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その告白に ※R18? R15?
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*
その夜、美希は雄吾の部屋で、雄吾の大きなシャツとズボンを身に付け、冷や汗をダラダラと流しながら正座をしていた。
「服はビールを飲まないと思うぞ、マジで」
テーブルを挟んだ斜め前で思い出し笑いをしながら、雄吾は目に涙を浮かべている。
行った居酒屋で、いつ自分の所業を謝ろうかと悶々と考えていると、ビールグラスが口からずれた。
え、と思っていると、服に大量にビールをこぼしてしまった。びしょびしょになった服を見下ろして、呆然としてしまう。もう絞るしかない惨状だった。
すると、タクシーで帰れる距離だからと、雄吾が自分の家へと誘ってくれた。美希の家はタクシーで帰るには遠すぎるのだ。
この状態で混む電車に乗り、白い目に耐える拷問を乗り切る自信が無かったので、正直、助かった。
だが、キスを自分からした上に、食事も頼む前にビールを服にこぼし、男の家に押しかけた。
これでは、計算高い女にしか見えない。
しかも、この計算式では、答えは必ずセックスに行き当たる。美希が誘ったという、オマケ付きで。
美希の頭の中で、動揺が走り回っている。
「服、明日には乾くといいが。だが、今日は帰れないな。俺が床で寝るから、藤原はベッドを使ってくれ」
雄吾の家の洗濯機を借りて洗濯したものの、一晩で乾くかどうかもわからない。
今晩は、泊めていただくしかない。
「ご迷惑をお掛けして、申し訳ありません……」
雄吾に優しくされて、勝手に浮き足立って、怒って、悲しんで。
自分の空回りぶりに、さすがに情けなくて涙ぐむ。
すっと、雄吾がティッシュの箱を差し出してきた。
「泣けばいい」
泣いたら、面倒くさそうな顔をするのが男じゃないの。
雄吾は「焼き飯くらいしか作れないぞ」と言いながら立ち上がり、台所がある廊下に出るドア近くに座っている、美希の頭に触れた。
抑えようとしても、なぜか、涙がこみ上げてくる。
「リクエストはあるか」
廊下にある小さな台所で、フライパンを出しながら、雄吾は美希に話しかけた。
「……ニンニクは、嫌です」
「キスできないもんな」
鼻をティッシュで押さえながら、恨めしげに美希は雄吾を睨む。
雄吾は美希の表情を見て笑いながら、小さな冷蔵庫から、卵を二個、取り出した。
……二人分(ふたりぶん)。
当然のような、その何気ないその行動に、ときめきが心の中に着地した。
ああ、私は、この人が好きになっている。
美希は涙で濡れた頬に両手で触れ、顔を押さえた。
*
おいしかったなと、ベッドに横たわった美希は、暗い天井を見ていた。
手際よく作られた焼き飯は、男飯、だった。量が多く、野菜の切り方も大雑把で、でも、おいしい。
人が作ったご飯など、実家に帰ったときにしか食べない。人の体温を感じる食事に、ほっとしてしまった。
「あの、高井さん」
電気の消えた暗い部屋。床に寝ている雄吾から返事が無い。寝てしまったのかと、小さく溜息をつく。
身体をベッドの端に移動させて、寝ている雄吾の姿を見た。目も口も、ぴしりと閉じて、寝息を立てていた。
こうやって別々に寝てくれるのは、自分を尊重してくれているからだ。嬉しいのに、寂しい気持ちになる。
「……キスして、すいませんでした」
本当に、指一本触れてこない雄吾は、紳士そのものだった。
好意があるのは自分だけだろうか。
雄吾はキスをしてしまった事を気に病まないように、気遣ってくれただけだろうか。
やっと口にできた、謝罪の言葉は、寝ている雄吾には届いてはいないだろう。
