぇ、俺もまぜてよ!)」
「(帰れ。アンタはお荷物だ。)」
「(迷惑かけないからさぁ!お願い!)」
茂みの中での押し問答は、長くは続かなかった。慌てて飛びこんできたリチャードによって。
「(やべぇ!誰か出てきた!)」
「(仕方ない。行こう!)」
そんなわけで、私とその三人は茂みに身を隠しながら、森――ウィリスの森へと入っていった。

◆◆◆

村に覆いかぶさるように木々を繁らせるウィリスの森。幼児は入るな、な森のため、私は初めて足を踏み入れる。ちゃんと村人たちが踏みしめた獣道があり、道なき道を行くのではなくてホッとした。身体能力は五歳児なので、道なき道だと歩けないもん。
ぱっと見は静かな朝の森。言っておくけど、緑眩しい爽やかな森ではない。高く茂った木々が空を覆い隠し、鬱蒼として暗く、色彩的には暗緑色。灰色の木の幹には、蛇のような太い蔦が絡まり、こびりつくように生えた寄生植物のモシャモシャした塊があちらこちらに見える。ヒラヒラと毒々しい色合いの大きな蝶が飛び、私たちを侵入者と警戒しているのか、鋭い鳥の鳴き声も聞こえる。ひと言で言えば、出そうな雰囲気ありありの森だ。
今のところ、魔物らしき姿は見えない。でも、警戒はしておいた方がいいよね。きょろきょろしながら、三人の後に続く。時々、ダドリーがちら、ちらと私を振り返る。一番年上だから、年下の私がちゃんとついてきているか心配なのだろう。目を合わせると、気まずげに目を逸らされた。

獣道を小一時間ほど歩くと、開けた場所に出た。小さな湖があり、辺りは下草が綺麗に刈られ、人の手が入っているとわかる。ここが薬草の採集ポイントだろうか。
「薬草ってこの辺?」
尋ねたけど、無視された。シェリルとリチャードがきょろきょろして、湖のほとりの茂みに分け入っていく。ついていこうとすると、
「おまえはこの先に来るな。足場が悪い。」
ダドリーに注意された。ああ、石がゴロゴロ転がっているね。下草が刈ってあるから、薬草を捜すシェリルとリチャードの姿はよく見える。なら、おねーさんはここから見守ることにしようかな。薬草の特徴をダドリーに尋ねたのだが…
「毒草もあるから、おまえは手を出すな」
と、にべもない。役立たず認定ですか。むぅ。眉をひそめる私に、ダドリーは懐から小さな袋を取り出して、押しつけた。
「獣寄せだ。デカい獣が来たら、遠くにソレを投げて来た道を逃げろ。わかったな?」
曰く、獣を呼び寄せる粉なんだそうだ。森で獣に遭遇したら、獣寄せを遠くに投げて逃げる。間違っても自分にかけるなよ、と注意を受けた。被ったら最後、獣に延々追われる羽目になるんだろう。
「ダドリーのは?俺にくれて大丈夫なのか?」
答はない。睨まれただけだ。
「なあ、」
背を向けたダドリーに私は言った。
「もし、このことがバレたら、俺のせいにしろ。俺が勝手に森に入ったのをアンタたちが止めようと追いかけたってことにすればいい。」
この子たちの中で、身分が一番高く、且つ(精神)年齢的には私が一番年上だし。それに、もし森行きがバレたら、間違いなくシェリルとその家族が肩身の狭い思いをする。私の軽はずみなら、アホな子供一人叱りつければ済むでしょ?
ダドリーは、振り返って「?」と首を傾げたけれど、二人を追って茂みに入っていった。


じぃ~…と、数メートル先で薬草を捜す三人の背中を見つめる。立っていても疲れるので、その辺りにしゃがみこんだ私。しゃがむと、視線が低くなり、繁みの下とか、見えなかったモノが見えてくるわけで…
(うわ!なんだアレ~!?)
灌木の陰に、形だけなら『ミズバショウ』に似た『何か』が群生しているのを見つけた。しゃがんでよくよく観察する。ああ、形と大きさは『ミズバショウ』そっくりだ。その植物は、葉っぱが半透明な白で光沢があり、花……がくか?は薄いピンク色。で、顔みたいな皺?窪み?がある。キモいなこの花。さらにじぃーっと観察していると、そのキモい花の根本から細ーいつるみたいなのがシュルシュルとこっちに伸びてきた。
「??」
ナニコレ?食虫植物的なもの?
とりあえずそこら辺に落ちていた小枝を拾って伸びてきた蔓に近づけると、素早く絡みついた蔓が小枝をへし折った。ほほーう。
いったん茂みから離れて少し太い小枝と、繊維質でポッキリ折れなさそうな小枝を調達した。これならどうだっ!

◆◆◆

シュルシュル シュルシュル

そして半刻後。
私はすっかりその人面花を攻略していた。攻撃に一番有効なのは、繊維質でしなやかな小枝だ。小枝を人面花の上でホイホイして蔓が絡みついたところで、ヒョイッと不意を突く感じで釣り上げる。そうしたら、根からスポーンと抜けるのだ。まあ、抜かれたら人面花もマズいと思うのか、小枝を放して逃げるんだけどね。けど、それは小枝を二刀流にすれば封じられる。ホイホイするときに、上手いこと蔓を煽って結んでしまうと、釣り上げても逃げられないのだ。逃げられなかった人面花は結び目をどうにもできなくて、小枝の下でぴょんぴょんしている。ンフフ…いい眺めだ。
私はリチャードたちを見守りに来たのもすっかり忘れ、キモ花釣りに夢中になった。

◆◆◆

後ろから三人の話し声と、地面を踏みしめる音が聞こえてきて、私はハッと我にかえった。おうふ…キモ花釣りに夢中になって、見守りをすっかり忘れていたわ。いかんいかん…。釣りをやめて、私は三人に向き直った。
「うわっ!」
「キャーッ」
「げっ?!」
三者三様にギョッと目を剥く三人。ああ、キモ花か…
「ふふ…どう?俺の獲物!」
釣り上げた人面花、しめて5匹。私は自慢げに釣果を掲げた。ちなみに、追加の小枝があればもっと釣る自信がある。けど、得意になっていた私は完全に油断していて気づかなかった。釣り残した人面花の蔓が、私の足に絡まろうと伸びてきたことに。
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