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突然の来訪者
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ラファティは非難を隠さない声で、はっきりと口にする。
「娘が怯えてしまったではありませんか」
「申し訳ない。あなたの娘を怖がらせるつもりはありませんでした」
ハイエット卿、と呼ばれた男は優雅に頭を下げた。びくびくしながらそのやりとりに聞き耳を立てる。
父親の様子から知り合いであるようだ。すり抜けたときに、手がマントの布と触れたが良い生地だった。
お客をここに連れてくることは無いだろうから、父親の仕事仲間だろう。
それならば失礼な態度を取ってしまった。
謝った方がいいのはわかるが、背も高ければ肩幅も広く足先まで逞しい、しかも容姿が整いすぎた男性を前にイザベラは萎縮してしまう。
「イザベラ、彼はウェントワース侯爵家のハドリー・ハイエット様だ。店を懇意にしてくださっている。ハーブの効き目の良さに興味があるということでご案内してきたのだ」
「侯爵家の……」
コノート家は王国でも一、二位を争うとても裕福な商家で血筋もあるが貴族の称号はない。
ラファティはその影響力から社交界の一員として迎えられてはいるが、必要最低限の招待しか受けていないはずだ。
そのラファティがハドリーをハーブ園にまで連れてきた。
イザベラはハーブ園に籠っているが、侯爵家が父親にとって大事な相手なことくらいわかった。
ハーブの効き目、ということは……と、イザベラはおそるおそる口を開く。
「オ……オメガでいらっしゃるのですか?」
しん……と時が止まった。
性別というセンシティブな話を直球でしてしまったことを申し訳なく思いながらもイザベラは続けた。
「つい昨晩、即効性のあるハーブをいつもより多く摘むことができました。今日は無理ですが、数日後にはご用意できるかと思います。すぐにお渡しできずに申し訳ありません」
ハドリーは目を固く瞑った後、ふっと吹き出し笑い始めた。
その笑顔は親しみやすいくらい柔らかくて、とても怖い印象だったけれど……と心の壁を低くしてしまいそうになる。
ラファティはイザベラの肩を撫でながら、微苦笑して言った。
「ハイエット卿はアルファでいらっしゃる。ご友人の妹君がオメガで、代わりに購入されていらっしゃるのだ」
「……ア、アル……ファ」
イザベラは真っ青になった後、真っ赤になった。父親の後ろから飛び出て、五歩くらい下がる。
「も、申し訳ありませんでした」
身内以外のアルファにはどんなに素性がしっかりした人でも近寄りたくない。ただ、身分の高い貴族に失礼をしてしまったのは事実で、イザベラは深々と頭を下げた。
「あの、私はここにおりますので、父がハーブ園の案内を……」
「駄目だよ」
こちらを振り返ったラファティが首を横に振る。
「このハーブ園の責任者はお前だから、お前がご案内をするのだよ」
優しいが反論を許さないその目の強さに、イザベラはたじろいだ。
ラファティはアルファと関わりたくないイザベラの気持ちを強く理解してくれる人だ。
その信頼があっただけに、みるみるうちにショックで涙が目に溜まる。
「申し訳ありません……」
涙がこぼれないように目を大きく開いて、エプロンをぎゅっと握った。
アルファが怖いというより、発作が起こってしまった後の自分が怖い。
けれど仕切っているハーブ園の説明を求められるのであれば、自分が答えるのは当然だというのはその通りだ。
しっかりしないといけないと真っ青になりながらも顔を上げると、ドアの前に立っていたハドリーが微笑みながら口を開いた。
「礼儀を知らない、鼻持ちならない、勘違いをした、馬鹿なアルファも多いですから、あなたの警戒心はとても大事なことですよ」
イザベラは瞬きをしてから、ラファティを見る。
皮肉なのか、からかわれているのか、本当にそう思ってくれているのか。どう取ればい良いのか、困って父親の表情を窺ったのだ。
「ハイエット卿は信用ができるアルファだからお連れしたのだ。大丈夫だよ、イザベラ」
ラファティはイザベラのそば歩いてきてその手を安心させるように握り、白い耳元に口を近づけた。
「いつまでもアルファを怖がっていてはいけない。忘れないでいてくれ。お前を結婚させるのは私の役目だ」
びくり、とイザベラは体を強張らせる。
ずっとここにいることができると、頑張っていたからだ。自分は血筋はあっても貴族ではないし、結婚をしなくても自由は許される。
ここにいたい。伝えようと顔を上げると、何が言いたいかわかっているとばかりに、ラファティは首を横に振る。
結婚させるという強い意思に、イザベラは愕然とした。
「イザベラ、私は悪いアルファかな」
父も兄もアルファだが、身内の贔屓目で見たとしても良い人達だと思う。全ての人が悪いだなんて思っていない。
「大好きなアルファです。みんなが悪いなんて思っておりません。――悪いのは、発情してしまう私の性です」
自分で言ったのに悲しくなって、ぎゅっと唇を真一文字に引き結んだ。
ラファティの眉間に皺が寄り口を開きかけたのを見ないふりをしてハドリーの元へと向かう。
「失礼しました、ハイエット様。私がここの責任者です。ご質問にお答えします」