だが、美希は耳に届かないとわかっていて、口にした。
謝りたくない気持ちがそうさせた。
可愛くないと思う。
「……寝てる?」
当然、返事が無い事にほっとして、ベッドから降りると横に座った。
雄吾の、シャワーを浴びて整髪をしていない髪に触れる。白髪の混じった柔らかい髪が指先にくすぐったい。
その指を唇の上に置いた。
キスといっても、厳密に言うと、唇をちゃんと重ねたわけではない。唇の下の方に触れただけだ。
唇の感触を、知りたかった。
美希は髪を手でひとまとめにすると、肩から流して、雄吾の顔にかからない様に、手で束ねて掴んだ。
鼓動の音が部屋に響いているのではないかと思うほど、心臓の音がうるさく感じた。
顔を近づけ、雄吾の寝息と、ほんの少し乾燥した唇を、自分の唇に感じると、息が漏れる。
……これが、高井さんの唇。
思い出になったと唇を離すと、目尻の下がった雄吾の目が、スッと開いた。
美希は、飛び退くように身体を起こすと、ベッドマットに背中をぶつける。
「あ、あの、その」
「手を出してきたら、こっちも出そうと思ってた」
雄吾は身体を起こすと、美希の横を通って、ベッドに上がった。ぎしりとベッドがたわむ。
「不意打ちとか、寝込みとか、そういうのじゃなくて、キスしてくれ」
背後から話しかけられて、美希は振り向いた。
ベッドの上で、壁に背中を預けた雄吾が両膝を立て、その膝の上に肘を置いて美希を待っていた。
「……高井さんは、好きじゃなくても、いい人ですか」
「藤原こそ、どうなんだよ。オジサンを、からかってるのか」
沈黙が落ちる。
好きだから言葉はいらないと、突っ走る事はできるのは、三十歳までではないだろうか。
それからは、真面目に生きた分、数々の経験から、自分を守るための盾を、堅固にし続ける。
潔癖ゆえの精錬(せいれん)さは、とうの昔に無くした。
その代り、言葉を紡ぎ、駆け引きをして、想いを隠しながら生きていく。
「まどろっこしいな。来てくれよ。その唇で、キスをしてくれ」
雄吾が美希に手を伸ばした。
好きだという気持ちを覚えた分、意識ある相手にキスすることを困難に感じた。
でも、これから好きな人にキスを出来る事が、どれくらいあるのだろうか。
そもそも、好きだと思える人に会えるのだろうか。
ごくりと、生唾を飲んで、美希はベッドの上に膝を掛けた。雄吾の膝の中に身体を進ませると、唇を近づける。顔が近づき、息と息が混じった匂いを嗅ぐと、下腹部が切なく蠢いた。
「やっぱり、きれいだ」
唇を重ねる直前、すでに陶酔しきった表情の雄吾が呟いた。その表情が美希の中の、不安を麻痺させた。
くちゅり、と唇を重ねると、美希は手を雄吾の肩に置く。
数秒後、唇を離すと、ふぅと息を吐いた。心臓がどきどきと煩い。
「……その唇、食べて良いか」
酒でも飲んだような酔いを目元に浮かべて、雄吾は言った。
どういう意味かがわからず、わずかに首を傾げると、下唇をぺろりと舐められた。
「んっ」
雄吾の唇が、美希の下唇を味見でもするように這う。上唇も同様に、ちろり、と舐めて、捲(めく)るように食(は)んだ。
その動きが艶(なまめ)かしく、美希はペタンと膝の中に腰を落として座り込んでしまう。
「た、かい」
「雄吾だ。美希」
名前を呼ばれた時の息が、濡れた唇に吹きかかり、吐息が漏れた。もう何度もしてきたキスが、気持ち良いという、初めての感覚に戸惑いながらも酔う。
「ゆ、雄吾」
「ああ」
雄吾が喉を震わせ、美希の咥内に舌を侵入させた。
歯茎を執拗に撫でられると、蜜源が堪えきれず、その蜜を漏(も)らした。下着が濡れていくのを感じて、美希は固く目を瞑(つぶ)る。
「ずっと、こうしたかった。本当に、いい……」
雄吾はそう言いながら、夢に浮かされたように、美希の喉に舌を這わせる。
……ずっと?
