優しい手に守られたい

水守真子

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番外編

番外編 初夜はゆっくりと 後編 ※R18

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 可南子から口づけた唇は覆うように塞がれて、後頭部はすぐにベッドに沈んだ。黒い髪が枕の上に広がって、探るような亮一の舌が可南子の舌を絡めとり吸う。
 痛みのような刺激は甘い痺れとなり、あふれた蜜でしとどに濡れたシーツが肌に冷たい。
 唇から離れた熱い唇を、可南子の柔らかく白い肌に忙しなく辿らせながら、亮一が呻く。

「……見られすぎだ」
「な、何ですか」
「今日、男の視線」

 人から見えやすい高砂という少し高い位置に座っていたのだから、人の視線が集まるのは当然ではないだろうか。
 だって、と可南子が言おうとすると、亮一の力強い腕が足のあいだに割り入り、芽吹いた小さな蕾を指で弄ぶ。
 電流のような刺激が背骨を通って、可南子は声を上げた。

「んん! アッ」
「もっと、気づけよ」

 蕾を潰され小刻みに揺さぶられて、蜜路が喘ぐようにぎう、と空虚を締め付ける。熱量が欲しい、と可南子は腰をくねらせた。
 結婚が決まってからも、可南子は亮一に抱き寄せられて『隙は俺だけに見せろ』と言われている。可南子なりに気をつけて生活をしていたつもりだった。

「背中とか、うなじとか、見られていた」
「でも、あのドレスを選んだのは」

 亮一だと指摘しようとすると、固い先端が入り口にあてがわれ一気に蜜路に埋められた。
 すぐに腰を速く激しく動かされても、すっかり亮一の大きさに慣れた可南子の身体は歓びに蕩け、夢と現の合間で忘我する。
 淫らで激しい抽送は、蜜でぐしょり、と濡れそぼった花唇を水音でぐちぐちと響かせ、中の襞に快楽の火を灯し続けた。

「んぅ、あぁ、はっ」

 頭の中が穿たれる衝撃と悦に酩酊した愉楽で満ちて、可南子は次の言葉が紡げない。
 完璧な歓びの中で亮一の打ちつける腰を受け止め、その度に小指の爪先にまで通う愉悦に、喉を天に突き上げて没頭してしまう。亮一がその喉に歯を立てて齧りつき、可南子は部屋に響く叫び声を上げた。

「アアッ」
「もっとだ。もっと」

 噛んだ部分を亮一の舌がねとりと舐め上げて、可南子の背中が跳ね上がる。
 高みに押し上げられては弛緩する前にさらなる高みに連れて行かれる。その繰り返しに、細かく痙攣した蜜路が、突き入れられた肉杭を搾り取るように締め付け続ける。

「……はぁっ、あっ、んあっ」
「足りない、可南子の言う独り占め、が。もっと、もっと、俺だけを、見てくれ」

 吸引力のある渦巻きのような言葉にぞわり、と全身が粟立ち下腹部に圧迫感が増した。果てない杭がさらに怒張したのか、奥が下がって蜜路が狭くなったのか、みっちりと満たされた充足感に可南子の喉が啼く。

 その状態で亮一に更に容赦なく奥にねじ込まれ、ぐちっぐちっと蜜が飛び散るような音と共に与えられる深い歓びに、快感の脈動が間隔を短くする。
 可南子は何度見ても飽き足らない愉悦を求めて、白くしなやかな肢体を亮一に押し付けた。

「う、ぁン、ひとり、じめ」

 熱に浮かされ、可南子は乱れながら喘ぐ。
 式の最中は緊張で男性招待客の視線に気づく余裕など無かった。横には誰よりも魅力的な亮一がいたのだ。
 伝えようと、可南子は亮一の腕を掴もうとした。

 すると、亮一は避けるように上体を起こして、可南子のお碗を伏せたような、白くて小さい胸の桜色の先端を指でこり、と摘んだ。

「ひぁっ」

 下腹部に直接繋がっているかのように、ぎうぎう、と締め付けを強くする。

「好きだよな、こうされるの」
「や、やめて」

 悦ではなく恥ずかしさで頬を染めた可南子を見て、亮一は満悦な表情を浮かべながら、両の先端を指の間で挟み転がす。

「こういうのも、知ってるのは俺だけなんだ」
「う、ん……ぁん」

 可南子は顔の上で手首を交差させて顔を隠した。
 先端を挟まれながら膨らみを押し捏ねられ、ぐちぐち、と打ちつけられる腰の動きになされるがままになる。
 全身が痺れているのに、足にはピンッと力が入り、下半身すべてで亮一の高ぶりを絞ろうとしている。

