仄暗い部屋から

神崎真紅

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第三章

act 3 瞳の留置決定通知書

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 いよいよ父の、手術の為の入院の日になった。
  朝早くから実家に向かう支度をした。
  実家で弟達と落ち合う約束になっていた。

 「瑠花、じいちゃんのところに行くよ?」
 「ねむい~!」
 「車に乗ったら寝ていいから、早くしないと置いてくよ?」
 「やだ!ママのバカ!」

  うわ!
  相変わらず寝起き最悪。
  とにかく、今はそんな事言ってる場合じゃ、ない。

 「ほら、早く着替えて。行くよ?」
 「判ったよ、うるさいなぁ」
 「え?何か言った?」
 「瑠花は何も言ってないよ、ママ」

  こいつ・・・・。
  本当に性格も賢司そっくりだな。
  実家に着くと、弟達はまだ来ていなかった。
  ほ・・・・。
  いつもこっちが遅れて迷惑かけてるから、先に着いてよかった。
  県南地方の、救急センターで、前回の腹部大動脈留の手術をした病院だ。
  今回は、心臓の弁の交換手術だった。
  今日は各々担当医から、手術の説明があるという。
  だが、なかなか医師は来なくて、義妹がナースセンターに聞きに行くと、緊急オペが入ったらしい、との事。
  親切な看護師が、わざわざ言いに来てくれた。

 「多分、三時頃になると思いますから、お昼ご飯食べて来ちゃった方がいいですよ?」
 「マックがいいー!」

  瑠花が叫んだ。

 「瑠花、ここは病院だよ。静かにして」
 「でも瑠花、マックがいいもん」
 「何だ?マックってのは?」

  父には、縁遠い代物。

 「ほら、あそこに看板が見えるでしょ?ハンバーガーのお店だよ」
 「んじゃ、そこで食べて来れば?」

  そっと、三千円を出してくれた。

 「えー?あそこまで歩くの?」

  正直、歩く自信がなかった。

 「大丈夫だよ、そんなに遠くないから」
 「やったー!マックマック!」

  瑠花だけはしゃいでる。
  仕方ないなぁ。
  歩いてみると、そんなに遠くはなかった。

 「いらっしゃいませー!こちらでお召し上がりですか?」
 「はい」
 「おねえちゃん先に頼んで」
 「んー、瑠花は何にするの?」
 「ハンバーガーとチョコシェイク!」
 「それじゃ、ハンバーガーとチョコシェイクのLと、エビフィレオのセットで、キャラメルマキアート」

  続いて義妹が頼む。

 「それから、ハンバーガーのピクルス抜きと、バニラシェイクのLと、ダブルチーズバーガーのセットで、オレンジジュース、それとナゲットの15個」
 「あ、あたしアップルパイ」
 「以上で宜しいですか?」
 「はい。二階も席になってますか?」
 「はい、二階もお席ご用意させて頂いてます」
 「タバコは?」
 「申し訳ありません。全席禁煙となっております」
 「はい、判りました」
 「どうする?上行く?」
 「そうだね」

  二階には、プレイルームが付いていた。
  瑠花は、ちびっこに混ざって遊びだした。

 「暑い~!ここだけ隔離されてるから、暑いんじゃない?」

  防音の為だろうか?
  プレイルームのある部屋だけ二重になっている。
  ゆっくり休んでいたくても、タバコが吸えなくては辛い。
  三人とも喫煙者だ。
  食べ終わったら、一服したい。

 「そろそろ行こうか?」
 「そうだね、タバコ吸いたいし」
 「瑠花、行くよ?」

  外に出たら、風が涼しい。タバコ吸いたい。
  そう考えてるのは、三人とも一緒で、どこで吸おうか、探していた。
  結局、病院の、入り口の植え込みのところで、一服。

 「あっ!」

  タバコを取り出していたら、財布を落としてしまった。
  がま口が開いて、百円玉が側溝に落ちた。

 「あ~!百円~!」

  瑠花にとっては、大問題。何とか取ろうと試みるが、瑠花の小さな手すら、入らない。

 「瑠花、諦めなよ。工具も何もなしじゃ、これは無理だよ」
 「でも~、百円玉が~」

  瑠花は諦め切れない様子。
  秀が何とか説得してくれた。

 「次に来る時、工具持って来て取ろう」

  しかし・・・・。
  次に来る時はなかった。
  瞳が風邪を引いてしまったからだった。
  月曜に手術前の説明があり、火曜が朝九時から手術。
  なのに瞳は土曜日の夜から熱を出してしまった。

 『おねえちゃん、風邪の人は付き添い出来ないよ』
 「やっぱりダメか…。仕方ないなぁ、お願いするわ」
 『こっちは大丈夫だから、おねえちゃんはちゃんと病院に行く様にね』
 「判ったよ・・・・。でも今熱が高くて運転出来ない・・・・」
 『何度あるの?』
 「37・9℃、まだそんなに高いってほどでもないけど、咳が酷くて疲れるよ・・・・」
 『何とか病院は行った方がいいよ』
 「そうだね、瑠花に移ると、面倒だしね」

  でも結局瞳が自力で病院に行けたのは、火曜日だった。
  先生は、聴診器を当てるなり言った。

 「音入ってるじゃない。…レントゲンと採血と点滴。それからね、肝機能の数値、上がってるよ」
 「え?だからダルいのかな?」
 「いや、この程度じゃ自覚症状はないよ。あとね、コレステロール値が高過ぎる。心筋梗塞起こすよ?体重は減ってるの?」
 「少しずつ減ってます」
 「じゃまずレントゲンね」