その言葉が耳から入って、望む甘い解釈へと突き進んでいくが、理性は止めろと言っている。だが、身体は違った。もっと欲しいと言う。言葉と身体の快感、両方を。
借りた服を全て脱がされると、花を守る、小さな布だけになった。その布を丁寧に、だが性急に脱がせる様は、毟(むし)られているようだと感じた。
雄吾は美希をベッドに横たわらせると、自分もシャツを脱ぎ捨て、何の迷いも無く美希の足の付け根に顔を沈めようとした。
美希が驚いて閉じようとした膝は割られ、その花芯を雄吾の眼前に晒(さら)す。
「だめ、ダメです……」
外の花びらの膨(ふく)らみに覆われていた、しとど濡れた紅珊瑚色の、さらに繊細な花びらに息を吹きかけられて、美希の腰はびくりと跳ねた。
「……うちの、石鹸のにおいだ」
雄吾に指摘され、丁寧に洗ったことがばれた気がして、カッと顔が赤くなった。
年の功か、雄吾の舌は巧みだった。熱い舌が動き、美希の喘ぎは、意思に反して止まらなくなる。
円を描くように花びらを丁寧に舐められ、掛かる雄吾の熱い呼吸さえも、官能を後押した。
ぷくりと尖った先端の蕾を、ずずっと吸われると、毛穴が開くような悦楽が身体中を走った。
「うっ、あっ、あっ……ああっ、アッ」
蜜口に舌がぐいと入ると「もう、もう、やめて!」と美希は叫んだ。
神経が蕩(とろ)けて、全ての感覚が空っぽになるのは、恐怖に近かった。
求めずにはいられない、快楽を覚えるのは毒だ。
雄吾は再び蕾を舌で転がし始める。飴のように溶けて無くならないよう、大事に舐める丁寧さに、身体中がそそけ立ったまま、治まらない。
強くすれば良い勘違いしている男も多い中、雄語の力加減は絶妙だった。
「良い声だ。そそる」
そんな所を褒めないでと、雄吾の髪を掴むと、ふっと笑った気配がした。
「そんなこと、言わない、で」
「貶したほうが、好きなのか」
「ち、ちがぁ、っん」
突然、角張った指を、ずくりと挿入されて、美希はシーツを握りしめた。
「どこまでもいいな」
雄吾は挿入していない左手で、美希の大きく柔らかい乳房を、手の平で包んだ。
手に余る白い丘を、指を沈ませるように握ると、美希が痛みを感じる寸前の絶妙な力加減で、揉みはじめた。
そして、雄語は、つんと天井に向いた赤い実を、唾液を溜めた口に含んだ。赤い実の周りの少し盛り上がった紅色の円にも唾液が伝う。
その間も指は動いていた。初めて交わるとは思えないほど、指がイイ所を刺激してくる。指が二本に増やされても、まったく痛みを感じなかった。むしろ、悦楽が増していくだけだ。
あまりにも良くて、涙が浮かぶ。
「聴かせてくれ、声を」
「ん、ああっ、ゆ、雄吾、もう」
イく。
声に出さずとも、指を挿入している雄吾にはきっとわかったはずだ。締め付けが増して、身体が全てを集中するように、その箇所に熱を溜め込んでいる。
うねりが出口を求めると、雄吾が指の動きを激しくする。美希は自分がイきやすいように、腰の位置を変えた。
すると、すぐに上り詰めた快楽が弾けて、星屑(ほしくず)のように散った。弾けて重く感じる身体が、ベッドに沈む。
雄吾が指を抜くと、締め付けるものを失った肉壁が、切なさを慰めあうように、お互いを押しあっている。
「……好きです」
美希は天井を見たまま、呟いた。
こういうことをするのは、どれくらいぶりだろうか。
夢中になれるセックスは、頭を静めてくれる。先にイくのは頭じゃない、身体だ。だから、身体が蕩(とろ)けるほど感じ切った後は、飾らない自分が顔を出す。