「全部、俺のだ。だから、可南子も、もっと俺を」

 激しい突き入れから休憩を求めるように離れようとした可南子の細い腰を亮一は掴んだ。そして、最奥に押し込み萌芽をこすりながら、ぐり、と掻き回すように刺激し続ける。
 可南子は快感に顔を火照らせ、悦楽を遥か高くまで燃え上がらせると、一気に深遠へと落ちる。巻き上げられ弛緩する瞬間、頭が真っ白になり、身体はその重さを忘れた。

「あぁあっあっ…………ん、ん、ぁ」
「か、なっ」

 亮一も可南子の中に精を放つと、その火照り汗ばんだ身体を可南子の上に倒れこませた。肘で体重を支えているとはいえ、触れている肌は熱く重い。

 じんじん、と痺れる重い身体は満足した証だ。可南子は亮一の固い髪を撫でる。快楽の渦から抜け出した静けさに眠い、と可南子の瞼がとろりと落ち始める。

「独り占め、させて」

 中に収まったままの亮一の質量が増した気がした。可南子の瞼が閉じて亮一の頭からぽとり、と手が落ちる。

「ああ、頼む」

 可南子は口元に微笑を浮かべて、束の間の眠りに落ちた。
 


 可南子のドレス姿の記憶は鮮明にある。
 冷たいシャワーを頭から浴びながら、亮一はその姿を頭の中でなぞっていた。

 薄桃色に染まった頬、肌の下に新雪が閉じ込められているのではないかと思う、うなじから緩い稜線を描く白い背中、抱き寄せ守りたくなる細く括れたウエスト。
 亮一の視線に気づくと、可南子は懸命に保っていた笑顔を少しだけ砕けさせ、瞳を宝石のように煌かせた。
 その時だけは、たくさんの人に囲まれていても、亮一は可南子と二人きりだと思えた。

 可南子の美しさに気づいていたのは、亮一だけでは無かった。
 歓談中に高砂まで酒を注ぎに来た時、キャンドルサービス、可南子に近づいた男は一様に目を驚きに見開かせた。そして、可南子は相変わらず無防備に、そんな招待客にたおやかで柔らかい笑顔で応えていた。

 嫉妬なのか、何なのか。
 突き上げる衝動は、可南子を知る前には知らなかったものだ。

 可南子が営業に部署が変わると聞いた時、一番に思い浮かんだのは可南子に言い寄った『四十路』だった。できれば、仕事を辞めて欲しかった。
 過去三年分くらいの源泉徴収票を可南子に渡すと、首を傾げながら見た可南子は、よく見ずに閉じて返してきた。

『まだ、働きたいです』

 たぶん、違う相手だったら何も思わなかっただろう。他の誰でもない可南子がその提案を断ってきた時、亮一の中にやましさと不安が同時に浮かんだ。
 まだ、復縁を迫ってくる元彼女から電話があっていた。それで可南子に信用されておらず、破談を前提に保険として働いておきたいのではないか。
 そう思った瞬間、退路を絶ちたくなったのだが、先手を打たれる。

『あの人の事なら、大丈夫です。自分で何とかできましたし』

 亮一が受け取らなかった源泉徴収票を、可南子は裏側にして、大事そうにテーブルの上に置いた。
 眉間に皺を寄せた亮一の顔を、可南子が心配そうに覗き込んだ。

『亮一さん、新しい仕事と結婚の準備は大変だと思うけど、私、ちゃんとやりますから』

 そういうことじゃないんだ。
 いつものように可南子の頬に手を伸ばすと、可南子は嬉しそうに顔を寄せてくる。
 手に弾力のあるひんやりとした頬を感じながら大丈夫だ、と亮一は自分に言い聞かせた。

 広信なら『自業自得』だとにこり、と笑うだろう。やっと見つけた、そして手に入れた大事な彼女を失う恐怖は、過去を後悔しても余りある。

 その夜、可南子を抱いた。子どもが出来れば、そう思った。
 広信が聞いてもいないのにブツブツと言っていたので、子どもがすぐに出来ない事を知った。平均で半年だと。低めの数字だとすぐにわかった。
 そんな言い訳をしながら、いざ挿入しようとすると可南子に止められる。

 仕事に慣れるまでは、結婚しても待って欲しいと。
 
 その時から、ずっと不安が燻っている。不安の元凶が可南子の態度ではないことも、わかっている。
 もっと自分だけを見て欲しい。可南子を誰かの手に渡すために、大事にしているわけではない。
 何をもらえれば埋まるのか。

 微笑まれれば嬉しい。腕を掴まれると誇らしい。抱きつかれる愛しさがこみ上げて、唇を重ねると甘く痺れる。
 結婚が決まったら、婚姻届を出せば、結婚式をあげれば、少しは治まるのではないか。