  胸の写真を撮ってから、処置室のベッドで横になった。
  看護師が血液二本採ってから、点滴。
  ぜーぜーしてたのは、判ってたけど、随分悪くなってたな…。
  今日は左腕に針を刺した。血管が固くなっているのか、少し痛かった。

 「コレステロールの薬もう少し強いのに変えるからね」

  先生に言われた。
  点滴が終わり、家に帰ると、検察庁から手紙が来ていた。
  中を見ると。

 『労務所留置の件について』

  やば!
  本当に留置されちゃう。
  スピード違反の罰金を払ってなかったからだ。
  慌てて検察庁に電話をかける。
  すると、担当者からの答えは厳しいものだった。

 『宮原さんね、もう半年待ったんだよ。その間連絡一本無かったでしょう?』
 「でも、今主人は刑務所に服役してますし、子供だけになってしまいます」
 『お子さんは、自動相談所に預ける事になりますよ』
 「今父が心臓の手術を控えてまして、付き添わなければならないんです。金曜日まで待って下さい。そうすれば何とか払います」
 『そう言われても、検事が決める事だからね・・・・。それじゃ金曜日まで待ちましょう。その日に払って貰えなければ、月曜日に迎えに行く事になりますよ』
 「判りました。ありがとうございます。必ずお支払いします」

  ほ・・・・。
  よかった。
  木曜日に子供手当が入る。それで何とか払える。
  瞳ひとりなら、労務所に入っても構わないけど、瑠花がいる。
  六万円の出費は痛いけど、仕方ない。

  子供手当で払おうと思っていた光熱費と、ケータイ代が払えなくなるなぁ。
  何で今月はこんなに厳しいんだろ?
  何か使ったっけ?
  瑠花の服くらいだよなぁ。
  あ!
  瑠花とふたりでファミレス行ったな。
  しかも二回も。

  やっぱりあたしの浪費癖は治らないなぁ・・・・。
  賢司の面会にも行きたいけど、行けるかなぁ。
  先月は面会行けなかったしなぁ。
  あ、でもガソリンは満タンに入ってるから、面会くらいなら行けるか。

  後は風邪が治らないと無理かな?
  今の瞳には、長距離運転はちょっときつかった。
  来週くらいなら行けるか。
  小林さんからの差し入れの本もあるし、ジャンプも溜まってる。
  これは手紙と一緒に、宅急便で送ろう。

  今日は父の手術の日だ。
  義妹から電話で、予定通りに9時に手術が始まったと報せてくれた。
  終わるのは、夜7時の予定。
  長い手術だ。
  何事もなく、無事に成功して欲しい。
  胸骨を切って、肋骨を開いて更に心臓も止めるのだ。
  付き添い出来ない自分が不甲斐ない。
  こんな大事な時に、風邪を引くなんて。
  風邪薬と、いつもの薬を飲んだら、いつの間にか眠っていた。

  着信が入っていた。
  民子さんからだった。
  何だろう?
  そう思いつつ電話をかけた。

 『もしもし?』
 「あ、瞳です」
 『あんたさぁ、賢司が借りたお金払ってないでしょ?こっちに振り込み用紙来てるよ?』
 「あ、すみません。コンビニから払えなくて」
 『賢司が借りた金なんだから、ちゃんと払ってよ。それと、セナが多分今年の夏は越せないと思うんだ。血も吐いてるし、血便出てるし』
 「そんなに悪くなってるんですか・・・・」

  瞳は涙声で話した。

 「民子さん、賢司の身元引き受け人、あたしじゃ通らなかったんです」
 『それはあたしでもなれるの?』
 「はい、身内だったら大丈夫です」
 『判った、お母ちゃんと相談してから、返事するから』
 「はい、よろしくお願いします」

  あぁ・・・・。
  とうとう民子さんに話しちゃったよ。
  大丈夫かな?
  あたしは、取り返しのつかない事をしたんじゃないかな?
  言い知れぬ不安が頭をよぎる。

  取り合えず、セナの事と、民子さんに話した事を手紙に書いて賢司に送った。
  17日に面会に行くということも。
  それを溜まったジャンプと差し入れの本と一緒に、宅急便で送った。
  後は、直接会って話そう。夏樹も色々あたってくれてるし。

  うちの身内は、多分通らない。
  賢司の親友と、仕事仲間の人はOKしてくれている。
  そのために面会出来るように、段取りをしなければならない。
  まずは、手紙を出して貰うように頼んだ。
  手紙のやり取りがあれば、面会者の登録がかけられるらしい。

  賢司の面会に行く前日、セナが死んだとメールが入った。
  あぁ・・・・。
  賢司は泣くだろうな。
  明日話そう。
  明日は二ヶ月ぶりに、賢司の顔が見られる。

  セナというのは、賢司の実家で、民子さんが飼っていた黒いラブラドールの雄だ。
  賢司は実家に行くたびに、セナと遊んでいた。
  享年12才だった。

  二番目のお姉さんが飼っていた、クルミというヨークシャテリアの雄が去年事故で死んだ。
  そして、うちで飼っていたねねというヨークシャテリアの雌も去年病気で死んだ。

  ねねは賢司になついていたから、きっと寂しかったのだろう。
  賢司が逮捕されてから、乳腺腫瘍にかかった。
  瞳は出来る限りの治療を受けさせたけど、寂しさに耐えられなかったのだろう。
  毎日玄関で眠っていた。
  賢司が帰って来るのだけを待ち続け、そして力尽きた。

  最期にねねにご飯を食べさせたのは、瑠花だった。
  享年9才。
  早すぎる死だった。
  立て続けに飼っていた犬が三頭も旅立ってしまった。

  でも、うちにはねねの産んだ子供がいる。
  まだそれだけが救いなのかも知れない。

  この仔は瑠花になついていた。
  瑠花の犬だ。
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