今、イッたのは、自分だけだと、美希は知っている。
雄吾は気持ちよくなっていない。だから、きっとこの告白は重い。
だけれど、この状態で彼を迎え入れたとしたら、理性で想いを押さえることは出来なくなると思った。
「……俺も、好きだ」
思わぬ告白に、美希は驚いた。
「だって、前、黒田さんと三人で飲んだとき、何を話したか忘れたって」
「浮かれてたんだ。黒田が早めに帰るのはわかってた。そうしたら二人だ。でも、いざ二人になるってなると、緊張した。ピッチを早めてしまった」
確かに、一時間くらいで、ウィスキー五杯は多い。
「私、からかわれているんだって」
「……そんな、軽いことを言ったか、俺」
何を言われたかなんて、恥ずかしくて自分の口からは言えない。
雄吾は溜息をついて、すっかり黙ってしまった美希の横に、ごろん、と寝転んだ。
「ずっと、口説きたかった」
あの日も同じような事を言っていた。そう思った美希の頭を雄吾は抱き寄せた。
雄吾は顔に仄暗(ほのぐら)い、憂(うれ)いを浮かべて続ける。
「俺は四十を超えてるし、上司だし、キレイで若い美希を口説くような度胸は持ち合わせてなかった。ごめん」
雄吾はそう言って、美希の唇を指でぷるっと弾(はじ)いた。
好きだと言われて、嬉しくないはずが無い。両想いなのだという実感が、じわじわとやってくる。
「……付き合ってくれないか」
美希は雄吾の胸に頬を寄せた。
「お願い、します」
突然の幸せは、砂糖菓子よりも甘かった。
その夜、美希は雄吾の部屋で、雄吾の大きなシャツとズボンを身に付け、冷や汗をダラダラと流しながら正座をしていた。
「服はビールを飲まないと思うぞ、マジで」
テーブルを挟んだ斜め前で思い出し笑いをしながら、雄吾は目に涙を浮かべている。
行った居酒屋で、いつ自分の所業を謝ろうかと悶々と考えていると、ビールグラスが口からずれた。
え、と思っていると、服に大量にビールをこぼしてしまった。びしょびしょになった服を見下ろして、呆然としてしまう。もう絞るしかない惨状だった。
すると、タクシーで帰れる距離だからと、雄吾が自分の家へと誘ってくれた。美希の家はタクシーで帰るには遠すぎるのだ。
この状態で混む電車に乗り、白い目に耐える拷問を乗り切る自信が無かったので、正直、助かった。
だが、キスを自分からした上に、食事も頼む前にビールを服にこぼし、男の家に押しかけた。
これでは、計算高い女にしか見えない。
しかも、この計算式では、答えは必ずセックスに行き当たる。美希が誘ったという、オマケ付きで。
美希の頭の中で、動揺が走り回っている。
「服、明日には乾くといいが。だが、今日は帰れないな。俺が床で寝るから、藤原はベッドを使ってくれ」
雄吾の家の洗濯機を借りて洗濯したものの、一晩で乾くかどうかもわからない。
今晩は、泊めていただくしかない。
「ご迷惑をお掛けして、申し訳ありません……」
雄吾に優しくされて、勝手に浮き足立って、怒って、悲しんで。
自分の空回りぶりに、さすがに情けなくて涙ぐむ。
すっと、雄吾がティッシュの箱を差し出してきた。
「泣けばいい」
泣いたら、面倒くさそうな顔をするのが男じゃないの。
雄吾は「焼き飯くらいしか作れないぞ」と言いながら立ち上がり、台所がある廊下に出るドア近くに座っている、美希の頭に触れた。
抑えようとしても、なぜか、涙がこみ上げてくる。
「リクエストはあるか」
廊下にある小さな台所で、フライパンを出しながら、雄吾は美希に話しかけた。
