仄暗い部屋から

神崎真紅

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第四章

act 18 死って何だろう

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   賢司の、いつもの独りよがりな行動に、だんだん嫌気がさして来た6月のある日。


   それでも賢司は、仕事が休みになるとやっぱり覚醒剤に走ってゆく。
   それが瞳には本当に重荷になってきていた。
   だって、必ず瞳も巻き込まれる。

   瞳は覚醒剤なんてやりたくなかった。
   特にここ最近の、賢司の瞳に対する扱いの酷さには、恐怖すら感じていたのだから。

   そう、瞳は覚醒剤を打たれて、ただ賢司を気持ちよくさせるだけのマリオネットでしかなかった。

   そんな風に考えていたら、死んだ方が楽かも知れない、と考えるようになっていった。

   この頃の瞳は、ただの死にたがりでしかなかった。
   でも、瞳にも心はある。
   痛みも、苦痛も、そして優しさも、その後に来る恐怖も、哀しいほど記憶の中にインプットされていた。

   その恐怖は、多分死ぬまで払拭される事はないのだろう。ならば死んだ方が楽なのではないのだろうか?

   最近ずっと瞳の頭の中で『死ぬ』という言葉が木霊していた。
   いっそ死んだ方がまし、何度もそう考えた。

   賢司の存在が、瞳を死へ誘う。

   いずれこのままでは、瞳は自殺しかねない。瞳はそこまで追い詰められていたのだった。
   けれど賢司はそれに気付かない。
   なんともちぐはぐな夫婦関係なのだろう。

   死ぬことへの甘美なまでの魅力。
   何故、瞳はこんなにも死にたいのだろう?

   たったひとつだけ、明確な答えがあったとしたら、それは覚醒剤から逃げたかった。同時に覚醒剤を使った賢司からも逃げたかった、ただそれだけの事。

   単純だけれど、複雑極まりなかった。

   瞳が死んだら、誰が瑠花を守るのか?
   賢司は瑠花を殆ど理解していなかった。
   瞳がいなくなってしまったら、瑠花は頼れる唯一の母親を失ってしまう。
   瑠花の存在が瞳の自殺に歯止めをかける。

   でも、いずれそれすらもブレーキにはならなくなる日が近い事を、瞳は頭の片隅で感じていた。

   死んだら楽になれる。
   死ねば覚醒剤の恐怖から逃れられる。
   死ねば賢司の一番嫌いな姿を見なくて済む。

   瞳が消えたあとに、残るものは一体何なのだろうか。
   憔悴し切った賢司の顔が浮かんでは消える。
   泣き腫らした瑠花の顔が浮かんでは消えない。

   そうなんだ。
   瞳は、もう壊れかけているのだ。
   
   次に賢司に覚醒剤を打たれたら、瞳は多分死ぬだろう。
   何故かはっきりとその光景が見えていた。

   そんな死に方を選びたくはないけれどそれが瞳の持って生まれた運命なのかも知れない。

   覚醒剤なんて、この世から消えてしまえばいいのに。
   そう考える人はきっと少ないのだろう。そう、あの女の様に。

   瞳は賢司からどれだけ多くの恐怖と苦痛を受けて来たのか、分かるだろうか?

   覚醒剤辞めますか?人間辞めますか?

   瞳は生きる事を手放したかった。
   こんな狂った世界で生きている自分が、心底嫌になっていたから。こんな生活にピリオドを打ちたかった。

   だからいろんな病気を抱えていても、真剣に治療する気になれなかったのだった。

   だって生きる為の目標が見えない。
   瑠花のため、と言えばそうなのかも知れないけれど、それでは瞳の苦痛はぬぐい去れない。

   なんとも滑稽だと思う。
   前にも後ろにも進めない。

   ならば時間を止めるしか、瞳を救う方法はないのかも知れない。

   それが、命を絶つ、という事でしか救われないのならば。
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