 可南子がいなくならないという事は信じられる。それ以外は治まらないどころか、ますます悪化している。
 広信は笑って言うだろう。

『それが、恋だよ』

 想像して、亮一は顎をこすりながら苦笑した。

 シャワーから出て髪を乾かし、服に着替えると部屋へと入る。
 可南子はベッドの端でうつ伏せの状態で寝息を立てていた。
 力任せに抱きすぎたとの反省は、いつも後からくる。
 亮一は情事の跡が顕著な乱れたベッドに腰掛けて、可南子の肩をそっと揺すった。

「可南子、大丈夫か」
「ん……」

 自分が放り投げたルームウェアを可南子の肩に掛けると、髪を押さえながら可南子が起き上がる。
 達した後の、内側から光を放つような、緊張がほぐれ力が抜けた可南子を、きれいだと亮一は思う。
 可南子は亮一の姿を視界に入れると、唇を突き出した。

「……あのドレス、選んだの亮一さんですよ。私、ちゃんとハイネックの、デコルテがレースで隠れる、そんなデザインを選んでた」

 ああ、始まったな、と亮一は思った。
 眠る前や起き抜けの可南子は、だいたい容赦ない。物事をはっきり伝える性格が、いつもある配慮にまぶされること無く繰り出される。

「見られるって、当然だよ。高砂にいたんだもん。テーブルだって回ったし」

 可南子は顔を顰めながらぐいぐい、と亮一の硬い太腿を手で揺らしてきて、その可愛さに亮一は不覚にも笑ってしまう。
 抗議は最もで、亮一は自分の感情を可南子にぶつけただけだと、改めて認識する。

「まぁ、そうだな」
「独り占めになるかなって思ったのもあって、二人でゆっくり過ごしたいって言ったもん。準備の時、たくさん人と会ってたから、二人でいるって感覚が乏しかったし」

 少し勢いを無くして頬を染めた可南子は、亮一の腿の上に置いた自分の手を見つめている。

「遠出の移動時間とかの時間を、二人きりでいる時間に代えれたら、そういう時間が増えるかなって。そういう意味でも、ゆっくりと」
「……初耳だぞ」
「恥ずかしいじゃないですか」
「俺は恥ずかしくない」
「亮一さんと一緒にしないで……」

 可南子はそう言いながら、亮一の腕に顔を埋める。
 亮一は、つい憮然と言ってしまう。腕の中に可南子をずっと置いておけるなら願ったり叶ったりだ。

「そんな事なら、俺は外で食事の予約をせずに、ルームサービスにした。部屋でゆっくり」
「それは、ちょっと」
「……何だよ」
「その、ああいう行為に流れるので。すごく嬉しいんですよ。けど、一日一回弱でお願いしたいというか」
「……俺を所かまわず可南子を襲うような」
「違うの?」

 可南子に澄んだまっすぐな目で問われて、亮一は言葉を飲み込んで目を逸らした。外では襲っていないと、自分にだけ言い訳する。

「つまり、今日はこれで終わりと言いたいのか」

 可南子はこくこく、と頷いた。
 上気した肌、喘ぐ甘い声、絡まってくる形の良い足。可南子の脈動はまだ身体の中にあって、さらにそれを貪りたいとは思わない。
 亮一は可南子の頭を撫でる。
 
「わかった。辛くなかったか。……あと、避妊しなかった」
「授かるものですから、それはそれで。だけど、その」
「気をつける。すまなかった」

 可南子がぱっ、と顔を明るくしたのを見て、亮一は自分が嫌になる。負担があるのは、可南子の身体なのだ。

「シャワーを浴びてきます。夕食に出かける準備をしないと」
「ああ」

 ルームウェアを羽織るように着た可南子がベッドから降りる前に、亮一は抱き寄せて軽くキスをした。あれだけ念を押されたので、すぐに可南子を離す。

 シャワーに消えた可南子を見て頬を緩めた後、亮一は嫌々、仕事のメールを開いた。





 可南子は素早くシャワーを浴びると、タイトなワンピースを着て姿見の前に立った。
 後ろのファスナーが布を噛んでどうしても上がらず苦戦していると、窓際のソファに座って仕事をしていた亮一が声を掛けてきた。

「やろうか」
「お願いしても、いいですか」

 可南子は式の為に伸ばした髪を手で纏めて、右肩に流す。
 亮一が後ろに立つと息が掛かって、どきどきする。
 ファスナーを見て「噛んでるな」と言いながら上げてくれたのだが、その間、可南子は鏡に映る自分を見る事が出来なかった。