「……ニンニクは、嫌です」
「キスできないもんな」
鼻をティッシュで押さえながら、恨めしげに美希は雄吾を睨む。
雄吾は美希の表情を見て笑いながら、小さな冷蔵庫から、卵を二個、取り出した。
……二人分(ふたりぶん)。
当然のような、その何気ないその行動に、ときめきが心の中に着地した。
ああ、私は、この人が好きになっている。
美希は涙で濡れた頬に両手で触れ、顔を押さえた。
*
おいしかったなと、ベッドに横たわった美希は、暗い天井を見ていた。
手際よく作られた焼き飯は、男飯、だった。量が多く、野菜の切り方も大雑把で、でも、おいしい。
人が作ったご飯など、実家に帰ったときにしか食べない。人の体温を感じる食事に、ほっとしてしまった。
「あの、高井さん」
電気の消えた暗い部屋。床に寝ている雄吾から返事が無い。寝てしまったのかと、小さく溜息をつく。
身体をベッドの端に移動させて、寝ている雄吾の姿を見た。目も口も、ぴしりと閉じて、寝息を立てていた。
こうやって別々に寝てくれるのは、自分を尊重してくれているからだ。嬉しいのに、寂しい気持ちになる。
「……キスして、すいませんでした」
本当に、指一本触れてこない雄吾は、紳士そのものだった。
好意があるのは自分だけだろうか。
雄吾はキスをしてしまった事を気に病まないように、気遣ってくれただけだろうか。
やっと口にできた、謝罪の言葉は、寝ている雄吾には届いてはいないだろう。
だが、美希は耳に届かないとわかっていて、口にした。
謝りたくない気持ちがそうさせた。
可愛くないと思う。
「……寝てる?」
当然、返事が無い事にほっとして、ベッドから降りると横に座った。
雄吾の、シャワーを浴びて整髪をしていない髪に触れる。白髪の混じった柔らかい髪が指先にくすぐったい。
その指を唇の上に置いた。
キスといっても、厳密に言うと、唇をちゃんと重ねたわけではない。唇の下の方に触れただけだ。
唇の感触を、知りたかった。
美希は髪を手でひとまとめにすると、肩から流して、雄吾の顔にかからない様に、手で束ねて掴んだ。
鼓動の音が部屋に響いているのではないかと思うほど、心臓の音がうるさく感じた。
顔を近づけ、雄吾の寝息と、ほんの少し乾燥した唇を、自分の唇に感じると、息が漏れる。
……これが、高井さんの唇。
思い出になったと唇を離すと、目尻の下がった雄吾の目が、スッと開いた。
美希は、飛び退くように身体を起こすと、ベッドマットに背中をぶつける。
「あ、あの、その」
「手を出してきたら、こっちも出そうと思ってた」
雄吾は身体を起こすと、美希の横を通って、ベッドに上がった。ぎしりとベッドがたわむ。
「不意打ちとか、寝込みとか、そういうのじゃなくて、キスしてくれ」
背後から話しかけられて、美希は振り向いた。
ベッドの上で、壁に背中を預けた雄吾が両膝を立て、その膝の上に肘を置いて美希を待っていた。
「……高井さんは、好きじゃなくても、いい人ですか」
「藤原こそ、どうなんだよ。オジサンを、からかってるのか」
沈黙が落ちる。
好きだから言葉はいらないと、突っ走る事はできるのは、三十歳までではないだろうか。
それからは、真面目に生きた分、数々の経験から、自分を守るための盾を、堅固にし続ける。
潔癖ゆえの精錬(せいれん)さは、とうの昔に無くした。
その代り、言葉を紡ぎ、駆け引きをして、想いを隠しながら生きていく。
「まどろっこしいな。来てくれよ。その唇で、キスをしてくれ」
