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直下型の恋
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会社も世間もお盆休みの中、音川はインドの件をサポートすべく出勤していた。
現地で体力を大幅に消耗した速水と高屋にはどう考えても休暇を取らせるべきで、元からそのつもりであったし、連休中の経過観察を申し出たのだった。
大阪の実家に帰る予定はしているから、交通機関の混雑を外せて返ってありがたい。
今のところ特に問題は報告されず、通常業務は開店休業状態で、副業の開発は進め放題。
そして、泉との距離を縮めていく時間も十分にある。
しかし、それは音川にとって、とても新鮮で……同時に、厳しかった。
思いが通じて幾日後、音川は甘い地獄を経験する。
リビングのソファで軽くおやすみのキスを交わし、抱き締めたところまでは良かった。
「音川さ、ん……」
かすれた声は音川の耳をくすぐり、官能を刺激する。
これ以上は抱きしめ潰してしまうかもしれないと怖くなった音川が腕の力を緩めると、泉はするりと身体を抜いて、おぼつかない足取りで離れて行く。
いつもなら音川は寝室へ、泉は客間へとそれぞれの寝床へ分かれるのだが……
その夜、泉はぽそりと呟いたのだ。
「寝室、行ってますね……」
「えっ!?」
狼狽する音川を置いて、泉はリビングから消えた。寝室の扉を開くカチャリという音が淫猥に届く。
『口説いて欲しい』
あの夜に聞いた泉の甘い声が脳裏に蘇り、ぞくりと脳幹から背筋が震える。
しかし、同じ家にいることを利用して、もう本格的に身体を重ねるのは即席過ぎて気が引ける。
まあ、泉が望めば、それは即撤回されるが。
しばしの煩悶の後、音川はその場で一際大きいため息をついた。
今、彼を独りにするという選択肢は無い。
それを横目にマックスがトコトコと猫ならぬ足音を立てて廊下へ出て行く。
そうか、あいつがいるか……。なら、大丈夫かもしれない。
少し開かれていた寝室の扉を音川が引くと、泉は肌掛けを軽く被りベッドの片側を律儀に空けて横たわっていた。
マックスはその枕元に座り、毛繕い中だ。
「あ、来た」
「来ましたけど、ね……」
音川も並んで仰向けに横たわると、マックスが起き上がって泉の胸の上をのしのしと歩いて移動し、ちょうど2人の頭の間に収まるようにして座り込んだ。
「おまえは本当に賢い猫だね」
音川に褒められたマックスが満足げにゆっくり瞬きし、香箱座りをする。
その頭をひと撫でしてから、音川はナイトテーブルの上に置いてあったリモコンでシーリングライトを消した。
漆黒の闇が落ちる。
しかし目を閉じても眠れる訳無く、音川は自分の心臓の音に集中していたが、このまま無言で横たわったまま朝を迎えてしまったら心臓がオーバーヒートして燃え尽きるかもしれないと思い、口火を切った。
「今夜は……どうしたい?」
薄掛けがぱさりと擦れる音がして、マックスの向こうにいる泉の身体が、音川へと向くのが分かった。
泉が望むことは何でもしてあげたいし、望まないことは何一つしない。
「あの……、手を繋いで寝てもいいですか?」
その控えめな泉のリクエストに、音川はぎゅっと心臓を掴まれたような気がして胸を咄嗟に押さえた。
「……ダメですか?」
「いや、そうじゃないんだ」
音川も身体ごと横に向けて、泉に向き合う。
「可愛らしさが限界を超えただけ。ベッドで手を繋いでいる方が、セックスなんかよりずっと……深くて貴重だと思って」
「そう?」
「俺にとってはね。確かな繋がりがある相手でないと、できないから」そう言いながら、音川は右手を滑らせて泉の左手に触れると、指を絡めて、優しくなぞった。
マックスは、その腕が邪魔になったのか、はたまた気を利かせたのか、ベッドを降りて行った。音川が空かせていたドアの隙間から、するりと抜け出す。
「あの……聞くのは怖いけど……」泉は絡ませた指にぎゅっと力を入れた。
「音川さんは、本当に僕でいいんですか?」
