優しい手に守られたい

水守真子

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番外編

年末年始 前編

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 年の瀬も迫ったある朝、亮一は何の前触れもなく口にした。

「正月はお互いの実家には行かない。家で過ごす」
「……」

 朝炊いた白飯に海苔を巻いて食べていた可南子は咀嚼したまま顔を上げる。口の中では磯の香と醤油の芳香が、少し柔らかめの米の甘みを引き立てていた。
 亮一は話は終わったとばかりに味噌汁を手に取り「可南子の味噌汁は美味しい」と椀を口に運んでいる。可南子がありがとう、と頭をちょこんと下げると亮一は目元を緩めた。
 可南子は口の中のものを飲みこむと箸を箸置きに置く。

「可南子のお父さんには話を通した。うちの親にもだ。問題はない」

 どうして、と聞こうとすると先に返事がきた。
 結婚して三年、正月はお互いの実家に挨拶に行っていた。去年は亮一の家に大晦日に挨拶に行くと、言われるままそのまま泊まり二泊もした。亮一の父親に麻雀を教えてもらっていたのだ。覚えることが沢山でいろんな質問をしているうちに楽しくなった。その態度は亮一の父親の機嫌を良くしていたらしい。反比例して亮一の機嫌が悪くなっていたのに気づいたのは帰る時だった。

「この間遊びに行った時、お義父さんとお正月にも遊ぼうって約束したの」
「俺と遊べばいいだろう」

 つい先日、遊びに行った時の事を口にすると亮一は無表情にワイシャツの喉元に指を入れて引っ張った。
 亮一の実家には可南子の寝間着が置いてある。いつの間にかコンビニで下着を買えば何の問題も無く過ごせるようになっていた。

「挨拶だけで帰れば」
「この四年間、そうなってないことに気付いてくれ。会社に行く」

 可南子にとって亮一の家は居心地が良い。顔を出しただけのつもりが一泊するのは珍しくなくなっていた。朝子はそのつもりで食事を用意してくれているので断りづらい。
 亮一は「ごちそうさま」と食器を重ねると立ち上がった。

「怒ってる、よね」
「怒ってない」

 可南子は食事の途中ながら立ち上がり食べ終わった食器を台所に持っていく亮一の後をついていく。

「ねぇ」

 亮一は食器を洗おうとした手を止め、溜息をついて可南子を憮然と見下ろした。

「怒ってない」
「怒ってる……!」

 これほど説得力の無い言葉もない。可南子が眉根を寄せると、亮一はブツブツと『怒っていない』理由を語り始めた。

「いい加減、俺と過ごしたいって言えよ。四年、四年だぞ。正月四回の一度も、俺は可南子から一緒に過ごしたいと言われてない」
「いつも過ごしてる……一緒に住んでるし……」

 きょとんとしたが火に油を注いだのが明白だった。亮一が薄く笑ったのを見て、可南子は失言に両手で顔を覆う。

「言い方、間違いました……」
「俺の実家の方がいいか、そうか」
「麻雀……」
「麻雀って言ったか、今」

 亮一は顔を歪めて流しのへりに腰を預けて腕を組んた。

「麻雀、四人いりますよね……」
「……余計な事を教えられたな……」
「私、お義父さんいないとできない……」
「俺と組めばいいだろう」
「亮一さん、私に甘いもん。私が考える前にコレって牌(パイ)を指すはず。それにお義父さん、亮一さんが手加減してるって言ってた」
「牌(パイ)って言うな……」

 亮一は可南子の髪を手櫛で漉いた。可南子は心地よさにうっとりする。

「あのな、いつもは金を賭けてやってるぞ。学生時代の俺も広信も久実も容赦なしだ。だから久実はしたがらないだろう。そのうち、金を」
「お金? 賭けてるの?」
「嫌だろう、そういうのは」

 可南子は顎に手を当てて考え込む。

「教えるお金の代わりに、とは言われてますよ」
「……はあ?」

 亮一は流し台に持たせかけていた身体を起こして瞠目する。

「今度、二人で食事に行こうって。まだ約束は果たせてないけど」
「何だそれは」
「あ、内緒だった……」

 素の顔で口を押えた可南子に亮一は詰め寄る。

「いつだ、いつからだ」
「言えない」
「今、全部言ったようなもんだ。去年の正月からか」
「言えないーー」
「吐、け。どいつもこいつも油断も隙も無い……」

 亮一は可南子を胸に抱き寄せて、タイトスカート越しの形の良い臀部の柔らかい曲線を撫でた。薄紅色の小粒に硬い太腿を押し付けて擦り付ける。甘い痺れから身体を捩るように、可南子は亮一の胸に手をついて肘を伸ばした。

「会社に行かないと!」
「なら言えよ」
「やだ! 他の事ならするから! あ、いなり寿司作ろうか?」
「へぇ、よし。今日の夜、可南子から誘ってくれ。俺が買った下着をまだ付けてくれてない。あれでよろしく」
「……」

 可南子は下着のデザインを思い浮かべただけで顔が赤くなった。刺繍がついたラメ入りの白のメッシュは裏地の無いTバックで、両サイドの紐には真珠とクリスタルのアクセサリがあしらわれていた。同じデザインのベビードールと一緒に渡された時、繊細なのに大胆なデザインに可南子は真っ青になって首を振った。

「無理強いはしないって」
「してない。嫌なら父親がいつそんなことを言ったのかを話してくれ。絞める」
「……絞めるとか言われて、言えないよね……」
「なら、あの下着で誘ってくれ。交渉成立」

 亮一は真っ赤な可南子を見て満足げにパン、と手を叩いた。
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