雄吾が美希に手を伸ばした。
好きだという気持ちを覚えた分、意識ある相手にキスすることを困難に感じた。
でも、これから好きな人にキスを出来る事が、どれくらいあるのだろうか。
そもそも、好きだと思える人に会えるのだろうか。
ごくりと、生唾を飲んで、美希はベッドの上に膝を掛けた。雄吾の膝の中に身体を進ませると、唇を近づける。顔が近づき、息と息が混じった匂いを嗅ぐと、下腹部が切なく蠢いた。
「やっぱり、きれいだ」
唇を重ねる直前、すでに陶酔しきった表情の雄吾が呟いた。その表情が美希の中の、不安を麻痺させた。
くちゅり、と唇を重ねると、美希は手を雄吾の肩に置く。
数秒後、唇を離すと、ふぅと息を吐いた。心臓がどきどきと煩い。
「……その唇、食べて良いか」
酒でも飲んだような酔いを目元に浮かべて、雄吾は言った。
どういう意味かがわからず、わずかに首を傾げると、下唇をぺろりと舐められた。
「んっ」
雄吾の唇が、美希の下唇を味見でもするように這う。上唇も同様に、ちろり、と舐めて、捲(めく)るように食(は)んだ。
その動きが艶(なまめ)かしく、美希はペタンと膝の中に腰を落として座り込んでしまう。
「た、かい」
「雄吾だ。美希」
名前を呼ばれた時の息が、濡れた唇に吹きかかり、吐息が漏れた。もう何度もしてきたキスが、気持ち良いという、初めての感覚に戸惑いながらも酔う。
「ゆ、雄吾」
「ああ」
雄吾が喉を震わせ、美希の咥内に舌を侵入させた。
歯茎を執拗に撫でられると、蜜源が堪えきれず、その蜜を漏(も)らした。下着が濡れていくのを感じて、美希は固く目を瞑(つぶ)る。
「ずっと、こうしたかった。本当に、いい……」
雄吾はそう言いながら、夢に浮かされたように、美希の喉に舌を這わせる。
……ずっと?
その言葉が耳から入って、望む甘い解釈へと突き進んでいくが、理性は止めろと言っている。だが、身体は違った。もっと欲しいと言う。言葉と身体の快感、両方を。
借りた服を全て脱がされると、花を守る、小さな布だけになった。その布を丁寧に、だが性急に脱がせる様は、毟(むし)られているようだと感じた。
雄吾は美希をベッドに横たわらせると、自分もシャツを脱ぎ捨て、何の迷いも無く美希の足の付け根に顔を沈めようとした。
美希が驚いて閉じようとした膝は割られ、その花芯を雄吾の眼前に晒(さら)す。
「だめ、ダメです……」
外の花びらの膨(ふく)らみに覆われていた、しとど濡れた紅珊瑚色の、さらに繊細な花びらに息を吹きかけられて、美希の腰はびくりと跳ねた。
「……うちの、石鹸のにおいだ」
雄吾に指摘され、丁寧に洗ったことがばれた気がして、カッと顔が赤くなった。
年の功か、雄吾の舌は巧みだった。熱い舌が動き、美希の喘ぎは、意思に反して止まらなくなる。
円を描くように花びらを丁寧に舐められ、掛かる雄吾の熱い呼吸さえも、官能を後押した。
ぷくりと尖った先端の蕾を、ずずっと吸われると、毛穴が開くような悦楽が身体中を走った。
「うっ、あっ、あっ……ああっ、アッ」
蜜口に舌がぐいと入ると「もう、もう、やめて!」と美希は叫んだ。
神経が蕩(とろ)けて、全ての感覚が空っぽになるのは、恐怖に近かった。
求めずにはいられない、快楽を覚えるのは毒だ。
雄吾は再び蕾を舌で転がし始める。飴のように溶けて無くならないよう、大事に舐める丁寧さに、身体中がそそけ立ったまま、治まらない。
強くすれば良い勘違いしている男も多い中、雄語の力加減は絶妙だった。
「良い声だ。そそる」