「ん。でも、寝室で言うのは少し、信頼性に欠けるかな」
「聞きたい」
「そうか……。歯止めをかけていたから、いざとなるとなかなか、だな」
「それなら、また今度でも、」
「いや、きちんと伝えるべきことだから」音川は身動ぎ、少しだけ距離を詰めた。「あのね、最初に2人で会議通話した日に、きみが少しだけ口を滑らせたの、覚えてる?」
んー…と泉は小さく唸った。些細なことだから、覚えていなくて当然だ。
「たしか、『画面共有するね?』って、まるで子供かペットにでも話しかけるような柔らかさで俺に言ったんだ」
「あ。思い出しました。恥ずかしかった……」
「その時、頭を思いっきり鉄の塊で殴られたのかと思うほど、可愛いという感情が一気に押し寄せた。危うく、声に出して言ってしまうところだった」
「そんな風に思ってくれたなんて、全然気が付きませんでした。あの日はめちゃくちゃ緊張していたんです。朝だったからか、ヘッドフォン越しの音川さんの声がとても低くて、鼓膜の震えが分かるくらいざらついていて……。かっこよさに頭が真っ白になりそうだったんです。でも、仕事では絶対に認められたいし、もうどうしていいか」
「俺も泉のやさしい声が好きだよ。気持ちがとても落ち着く」
暗闇でも分かる泉の熱い視線を受け、音川はゆっくりとまばたきをして、続けた。「俺は、可愛いなんていう感情を会社の人間に抱いてしまった自分にかなり戸惑った。あり得ないことだから」
「今まで社内恋愛は?」
「ありえねぇよ。責任ある者が部下に惚れたところで碌なことにならないのは、泉も十分知っているでしょ。まあ、俺はそもそも仕事関係者をそういう対象に見れない。
……と、確信していたんだが、よりによって自分が教育担当として任された新人に……惚れるなんてね。俺にとっては天地がひっくり返るくらいの出来事なんだよ」
「音川さんが、優しかったり冷たかったりしたのは、それで?」
「そうだね。まるで自分が自分でなくなるような奇妙な感覚が恐ろしかった。そのせいで、俺自身でも気が付かないうちに泉に辛く当たったかもしれない。情けないよなあ」
「そんなことはないですよ。音川さんが少し壊れちゃうのって、僕の前だけってことに気が付いたので。余計に、好きになった」
「壊れるってなんだよ」音川が愉快そうに言う。「まあ、自覚はあったけど。もうね、きみの何もかもが愛しくなってしまって仕方なかったんだ。部下に……急激に恋に落ちていく自分が受け入れがたくて、でも、それは異常な快感で。
なあ泉。いつかきみが、『なぜ結婚しないのか』って聞いてきたことがあっただろ」
「はい。性格に難があるって音川さんにはぐらかされた」
「そう。俺自身が正しい答えを持っていなかったんだ。でも、今なら答えられる。俺が恋愛や結婚を完全に理解できていなかったからだと。
『恋に理屈は通用しない』って俗説的に言われるだろ?結局蓋を開けてみればそういうことだったんだなと、今まさに、自分でそれを実証している」
「もう、理解できた?」
「その透明な瞳に見つめられると、すべてかなぐり捨てて、ありのままの自分できみの前に居たくなる。論理や、理由や、モラルさえ、もうどうでもいい」
音川は、繋いだ手を口元に持っていき、そっと口付けた。
「泉が好きだよ、とても。そしてこれからもずっと」
「……僕も、」
聞けば、泉は随分前から音川を知っていたと言う。
休憩室で会話をしたエピソードを聞かされて、音川は首をひねった。
「それ、本当に俺だった?」
「間違いないです」
「新入社員の前で来客用のコーヒーを使うとは俺らしくないが……。いや、泉からすれば俺らしいのか。何も考えずに行動したんだろうな。何かを共有したくなったのかもしれない——本能的に」
「あの時、窓辺に立っている音川さんを何度も頭の中でデッサンしていたんです。目が緑色に輝いて、まるで夜を歩く豹のようで……すごくカッコよかった。僕は、完全に、一目惚れです」
音川は、はにかむしかなかった。
泉は、素直さに拍車がかかったようで、まっすぐな言葉で伝えてくる。
社会的な立場に捕らわれて——それは正しい判断ではあったが——行動に移せなかった音川とは正反対だ。
しかし、悩み、葛藤してきた時間こそが泉への気持ちを確固たるものにしたのだ。
有限である時間全てを捧げたいと思うほどに。
「少し、自信が付いた。保木と向かい合うのに、迷いが無かったと言えば嘘になるからな。もう堂々と出しゃばってやる」
「ねえ、音川さん。例えば、僕が非常に飢えている時に、音川さんが舐めている飴を取り上げて、自分の口に入れたらハラスメントだと思います?」
「なんだそれ。まあ、衛生観念を疑うが、ハラスメントには感じないなあ」
「では、飢えた音川さんが僕の飴を取り上げて、自分の口に入れたら?」
「それは、パワハラかもな」
「じゃあ、僕が自分の口から飴を出して、それを飢えた音川さんに差し出したら?」
泉は見えない飴を指先でつまむようにして、指先を差し出した。
「受け取る気がする」
「でも世間的にみれば、それでも上司である音川さんが断るべきだと言うでしょ。どんな状況下であっても、上の方が我慢しなきゃいけない風潮。それくらい僕だって理解していますよ。でも、本当の事情は本人同士にしか分からないんです。僕が飴を差し出した理由は愛情であって、上下関係じゃない」
「衛生観念どうなってんの」
「音川さんねえ、いつも聞くけど、僕の話聞いてます?」
「いつも言うけど聞いてるよ。なあ、2人とも飢えてるの?その状況って」
「そうですね。飴は1個しかないから早い者勝ち」
「だとしたら俺の答えは、」と言いながら音川は繋いだ手をぐいと引き寄せて、泉に覆いかぶさった。
指先で顎を掴み泉の唇を開かせ、舌を割り込ませる。
ぬるりと柔らかい口内を蹂躙し、唾液を吸い取る。身体の下で、泉が脱力するのが分かる。まるでほろりと一瞬で溶ける角砂糖のように。
「こうして一緒に舐めればいい。平等に」
「り、理解してもらえて、よかったです」
音川はもう一度、今度は軽く口付けをして、自分の身体を引き剥がした。
「おやすみ」
「あ……おやすみなさい」
しっかりと絡ませあった指が朝まで解かれないことを祈り、音川は目を閉じた。
現地で体力を大幅に消耗した速水と高屋にはどう考えても休暇を取らせるべきで、元からそのつもりであったし、連休中の経過観察を申し出たのだった。
大阪の実家に帰る予定はしているから、交通機関の混雑を外せて返ってありがたい。
今のところ特に問題は報告されず、通常業務は開店休業状態で、副業の開発は進め放題。
そして、泉との距離を縮めていく時間も十分にある。
しかし、それは音川にとって、とても新鮮で……同時に、厳しかった。
思いが通じて幾日後、音川は甘い地獄を経験する。
リビングのソファで軽くおやすみのキスを交わし、抱き締めたところまでは良かった。
「音川さ、ん……」
かすれた声は音川の耳をくすぐり、官能を刺激する。
これ以上は抱きしめ潰してしまうかもしれないと怖くなった音川が腕の力を緩めると、泉はするりと身体を抜いて、おぼつかない足取りで離れて行く。
いつもなら音川は寝室へ、泉は客間へとそれぞれの寝床へ分かれるのだが……
その夜、泉はぽそりと呟いたのだ。
「寝室、行ってますね……」
「えっ!?」
狼狽する音川を置いて、泉はリビングから消えた。寝室の扉を開くカチャリという音が淫猥に届く。
『口説いて欲しい』
あの夜に聞いた泉の甘い声が脳裏に蘇り、ぞくりと脳幹から背筋が震える。
しかし、同じ家にいることを利用して、もう本格的に身体を重ねるのは即席過ぎて気が引ける。
まあ、泉が望めば、それは即撤回されるが。
しばしの煩悶の後、音川はその場で一際大きいため息をついた。
今、彼を独りにするという選択肢は無い。
それを横目にマックスがトコトコと猫ならぬ足音を立てて廊下へ出て行く。
そうか、あいつがいるか……。なら、大丈夫かもしれない。
少し開かれていた寝室の扉を音川が引くと、泉は肌掛けを軽く被りベッドの片側を律儀に空けて横たわっていた。
マックスはその枕元に座り、毛繕い中だ。
「あ、来た」
「来ましたけど、ね……」
音川も並んで仰向けに横たわると、マックスが起き上がって泉の胸の上をのしのしと歩いて移動し、ちょうど2人の頭の間に収まるようにして座り込んだ。
「おまえは本当に賢い猫だね」
音川に褒められたマックスが満足げにゆっくり瞬きし、香箱座りをする。
その頭をひと撫でしてから、音川はナイトテーブルの上に置いてあったリモコンでシーリングライトを消した。
漆黒の闇が落ちる。
しかし目を閉じても眠れる訳無く、音川は自分の心臓の音に集中していたが、このまま無言で横たわったまま朝を迎えてしまったら心臓がオーバーヒートして燃え尽きるかもしれないと思い、口火を切った。
「今夜は……どうしたい?」
薄掛けがぱさりと擦れる音がして、マックスの向こうにいる泉の身体が、音川へと向くのが分かった。
泉が望むことは何でもしてあげたいし、望まないことは何一つしない。
「あの……、手を繋いで寝てもいいですか?」
その控えめな泉のリクエストに、音川はぎゅっと心臓を掴まれたような気がして胸を咄嗟に押さえた。
「……ダメですか?」
「いや、そうじゃないんだ」
音川も身体ごと横に向けて、泉に向き合う。
「可愛らしさが限界を超えただけ。ベッドで手を繋いでいる方が、セックスなんかよりずっと……深くて貴重だと思って」
「そう?」
「俺にとってはね。確かな繋がりがある相手でないと、できないから」そう言いながら、音川は右手を滑らせて泉の左手に触れると、指を絡めて、優しくなぞった。
マックスは、その腕が邪魔になったのか、はたまた気を利かせたのか、ベッドを降りて行った。音川が空かせていたドアの隙間から、するりと抜け出す。
「あの……聞くのは怖いけど……」泉は絡ませた指にぎゅっと力を入れた。
「音川さんは、本当に僕でいいんですか?」
「ん。でも、寝室で言うのは少し、信頼性に欠けるかな」
「聞きたい」
「そうか……。歯止めをかけていたから、いざとなるとなかなか、だな」
「それなら、また今度でも、」
「いや、きちんと伝えるべきことだから」音川は身動ぎ、少しだけ距離を詰めた。「あのね、最初に2人で会議通話した日に、きみが少しだけ口を滑らせたの、覚えてる?」
んー…と泉は小さく唸った。些細なことだから、覚えていなくて当然だ。
「たしか、『画面共有するね?』って、まるで子供かペットにでも話しかけるような柔らかさで俺に言ったんだ」
「あ。思い出しました。恥ずかしかった……」
「その時、頭を思いっきり鉄の塊で殴られたのかと思うほど、可愛いという感情が一気に押し寄せた。危うく、声に出して言ってしまうところだった」
「そんな風に思ってくれたなんて、全然気が付きませんでした。あの日はめちゃくちゃ緊張していたんです。朝だったからか、ヘッドフォン越しの音川さんの声がとても低くて、鼓膜の震えが分かるくらいざらついていて……。かっこよさに頭が真っ白になりそうだったんです。でも、仕事では絶対に認められたいし、もうどうしていいか」
「俺も泉のやさしい声が好きだよ。気持ちがとても落ち着く」
暗闇でも分かる泉の熱い視線を受け、音川はゆっくりとまばたきをして、続けた。「俺は、可愛いなんていう感情を会社の人間に抱いてしまった自分にかなり戸惑った。あり得ないことだから」
「今まで社内恋愛は?」
「ありえねぇよ。責任ある者が部下に惚れたところで碌なことにならないのは、泉も十分知っているでしょ。まあ、俺はそもそも仕事関係者をそういう対象に見れない。
……と、確信していたんだが、よりによって自分が教育担当として任された新人に……惚れるなんてね。俺にとっては天地がひっくり返るくらいの出来事なんだよ」
「音川さんが、優しかったり冷たかったりしたのは、それで?」
「そうだね。まるで自分が自分でなくなるような奇妙な感覚が恐ろしかった。そのせいで、俺自身でも気が付かないうちに泉に辛く当たったかもしれない。情けないよなあ」
「そんなことはないですよ。音川さんが少し壊れちゃうのって、僕の前だけってことに気が付いたので。余計に、好きになった」