相手は侯爵家の人なのだし、個人的な問題で動いてはいけない。
イザベラは姿勢を正して顎を上げた。
「娘が怯えてしまったではありませんか」
「申し訳ない。あなたの娘を怖がらせるつもりはありませんでした」
ハイエット卿、と呼ばれた男は優雅に頭を下げた。びくびくしながらそのやりとりに聞き耳を立てる。
父親の様子から知り合いであるようだ。すり抜けたときに、手がマントの布と触れたが良い生地だった。
お客をここに連れてくることは無いだろうから、父親の仕事仲間だろう。
それならば失礼な態度を取ってしまった。
謝った方がいいのはわかるが、背も高ければ肩幅も広く足先まで逞しい、しかも容姿が整いすぎた男性を前にイザベラは萎縮してしまう。
「イザベラ、彼はウェントワース侯爵家のハドリー・ハイエット様だ。店を懇意にしてくださっている。ハーブの効き目の良さに興味があるということでご案内してきたのだ」
「侯爵家の……」
コノート家は王国でも一、二位を争うとても裕福な商家で血筋もあるが貴族の称号はない。
ラファティはその影響力から社交界の一員として迎えられてはいるが、必要最低限の招待しか受けていないはずだ。
そのラファティがハドリーをハーブ園にまで連れてきた。
イザベラはハーブ園に籠っているが、侯爵家が父親にとって大事な相手なことくらいわかった。
ハーブの効き目、ということは……と、イザベラはおそるおそる口を開く。
「オ……オメガでいらっしゃるのですか?」
しん……と時が止まった。
性別というセンシティブな話を直球でしてしまったことを申し訳なく思いながらもイザベラは続けた。
「つい昨晩、即効性のあるハーブをいつもより多く摘むことができました。今日は無理ですが、数日後にはご用意できるかと思います。すぐにお渡しできずに申し訳ありません」
ハドリーは目を固く瞑った後、ふっと吹き出し笑い始めた。
その笑顔は親しみやすいくらい柔らかくて、とても怖い印象だったけれど……と心の壁を低くしてしまいそうになる。
ラファティはイザベラの肩を撫でながら、微苦笑して言った。
「ハイエット卿はアルファでいらっしゃる。ご友人の妹君がオメガで、代わりに購入されていらっしゃるのだ」
「……ア、アル……ファ」
イザベラは真っ青になった後、真っ赤になった。父親の後ろから飛び出て、五歩くらい下がる。
「も、申し訳ありませんでした」
身内以外のアルファにはどんなに素性がしっかりした人でも近寄りたくない。ただ、身分の高い貴族に失礼をしてしまったのは事実で、イザベラは深々と頭を下げた。
「あの、私はここにおりますので、父がハーブ園の案内を……」
「駄目だよ」
こちらを振り返ったラファティが首を横に振る。
「このハーブ園の責任者はお前だから、お前がご案内をするのだよ」
優しいが反論を許さないその目の強さに、イザベラはたじろいだ。
ラファティはアルファと関わりたくないイザベラの気持ちを強く理解してくれる人だ。
その信頼があっただけに、みるみるうちにショックで涙が目に溜まる。
「申し訳ありません……」
涙がこぼれないように目を大きく開いて、エプロンをぎゅっと握った。
アルファが怖いというより、発作が起こってしまった後の自分が怖い。
けれど仕切っているハーブ園の説明を求められるのであれば、自分が答えるのは当然だというのはその通りだ。
しっかりしないといけないと真っ青になりながらも顔を上げると、ドアの前に立っていたハドリーが微笑みながら口を開いた。
「礼儀を知らない、鼻持ちならない、勘違いをした、馬鹿なアルファも多いですから、あなたの警戒心はとても大事なことですよ」
イザベラは瞬きをしてから、ラファティを見る。
皮肉なのか、からかわれているのか、本当にそう思ってくれているのか。どう取ればい良いのか、困って父親の表情を窺ったのだ。
「ハイエット卿は信用ができるアルファだからお連れしたのだ。大丈夫だよ、イザベラ」
ラファティはイザベラのそば歩いてきてその手を安心させるように握り、白い耳元に口を近づけた。
「いつまでもアルファを怖がっていてはいけない。忘れないでいてくれ。お前を結婚させるのは私の役目だ」
びくり、とイザベラは体を強張らせる。
ずっとここにいることができると、頑張っていたからだ。自分は血筋はあっても貴族ではないし、結婚をしなくても自由は許される。
ここにいたい。伝えようと顔を上げると、何が言いたいかわかっているとばかりに、ラファティは首を横に振る。
結婚させるという強い意思に、イザベラは愕然とした。
「イザベラ、私は悪いアルファかな」
父も兄もアルファだが、身内の贔屓目で見たとしても良い人達だと思う。全ての人が悪いだなんて思っていない。
「大好きなアルファです。みんなが悪いなんて思っておりません。――悪いのは、発情してしまう私の性です」
自分で言ったのに悲しくなって、ぎゅっと唇を真一文字に引き結んだ。
ラファティの眉間に皺が寄り口を開きかけたのを見ないふりをしてハドリーの元へと向かう。
「失礼しました、ハイエット様。私がここの責任者です。ご質問にお答えします」
相手は侯爵家の人なのだし、個人的な問題で動いてはいけない。
イザベラは姿勢を正して顎を上げた。
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