そんな所を褒めないでと、雄吾の髪を掴むと、ふっと笑った気配がした。
「そんなこと、言わない、で」
「貶したほうが、好きなのか」
「ち、ちがぁ、っん」
突然、角張った指を、ずくりと挿入されて、美希はシーツを握りしめた。
「どこまでもいいな」
雄吾は挿入していない左手で、美希の大きく柔らかい乳房を、手の平で包んだ。
手に余る白い丘を、指を沈ませるように握ると、美希が痛みを感じる寸前の絶妙な力加減で、揉みはじめた。
そして、雄語は、つんと天井に向いた赤い実を、唾液を溜めた口に含んだ。赤い実の周りの少し盛り上がった紅色の円にも唾液が伝う。
その間も指は動いていた。初めて交わるとは思えないほど、指がイイ所を刺激してくる。指が二本に増やされても、まったく痛みを感じなかった。むしろ、悦楽が増していくだけだ。
あまりにも良くて、涙が浮かぶ。
「聴かせてくれ、声を」
「ん、ああっ、ゆ、雄吾、もう」
イく。
声に出さずとも、指を挿入している雄吾にはきっとわかったはずだ。締め付けが増して、身体が全てを集中するように、その箇所に熱を溜め込んでいる。
うねりが出口を求めると、雄吾が指の動きを激しくする。美希は自分がイきやすいように、腰の位置を変えた。
すると、すぐに上り詰めた快楽が弾けて、星屑(ほしくず)のように散った。弾けて重く感じる身体が、ベッドに沈む。
雄吾が指を抜くと、締め付けるものを失った肉壁が、切なさを慰めあうように、お互いを押しあっている。
「……好きです」
美希は天井を見たまま、呟いた。
こういうことをするのは、どれくらいぶりだろうか。
夢中になれるセックスは、頭を静めてくれる。先にイくのは頭じゃない、身体だ。だから、身体が蕩(とろ)けるほど感じ切った後は、飾らない自分が顔を出す。
今、イッたのは、自分だけだと、美希は知っている。
雄吾は気持ちよくなっていない。だから、きっとこの告白は重い。
だけれど、この状態で彼を迎え入れたとしたら、理性で想いを押さえることは出来なくなると思った。
「……俺も、好きだ」
思わぬ告白に、美希は驚いた。
「だって、前、黒田さんと三人で飲んだとき、何を話したか忘れたって」
「浮かれてたんだ。黒田が早めに帰るのはわかってた。そうしたら二人だ。でも、いざ二人になるってなると、緊張した。ピッチを早めてしまった」
確かに、一時間くらいで、ウィスキー五杯は多い。
「私、からかわれているんだって」
「……そんな、軽いことを言ったか、俺」
何を言われたかなんて、恥ずかしくて自分の口からは言えない。
雄吾は溜息をついて、すっかり黙ってしまった美希の横に、ごろん、と寝転んだ。
「ずっと、口説きたかった」
あの日も同じような事を言っていた。そう思った美希の頭を雄吾は抱き寄せた。
雄吾は顔に仄暗(ほのぐら)い、憂(うれ)いを浮かべて続ける。
「俺は四十を超えてるし、上司だし、キレイで若い美希を口説くような度胸は持ち合わせてなかった。ごめん」
雄吾はそう言って、美希の唇を指でぷるっと弾(はじ)いた。
好きだと言われて、嬉しくないはずが無い。両想いなのだという実感が、じわじわとやってくる。
「……付き合ってくれないか」
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「お願い、します」
突然の幸せは、砂糖菓子よりも甘かった。
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