「壊れるってなんだよ」音川が愉快そうに言う。「まあ、自覚はあったけど。もうね、きみの何もかもが愛しくなってしまって仕方なかったんだ。部下に……急激に恋に落ちていく自分が受け入れがたくて、でも、それは異常な快感で。
なあ泉。いつかきみが、『なぜ結婚しないのか』って聞いてきたことがあっただろ」
「はい。性格に難があるって音川さんにはぐらかされた」
「そう。俺自身が正しい答えを持っていなかったんだ。でも、今なら答えられる。俺が恋愛や結婚を完全に理解できていなかったからだと。
『恋に理屈は通用しない』って俗説的に言われるだろ?結局蓋を開けてみればそういうことだったんだなと、今まさに、自分でそれを実証している」
「もう、理解できた?」
「その透明な瞳に見つめられると、すべてかなぐり捨てて、ありのままの自分できみの前に居たくなる。論理や、理由や、モラルさえ、もうどうでもいい」
音川は、繋いだ手を口元に持っていき、そっと口付けた。
「泉が好きだよ、とても。そしてこれからもずっと」
「……僕も、」
聞けば、泉は随分前から音川を知っていたと言う。
休憩室で会話をしたエピソードを聞かされて、音川は首をひねった。
「それ、本当に俺だった?」
「間違いないです」
「新入社員の前で来客用のコーヒーを使うとは俺らしくないが……。いや、泉からすれば俺らしいのか。何も考えずに行動したんだろうな。何かを共有したくなったのかもしれない——本能的に」
「あの時、窓辺に立っている音川さんを何度も頭の中でデッサンしていたんです。目が緑色に輝いて、まるで夜を歩く豹のようで……すごくカッコよかった。僕は、完全に、一目惚れです」
音川は、はにかむしかなかった。
泉は、素直さに拍車がかかったようで、まっすぐな言葉で伝えてくる。
社会的な立場に捕らわれて——それは正しい判断ではあったが——行動に移せなかった音川とは正反対だ。
しかし、悩み、葛藤してきた時間こそが泉への気持ちを確固たるものにしたのだ。
有限である時間全てを捧げたいと思うほどに。
「少し、自信が付いた。保木と向かい合うのに、迷いが無かったと言えば嘘になるからな。もう堂々と出しゃばってやる」
「ねえ、音川さん。例えば、僕が非常に飢えている時に、音川さんが舐めている飴を取り上げて、自分の口に入れたらハラスメントだと思います?」
「なんだそれ。まあ、衛生観念を疑うが、ハラスメントには感じないなあ」
「では、飢えた音川さんが僕の飴を取り上げて、自分の口に入れたら?」
「それは、パワハラかもな」
「じゃあ、僕が自分の口から飴を出して、それを飢えた音川さんに差し出したら?」
泉は見えない飴を指先でつまむようにして、指先を差し出した。
「受け取る気がする」
「でも世間的にみれば、それでも上司である音川さんが断るべきだと言うでしょ。どんな状況下であっても、上の方が我慢しなきゃいけない風潮。それくらい僕だって理解していますよ。でも、本当の事情は本人同士にしか分からないんです。僕が飴を差し出した理由は愛情であって、上下関係じゃない」
「衛生観念どうなってんの」
「音川さんねえ、いつも聞くけど、僕の話聞いてます?」
「いつも言うけど聞いてるよ。なあ、2人とも飢えてるの?その状況って」
「そうですね。飴は1個しかないから早い者勝ち」
「だとしたら俺の答えは、」と言いながら音川は繋いだ手をぐいと引き寄せて、泉に覆いかぶさった。
指先で顎を掴み泉の唇を開かせ、舌を割り込ませる。
ぬるりと柔らかい口内を蹂躙し、唾液を吸い取る。身体の下で、泉が脱力するのが分かる。まるでほろりと一瞬で溶ける角砂糖のように。
「こうして一緒に舐めればいい。平等に」
「り、理解してもらえて、よかったです」
音川はもう一度、今度は軽く口付けをして、自分の身体を引き剥がした。
「おやすみ」
「あ……おやすみなさい」
しっかりと絡ませあった指が朝まで解かれないことを祈り、音川は目を閉じた。
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