26 / 49
CHAPTER.4 旧態依然な灰緑(キュウタイイゼンナハイミドリ)【天体衝突3ヶ月前(冬)】
§ 4ー2 12月10日 突然の告白
しおりを挟むすぐに私を見つけられなくても、絶望しないでください。
私がその場所にいない場合は、別の場所で私を探してください。
どこかであなたを待っています。
ウォルター・ホイットマン (Walter Whitman)
♦ ♦ ♦ ♦
--神奈川県・喫茶ル・シャ・ブラン--
「ずっと、好きでした!」
週初めの月曜日。平日の夜とはいえ、以前は閉店間際までくつろぐ常連客で埋まっていた客席は、7割ほど空席になっていた。出来る仕事も片付け手持ち無沙汰になったところに、店長から休憩を命じられた。アイスコーヒーにストローとガムシロップ、ポーションミルクを1つずつ。スタッフルームで先に休んでいた店長の一人娘の蜜柑ちゃん。「おつかれ」と椅子に座ると、「あ、おつかれさまです、颯太さん」とソワソワし出す。テーブルの上にある新聞を片付けたり、リップを塗り出したり、前髪を触り出したり。
「どうしたの?」と不思議に尋ねると、背筋を伸ばして座る。深呼吸を1つ。こちらを見つめる。
そして、発せられた言葉。
発した後に、肩を狭めて顔を真っ赤にして目を逸らす。いじらしく、しおらしい様子は素直にかわいいと思ってしまった。
…………
天体パンドラへの核兵器による攻撃が失敗してから3ヶ月。垂らした墨汁が透明な水を少しずつ濁していくように、世界はゆっくりと黒ずんでいた。
黒き魔女となったパンドラは依然として地球への衝突軌道を辿っており、連日、衝突回避の施策や被害のシミュレーション映像がTV報道された。
1カ月前に決行された、アメリカの隠していたUFO技術による電磁波を使った作戦(俗称:ヨハネス作戦)も、世界中が3日間停電するほどの電力を照射したが期待に応える成果もなく失敗した。進行中の残った核兵器での第2次ルードヴィヒ作戦も、前回の1万発に対して3千発強の発射と悪足掻きでしかないものに人々は希望を抱くことができないでいた。
パンドラとの接触ないし接近による被害の想定は、控えめに言っても恐竜絶滅と同規模になる予想に誰もが感情を揺さぶられずにはいられなかった。
一番多く報道されたのは『引力による水位の変化』による被害についてだ。数百メートルの水位の上昇が平野部にある都市を水没させてしまう予想から、多くの人や企業が標高の高い場所への移住・移転を真剣に考えだしていた。
また、生活必需品の買い溜めが深刻な問題になっていた。トイレットペーパー、薬、オムツ、生理用品。その他にも、下着や衣類・保存がきく食料・水・電池や手動発電機……多岐に渡るものが品薄になり、それらの転売も横行した。各国の輸出入の制限も強まり、物価は上昇し、一般生活への影響が深刻になっていた。
ある国の者は祈っていた。
ある国の者は泣き崩れていた。
ある国の者は怒り叫んでいた。
この国の者はいつもの生活を営んでいた。
それは、この国の神が社会規範であるから。生活に苦渋や不平があっても、多くの国民は神の意向に沿う生き方に隷属する。それにより、行政・インフラ・交通・通信・商業・物流・教育など多少の支障はあるものの、人々が日常を送るためのライフラインはまだ機能していた。協調・共生の檻が本能を希薄にしているのかもしれない……。
…………
「……ごめん。蜜柑ちゃん」
目を見つめて彼女に答える。スッと肩の力が抜けたのが見てとれた。
「い、いや、そう……ですよね。なんか、突然変なこと言っちゃって、すいませんでした」
一段と顔が紅くなる。視線は俯き、所在なさげにオドオドしている。彼女の心からの声に、颯太も心からの声で返さなければフェアじゃないという思いに駆られる。
「ありがとう、蜜柑ちゃん。こんなおれを好きって思ってくれて嬉しいよ。でも今はさ、好きとか付き合うとか考えられないんだ……。彩のこと、匡毅のこと、バンドのこと、家のこと、自分のこと……。ホントにいろいろ考えなきゃいけなくてさ」
自分に言い聞かせるように颯太は話した。肩を落とした蜜柑ちゃんの瞳に映る自分が妙に情けなく見えた。
彩は入院している母を待ち続けるだろう。匡毅はル・シャ・ブランを辞めて就職活動を続けているようだが上手くいってないようだ。また、黒い翼も舞衣が抜けてからバンド活動は休止中だ。
「嬉しい? そう思ってくれるんですか? それなら言って良かったかもです」
潤んだ瞳で無理くり笑う。
「実は……お父さんとこの先の事を話していまして……。山梨の親戚の家に避難しようかって。この店もしばらく締めようかって……。そうなったら、もう颯太さんたちと会えなくなるかもって思ったら……」
潤んだ瞳から一筋の雫が流れる。
「きっとまた会えるよ、蜜柑ちゃん。またライブもするから、応援しにきてよ。きっといいライブにするからさ」
溢れる涙とウウゥ……と漏れる声を隠すように蜜柑ちゃんは顔を手で覆う。
なんの根拠もなく無責任に未来のことを話したのは、彼女を励ます以上に、颯太自身が今現在の自分の置かれた状況に希望を見出したいと願っていたからである。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる