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第三計画
社交界での評判を落とすためには2
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仮面舞踏会の会場は王都にある元・公爵邸だった。金銭的に行き詰まり手放したものを商人が買い取ったらしい。
ホストは『ヴァイキングホーン』を名乗る紳士で角のついた面を被っていた。出席者は全員、顔を全てか目元をしっかり隠す仮面をしていて人相はほぼわからない。肌が透けそうなモスリンのドレスを着ている淑女も多く、紳士も騎士から道化までいろいろな衣装で参加していた。
演奏されているのが暗めのワルツの旋律なのもあって、明かりを落とし気味の大広間の光景は、艶やで不気味だ。
男女が格式張らずに踊っているのはいいが、どこか肌の触れ合いも多く感じる。
「中に娼婦も混じっているからね。絶対に僕から離れないように」
ヒューバートの言葉にジュリアは真面目に頷いた。ジュリアの顔は蝶を模した黒が基調の仮面が鼻から額を覆っている。金の装飾がなされ模造宝石が散りばめられていても、他の人が被っている仮面に比べればとても質素で上品だった。それがこの場での安心感に繋がっていた。
ドレスが社交界デビューの時のものしかなかったせいか、ドレスと仮面のちぐはぐさが人の目を引くのか、よく振り返られていた。
ジュリアがヒューバートの腕は離さないように緊張していると、背中に紳士の手がぶつかってくる。もうこれで何度目だろう。
腕や背中、時には腰にまでだ。わざわざ狭い所を通って来なくてもいいのにとジュリアはうんざりしていた。
「失礼」
謝りながらも無表情な白い仮面にぽっかり空いた目が、こちらを値踏みするように見てくるのも何度目だろうか。
羽扇で口元を隠しながらジュリアは顔をつんと逸らした。そしてヒューバートに囁きかける。
「離れないわ。でももう、帰りたいの……」
思った以上にこの雰囲気は苦手だった。物語の世界のように美しくもあるが、艶めかしい空気がどうにもだめだ。
白い仮面で顔を覆ったヒューバートは、その中から笑い声を漏らす。
「まだ一曲も踊っていないのに。でも賢明だよ。醜聞というのは、こういう所を楽しめるくらいの気持ちでないと立てるものじゃない。社交界は噂好きな癖に、忘れっぽいしね」
ヒューバートの厳しい口調に、身に染みたジュリアは沈痛な面持ちで頷く。
「私が間違っていたわ」
「経験しないとわからないというのは考えものだ。さあ、帰ろう」
とりあえず、ドレスの注文を済ませたら田舎に帰って、それからこれからの事を考えよう。そう考えると心が楽になった。
ほっとしたジュリアは、下ろした髪を後ろからすごい力で引っ張られた。体が後ろに引っ張られて倒れる、と思った。
「この泥棒猫!」
こけそうになった体をヒューバートに支えられ、髪から手が離れた。頭に残った痛みに声も出せずにいると甲高い声に怒鳴られて、ジュリアは目を白黒させる。
「やめるんだ」
ヒューバートはジュリアの顔を隠すように腕の中に抱きこんでくれたが、猫のような仮面を被った女は彼に拳をぶつける。
「最近来てくれないと思っていたら、浮気してたんだね!」
口調で彼女が貴族階級でないとわかった。激高していることも。
「落ち着くんだ」
「その娘はどこの館の子だい!」
二人のやりとりから深い関係があるのだろうと思った。彼女はジュリアをヒューバートの新しい愛人だと思っているのだろう。
違うのと誤解を解きたくなった時、辺りに響くような大仰な声が響き渡った。
「お嬢様」
ぬっと現れた燕尾服姿に泣き顔の白い仮面の男2人が、喚く女の両腕を捉えて後ろに引っ張る。女性に対する容赦の無い扱いにジュリアは唖然とする。
「騒ぐのはご法度です。さぁ、こちらに」
離せ! と怒鳴りながら大広間の外に連れて行かれる女をジュリアが呆然と見送っていると、ホストであるヴァイキングホーンがそばにやってきた。
「レディ、お怪我はありませんか」
「ええ、大丈夫よ……」
返事をしてしまったジュリアは、ヒューバートに腕を軽く叩かれ窘められる。
「問題ない。彼女は疲れてしまったようだから馬車を回してほしい」
「そうですか……。残念です」
ずるずると引きずられていった女が姿を消すと、何事も無かったかのように大広間には喧騒が戻った。
今のことが余興のひとつでもあったかのように受け流す人々にジュリアはぞっとする。
ジュリアはヒューバートの腕を握りしめて、ふと尋ねた。
「彼女はどうなるの」
「……出入り禁止、かな」
ヒューバートの口調に心配の色を嗅ぎ取ったジュリアは、彼の腕から離れて背筋を伸ばす。
「行ってあげて」
「駄目だよ。君から離れられない」
首を横に振った彼に、ジュリアは強く訴える。
なんとなく、大事な方なのでしょうとは聞きづらかった。男女の色事はよくわからない。
「馬車を回してもらえるのよね。玄関ホールで待っているから」
「……わかった。ジュリア、すまない。ありがとう」
ヒューバートと大広間を一緒に出て、控えていた使用人に彼女の居場所を聞いてから、ジュリアは彼と別れて玄関ホールへと階段を急いで降りた。
玄関ホールには不思議なほどまったく人がいなかった。人の裸に動物の頭がついた異国の彫像が等間隔で並んでいて、明るくない玄関に不気味に立っている。
……王宮とは大違いだわ。
比べる所がそもそも違うのだと思いつつ、心細く馬車が来るのを待っていると人の話し声が近づいてきた。
人の目に触れたくなくて、ジュリアはその彫像のひとつの裏に隠れる。
「今日は早くも一人確保できましたな。媚薬を飲ませてさっそく味見させていますが、商売女のようであまり受けが良くない」
しっかりと聞き取れる声ゆえに、話の内容の不穏さがわからなかった。ジュリアは彫像の台に身を溶け込ませるようにゆっくりとしゃがみこむ。
「この間の市井の娘は」
「ええ、良い仕上がりでして。あと数回はこちらで稼げそうです。その後はいつものごとく、売ります」
「我が借金は」
「……お客様の要求が高くなってきまして。どこかのご令嬢を啼かしたいと」
「令嬢か。何人か首が回らぬ賭博仲間がいる。娘がいたはずだ。13だったか14だったか」
年齢を聞いた話し相手の男は手を叩いて声を弾ませる。
「ええ、ええ。そういった年頃を好む嗜好の持ち主で。借金が綺麗になる日も近いですな。……そういえば、今夜は毛色の違う方がいらっしゃいましたね」
「浅葱色のドレスに、黒蝶の仮面か」
……私!
ジュリアの心臓がドクンと跳ね上がった。口を押えて声が出ないようにするだけで必死だった。立ち去ろうにも、足も手も震えて逃げ出せそうもない。
「あれは、私が味わいたい。とびきりの葡萄酒を彼女に」
「仰せのままに。……ああ、味見が終わったようです」
身の危険を感じながらも、ジュリアは彫像の後ろから声のする方向を覗き込む。
男たちに猫の仮面をしたさっきの女が引きずられてやってくるところだった。体にまったく力が入っていないようで、頭ががくがくと落ちているだけでなく、体もふらふらと揺れている。
「男色もおりますのでこれも」
……ヒューバート!
そこには仮面を外され、手首を後ろ回され縛りあげられたヒューバートがいた。気を失っているのか、床に転ばせられてもビクとも動かない。
ジュリアは愕然としたまま男たちを見比べた。
一人は栗毛色の髪、瞼の腫れた目尻の垂れた目、唇は退屈そうに山の形を描いている。腹の出た浮腫んだ身体は小豆色の立衿のフロックコートにブリーチズ、水色のウエストコートに身を包んでいた。金色の飾り釦、フロックコートの立派な花の刺繍をみるに、かなり身分の高い人物だとわかった。
もう一人は大きな衿に、白地の服に赤や青の色があしらわれた道化の恰好をしている。とても太っていて、先程から汗をずっと拭っていた。
道化姿の男が木靴でヒューバートの背中を蹴る。
「細身で綺麗な顔をしている。これはこれで喜ばれます」
「我が借金の足しになるか」
「ご令嬢をなんとか……」
「食えぬ……」
自分のせいでヒューバートが危険な事に巻き込まれてしまった。ジュリアは後悔と恐怖で混乱していたが、大声で叫んで助けを呼ぶことくらいはできるかもしれないと思いいたる。
ジュリアが震える膝を叱りつけて立ち上がり、安全な場所から出ようとした瞬間、凛とした声がホールに響いた。
「誰一人動くな! 身分も聞かぬ、捕らえもせぬ! ただし、動いたものは逃げたと見なし、投獄する!」
つい先日、聞いたばかりのアレクの声だった。ジュリアは安堵にその場に崩れ落ちる。
厳格な鉄紺色の軍服に身を包んだアレクは、従えていた兵をホールへと送り込んだ。先程までいた男二人は消えて、玄関ホールには支えを失って横たわったままびくびくと震えている女と、気を失ったままのヒューバートが残されている。
「ヒューバート!」
ジュリアは叫びながら彼に駆け寄って肩を叩きながら名を呼ぶ。
「ヒューバート! 起きて、ねぇ、ヒューバート!」
「大丈夫だよ、可愛い人。気絶しているだけだ」
アレクに手を差し伸べられて、ジュリアはゆっくりと顔を上げる。途中、軍服の袖口の赤色に立派な金色の刺繍が眩しくて目を細めた。
「ど、うして……」
仮面があっても身分はわかってしまうのだろうか。それとも、誰にでもアレクは可愛い人だというのだろうか。
「ジュリア、何を見て、何を聞いたか、聞かせてもらえるかな」
アレクの手が、ジュリアの仮面を取る。
「泣いたら可愛い顔が台無しだ」
顔をしっかりと確認したのに、ここにいることを責めもしない、暖かくて優しい声だった。
「殿下……。私が悪いの……。投獄するなら、私にしてください……」
ジュリアはそう言って、自分の顔を覆った。
ホストは『ヴァイキングホーン』を名乗る紳士で角のついた面を被っていた。出席者は全員、顔を全てか目元をしっかり隠す仮面をしていて人相はほぼわからない。肌が透けそうなモスリンのドレスを着ている淑女も多く、紳士も騎士から道化までいろいろな衣装で参加していた。
演奏されているのが暗めのワルツの旋律なのもあって、明かりを落とし気味の大広間の光景は、艶やで不気味だ。
男女が格式張らずに踊っているのはいいが、どこか肌の触れ合いも多く感じる。
「中に娼婦も混じっているからね。絶対に僕から離れないように」
ヒューバートの言葉にジュリアは真面目に頷いた。ジュリアの顔は蝶を模した黒が基調の仮面が鼻から額を覆っている。金の装飾がなされ模造宝石が散りばめられていても、他の人が被っている仮面に比べればとても質素で上品だった。それがこの場での安心感に繋がっていた。
ドレスが社交界デビューの時のものしかなかったせいか、ドレスと仮面のちぐはぐさが人の目を引くのか、よく振り返られていた。
ジュリアがヒューバートの腕は離さないように緊張していると、背中に紳士の手がぶつかってくる。もうこれで何度目だろう。
腕や背中、時には腰にまでだ。わざわざ狭い所を通って来なくてもいいのにとジュリアはうんざりしていた。
「失礼」
謝りながらも無表情な白い仮面にぽっかり空いた目が、こちらを値踏みするように見てくるのも何度目だろうか。
羽扇で口元を隠しながらジュリアは顔をつんと逸らした。そしてヒューバートに囁きかける。
「離れないわ。でももう、帰りたいの……」
思った以上にこの雰囲気は苦手だった。物語の世界のように美しくもあるが、艶めかしい空気がどうにもだめだ。
白い仮面で顔を覆ったヒューバートは、その中から笑い声を漏らす。
「まだ一曲も踊っていないのに。でも賢明だよ。醜聞というのは、こういう所を楽しめるくらいの気持ちでないと立てるものじゃない。社交界は噂好きな癖に、忘れっぽいしね」
ヒューバートの厳しい口調に、身に染みたジュリアは沈痛な面持ちで頷く。
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「経験しないとわからないというのは考えものだ。さあ、帰ろう」
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「この泥棒猫!」
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「やめるんだ」
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「落ち着くんだ」
「その娘はどこの館の子だい!」
二人のやりとりから深い関係があるのだろうと思った。彼女はジュリアをヒューバートの新しい愛人だと思っているのだろう。
違うのと誤解を解きたくなった時、辺りに響くような大仰な声が響き渡った。
「お嬢様」
ぬっと現れた燕尾服姿に泣き顔の白い仮面の男2人が、喚く女の両腕を捉えて後ろに引っ張る。女性に対する容赦の無い扱いにジュリアは唖然とする。
「騒ぐのはご法度です。さぁ、こちらに」
離せ! と怒鳴りながら大広間の外に連れて行かれる女をジュリアが呆然と見送っていると、ホストであるヴァイキングホーンがそばにやってきた。
「レディ、お怪我はありませんか」
「ええ、大丈夫よ……」
返事をしてしまったジュリアは、ヒューバートに腕を軽く叩かれ窘められる。
「問題ない。彼女は疲れてしまったようだから馬車を回してほしい」
「そうですか……。残念です」
ずるずると引きずられていった女が姿を消すと、何事も無かったかのように大広間には喧騒が戻った。
今のことが余興のひとつでもあったかのように受け流す人々にジュリアはぞっとする。
ジュリアはヒューバートの腕を握りしめて、ふと尋ねた。
「彼女はどうなるの」
「……出入り禁止、かな」
ヒューバートの口調に心配の色を嗅ぎ取ったジュリアは、彼の腕から離れて背筋を伸ばす。
「行ってあげて」
「駄目だよ。君から離れられない」
首を横に振った彼に、ジュリアは強く訴える。
なんとなく、大事な方なのでしょうとは聞きづらかった。男女の色事はよくわからない。
「馬車を回してもらえるのよね。玄関ホールで待っているから」
「……わかった。ジュリア、すまない。ありがとう」
ヒューバートと大広間を一緒に出て、控えていた使用人に彼女の居場所を聞いてから、ジュリアは彼と別れて玄関ホールへと階段を急いで降りた。
玄関ホールには不思議なほどまったく人がいなかった。人の裸に動物の頭がついた異国の彫像が等間隔で並んでいて、明るくない玄関に不気味に立っている。
……王宮とは大違いだわ。
比べる所がそもそも違うのだと思いつつ、心細く馬車が来るのを待っていると人の話し声が近づいてきた。
人の目に触れたくなくて、ジュリアはその彫像のひとつの裏に隠れる。
「今日は早くも一人確保できましたな。媚薬を飲ませてさっそく味見させていますが、商売女のようであまり受けが良くない」
しっかりと聞き取れる声ゆえに、話の内容の不穏さがわからなかった。ジュリアは彫像の台に身を溶け込ませるようにゆっくりとしゃがみこむ。
「この間の市井の娘は」
「ええ、良い仕上がりでして。あと数回はこちらで稼げそうです。その後はいつものごとく、売ります」
「我が借金は」
「……お客様の要求が高くなってきまして。どこかのご令嬢を啼かしたいと」
「令嬢か。何人か首が回らぬ賭博仲間がいる。娘がいたはずだ。13だったか14だったか」
年齢を聞いた話し相手の男は手を叩いて声を弾ませる。
「ええ、ええ。そういった年頃を好む嗜好の持ち主で。借金が綺麗になる日も近いですな。……そういえば、今夜は毛色の違う方がいらっしゃいましたね」
「浅葱色のドレスに、黒蝶の仮面か」
……私!
ジュリアの心臓がドクンと跳ね上がった。口を押えて声が出ないようにするだけで必死だった。立ち去ろうにも、足も手も震えて逃げ出せそうもない。
「あれは、私が味わいたい。とびきりの葡萄酒を彼女に」
「仰せのままに。……ああ、味見が終わったようです」
身の危険を感じながらも、ジュリアは彫像の後ろから声のする方向を覗き込む。
男たちに猫の仮面をしたさっきの女が引きずられてやってくるところだった。体にまったく力が入っていないようで、頭ががくがくと落ちているだけでなく、体もふらふらと揺れている。
「男色もおりますのでこれも」
……ヒューバート!
そこには仮面を外され、手首を後ろ回され縛りあげられたヒューバートがいた。気を失っているのか、床に転ばせられてもビクとも動かない。
ジュリアは愕然としたまま男たちを見比べた。
一人は栗毛色の髪、瞼の腫れた目尻の垂れた目、唇は退屈そうに山の形を描いている。腹の出た浮腫んだ身体は小豆色の立衿のフロックコートにブリーチズ、水色のウエストコートに身を包んでいた。金色の飾り釦、フロックコートの立派な花の刺繍をみるに、かなり身分の高い人物だとわかった。
もう一人は大きな衿に、白地の服に赤や青の色があしらわれた道化の恰好をしている。とても太っていて、先程から汗をずっと拭っていた。
道化姿の男が木靴でヒューバートの背中を蹴る。
「細身で綺麗な顔をしている。これはこれで喜ばれます」
「我が借金の足しになるか」
「ご令嬢をなんとか……」
「食えぬ……」
自分のせいでヒューバートが危険な事に巻き込まれてしまった。ジュリアは後悔と恐怖で混乱していたが、大声で叫んで助けを呼ぶことくらいはできるかもしれないと思いいたる。
ジュリアが震える膝を叱りつけて立ち上がり、安全な場所から出ようとした瞬間、凛とした声がホールに響いた。
「誰一人動くな! 身分も聞かぬ、捕らえもせぬ! ただし、動いたものは逃げたと見なし、投獄する!」
つい先日、聞いたばかりのアレクの声だった。ジュリアは安堵にその場に崩れ落ちる。
厳格な鉄紺色の軍服に身を包んだアレクは、従えていた兵をホールへと送り込んだ。先程までいた男二人は消えて、玄関ホールには支えを失って横たわったままびくびくと震えている女と、気を失ったままのヒューバートが残されている。
「ヒューバート!」
ジュリアは叫びながら彼に駆け寄って肩を叩きながら名を呼ぶ。
「ヒューバート! 起きて、ねぇ、ヒューバート!」
「大丈夫だよ、可愛い人。気絶しているだけだ」
アレクに手を差し伸べられて、ジュリアはゆっくりと顔を上げる。途中、軍服の袖口の赤色に立派な金色の刺繍が眩しくて目を細めた。
「ど、うして……」
仮面があっても身分はわかってしまうのだろうか。それとも、誰にでもアレクは可愛い人だというのだろうか。
「ジュリア、何を見て、何を聞いたか、聞かせてもらえるかな」
アレクの手が、ジュリアの仮面を取る。
「泣いたら可愛い顔が台無しだ」
顔をしっかりと確認したのに、ここにいることを責めもしない、暖かくて優しい声だった。
「殿下……。私が悪いの……。投獄するなら、私にしてください……」
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