「髪、伸びたな」
「やっと切れます」
「切るのか」

 ファスナーを上げてくれた亮一が驚いたように言ったので可南子が驚く。
 プレゼントしてもらったピアスをつけながら、鏡越しに亮一を見上げた。

「だめ?」
「これくらいでよくないか。せっかく、きれいな髪なのに」

 亮一はまるで自分の髪のように可南子の髪を掬う。
 長くすると乾かしたりするのが面倒だと思うだけで、特にこだわりはない。

「なら、これくらいで……」
「そうか」

 亮一は嬉しそうに笑んで、可南子の肩を撫で下ろした。
 その温もりに身体を重ねあったばかりの肌は、すぐに疼く。
 足の付け根の違和感はいつもの事だが、今日は零れだす精がそれを助長するだろう。
 自然とこすりあわせた腿を意識していると、亮一が鏡越しに真剣な眼差しを向けてきた。

「可南子。俺は可南子に恋している」

 可南子はあんぐりと口を開けて、鏡越しに亮一を凝視した。
 突拍子も無いのに亮一の真摯さはいつも以上で、結婚しましたよね、と笑って返す事もできず可南子は次の言葉を待った。

「だから、支離滅裂なことを言うし、するんだと思う。それが免罪符になるとは思ってない。何だろうな、一緒にいても足りないと思う。もっとだ、と」
「私は、幸せすぎて、怖いくらいです……」

 可南子が真っ赤な顔でおずおず、と言うと、亮一は間の抜けたような顔をした後、破顔する。

「ありがとう。俺も幸せなんだ。だが、もっと欲しいと思う。時間も愛情も」

 亮一に髪を触られながら、可南子はこくり、と頷いた。
 もっと、亮一を知りたくなって欲しくなる。言っている事は、とてもわかる。

「暑苦しいかもしれない。だが、逃げるなよ、奥さん」

 亮一の手が可南子の頬を包んで上を向かせた。
 秘密を共有しあうような口づけは誘惑のかたまりで、すぐにうっとりとした甘い痺れに絡みとられる。
 
 結婚しても、恋。

 瞼を閉じながら、可南子は恋をしながら送る結婚生活を思う。輪郭もはっきりしない生活を期待するには十分のスパイスだ。
 今以上の甘美な刺激を散らして、他の男を寄せ付けないようにしているのかもしれない。亮一の独占欲は優しさと刺激に満ちていて、可南子はその中毒性に没頭してしまう。

「亮一さんがモテるの、わかる気がする」

 唇を離して可南子は苦笑いする。そばで、永遠に終わらない夢を見続けられる気がするのだ。

「そんな事をわかろうとするより、俺だけを見てくれ」

 いつも夜や休日に掛かってきていた、元彼女から復縁の電話は来なくなっていた。意を決して聞いて見ると『私だって、モテるんだそうだ』と、可南子には見せない冷笑を浮かべて言った。
 
「亮一さんこそ」

 皮肉をこめて言うと意図が伝わったのか、亮一は可南子の尻をきゅっ、と抓った。

「わっ」
「支度が終わったのなら、行こうか」

 抓られたお尻を撫でながら、可南子は上目遣いに亮一を見る。

「……わがまま、言ってもいい?」
「いくらでも」
「夜、お酒を飲みたいな。亮一さんと」
「上のバーに行くか」
「連れて行ってくれる? ホテルのバーって初めて。嬉しい!」

 一人では敷居が高い上にお酒の事も知らない。可南子は手を小さく叩いて喜ぶと、亮一が一瞬だけ目を瞑る。

「……隙は、俺だけに見せるように」
「?」
「今日は他にしたことの無い事を、食事をしながら聞く事にする」
「男の人とテーマパークも未体験ですよ。明日も楽しみ」

 亮一の小さな溜息の意味は、可南子には想像がつかない。

「一応聞くが、今日、抱かれたくないというのは前振りじゃないよな」
「前振り」
「ゆっくり抱かれたいとか、そういうことなら乗る」
「なぜ、そういう解釈に」

 可南子が体をのけぞらせると、軽い調子で亮一が可南子の背中に手を回して抱き寄せた。

「酒を飲んで、夜、したくなったら言えよ」

 耳元で囁かれて、ピアスをした耳たぶを唇で弾かれると、言われたままの事を口にしそうになる疼きが灯った。
 どんどん大きくなるこの火が燃え尽きる方法は、ひとつだ。可南子は耳を手で隠しながら、わざとうらみがましく亮一を睨む。

「というわけで、これからもよろしく、奥さん」
「こ、こちらこそ!」

 可南子のうわずった声に亮一はにやり、と笑う。

 ……好きにならずにいられない。

 可南子は降参して亮一の首に腕を回すと、ゆっくりと耳元に唇を寄せた。
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